↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星影〜受け継がれる言霊と最強の護衛で平安の闇を祓う〜  作者: 川村匡弘


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/25

星の力


夜の朱雀門で繰り広げられた死闘から一夜が明けた。

清涼殿の朝は、いつもよりずっと静かだった。

庭に敷き詰められた白砂に柔らかな光が落ち、池の水面が淡く揺らいでいる。

風はほとんど吹いていなかった。

その静寂の中で、七歳になったばかりの皇子・光継は、胸の奥にかすかな“光”の瞬きを感じていた。


「……また、見える……」

光継が呟くと、視界の端に小さな光の粒がふわりと浮かび上がった。

それは、赤子の純粋な祈りのように弱い光であり、老いた者の切実な願いのように深い光でもあった。

恋を焦がれる甘い光もあれば、泥のような欲望に濁った光もある。


それらの無数の光が、光継の胸へと向かって静かに、そして抗いがたい力で吸い寄せられていく。

光継がそっと手を伸ばし、その光の粒が指先に触れた瞬間――人々の声と映像が濁流となって流れ込む。


『家族が病から救われますように』

『商いがうまくいきますように』

『どうか、あの人と結ばれますように』

『もっと……もっと金を……!』

「……今日も、同じ光だ……みんな、無事でいてくれてる……」

美しい願いもあれば、欲望に塗れた醜い願いもある。

民が祈るたび、光継の星の力は、そのすべての願いを“受け止めてしまう”のだった。

光継は胸を押さえ、苦しげに顔を歪めた。


「……ごめん……ぼくには……できない……」

その痛々しい様子を背後から見つめていた祖父・玄耀院が、静かに歩み寄り、光継へ声をかけた。

「……星の皇は、民の祈りを受ける者だ。光継……その光は、お前の力だ」

玄耀院は大きな手で、光継の震える肩を包み込んだ。


「だが、全てをお前が背負う必要はない。民の思いを忘れないことが、皇としての務めなのだ」

「……はい」

「さぁ、顔を上げよ。今日は朧が鬼退治の報告に来る筈だ。お前も会えるのを楽しみにしていただろう?」


「!?……朧が?……ほんとに鬼を倒したの? すごい……!」

ぱっと顔を輝かせ、急に元気を取り戻した光継を見て、玄耀院もまた嬉しい気持ちになった。

「……そうだ、お前の護衛は鬼よりも強い。何も心配するな………さぁ、参ろう」

玄耀院は、光継の側近には誠実な者しか置かないよう固く決めていた。


人の願望や本性を直に読み取ってしまうまだ幼い光継に、醜い人間の本性ばかりを見せる事は危ういと考えていたからだ。

玄耀院は、朧の底知れぬ強さ以上に、その真っ直ぐな誠実さを高く評価していた。


昨夜の朱雀門での死闘の報告を終え、玄耀院の部屋から出てきた朧の姿を見つけるなり、光継は駆け出した。

「朧……!」

そして、血と土の匂いを微かに纏った朧の身体に、迷うことなく抱きついた。


「護衛になると言っていたのに、全然そばに居ないじゃないか……」

思いがけない抱擁に、朧は驚きと同時にどう接すれば良いか分からず、激しく戸惑った。

困り果てる朧の胸の中で、抱きついた光継もまた、自分の大胆な行動に気づいて顔を真っ赤にしていた。


「光継様、申し訳ありません……」

光継は顔を赤らめたまま、慌てて抱きついた手を解き、一歩下がった。

「じょ、冗談だよ......朧! 何人もの兵士をやっつけた鬼だったんでしょ? 凄いね! 朧!」

照れ隠しのように無邪気に笑う光継の姿に、朧は故郷にいる妹の茜の姿を重ね、胸の奥が温かくなるのを感じた。


「ありがとうございます。都と光継様を守れたこと、誇りに思っております」

「僕からも鬼退治の褒美があるんだ!」

