癒しの仲間
第四話 癒しの仲間
終業のチャイムがなった。その日は二学期終了の終業式であった。
クラスは、明日からやって来る冬休みを楽しみにする生徒たちで沸いていた。
「いやー、終わったなー。二学期長かったぜ……」
勇二が、伸びをしながら雪斗とヴァイスの所に近寄ってきた。
「今日はどうする、雪斗? トレーニング行っとくか?」
終業式は午前中に終わったので、まだ日は高かった。気温も寒すぎず、訓練には最適であると思われた。
「私も勇二に賛成するわ。この前は白界の刺客が思った以上に早く送られてきた。雪斗には早く能力に慣れてもらわなきゃならないわ」
雪斗も同じように思っていた。
「そうだね、僕もいつまでも足手まといでいられない。時間を有効活用しよう。今日はたくさん訓練しよう」
三人の意見がまとまって、三人は鋼川上流へと向かわんとした。その時だった。
「あの、白石くん……」
雪斗は、同じクラスの女子生徒に声をかけられた。
「どうしたの、市井さん?」
雪斗に話しかけてきた女子生徒は、市井静香といい、クラスではたいして目立つ生徒ではないが、成績優秀な優等生であった。
セミロングの髪型で、目は大きく、鼻は小さい、唇は薄い、比較的整った顔立ちをしている。
「あの、ね。こんなこと、言ってもいいものか迷うのだけど、言わせてほしいの」
静香は、歯切れ悪く言う。
「えっ、何かな?」
雪斗は、少し期待してしまう。
「白石くん、……幽霊に取り憑かれているよ」
静香から出た言葉は、予想のかなり斜め上を行くものだった。
「うん、そう。幽霊がね……全身真っ白で金色の目をしてる、一見したら綺麗な女の人の幽霊が……」
静香の言っている幽霊とは、間違いなくヴァイスの事だった。
「市井さん、この人は幽霊なんかじゃなくてね……」
「いいわ、雪斗。私が直接説明するわ」
ヴァイスは、そう言って雪斗の前に出た。
「私は、ヴァイス・エティフ。普通の人の目に映らないけど幽霊じゃないわ。あなたは何て言うのかしら?」
「は、私は市井静香っていいます、ヴァイスさん! 普通の人には見えないって言ってましたが、あなたはどちら様なんでしょうか!?」
「まずは落ち着いて、静香。すぐに全てを理解しろとは言わないけど、これだけは言わせて。私は白界の姫、ヴァイス・エティフ」
「びゃっかい、の姫……?」
静香は、案の定混乱した。
混乱する静香を、更に混乱させぬよう、ヴァイスは少しずつ身の内を明かした。
まずは、ヴァイスの姿が見えるのは、静香が『トリガーパーソン』と言う特別な存在であること。
次に、白界は滅びの運命にあり、この世界の核たる『キー・トリガーパーソン』の雪斗が白界の住人に狙われていること。
最後に、ヴァイスは『キー・トリガーパーソン』の雪斗を守りに来た事を告げた。
「……だいたいこんなところだわ。私のおおよその存在理由は白界の住人の手から雪斗を守ることよ」
「おいおい」
勇二が差し挟んだ。
「オレの紹介はしないのか? オレだって『トリガーパーソン』で、雪斗を守る手伝いをしてるだろうが」
「大島くんも、とりがー、ぱーそん?」
せっかく静香の混乱が解け始めてきた所だと言うのに、勇二がまたややこしくした。
「おう、魔法だって使えるんだぜ!」
「ま、魔法……?」
「勇二くん、いったん口閉じようか……」
「同感だわ雪斗。勇二、少し黙っていなさい」
「なっ、何だよ、オレが悪者みてぇに言ってよ?」
「あ、あのっ!?」
静香は、大声を上げた。
「どうしたの、市井さん?」
雪斗が訊ねる。
「魔法って、こういうものの事でしょうか!?」
言うと静香は、空中に手をかざした。そして念じると、静香の手が青く光った。
雪斗たちは驚いた。
「あれは魔法……でも攻撃性を感じない。守りの力ね」
ヴァイスは言った。
「市井さん、それいつから?」
「この間屋上大破事件があったでしょ? 先週委員会の仕事でちょっと屋上に近づく用事があって行ったんだけど、行った途端、手が温かくなって、以来この温かさを感じる度、手が光るようになったのよ」
「ヴァイス、これって……?」
「ええ、完全にもらったわね。白界の魔法を」
