15
双子の姉とその婚約者は数日を過ごしたのち、ブレウィンバラへと帰って行った。
きっと何度かの冬を越えるまで、また会えない日々が続くのだろう。
大きな馬車を見送りながら、アリスは片翼をもがれたような痛みを覚えた。
「そんな顔するなよ。二度と会えないわけでもないんだから」
「ブレウィンバラまで何日かかると思ってるの? そう簡単には会えないのよ」
「あっちだってそう思ってるさ」
カーティスは婿入りの支度も兼ねて、既にフォガンタム邸へと居を移している。
義父について執務を学び、着々と次期当主への道を歩み始めたのだ。
そのおかげかなんとなく頼りがいが出てきたし、アリスとの距離も近くなった。
「それにしても、ランドルフ様って不思議な方だったわ」
「そうか? とにかくセリアが好きで好きでたまらないってだけだろ」
「えっ、そうなの?」
「はぁ? どうしてお前たちはそんなに鈍いんだ? あの人も報われないな……」
心底呆れた顔をしながら、カーティスはアリスの腰に手を当てて中庭へと誘う。
二人でのお茶会にもすっかり慣れた。
「だけど、素敵だわ。そんなに愛された人のところへ嫁げるだなんて」
「悪かったな」
「僻まないで。お互い様でしょ」
アリスはカラカラと笑い、素朴な甘さのクッキーを口に入れた。
紅茶を一口飲み、そしてそっとカップをソーサーへ下ろした。
「ただ、そうね。少し寂しいわ。このまま恋を知らずに生きるなんて」
「俺だってそうだよ」
「貴方が悪いんじゃないのよ! でも、やっぱり一度くらいは恋をしてみたかったってだけ」
「……ひとつだけ、言いたいことがあるんだけど」
「なに?」
カーティスにしては珍しく、言葉を選ぶような間が落ちる。
そして拗ねたような視線をアリスへと向けた。
「お前たちは選ぶ立場だったんだからな」
「? どういうこと?」
「お前たちのどちらかに選ばれないといけなかったのは、俺の方ってことだよ」
だらしなく脚を伸ばした姿勢になり、カーティスは手を頭の後ろに回した。
「別にセリアもアリスも、恋をしたいなら誰とだってしたら良かったんだ。最終的にどちらかが俺と結婚さえすればいいんだし、心は自由だろ」
「そんな不誠実なこと、私たちはしないわ」
「俺からしたら、好かれてようが嫌われてようが結婚しないといけないんだ。だったら好かれてる方がいいに決まってる」
無作法に紅茶を飲み、ぶっきらぼうにカップを戻す。
こんな態度のカーティスは初めて見るかもしれない。
アリスはなんだかドキドキした。
「やりたくもないのに髪を整えて、流行りの服を着て。俺がどんなに頑張っていたか分かるか? 興味もないのにセリアが好きな民話やら詩集やらを読んだり、アリスのために何時間も早く家を出て好きでもない甘いお菓子を買ってさ」
「そんなことしてたの?」
「まぁな。でもまぁ、セリアは気づいてたよ」
「えっ」
鈍感、と言いながらカーティスは座り直し、今度はテーブルに肘をついた。
「興味もないだろうに冒険譚を読んだりするもんだから。俺が無理しなくていいって言ったら、あなたの好きなものを私も好きになりたいのよって、笑ったんだ」
「……セリアらしいわ」
「俺は、セリアのそういうところが好ましいと思ってた。この子とならきっと穏やかな家庭を築けるって、本気で思ってたよ」
「そう」
「でも、それは恋じゃなかった。アリス。お前に対しても」
「そんなの仕方がないわよ」
そう言って肩をすくめるのを見て、カーティスはふっと笑った。
そして手を伸ばし、親指の腹で婚約者の頬をそっと撫でた。
「でもさ、俺たちも夫婦になるわけだから。ちょっと頑張ってみないか?」
「なにを?」
「俺はアリスを好きになりたい。いや、ちょっと違うな……お前に、恋をしてみたい」
よくもまぁ、そんなことを今更言えるものだとアリスは感心した。
ただ、頬に触れた指先の熱さが、身体に移ってくる気がした。
「カーティス。私も、貴方に恋をしてみたい」
「まぁ、ちょっと順番はおかしくなったけど」
「そうね。ちょっと変ね」
「どうせここまで頑張ってきたからな。まだやれるよ」
「今度は私も頑張るわ。貴方と一緒に」
冬の気配がする。
しかし凍える日々を越えれば、また春が来る。
アリスは厚みのある大きな手に、細い指を絡めた。