光継は嬉しそうに続ける。


「朧の家族、もうすぐ都に来るんでしょ? 少し宮勤めを休んで……会ってきて」

「え……?」

「行ってきて。ぼく、朧の願い……叶えたい」

あまりの破格の扱いに状況が理解できず立ち尽くす朧に、部屋から出てきた玄耀院が声をかけた。


「少しの間なら、護衛を増やして対応しよう。朧……すまない。護衛のお前には話しておかねばならなかったな」

玄耀院は、光継を見つめながら静かに真実を告げた。


「……光継の星の力は、人の願望を読むのだ。お前の抱える『虚』と本質は似たようなものかも知れぬ」

朧はこの時初めて、光継の力が“願いを糧とする力”であることを理解した。

そして、それは決して他者に悟られてはならぬ恐ろしい秘密であることも。


同時に――自分が、無意識のうちに光継のその温かくも痛切な力に惹かれていた理由も、少しだけ分かった気がした。

「さっき朧に抱きついた瞬間……ぼく、見えたんだ。朧の願い」

光継が微笑む。


「……ぼくも、いた……」

光継が見た朧の願い。

それは、優しく微笑む母。厳格だが温かい父・影辰。姉の霞、妹の茜。師である黒耀。影の里の人々の笑顔。

そして――その温かい輪の中に、光継自身の笑顔があったのだ。

自らの内心を覗かれた朧は、少しだけ頬を赤らめた。


「……近しい人たちの笑顔が……わたしの願いですから……」

光継は心底嬉しそうに微笑んだ。

「……ありがとうございます。では、今晩だけ家族と過ごさせていただきます」

深く頭を下げ、朧は足早に家族の待つ新しい家へと向かった。


朧が去った少し後。

清涼殿の奥で、光継は文机の前に座り筆を持ちながら、陰陽師・安倍泰真の報告を聞いていた。


「光継様、こちらの文書を——」

泰真が差し出そうとした瞬間、光継が筆を置いた拍子に、小さな木札が床へ落ちた。

「お拾いします」

泰真が木札を拾い上げ、光継の小さな手へと手渡した。

――その瞬間。

光継の胸の星が、今まで経験したことのないほど激しく、狂ったように脈打った。


「……っ!」

泰真の心から、どす黒い濁流のような願いが流れ込んでくる。

名誉。権力。地位。人々の上に立ち、すべてを支配したいという強烈な欲望。

そして、その底知れぬ闇の奥に――一瞬だけ、凶悪な鬼の影と、鷲王院の姿がはっきりと映し出されたのだ。


「……っ……!」

光継は声にならない悲鳴を上げ、恐怖で後ずさりして尻餅をついた。

みるみるうちに顔色が青ざめていく。


「光継様!? お怪我を……!」

泰真は何も知らないふりをして、心配そうに手を差し伸べてきた。

光継はガタガタと震える手でその手を取り、這うようにして立ち上がった。


「……ありがとう……でも……今日はもう……戻る……」

泰真と同じ空気を吸っていることすら恐ろしくなり、光継は足早にその場から逃げ出した。

胸の星は、今までに感じたことのないおぞましい恐怖に激しく揺さぶられていた。


遠ざかる光継の小さな背中を、泰真は静かに、そして冷たい眼差しで見つめていた。

拾った木札を指先でそっと撫でながら、泰真の唇がわずかに歪む。

光継が自らの内面に触れ、ひどく怯えた“あの瞬間”を、泰真は確かに見逃さなかった。

まるで、光継の星がどれほどの力を持つのかをわざと確かめたかのように、その冷酷な瞳が妖しく光った。


都の西側。

玄耀院が手配した新たな邸宅は、都の喧騒から少し離れた静かな一画にあった。


門をくぐると白砂の庭が広がり、奥には黒木で組まれた真新しい道場が佇んでいる。

梁は高く、柱は太く、床板はまだ誰も踏み込んでいないため、真新しい木の香りがほのかに漂っていた。

壁には術符を掛ける棚が整然と並び、端には新品の木人が並んでいる。

影辰家が今日からここで暮らすことを示すように、道場は静かに、まだ息を潜めていた。


