妖狐
都から少し離れた、山裾に広がる葬送の地。
本来ならば、風葬や土葬を待つ亡骸の気配と特有の死臭が漂うはずのその場所は、不気味なほどの静寂に包まれていた。
「――影辰様。こちらです」
墓暴きの調査を命じられ、先行して捜索に当たっていた平家の若武者・平黒羽が、息を切らして駆けつけた影辰を奥へと案内する。
影の術に憧れ、密かに修練を積んできた黒羽の表情は、これまでにないほど険しく引き攣っていた。
影辰がそこで目にしたものは、無残に掘り返された土と、ずらりと並ぶ「空の棺」だった。
獣が食い荒らした痕跡はない。
ただ、一帯に安置されていたはずの亡骸が、骨の欠片すら残さず、まるですべて神隠しにでも遭ったかのように綺麗に消え去っていたのである。
「周辺の土も調べましたが、大量の遺体を運び出したような荷車の跡も、人の足跡すら見当たりません。ただ……これだけが」
黒羽が足元の土を指差した。
荒らされた土の上に、朝露に濡れてキラキラと光るものが落ちていた。
それは、一本の綺麗な白銀の毛髪だった。
影辰は無言で膝をつき、その銀糸を拾い上げた。
その瞬間、彼の脳裏に、朧から聞いた色付きの鬼との死闘のあとに姿を消した長女の姿がフラッシュバックする。
鬼の濃密な念を吸い込み、栗毛から白銀へと髪色を変え、不吉なほど澄んだ念を漂わせて失踪した霞。
「……霞の、髪……?」
「やはりでしたか。私も、先日の霞殿のお姿を思い浮かべておりました」
もしこれが霞のものだとしたら、彼女はこの無数の亡骸をどうしたというのか。
鬼の念に侵された彼女は、自らの意思でここへ来たのか、それとも何者かに操られているのか。
「……黒羽。捜索範囲を広げるぞ。近隣の葬送の地をすべて回る」
「はっ!」
愛する娘が底知れぬ闇に呑まれようとしている。
影辰は父親としての痛切な焦りと、影の一族の長としての冷徹な覚悟を胸に秘め、黒羽と共に次なる葬送の地へと駆け出した。
一方、その頃の都は、奇妙な熱気に包まれていた。
絶対的な権力者であった玄耀院が崩御し、鷲王院が政の実権を完全に掌握した直後から、あれほど都を脅かしていた「鬼の出現」がピタリと止んだのである。
「鷲王院様の御威光だ! 悪鬼羅刹も恐れをなして逃げていったのだ!」
「税は随分と重くなったが……夜道に怯えず、命の心配をせずに眠れるだけでも有り難いことだ」
重税に喘ぎながらも、治安が劇的に回復したことで、鷲王院の治世を歓迎し、称賛する声は決して少なくなかった。
自ら鬼を呼び寄せて危機を演出し、権力を握った途端にそれを収束させる。
鷲王院と安倍泰真の描いたこの盤面は、誰にも悟られることなく完璧に機能していた。
都の中での大掛かりな対鬼戦闘や警護の必要性が薄れたことで、影辰は一つの決断を下す。
「都の警護と残務は、黒耀に任せる」
影の部隊を指揮する黒耀に都の裏側を託し、影辰と黒羽は、失踪した霞の行方と、消え続ける亡骸の謎を追うため、本格的に都の外郭へと探索の足を伸ばしていくのであった。
時を同じくして。
都から遠く離れた、鬱蒼とした山深くの廃寺。
その地下に広がる石室は、妖しく揺らぐ松明の火に照らされていた。
鉄の檻の中に、一人の少女が静かに座り込んでいる。
都から姿を消した、影の一族の長女・霞だった。
