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ブレウィンバラ邸は重厚で、飾り気は少ない。
しかし一目で家財のひとつひとつが由緒のあるものであろうことが察され、全てが古くとも長く丁寧に使われてきたことが窺えた。
セリアは用意された一室に通された。
身支度を整えたあと、一家がご挨拶の時間を設けてくれるという。
お待たせしてはいけないと、セリアはすぐに旅装を解く。
さてどれに着替えるべきかと持参したドレスを見比べて迷っていると、見かねたのかブレウィンバラ邸のメイドがそっと声をかけてくれる。
「お嬢様、僭越ですが、こちらのドレスになさってはいかがでしょう」
「助かるわ。これなら失礼ではないかしら」
「こちらはランドルフ様の瞳のような、美しい水色ですから」
「そうなの? ありがとう、とっても素敵だわ」
「お着替えになったら、御髪もまとめさせていただいてよろしいでしょうか」
「そうしてくれると助かるわ。本当にありがとう」
どうやら使用人たちには悪い感情はないらしい。
殊の外丁寧に扱われ、セリアは少し肩の力を抜いた。
だが、当主夫妻がどのような思惑でセリアを嫁に望んだのかは未だ判然としない。
髪をまとめてもらいながら、セリアは頭の中で行儀作法の教科書を開いていた。
支度が済んだ頃合いで声がかかり、談話室へと通される。
扉が開かれる瞬間は脚が竦んだが、しかし、顔を上げて室内に足を踏み入れた。
視線を下げたまま進み、淑女の礼をとる。
「セリア殿、遠いところをよくおいでくださった」
この人がブレウィンバラ伯爵。義父となる人。
低い声だった。
父よりも重く、カーティスよりも遅く。
しかし刺すような鋭さがないことに、セリアは安堵した。
「お初にお目にかかります。フォガンタム子爵が娘、セリアでございます」
「お疲れでしょう。どうぞ、顔をおあげになって。こちらへ」
柔らかい女性の声がかかる。
顔をあげると、義母となる人が己の隣を指していた。
上座に座る当主に目礼をしてから、伯爵夫人の隣へと着席した。
談話室は邸宅の大きさを考えると小ぶりで、恐らく身内向けのものだろう。
温かみのある古い織物などが置いてあり、暖かい紅茶の香りがする。
一家の団欒の場であろうことから、どうやら疎まれてはいないらしい。
「改めてご挨拶申しあげます。この度は大変光栄なお話を頂戴し、父も恐縮しておりました」
「こちらこそ、お受けいただき感謝する。これからは我が家の一員として、力を尽くしていただきたい」
「ご期待に添えるよう、努力いたします」
何か言い漏らしは無いか、と頭の中で確認していると、隣の婦人がコロコロと笑った。
「かわいらしいこと。とても真面目で、努力家なのね。ごめんなさい、この人の顔が恐ろしいから緊張してしまったでしょう」
「そ、そのようなことは」
「もうやるべきことはやったのだから、そう固くならないで。あなたはもう、家族なのよ」
そういって、伯爵夫人はセリアの手に手を重ねた。
ほっそりとした手だ。そして、暖かい。
「ありがとうございます」
どうやら義母も歓迎してくれているようだ。
今後、彼女について家政を学んでいくであろうことを考えると、良好な関係を築かなくてはならない。
身につけているものなどをよく観察し、今後の振る舞いを模索しなくては。
そして、声がした。
静かでゆったりとした、しかし温度の低い声だった。
「そろそろ、私も挨拶をしてよろしいでしょうか」
対面に座っている男性——彼が婚約者、ランドルフだ。
その瞳は確かに澄んだ湖のような水色で、髪色は透けるようにくすんだ灰色だった。
カーティスと比べると細身のようだが、少々手足を持て余すように座っている様子から、背が高いのであろうことが窺える。
「嫡男、ランドルフです。この度の婚約を嬉しく思っています」
「セリアでございます。どうぞ末長く、よろしくお願いいたします」
感情が読めない声色だった。
儀礼のようでもあったし、しかし刺すようではなかった。
まっすぐに向けられた視線にも拒絶の色は見えない。
政略。
あるいは何か、他に何か利益があってまとまった縁談なのだろう。
セリアは腹落ちした。
この人も自分と同じ、駒なのだ。
悪い感情もなければ情熱も無い。
そうであれば、うまくやれる。
当主が離席するまでの短い時間、セリアはうまく団欒を乗り切ったのだった。