影辰は案内係から邸宅の説明を受けている最中に、昨夜の朧の目覚ましい活躍を耳にしていた。

帰還した朧を迎えると、父はすぐに労いの言葉をかけた。


「おかえり……朧。

活躍は聞いたが、……無理はするなよ」

「……はい」

「さぁ、皆が待っている……家に入ろう」


玄関を開けると、すぐに母が駆け寄ってきた。


「朧……」

気品ある佇まいのまま、母の声はかすかに震え、涙が止まらないようだった。

「あなたが無事でいてくれたこと……それだけで、十分です……」

母の髪は柔らかく、白い肌は戦いとは無縁の佇まいで、その優しい腕に包まれた瞬間、朧の胸がじんと温かくなった。


「母上……ただいま戻りました」

母は朧の頬に触れ、深い安堵の息をついた。

その後ろから、姉の霞が歩いてくる。

髪はゆるくふわりと肩にかかる短い鬢(びん)で、動くたびに軽やかに揺れる。


「朧!!」

「霞姉……」

霞は朧を力強く抱きしめた。その腕には鍛え上げられたしなやかさがあり、“迷いのない動き”と“芯の強さ”を朧に感じさせた。

「ほんとに……ほんとに無事でよかった……!」

「……ごめん、心配した?」

「心配するに決まってるでしょ。妹なんだから」

その横で、妹の茜がぱたぱたと駆け寄ってくる。

「朧ねぇ!」

茜は母によく似ていた。表情も仕草も柔らかく、明るく誰からも愛される子だった。

「ただいま!」

朧は愛おしそうに、ぎゅっと茜を抱きしめた。

「朧、さぁ中に入りなさい。これまでのこと、お前の口から聞かせてくれ」

影辰に促され、朧は静かに頷いた。


居間では家族が朧を囲む。

朧は、薬草を売りに行く道中での出来事から始まり、毒の話、光継を助けたこと、そして昨夜の鬼との壮絶な戦いまでを語った。


「朧。鬼との戦い……詳しく話せ……」

影辰の真剣な眼差しを受け、朧は昨夜の死闘の詳細を語った。

丸太のような腕を持った鬼の風貌。

刃が通らないほど断ち切れない硬い骨。

自らの『虚』が暴走した瞬間。

そして、圧倒的な死の恐怖と――最後の一撃を放ったのは、自分ではなかったという不可解な事実を。

霞は話を聞きながら、膝の上で拳をぎゅっと握りしめた。


「朧……一人で抱え込まないで。

私がいる。黒耀師匠も、お父様もいるから」

「……うん」

「朧、ちょっと庭へ行こう。体術だけじゃなくて……術も見せてもらおうかな」

突然の姉の提案に、朧はきょとんとした。

姉が激しい鍛錬をしていた姿など見たことがなかったし、もちろん手合わせをするのも初めてだったからだ。

しかし、父・影辰はそれを止めなかった。


「……道場には黒耀もいるだろう。見てもらうといい」

朧はよくわからないまま、皆と一緒に庭へと移動した。

庭に出ると、すでに黒耀が腕を組んで待っていた。


「……やっと来たか。今日は一家団欒でここには来ないのかと思ったぞ」

「黒耀様! 黒耀様がきちんと朧に教えてくれたか、確認させてもらいますね!」

霞が意気揚々と宣言する。

「いくら朧でもまだお前には敵わんだろ。何せこの里の二番手だ」

黒耀の言葉に、霞は照れながら頭の後ろに手を当てて「……へへ」と笑う。

朧は驚愕して霞を見つめた。


(霞姉が二番手??

……つまり父様の次に強いという事?)

朧は全く知らなかった。

霞は、危険な『器』の運命を背負う妹・朧を守るため、影辰から密かに血の滲むような鍛錬を受け続けていたのだ。

そして先日、ついに黒耀との手合わせで勝利を収め、正式に朧の補佐役を任されることになっていた。


(……霞姉、そんなに……)

朧は気合いを入れ直し、長い黒髪を後ろでしっかりと纏めた。

霞もまた、栗毛の鬢を軽く払って表情を引き締める。

「朧。構えて」

朧が深く息を吸い、構えを取った次の瞬間――。


ドンッ!