しかし、その瞳に感情の色はなく、記憶すらも失っているようだった。
影の一族特有の「気」と、喰らいすぎた「鬼の念」。相反する二つの強大な力が彼女の中で拮抗した結果、霞は人でも鬼でもない、完全に透明な『虚』そのものへと変質していた。
白銀の髪を膝まで垂らし、虚空を見つめるその姿は、不吉なほどに美しく、神聖さすら漂わせている。
その檻の前で、怪しげな法衣を纏った僧兵を率いる入洞と、陰陽師・安倍泰真が対峙していた。
「――お前の頼み通り、各地の葬送の地から『亡骸』をかき集めてやったぞ、泰真。お前がそれを鬼化させ、駒とするのだろう?」
「ご苦労でした、入洞殿。足はついていませんね?」
「当然だ。足跡も荷車の轍も、きちんと消し去った。誰かが嗅ぎつけた時のために、『細工』も残してある」
入洞は檻の中の霞を顎でしゃくった。
「この女の銀の髪を、いくつか墓に撒いておいた。影辰たちが追うことになるのは、我らではなくこの『銀髪の女』の幻影というわけだ」
「見事です。……それにしても」
泰真は檻に近づき、恍惚とした目で霞を見つめた。
「これは美しい……これ以上の『贄』はありません。さあ、さっそく彼女を引きとりましょう」
「待て。………タダでとは言っていない」
入洞が泰真の前に立ち塞がり、冷たく目を細めた。
「お前は強力な『幻術』を使えるそうだな。俺に一度、無条件で協力しろ。それが、条件だ」
「……ふふっ。よろしい、約束しましょう」
泰真は薄く笑い、取引は成立した。
湿った石室の奥で、陰陽師の歪んだ笑い声が不気味に反響する。
だが、自らの描く完璧な盤面に酔いしれる泰真は、この時まだ知る由もなかった。
影の気と鬼の念が完全に拮抗したこの『器』が、人間の術師風情に制御できる代物ではないということに。
檻の中で静かに瞬きをする霞の白銀の髪が、松明の火を受けて妖しく煌めいた。
その夜。
泰真は霞を地下の奥深く、結界を何重にも張り巡らせた儀式の間へと運び込んでいた。
祭壇の中心に霞を座らせ、周囲に呪符と蝋燭を配置する。
「さあ……この特異で美しい魂を贄とし、我が使役する最強の妖を降ろしましょう。これで、私の悲願も盤石となる……!」
泰真が印を結び、激しい呪文を唱え始める。
しかし――儀式が中盤に差し掛かったその時。
泰真は、自らの指先が凍りつくような異様な感覚に襲われた。
「……な、なんだ、この空気は……?」
いつもとは全く違う。泰真が呼び出せる様な妖の気配ではない。
地底から湧き上がるような、圧倒的で濃密な「妖気」が、儀式の間を満たしていく。
パリィィィンッ!!
突如、泰真が張った強固な結界が、まるで薄張りの硝子のように内側から弾け飛んだ。
「っ!? 結界が……破られた!?」
ズドォォォン!!
同時に、頭上からの轟音が降り注ぐ。
地下にいるはずの泰真の耳にも届くほどの凄まじい雷鳴が轟いた。
都中に猛烈な嵐が巻き起こり、大地が激しく揺れる。
祭壇の中心。炎が渦を巻き、白銀の髪をなびかせる霞の背後に――「それ」は現れた。
金色の毛並み、世界を焼き尽くすような紅い瞳。
そして、闇の中で優雅に、しかし圧倒的な威圧感を持って揺らめく「九つの尾」。
「きゅう、び……? 九尾の妖狐だと……!?
