# 第三話 魔物肉を燻製にしたら保存期間が三倍になった。村人『悪魔の肉だ』俺『いえ、ただの保存食です』
翌朝。
倉庫の前に、十名ほどの村人が集まっていた。
みな痩せていた。
みな、不安げな目でこちらを見ていた。
俺の手の中には、黒森で採れた魔物肉があった。
黒森猪、と呼ばれる肥えた魔物の肉だ。
昨夜、村の若い猟師に頼んで罠で仕留めたものだった。
血抜きされた肉の塊は、四貫目(約十五キロ)。
これを保存食化できれば、村の十七日分の食料が一気に三倍に伸びる。
「……補給官さま」
最年長の村人が声を上げた。
「それは魔物の肉ですかな」
「そうです」
「……魔物の肉は食わないのが村のしきたりです」
「呪われると」
俺は頷きながら肉を木の台に乗せた。
「呪いは計算に入っていません」
「俺が計算するのは、栄養価と保存期間だけです」
村人たちは、互いに顔を見合わせた。
その後ろに、ニナが立っていた。
昨夜、ミラの家で粥を食べたらしく頬の青さは少しだけ薄れていた。
「ニナ」
俺は彼女を呼んだ。
「この肉、匂いを嗅いで危険な部分を教えてくれ」
ニナはこくりと頷くと肉の前にしゃがんだ。
鼻先を肉の表面に近づけ、ゆっくりと首を振っていく。
獣の耳が、前に倒れ後ろに揺れた。
「……ここ」
彼女は肉の左下を指差した。
「血まだ残ってる。腐りやすい」
「ここを切り落とせば大丈夫」
俺は、肉のその部分をナイフで丁寧に削いだ。
削いだ部分は、握りこぶし二つ分。
残りは、約三貫目(約十一キロ)。
村人たちは、ニナの真剣な顔と俺の手の動きを息を呑んで見ていた。
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肉を塩で揉み込んだ。
二日分しか残っていない塩のほんの一握り。
その僅かな塩を俺は無駄にしなかった。
最も腐敗しやすい部位だけに、重点的に。
次に、肉を細長く切りロープに通した。
それを村の井戸の上に作った木組みに吊るす。
下では、湿らせた木屑をゆっくりと燻していた。
白い煙が立ち上る。
肉の表面が、徐々に色を変えていく。
褐色から黒褐色へ。
時間と共に、肉の中の水分が抜けていく。
水分が抜けるという事は、腐敗菌の繁殖場所が消えるという事だ。
俺は、頭の中の帳面に新しい行を書いた。
『保存期間:生肉三日 → 燻製肉二十一日』
『保存期間倍率:七倍』
『塩使用量:通常の三分の一』
燻製は、半日かけてゆっくりと続けた。
その間に、別の村人たちには別の作業を頼んでいた。
乾燥小屋の建設だった。
大きさは、二間四方(約三・六メートル四方)。
風通しの良い場所に、屋根だけの簡素な建物。
そこに、薄く切った肉を麻紐で吊るしていく。
日没までに、燻製肉と乾燥肉合わせて六貫目分が出来上がっていた。
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夜。
村の集会所に、村人たちが集められた。
火の周りに、保存食が皿に盛られて並んでいた。
「試食をお願いします」
俺は村人たちにそう言った。
「ただしまずは一切れずつ。
胃が慣れていない者には油の多い肉は毒になる」
最年長の村人が、震える手で燻製肉を一切れ口に運んだ。
数秒彼は何も言わなかった。
彼の喉が、ゆっくりと上下した。
そして。
「……うまい」
彼はぽつりとそう呟いた。
「呪いの味はしません」
「ただ肉の味です」
火を囲む村人たちの顔に、初めてほんの僅か緊張が緩む色が見えた。
ニナが近づいてきた。
彼女は、皿の上の燻製肉をじっと見つめた。
そして俺を見上げた。
「ニナもいい?」
「いい」
俺は頷いた。
彼女は小さな指で肉を一切れ摘んだ。
口に運び噛んだ。
咀嚼の音が、火の音に混じった。
次の瞬間。
ニナの獣の耳がぴんと立った。
「……」
「おいしい」
彼女はぽつりとそう言った。
その短い言葉に、村人たちが声を立てて笑った。
久しぶりに聞く、村人たちの笑い声だった。
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俺は、その光景を火の外側から眺めていた。
頭の中の帳面に、数字を書き換える。
『食料寿命:十七日 → 約四十日』
『生存確率:十二パーセント → 三十パーセント』
まだ足りない。
冬、は六十日。
差し引き、二十日分がまだ不足している。
だが第一段階は終わった。
俺は塩の壺を見た。
残量二日分。
明日、塩の問題に決着をつけなければならない。
火の向こうで、ニナがもう一切れ肉を摘もうとしてミラに止められていた。
俺はペンを置いた。




