番外編:ランドルフは止められない
ブレウィンバラにきてまだ少し、やっと季節が変わろうとする頃。
セリアが朝食をとっていると、先に食べ終えていたランドルフがふいに話し出す。
「セリア殿、今日のご予定は」
「この後はお義母様に夏の支度についてお教えいただく予定ですが、昼食後は特に何も」
ランドルフは顎に手を当てて、何かを考え始めた。
初めこそこの無言の時間は落ち着かないものだったが、既にこれは彼の癖であることは把握した。
セリアは話が次に進むのを、スープを食べ進めながら待った。
「では、午後の時間をいただけますか」
「もちろん。何かご予定がおありですか?」
「父の代わりに村の方へ行く用事があるのですが、よろしければ一緒に」
「まぁ! お仕事の邪魔にならなければ、ぜひ!」
「まだ領都にもお連れできていませんでしたから。ついでに帰りに寄ろうかと思います」
「よろしいのですか? では、歩きやすい靴で行かなくてはいけませんね」
途端に気合いが入った様子で頬を赤くするセリアを、ランドルフは微笑ましく見た。
セリアにとっては、視察。
ランドルフにとっては愛する婚約者とのお出かけ、要するに「デート」である。
義娘が午後から出かけることを聞き、ブレウィンバラ伯爵夫人は人知れずため息をついた。
義母たる彼女は息子の暴走を憂いていた。
いわく、息子が婚約者を好きすぎるのだ。
今まで朝食をとらないことすらあったくせに、毎朝いそいそと食堂に出てきては婚約者を待ち構え。
早々に食べ終えているくせに、わざわざ紅茶をおかわりしてまで食事中の婚約者を横目で眺めている。
堂々と見つめればいいものを、チラチラと見ているのが我が子ながら気味が悪い。
さらには少しでも空いた時間を見つけてはあちらこちらへ連れ回しているらしい。
本人とて既に一部の仕事を任されていて、決して暇ではないはずだ。
しかし今まで手を抜いていたのではないかと疑うほどに、婚約者との時間を捻り出すために猛然と執務をこなしている。
基本的に手のかからなかった長男が、まさかここまで恋に狂うとは予想外だった。
唯一の救いは、なぜかセリアが全く気がついていないし、気にしてもいないことである。
無垢な義娘の顔を見ながら、夫人は自分が守らねばと決意した。
早めの時間に軽く昼食をとって、ランドルフとセリアは馬車に乗り込んだ。
ブレウィンバラ領は広いが、道が整っているので領内の移動には不便がない。
領内はいくつかの地域に分かれており、それぞれに村や街といった集落が形成されている。
村の一つで仕事を済ませ、視察がてら様子を見て回る。
セリアは気さくに人々に話しかけ、これは何をしているのか、困ったことはないかと尋ねる。
その素直さと勤勉さに、ランドルフはまた敬愛を深めた。
村を後にして、帰路の途中で領都に寄る。
ブレウィンバラの中心地にあたり、商業も盛んな街だ。
ランドルフは街を歩きながら手を替え品を替えセリアへ贈り物をしようとするが、彼女はそれを固辞した。
そんな倹約家なところも、ランドルフの胸をときめかせた。
同行していた近侍に言わせると、彼の主人は基本的に無口で無表情なのでいまいち何を考えているのか分からないうえに、ひたすら婚約者を見ているのが本当に怖い。
内心、結婚にこぎつける前に逃げられるのではないかと非常に心配しているのであった。
領都に着いてからも、セリアはあくまで「視察」をしていた。
ブレウィンバラではどのような品物がやりとりされているのか、どこの商人が出入りしているのか。
どんなものが特産で、何が不足しているのか。
そのようなことを、真剣に見て回っていた。
ここは寒冷地ゆえに、本来は食糧問題を抱えている。
それゆえか、どうやら食べ物を分けるというのは親愛の証らしい。
セリアが見慣れない保存食について尋ねれば、領民は食べてみろといって次々に出してくる。
フォガンタムのクッキーとは違うなと思って見ていれば、これはビスケットだといって試食を勧められる。
万事そのような調子で、セリアは次から次へと物を食べる羽目になった。
せっかく好意でくれる物を無碍にはできない。
セリアは一生懸命にその場で食べ、全てに感想と感謝を伝えた。
ランドルフの近侍は意外と食べるなと思っている程度だったが、同行していた侍女は何度も止めようとした。
男どもにはわからないようだが、貴族のご令嬢がそんな量を食べ歩けるはずがない。
お嬢様は確実に無理をしている。
しかし肝心のランドルフが、食べ物を扱う店の前ばかりを通るのだ。
絶対にわざとだ。
坊ちゃんは婚約者が物を食べているところを見たいだけだ。
贈り物を受け取ってもらえなかった分、ここぞとばかりに与えているに違いない。
しかし表立って意見するわけにもいかず、侍女は頃合いを見計らっては食べかけを引き取ることしかできなかった。
苦しそうな顔をしたセリアからはよくぞ助けてくれたと密かに感謝され、侍女は胸が痛かった。
必ずやこの悪行を奥様にご報告しなくてはならない。
侍女は固く決意した。
案の定、セリアは夕食をろくに食べられなかった。
泣き出しそうな顔で義父母に非礼を詫び、許しを得て早々に退席した。
かわいそうに、あとで胃薬を用意させてやらねばなるまい。
形式上、一応は義娘の不用意を叱ったものの、義母は彼女に罪がないことは分かっていた。
「……ランドルフ」
「はい、母上」
「聞きましたよ。セリアにおやつを与え過ぎましたね」
「今日は視察へ行きましたから。領民が初めて会うセリアに喜び、あれこれと食べさせたがったのです」
しれっと言ってのけた息子に、夫人の頭痛はますます酷くなった。
「食べさせたがったのは貴方でしょう。あんなに華奢な身体があれこれと食べられる訳がないというのに」
「夕食が食べられなかったことは残念でした。彼女は豆のスープが好きなようですから。しかし、ビスケットは気に入った様子でした」
「……」
「ただ、そうですね。次は好きな物だけ食べられるようにします。夕食も初めから少なく用意させれば、残して気に止む必要もないでしょう」
全く反省の色が見えない。
何が視察だ。セリアの話しかしないではないか。
本当にこれは我が息子なのだろうか。
小さい頃から感情の起伏が少なく、わがままや癇癪も数えるほどしか無かった、あの。
「ランドルフ」
「はい、父上」
「次からは持ち帰らせなさい」
「分かりました」
夫は既に諦めたらしい。
義母はただ、義娘の胃袋の無事を祈った。