ヴァイスとガロンの激しい戦いで、屋上を大破させるほどの強い魔法を使われたため、魔法の残滓が屋上に残っていた。そこへ『トリガーパーソン』の資質のある静香が近寄ったことにより、病気が移るように、魔力が静香を満たしたのだ。
「静香、あなたに宿った魔法は、あらゆる世界でも珍しい治癒の魔法よ。どんな怪我でも病気でもたちどころに直してしまう能力。白界の住人も喉から手が出るほど欲しがるほどのね。あなたの身を守る意味でも、私たちの仲間になってほしいの」
静香は、実感が湧かなかった。そのようなすごい能力が自分の身に宿っていることが信じられなかった。
「静香、あなたは『キュアトリガーパーソン』、略して『シー・トリガーパーソン』よ。回復役がいれば、私たちの戦いもかなり楽になるわ」
「ヴァイスさんと言いましたよね? 戦いって一体?」
「そこから説明しなきゃならないわね、いいわ話してあげる。そもそも白界というのは」
「こら、お前たちいつまで残っておるか!」
巡回中の教師に見つかった。気がついたら、教室には雪斗らしか残っていなかった。
「下校時間はとうに過ぎておるぞ、早く下校せんか!」
「す、すみません! 今帰りまーす!」
雪斗と勇二、そして静香は急いで帰り支度をし、教室を後にするのだった。
※※※
雪斗とその一行は、鋼川へとやって来た。ここなら、もしも白界の刺客が攻めいって来ても、被害は少なくて済む。そう考えてここへ来たのだった。
比較的安全なこの場所で、ヴァイスは様々な世界の存在、その中にこの世界、地界と白界があること、そして白界は滅びの一途を辿っている事も話した。その滅びの道を回避する方法は、この世界の『キー・トリガーパーソン』の命を利用することだと告げた。
「ちょっと待ってください、ヴァイスさん」
「ヴァイス、でいいわ、静香」
「そ、それじゃあヴァイス……は、白界のお姫様なんでしょう? それなのに白石くんを守っているんですか?」
「白界は存在しすぎた。だからそろそろ終わりを迎えるべきだと思うの」
「それって、ヴァイスも消えるって事なんじゃ……」
静香は、核心を突く。
「私自身ももう何億年も存在している。今さら生にすがるつもりはないわ」
「ヴァイス……」
「市井さん、ヴァイスの決意は固いよ。今だって僕の首を取れば、白界もヴァイスも更に何億年生き永らえることができる。でもそれをしない。つまりはそういうことだよ」
雪斗は代弁した。
「白石くんは怖くないの? ずっと白界の人と一緒にいて、ある日気が変わって、命を取られるようなことがあるんじゃないかって……」
「僕はヴァイスを信じてる。現にお互いに命を守ったことがあるし、ヴァイスは裏切りの姫なんて呼ばれてて、実際に同士討ちをしている。僕を守るために、ね……」
「オレは、ごちゃごちゃしたややこしい話は分からねぇけど、これだけは分かる。イバラの道でもヴァイスは雪斗を守るって」
白界の刺客との戦いを経験している勇二の言葉は重かった。
雪斗を守るその一心で、ヴァイスは一生懸命に戦っていた。その姿を見ているからこその言葉だった。
「市井さん、僕からお願いするよ。キミも僕の仲間になってくれないかな? 勇二くんのような特別な『トリガーパーソン』なら、白界の住人に狙われるかもしれない。僕らが一緒なら、市井さんを危険な目に遭わせることはない」
静香は、『シー・トリガーパーソン』という特別な存在であるが、攻撃する力はない。ひたすら守る力しかないのでは、もしも襲われた時、反撃できずに命を白界の糧にされてしまう。
「そうだぜ! 市井は回復もできるんだろ? 白界の刺客はものすごくつえぇ。ヴァイスほど強いやつでも無傷ではいらんねぇくらいだ。回復役がいた方が心強いぜ!」
勇二は、強く誘った。
「私が、役に立つ……?」
「ええ、仲間になってくれれば、とても助かるわ」
ヴァイスは言った。
「私なんかが、本当に役に立つの?」
「そういえば、まだ引き出していなかったわね。あなたの力を」
「えっ、私の力?」
「手を貸してくれるかしら? 大丈夫よ。痛みはないから」
「そ、それじゃあ、はい……」
静香は恐る恐るヴァイスに手を差し出した。
かつて、雪斗や勇二にやったように、ヴァイスは両手で優しく、静香の手を握った。
「温かい光……」
「もういいわ、楽にしていいわよ」
