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「——私が、ブレウィンバラ領に?」
セリアは今、父に言われたことを理解できなかった。
指先が震える。今は春なのに、ひどく寒い。
「そうだ。セリアはブレウィンバラ伯爵がご嫡男、ランドルフ殿へ嫁ぐことが決まった」
父はなんの後ろめたさもなく、むしろ良い話だと言わんばかりの声色で告げた。
妹が狼狽えているのが目の端に見える。
ただ彼女は今、それを気にする余裕がなかった。
「では、では……カーティスと結婚してこの家を守っていくのは……」
「アリス、お前の役割ということだ。これからはセリアに頼らず、カーティスと二人でしっかりやっていくんだぞ」
姉妹はどちらも返事ができなかった。
だってそれは、セリアの役割だったはずだ。
誰もがセリアの方が家に残った方がいいと、そう思っていたはずだ。
「ア、アリスではいけないのですか? なぜ私が」
「何を言う、セリア! まさかお断りしたいとでも言うつもりか!?」
「ち、違います! そのようなことは決して」
瞬間、何を思ったか大きな声を出した父を咄嗟に宥める。
「まったく、おかしなことを言うんじゃない。とにかく、お前は輿入れに向けてすぐに支度を進めなさい」
「……」
「アリス。お前とカーティスの婚約も正式に進める。分かったな?」
「え、えっと、は、はい……」
追い立てられるように父の書斎を出たあと、セリアは一言も話さない。
アリスはチラチラと様子を窺うものの、全てを拒絶したような姉に対してどうしたらいいのか全くわからずにいた。
こんなセリアを、アリスは初めて見た。
セリアはいつだって理性的で、たとえ喧嘩をしてもアリスを無視したりはしなかった。
それを考えれば、そのショックはいかほどのものかは察するに余りある。
ただ、アリスだって衝撃を受けている。
だって、家を出るのはアリスだと思っていたのは、誰よりも彼女自身だったのだから。
正直に言って、アリスはこれまで家を切り盛りすることについて真剣に考えてこなかった。
どうせ外に出るのだし、そもそも嫁ぎ先が貴族家かどうかすら分からないと思っていた。
それだけに、いきなり家を守れと言われても困る。
しかもカーティスは将来義兄になるとばかり思っていたので、伴侶になるなど想像もできない。
「……セリア、私、もう一度お父様のところへ行ってくるわ。お嫁に行くのは私ではいけないのか、聞いてみるから」
「……」
返事もせず、セリアはそのまま自室へ入っていった。
アリスは閉められた扉の前でしばらく途方に暮れたが、意を決して父の書斎へと引き返した。
これはいけない。
あのしっかり者の姉がこんな風になってしまうような結婚ならば、絶対に止めなければ。
アリスは震える己を叱咤して、今一度父の説得を試みた。
しかし結局、書斎には父の怒声が響き、アリスは泣きながら部屋に戻るほかなかったのだった。