霞の踏み込みは、空気を震わせるほど鋭く、“戦士”そのものだった。

「っ……!」

朧が咄嗟にのけぞる。霞の拳が朧の胸と肩を掠めた。

威力も速度も、昨夜死闘を繰り広げた朧よりも明らかに上だった。

一瞬だけ白砂が舞い上がり、二人の影が激しく揺れる。


「朧、術を使う前に体を使うの。術は補助。頼りすぎると死ぬよ」

体勢を崩した朧の脇腹へ、霞の鋭い回し蹴りが入る。

朧は何とか腕で蹴りを受け止めるが、その威力を捌ききれない。咄嗟に蹴り足を掴み、威力を流すように霞ごと投げ捨てる。

霞は空中で見事に回転して着地し、笑みを浮かべた。


「そう、それ。受け切れなければ“流す”だけでいい」

「……うん!」

二人の影が白砂の上で目にも止まらぬ速さで交差する。

霞の動きは羽根のように軽く、刃のように鋭く、一切の迷いがない。

朧は必死に食らいつく。


「次行くよ!」

「……こっちも!」

霞が腕を軽く払うと、空気が震え、現れた4粒の水の粒が鋭い針のように形を変えた。

水の針が殺気を帯びて朧へ向かって放たれる。

朧は瞬時に『風』の術を纏い、一瞬で横へ跳躍して躱す。


(速い……!攻められない!)

だが霞の攻撃は止まらない。続けざまに模擬刀を引き抜き、そこに『雷』を纏わせた。

バチバチと紫電が爆ぜる音が響く。


(これは受けちゃダメ……!)

「遅い!」

朧はさらに風の術で速度を上げるが、霞の剣はまるで朧の動きを先読みしているかのように、ギリギリの軌道で追いすがってくる。

「次は防御! 全開で行くよ!」

霞が再び腕を払うと、今度は無数の水の針が雨のように降り注いだ。


「……っ‼︎……『土』隆起!」

朧が叫ぶと、庭の白砂が壁のように盛り上がり、土壁となって無数の針を辛くも受け止める。


「いいね。朧は風と土。上手く使えてる」

耳元で声がした。それは、土壁を張った朧の“後ろ”から聞こえた。

朧が息を整える間もなく、霞の模擬刀が、ぴたりと朧の背中を捉えていた。


「私の念はもう使い切っちゃったし……ここまでね」

勝負ありだった。

「霞姉……強い……」

へたり込む朧に、霞は模擬刀を収め、ふわりと笑った。

「ありがとう。あなたを守るために、ずっとこっそり修練してたのよ! ばれないように父様と鍛錬するの、すっごく、大変だったんだから(笑)」

朧は霞の瞳をまっすぐ見つめた。

霞の笑顔が、涙で水面を挟んだように滲んで見える。


(霞姉は……ずっと私のために……)

朧はこれまで、自分だけが『器』という過酷な運命を背負い、一人で辛い鍛錬を重ねてきたのだと思い込んでいた。

だが、姉は誰よりも妹を想い、血の滲むような努力で強さを手に入れていたのだ。

その事実が、朧の胸の奥底に熱く染み渡る。


「……かすみ……ねぇ……。……ありが……とぅ……」

朧は両手で顔を隠したが、その指の隙間から堰を切ったように涙が溢れ出した。

霞は優しく笑い、泣きじゃくる妹の頭を愛おしそうに撫でた。

それを見守っていた影辰が進み出る。


「……二人ともよくやった。さっきも聞いた通り、霞が二番手として今後お前の補佐に付く」

「……霞姉。これから私と一緒にいてくれるの?」

「うん。あなたの補佐。朧が不在の時は私が光継様を守る。玄耀院様との連絡も任せて」

霞は力強く頷いた。

「妹を守るのは、姉の役目だからね」

黒耀もまた、静かに三姉妹を見渡した。


「朧、霞、茜。いずれ三人で光継様を守ることになる。器も宿しも、役割は違えど同じ影の一族だ」

「……はい」

「任せて」

「がんばる!」茜も元気に声を上げる。

「朧と霞にはもう教えることはない。次は茜の番だ」

黒耀が茜を指差すと、茜は露骨に顔をしかめた。

「えっ……黒耀の稽古……きつい……お父さんがいい……」

「何を言うか! 私の教え子になれば、鬼よりも強くなれるぞ!」

むきになる黒耀に、霞がすかさずツッコミを入れる。

「私は鬼よりも強い人より強いけどね!」

「あっははは、もう訳がわからんわ!」

道場を包む温かい笑い声が、初夏の庭に明るく響き渡った。

過酷な運命と血なまぐさい戦いの狭間で、影の一族は確かに、かけがえのない家族の絆を深め合っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。