……馬鹿な、な……なぜこんな伝説の妖が……!」
泰真は恐怖で顔を引き攣らせ、後ずさった。
自身が操れる範疇の妖ではない。
高貴すぎる霞の魂と、完全な「虚」となった器が、最悪にして最強の妖をこの世に呼び覚ましてしまったのだ。
『……美しき、透明な器よ……』
九尾の妖狐は、泰真の存在など路傍の石のように無視し、ただ座り込む霞だけを見つめていた。
そして、巨大な狐の幻影はスゥッと霧のように形を崩すと、そのまま霞の胸の奥――『虚』の中へと、吸い込まれるように入り込んでいった。
「ま、待て……! その体は、私の……ッ!」
泰真の叫びは、嵐の轟音にかき消される。
すべてを取り込んだ霞は、静かに瞼を開いた。
その瞳は、かつての優しい琥珀色でも、狂気に満ちた濁りでもなく――人間を超越した、妖しく光る金色へと染まっていた。
最強の陰陽師ですら手出しできない「九尾の宿り手」が、ここに誕生したのである。
充満していた焦げた臭いは、今や大気が悲鳴を上げるような高密度の妖気へと変わっていた。
「ば、化け物め……! 完璧な器とはいえ、これほどの妖が引き出されるなど……ッ!」
当代随一の陰陽師である泰真は、恐怖を怒りで塗り潰し、懐から数十枚の真紅の呪符を引き抜いた。
「なめるな! 私は安倍泰真だぞ!!」
呪符が宙に舞い、泰真の指先が高速で印を結ぶ。
「急急如律令――『五行滅却・雷刃の陣』ッ!!」
空間そのものを焼き尽くすような青白い落雷が、無数の刃となって、祭壇に座る少女へと殺到した。
かつて都を脅かした怪異共など一撃で消し去るほどの、最強の陰陽師による絶技。
しかし――金色の瞳へと染まった少女は、微かに妖艶な微笑みを浮かべただけだった。
『ふふっ……威勢がいいのね。
……でも、人間の術なんて退屈』
少女が背後の九つの尾の一つをふわりと揺らすと、その尾の先端から、実体を持たない巨大な『黒炎の獣』の魂が顕現した。
それは、少女の能力である『魂召喚』。
黒炎の獣は大きく顎を開き、泰真が放った必殺の雷刃を、まるで飴玉でも食らうかのように一瞬で噛み砕き、呑み込んでしまう。
「なっ……私の術を、喰った……!?」
驚愕で動きを止めた泰真の腹部に、見えない槌で殴られたような衝撃が走る。
「ガ、ハァァッ……!!」
獣の咆哮から放たれた衝撃波だけで、泰真の身体は軽々と吹き飛ばされ、硬い石壁に激突した。
全身の骨が軋み、血を吐き床に這いつくばる。
『あぁ、もどかしいわ。この九つの尾にはね、それぞれ独立した強大な妖魔の魂を宿してあるのだけれど、……依代となる頑丈な身体がないと、この子たちを現世で存分に遊ばせてあげられない』
……コツ……コツ……と。
絶望的な実力差を見せつけた少女が、優雅な足取りで泰真へと歩み寄る。
泰真は震える指で再び呪符を構えようとしたが、少女と視線が交差した瞬間――ドクンッ、と心臓が大きく打った。
脳髄を直接痺れさせるような、甘く妖艶な麝香の香りが思考を白く染め上げる。
彼女の持つ絶大な能力の一つ、『魅了』。
強靭な精神防壁すら紙切れのように貫通され、泰真の自我は一瞬にして甘い蜜の中へと溶かされていった。
構えていた呪符が指先から滑り落ち、泰真は恍惚とした表情で少女の白い足元に平伏する。
「お、おお……なんと、美しく、尊き……我が麗しの主よ……」
よだれを垂らしながら微笑む泰真を、少女はうっとりと見下ろした。
『私の器であったこの娘は、霞と名乗っていたようだけれど……これより、我が名は玉藻』
玉藻は泰真の顎を足の先で持ち上げる。
『おい、お前。この都で、最も生気に溢れ、若く健康的な力を持つ者は誰? 私の可愛い妖魔たちの、最初の依代が欲しいの』
完全に魅了された泰真は、堰を切ったように宮中の内情を語り始めた。
鷲王院が政の実権を完全に掌握していること。
そして、その片腕として辣腕を振るい、平将の乱を鎮め討ったほどの武に優れる若手の策士・平青成の存在を。
