第四話 塩が尽きそうな村で、外れスキル《在庫管理》が初めて『代替案』を示した日
翌朝。
俺は塩の壺の前に立っていた。
昨日の燻製で塩はかなり消費した。
残量推定一日と半分。
燻製も、塩漬けも塩なしでは継続できない。
そして、辺境のこの村に塩を売ってくれる商人は来ない。
俺は目を閉じた。
頭の中の帳面の感覚を呼び起こす。
倉庫の中身が見える、あの薄い光。
それを村全体に広げてみる。
……何も見えない。
いつもの通り、視界の端に現状の在庫情報だけが浮かぶ。
樽麻袋干し肉塩。
それだけだった。
俺は目を開けた。
「外れスキルか」
ぽつりと自分に呟いた。
《在庫管理》。
六年前の鑑定の儀で、俺に与えられた無価値な能力。
倉庫の中身が分かる、ただそれだけ。
神官は苦笑いした。
同期生は笑った。
だが、それが今村の希望なのだ。
可笑しなものだと思った。
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ニナが倉庫の入り口に立っていた。
「ニナ」
俺は彼女を見た。
「お前の鼻で塩の代わりになるものを探せるか」
彼女は首を傾げた。
「塩ない時どうしてる?」
「狼は海まで行く」
「でも海遠い」
「そうか」
彼女は考え込むように自分の顎に手を置いた。
「でも北のほう」
「変な石の匂いがする。前に言った」
「あれ、舐めるとしょっぱいかも」
俺の動きが止まった。
「岩塩か」
ニナの言葉に、頭の中で何かが繋がった。
北の凍土。
山岳地帯。
大昔、海だったかもしれない場所。
地殻の中に、塩の鉱脈がある可能性。
俺は目を閉じもう一度スキルの感覚を呼び起こした。
今度は塩そのものではなく。
『塩の代替』を探すように。
頭の中で念じてみた。
その瞬間。
視界の端の帳面に新しい一行が、浮かんだ。
『代替候補:北方凍土・岩塩鉱床』
『推定距離:村より北東十二里』
『推定可採量:村の年間消費の約四百倍』
俺は息を止めた。
《在庫管理》が、初めて知らないものを教えた。
倉庫の中身を見る、だけのスキルではなかった。
外れスキルではない。
もしかしたら、何か別のものだ。
だが考えるのは後だ。
まずは今日の塩を確保する。
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村の自警団長を呼んだ。
名はトルム。
三十五歳。元冒険者。右腕に古い傷。
家族を魔物に殺された過去を持つ、寡黙な男だった。
「北の凍土に岩塩がある」
俺は彼にそう告げた。
「探索隊を組みたい」
「あなたと若い男を四人」
「往復、五日。装備は村にあるものですべて」
トルムはしばらく俺を見ていた。
「……補給官さまはどうしてそこに塩があると分かるのですかな」
「俺のスキルが教えてくれた」
俺は隠さず答えた。
「外れスキル、と思っていたものだ。だがどうやら違うらしい」
トルムの右の眉が僅かに動いた。
「外れスキル持ちが村を救う」
「面白い話ですな」
彼はふっと息を吐いた。
いや笑ったのかもしれない。
「やります」
「家族を失った時、誰も俺を助けなかった」
「あんたはニナを助けた。それだけで、十分です」
俺は頷いた。
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その日、のうちに装備を整えた。
毛皮の外套、防寒靴水筒火打ち石。
保存食三日分。
香草を煎じた『匂い消し』の小袋、五つ。
乾いた草を湿らせた『煙幕用』の袋、三つ。
最後の二つは、俺の指示だった。
凍土には、凍狼の群れが棲むという。
戦って勝てない以上、迂回するための道具が必要だった。
ミリア――いや、まだミリアは来ていない。
ミラが、保存食を布で包みトルムに渡していた。
「気をつけてね」
ミラは静かに言った。
トルムは軽く頷いた。
俺は、彼らに最後の一言を告げた。
「無理はしないで下さい」
「死人を出して持ち帰る塩は塩としての価値がありません」
「俺の計算は生きて帰る前提です」
トルムは何かを言いかけて止めた。
代わりに深く頷いた。
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探索隊が、北へと出発した日の夜。
俺は、倉庫で一人帳面を開いていた。
窓の外、北の空に雪雲が流れていた。
その向こうに凍土がある。
頭の中の帳面に新しい一ページが、開いていた。
『《在庫管理》、新機能:代替提案』
『不足品の代用品を外部から検索可能』
『使用回数:制限不明』
俺はそのページを見つめた。
外れスキル。
誰にも価値を見出されなかった、能力。
だが、それが村を生かそうとしている。
六年前、神官に苦笑いされたあの日。
俺はこう思って生きてきた。
倉庫の中身が分かる、それだけだと。
もしかしたら、間違っていたのかもしれない。
俺はペンを置いた。
明日塩が来る。