「ふぇっ!? 何か出そう!」
「それがあなたに宿った魔法の真の姿よ。逆らわずに身を委ねるのよ」
静香は、言われるがままに魔法を放った。
「ウィンドシールド!」
強風が吹きすさぶ、風圧の盾が静香の前に顕現した。
盾には常に強風が吹いており、この風によって敵の攻撃を受け流すようになっていた。
静香に宿っていた魔法は、これだけに止まらなかった。
「ウィンドヒール!」
今のところ、静香にしか使えない回復魔法である。
風で傷口を乾燥させ、止血を促し、傷口を閉じる回復魔法だった。
「こ、これが私の魔法……!?」
静香は、自分の両手の平を震わせていた。
「一度に二つの魔法を覚えるなんて、すげぇぜ市井!」
勇二は素直に驚いていた。
「岩か鋼が出るかと思ったら、まさか風とはね。この私でも想定外よ。いや、岩や鋼じゃどうやって回復するのか説明がつかないわね。風の方がいいのかしら?」
想定外の風の魔法に、悩むヴァイスだった。
ふと、ぐう、と大きな音がした。音の出所は、勇二の腹だった。
「いやぁ、今日終業式で昼飯まだだったろ? だから腹減っちまって、何か食いに行かね?」
つられるように、雪斗も腹の虫を鳴らした。
「そういえば、そうだね。市井さんはどう? お腹減らない?」
静香は返事を、腹の音でした。静香は赤面して何も言わず、顔を背けた。
「減ってるみたいだね……」
雪斗は苦笑した。
「よーし! じゃ、ファミレス行こうぜ、市井の歓迎会を含めてな!」
「じゃあ、主役は市井さんだね」
「……静香でいいよ。私も雪斗くん、勇二くんって呼ぶから……」
静香は、そっと告げる。下の名前で呼んでも良いと言った。
「そ、そうか? じゃあ訂正だ。静香の歓迎会をするぞ!」
「じゃあいこうか、勇二くん、静香さん」
雪斗たちは、食事へと向かうのだった。
※※※
その日の晩。雪斗は早速、冬休みの課題に取り組んでいた。
冬休みは二週間しかない。故に、課題をやっても早すぎることはなかった。
「熱心ね」
ヴァイスが声をかけた。雪斗は、手を止め、ヴァイスを見る。
「あまり日にちがないからね。正月明けに苦労したくないんだ」
「正月ね、もう一年経つのね。光陰矢の如しって言うけど、白界人からすれば鉄砲の弾よ」
「やっぱり、ヴァイスにとっては、新年を迎えるのは悪いこと?」
「自然に流れる時は必要だと思うわ。何億年も滅びの運命を無理やりねじ曲げて自然の時を無に帰すよりは、ね……」
「ヴァイス……」
「雪斗、しろちゃん、ご飯だよー!」
小雪が二人を呼んだ。
「はーい、今行くよー」
二人がダイニングキッチンに行くと、カレーがテーブルに置かれていた。
「雪斗もしろちゃんもシチュー派だけど、たまにはカレーも悪くないだろ? さあ、たんと召し上がれ」
ヴァイスは、米の上に乗せられた茶色いどろどろした物を見て少し引いていた。
「小雪、これは……?」
「カレーライスだよ。知らないのかい?
びゃっかいには無いもの?」
「見たことはある、写真ではね。でも実物を見たことが無かったから……」
「シチューが好きなら気に入るよ。ほら、遠慮せずに」
「いただきまーす」
雪斗は先に、カレーを食べ始める。
「うーん、美味しい! 母さんのカレー、久々に食べるなぁ」
雪斗は味わって食べていた。
ヴァイスは、出されたものを残さない主義なので、恐る恐るだが、一口大に掬って口に運んだ。
次の瞬間、口の中に芳香がし、辛味が米の味を高めているのを感じた。
「……美味しいわ」
ヴァイスの口からこぼれた言葉である。
「小雪、これ美味しいわ」
ヴァイスは、掬っては食べ、掬っては食べ、と完全に病み付きになっていた。
「あはは、そう言ってくれて嬉しいねぇ。お代わりはあるから、遠慮しないでね」
「じゃあ、僕お代わりー!」
「はいはい、ホント雪斗はカレー好きだねぇ」
小雪はカレーのお代わりをよそり、雪斗に手渡した。
「小雪……」
「なんだい、しろちゃん。しろちゃんもお代わりかい?」
「ええ、その、今度はもう少し多く……」
ヴァイスは、少し恥ずかしそうに大盛りを所望した。
「しろちゃんよく食べるものねぇ。一杯目は少なかったかい?」
「とても美味しいから、ご飯も進んで……」
「よし、じゃあ、ルーも米も徳盛にしてあげる! たんとお食べ」
