10
黄金の稲穂を見届けてから、ランドルフとセリアはブレウィンバラを立った。
来るときはじっと馬車の床を見つめていたセリアだが、今回は窓から景色を楽しんだ。
よくよく見ていれば、進むごとに木の形や道の広さが変わっていく。
伯爵家の馬車は子爵家の馬車より大きく揺れが少ないが、それでも道によって揺れの程度に差があることにも気がついた。
前回より多くの宿場に寄りながら馬を休ませ、時間をかけて行程を進めた。
そうしていよいよフォガンタム領に入り、馬車を降りて辺りを見回す。
不思議な感覚だった。
セリアの記憶よりずっと道が狭く、人と人との距離が近い。
考えてみれば、馬車や馬での移動の経験があまり無かったのはこのせいか。
どこまでも平らで、景色を広く見るような場所はない。
あちらこちらで鉄を叩く音がする。
煙突から上がっているのはパンではなく、鉄を焼く煙だ。
「懐かしいですか」
キョロキョロと視線を彷徨わせるセリアを落ち着かせるように、ランドルフは自分の腕に置かれた手を撫でた。
「はい……いえ、懐かしいというか、なんだか知らない土地のように思えて」
「記憶と違った?」
「……私、本当は何も見ていなかったのかもしれません」
セリアは知らなかったのだ。
土地によってパンの色が違うこと、風の匂いが違うこと。
高いところでは息が切れること。
階段を上り下りしたり、馬に乗ったりすると脚が痛くなること。
立ったまま食べるビスケットが、特別美味しいこと。
「……あなたが改めてフォガンタムの良さに気づいたのであれば、ブレウィンバラへ来ていただいた意義がありました」
思わぬ言葉に、セリアは婚約者を見上げる。
ランドルフはどこか寂しげな瞳でセリアを見ていた。
「ランドルフ様……?」
一体それは、どういう意味ですか?
尋ねようとした言葉は、少女の声にかき消された。
「セリア!」
「……アリス!」
門をくぐり間もなく邸内というところで、片割れが転がるように駆け寄ってきた。
はしたなくて恥ずかしいという気持ちと、引き裂かれた半身と再会した歓喜。
思わず婚約者の腕をすり抜け、セリアも走った。
そして、双子は強く抱擁した。




