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HOME - 巨樹が空を覆う世界で -  作者: lovely plants
第3章 禁域

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第10話 繋がりかけた線

 図書室を出ると、廊下にツムギがいた。


 壁にもたれて、鞄(かばん)を抱えている。待っていたのだ。どれくらいの時間を、ここで。


「あ——おつかれ」


 ツムギが笑った。いつもの笑顔。でも、少しだけ——ほんの少しだけ、いつもより力が入っている気がした。


「ツムギ、待ってたのか?」


 レンが申し訳なさそうに言う。


「ううん、たまたま。忘れ物取りに来たら、二人がいるのが見えて」


 嘘だ、と思った。


 ツムギの鞄は閉じたままだ。忘れ物を取りに来たなら、何かを持っているはずだし、鞄は開いているはず。ツムギは、レンが図書室にいることを知っていて——私と二人きりでいることを知っていて——来たのだ。


 責められない。ツムギの気持ちを思えば、当然だ。好きな人が、別の女の子と放課後の図書室で二人きりでいたら。


「ごめんね、ツムギ。レンを付き合わせちゃって」


「え?ううん、全然!調べ物してたんでしょ?」


「うん……ちょっとね」


「巨樹のこと?」


 一瞬、空気が止まった。


「朝、ハンナちゃんが読んでた本のこと、気になってて。巨樹の研究してるのかなって」


 ツムギは鈍くない。むしろ、人の変化に敏感な子だ。明るさの裏にある観察力。


「……うん。ちょっとだけ」


「すごいね、ハンナちゃんは。私にはそういうの全然分かんないから。ね、レンくん?」


「ああ。ハンナは昔から、人が気にしないことを気にするやつだから」


 ——人が気にしないことを気にする。


 それは褒め言葉だろうか。


 レンは褒めているのだろう。でも、その言葉はそのまま「普通じゃない」と言い換えることもできる。


 考えすぎだ。分かっている。でも、止められない。


「三人で帰ろうよ!」


 ツムギが両手を叩いた。明るい声。空気を変えようとする意志。ツムギはいつもそうだ。場の空気が重くなりそうなとき、自分が太陽になって照らそうとする。


「そうだな。帰ろう」


 レンが歩き出す。ツムギがその隣に並ぶ。私は——また、半歩後ろ。


 でも、今日は少しだけ違った。


 レンが振り返った。わざとらしくなく、自然に。


「ハンナ、何ぼーっとしてんだ。行くぞ」


 手を、差し出されたわけじゃない。ただ、足を止めて待ってくれただけだ。


 それだけのことが、こんなにも——


「……うん」


 半歩、追いついた。


 三人で並んで校門を出る。西日の中、三つの影が巨樹の根の上に伸びていた。


◇


 その夜、自分の部屋でノートを開いた。


 分かっていることを整理する。


******************************

・巨樹の幹中心部にカルシウムとリンが含まれる(人骨と同じ比率?)

・巨樹の幹は脈打(みゃくう)つ。温度は人肌に近い

・『大陸植生史概論』第七章は意図的に切り取られている

・著者名は塗り潰され、出版記録もデータベースから削除されている

・切り取りは比較的最近行われた→ 組織的な隠蔽(いんぺい)の可能性

******************************


 ペンが止まった。


 次に書くべきことは分かっている。でも、文字にするのが怖い。


 ——書いた。


******************************

・仮説:巨樹は人間を素材(種子(しゅし)?)として生まれたものではないか

******************************


 自分の字を見つめた。震えている。


 馬鹿げている。でも、全ての断片(だんぺん)がこの仮説を指し示している。脈動(みゃくどう)。温(ぬく)もり。骨と同じ成分。そして、それを隠そうとする何者かの存在。


 もうひとつ、書いた。


******************************

・疑問:なぜ私だけが巨樹の脈動を感じるのか

******************************


 これが一番怖い。


 レンは巨樹に触れても何も感じないと言っていた。「脈打ってるか?俺には分からんけど」と。教室で巨樹の幹を見たとき、脈動を感じたのも私だけだった。


 私の体が覚えている。あの夢の中の根の温もりを。巨樹の心臓の音を。


 それは——私自身が、巨樹と何らかの関係があるということじゃないのか。


 私の髪の色。誰とも似ていない瞳の色。顔を知らない父。この世界に馴染(なじ)めない感覚。


 全部がひとつの線で繋がりかけている。でも、その線の先にあるものが怖くて、まだ繋げられない。


 ノートを閉じた。


 ベッドに横になって、目を閉じる。


 ——眠れない。眠れるわけがない。

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