『平青成……。若く健康で、野心という強い念に満ちている。ふふっ、最初の依代にぴったりね』
玉藻は妖しく唇を吊り上げた。
宮中の勢力と内部構造に精通している泰真は、依代として壊してしまうには惜しい。
『あなたはこれからも使えそうね、生かしておいてあげる。さあ、私をその青成のもとへ案内しなさい』
「御意のままに……玉藻様」
最強の妖狐と、それに心酔する筆頭陰陽師。最悪の二人が、宮中へと向かって歩みを進め始めた。
冷たい雨が、都の石畳を容赦なく叩きつけていた。
ただの嵐ではない。
空気を満たすのは、肺が焼け焦げるような高密度の妖気と、生者の生気をすするような底知れぬ瘴気。
都の民は皆、息を殺していた。
雨戸を固く閉ざし、僅かな灯りすらも消し、暗闇の中で身を寄せ合って震えている。
外から聞こえるのは、風が獣のように吠える音。
誰の目にも見えないが、巨大な絶望が都をすっぽりと覆い尽くしたことを、皆が肌で感じ取っていた。
清涼殿もまた、異様な緊張感に包まれていた。
白木の柱が雨に打たれて黒く濡れそぼる中、光継は胸の奥の『星』が、かつてないほどの悲鳴を上げているのを感じていた。
民の恐怖、絶望、そして底知れぬ不安が、濁流となって光継の中へ流れ込んでくる。
「……っ!」
光継が胸を押さえてうずくまると、桜華が顔を青ざめさせながらも、すぐさまその身体を支えた。
「陛下……! 汗が……」
「大丈夫、だ……桜華。でも、何かが……都の底が、抜けてしまったような……」
傍らで控える朧もまた、唇を噛み締め、庭の暗闇を睨みつけていた。
胸の『虚』が、共鳴するように激しく脈打つ。
(この禍々しい念……あの時の鬼とは比べ物にならない。それに、どこか……霞姉の気配に似ている……?)
朧の横で、茜もまた、桜華を庇うように立ち、小刻みに震える足を踏みしめていた。
嫌な予感が、清涼殿の重い空気をさらに冷たくしていく。
一方、都から離れた山裾の葬送の地にいた影辰と平黒羽は、土砂降りの雨の中、馬首を都へと向けて駆け出していた。
先ほど無数の空の棺を見つけたばかりの彼らの目に、都の方角から立ち上る異常な妖光が映り込んだ。
「影辰様……あれは!」
雨を切り裂き、黒羽が叫ぶ。
「……何だ!?あの光は……っ!」
影辰の瞳に、一族の長としての痛切な焦りが滲む。
泥を蹴立て、ただひたすらに都へと急いだ。
間に合ってくれと、祈るように手綱を握りしめて。
嵐の中で雨に打たれながら、その光景を見つめるのはここにも一人。僧の入洞である。
雷鳴が天を裂く中、入洞の怒声が虚しく響き渡る。
「泰真め……何をしたのだ……!」
都を護る結界が内側から食い破られていく音が、彼の耳にははっきりと聞こえていた。
そして――破滅の中心は、静寂に包まれていた。
上皇・鷲王院の私室の前。
平青成と源忠朝が、帯刀し万一の事態に備え、護衛に就いていた。
しかし、室内にいる鷲王院は、外の異常な嵐など一顧だにしていなかった。
灯火が揺れる中、彼はただ一人、薄暗い部屋で歪んだ笑みを浮かべている。
「……輝子……我が愛しき妻よ……」
都が滅びようとも、彼の中にあるのは奥の院に幽閉した輝子への執着と、亡き父・玄耀院と光継への底黒い憎悪だけだった。
パキン、と。
不意に、部屋の空気が凍りついた。
「泰真殿か!?――なんだ、こんな時間に!?」
「青成殿、心配ございません、院様へ急ぎ紹介せねばならぬ方がおりまして」
外で青成の鋭い声が響き、次いで泰真の落ち着いた返しの声がする。
鷲王院がゆっくりと視線を上げると、静かに開かれた襖の向こうに、二つの影が立っていた。
一人は、筆頭陰陽師である安倍泰真。
そしてもう一人――その横に控えるのは、人智を超えた妖艶さを放つ、絶世の美女。
白銀の髪が蝋燭の光に怪しく透け、金色の瞳が鷲王院を真っ直ぐに射抜く。
玉藻と名乗ったその妖は、ふわりと血のように赤い唇を綻ばせた。
甘く、そして焦げたような高密度の妖気が、鷲王院の私室をじっとりと満たしていく。
「……美しい……」
絶対的な権力者であったはずの鷲王院は、玉藻の金色の瞳に見つめられた瞬間、魅入られたように呟いた。
玉藻は、彼の中にある奥の院に幽閉した輝子への執着や、亡き父・玄耀院と光継への底黒い憎悪を、まるで極上の酒の香りを嗅ぐように楽しげに味わっていた。
「そう……あなたは可哀想な人。その歪んだ愛憎も、復讐心も、私がすべて叶えてあげるわ」
玉藻が白く細い指先で鷲王院の頬を撫でると、彼の瞳から理性の光が完全に消え去り、恍惚とした表情でどろりと濁った。
「上皇様に何をした、妖魔ァッ!!」
その時、背後の襖を蹴り破り、二人が室内に踊り込んだ。
異変を察知し、抜刀して飛び込んできたのは、平青成と、宮中の警護を請け負う源氏の武を束ねる源忠朝である。
「泰真殿! 上皇様に妖をけしかけるとは、血迷ったか!」
忠朝の怒声が響く。彼の手には、重厚な剛剣が握られていた。
そして青成もまた、ただの若き策士ではない。平将の乱を鎮め討ったほどの武に優れる男。
二人が並び立ち、同時に床を蹴る。
青成の鋭い太刀筋が風を切り裂き玉藻の首筋を狙い、忠朝の剛剣が泰真を両断せんと迫る。
二人揃えば、並の怪異など瞬く間に肉塊に変えるほどの凄まじい連携と戦力だった。
しかし――玉藻の顔に、余裕の笑みが浮かぶ。
「威勢がいいのね。でも………。」
玉藻の背後で、優雅に揺らめく九つの尾のうち、二本がふわりと広がった。
その先端から、実体を持たない膨大な妖気が噴き出し、瞬く間に二体の凶悪な姿を顕現させる。
一体は、泰真の放った最強の術である雷刃すら飴玉のように噛み砕き、呑み込んだ『黒煙の獣』。
そしてもう一体は、以前朧と霞が朱雀門で死線を彷徨った、好戦的で異常なまでの再生力を持つ鬼――その髪が不気味な青色に染まった『青鬼』だった。
「なっ……!?」
青成の刃が青鬼の腕を斬りつけるが、切った矢先に傷口が閉じていく。
「バカなっ!」
驚愕する青成の顔面へ、青鬼の凶腕が容赦なく振り下ろされた。
「グハァッ!!」
青成の体が部屋の壁まで弾き飛ばされる。
「平殿! ――この化け物めッ!」
忠朝が渾身の力で黒煙の獣へと斬りかかるが、剛剣は実体を持たない煙を虚しくすり抜ける。
次の瞬間、黒煙の獣が大きく顎を開き、忠朝の肩口に深くその牙を突き立てた。
「ガァァァッ!!」
骨が砕ける嫌な音と、忠朝の絶叫が室内に響き渡る。
二人の実力者が、たった一撃で地に伏した。
血の匂いが充満する中、玉藻は艶やかな朱い唇を吊り上げる。
「若く健康で、野心という強い念に満ちている青成。そして、誇り高き武の者である忠朝……」
玉藻の妖しい声が響く。
「私の可愛い妖魔たちの、最初の依代にぴったりね」
玉藻が指先を鳴らすと、二体の召喚魔が霧のように形を崩した。
青鬼の体が赤黒い煙となって青成の口と傷口から体内へ侵入し、黒煙の獣がそのまま忠朝の体へと吸い込まれていく。
「アァ……ァァァ……ッ!!」
二人の口から、悲鳴が漏れた。
やがて、ピクリとも動かなくなった二人の体と妖魔が融合していく。
姿は元の二人のままだが、その雰囲気は全く違う。
肉体を得た二人は状態を確かめる様に自らの身体を眺めている。
青成の瞳が青鬼のように狂気に満ち、忠朝の呼吸が黒煙のように揺らぐ。
優秀な武の者であった二人は完全に自我を失い、最悪の妖魔の器――恐るべき『依代』として、玉藻の足元にゆっくりと跪いた。
「この都は“次”の私の国としてちょうどいい。さあ、まずはこの都を……私好みの地獄に作り変えましょうか」
魅了された絶対権力者と、妖魔と化した最強の護衛たちを引き連れ、玉藻の甲高い笑い声が、雷鳴の轟く夜の宮中へ響き渡った。