「ありがとう、小雪」
三人は、しばし夕飯を楽しんだ。
「あー、美味しかったー!」
雪斗とヴァイスは、食事を済ませ、部屋へと戻り、雪斗がベッドに腰かけて言った。
「ふぅ、少し食べ過ぎたかしら……?」
ヴァイスは、少し膨れた腹をさすりながら、机の椅子に座った。ヴァイスは、五号ほど炊かれたご飯を全部食べていた。
「あれだけ食べておいて、少し食べ過ぎで済むの? 僕だったらもう一ミリも動けないけど……」
「噂には聞いてたわ、『カレーは飲み物』だって。分かる気がするわ。梅干しや塩よりもご飯が進むもの」
分かってしまってはいけないような気がしたが、雪斗は突っ込まないでおいた。
「地界って、いい世界だと思うわ」
「いきなりどうしたの、藪から棒に?」
「白界よりも人が生き生きしているし、米もたくさん採れるし、争いもない。これが素晴らしい世界だと言わず、なんて言うのかしら?」
白界は、常冬の世界で作物があまり育たず、食事は基本的に狩りによって賄ってきた。そんな状態が数千万年続いていて、ヴァイスは肉や魚に飽々していた。
そういった事実がヴァイスの米好きに繋がっていた。
「ヴァイスは、今の生活が幸せかい?」
「ええ、裏切りの姫って呼ばれているけど、この平和な世界にいられる事は幸せだと思うわ」
「僕が『キー・トリガーパーソン』で、守るために戦うことに、何のためらいもないって言える?」
「戦いが辛くないか、と訊かれたらいいえと言えないけど、それ以外だったらさっきも言った通りいいことずくめ。上手く中和できてると思うわ」
ヴァイスは、戦う力を持っていながら戦いを良しとせず、争うことを嫌っていた。
「けれど、雪斗に害する魔の手は容赦なく払うわ。そこは安心して、雪斗」
ヴァイスは、微笑していた。雪斗を安心させようというつもりであろうが、ヴァイスが、雪斗を守るためなら死をも厭わないつもりであることも含んだ笑みであったため、雪斗は安心できるはずがなかった。
「僕の事も頼ってよ。ヴァイス一人が苦しむなんて、僕には堪えきれないよ!」
「雪斗、あなた……」
「ヴァイスが戦うなら、僕も全力で戦う。だって僕は、この世界の『キー・トリガーパーソン』なんでしょ? 強いんでしょ?」
『キー・トリガーパーソン』は、いわば世界の防衛反応である。世界を守るために大きな力を持っている。雪斗はまだ半分も力を得ることができていないが、いずれは一人でも世界を守りうる力を得る。
「白界の魔法は冷たいものばかりよ。果たして、雪斗に使いこなすことができるかしら?」
ヴァイスは、からかうように言う。
「できる! なってみせるよ!」
「ふふ、いつかは、背中を守りあって戦えるようになれるといいわね」
歳は圧倒的に離れているが、ヴァイスは、雪斗を実の弟を見るような眼差しを向けるのだった。
※※※
鋼川上流。
雪斗の提案で、魔法の訓練をすることになり、雪の降りしきる中、訓練を行っていた。
勇二と静香も訓練に参加し、各々自らが持つ魔法の鍛練をしていた。
雪斗とヴァイスは、勇二たちより少し離れたところで、特別な修行をしていた。
「いい? 雪斗、白界の魔法を自在に操れるようになるには、白界人に限りなく近い存在になること。今のあなたはなることはできても、使いこなす事ができていないのよ。まずは慣れる所から始めて」
「はいっ!」
雪斗は、大きな声で返事をすると、半白界人の姿になった。
銀色の髪に、白い肌、そして金色の瞳を持つ、オーラを纏った戦闘態勢の姿である。
「変身は完璧よ。次はその姿勢を維持し続ける事を念じて!」
「う、く……ううぅ……!」
雪斗は、魔力が抜けていく感じがしていた。
「抜けていくわ、堪えて!」
「うぐぐぐぐ……く、はぁ……」
魔力が全て抜け、雪斗はもとの姿に戻ってしまった。
「はあはあ……ごめん、ヴァイス……」
「焦る必要はないわ。急に大きな魔力を身に宿そうとするから失敗するのよ。まずは少しずつ、少しずつ魔力を宿すのよ」
「……うん、やってみるよ!」
雪斗は再挑戦する。
雪斗は、身体中を駆け巡る魔力を、一点に集中させる。
ヴァイスの言った通り、一度に魔力を貯めず、ちみり、ちみりと魔力を集中させていった。
魔力が集まるにつれて、雪斗の姿も変わっていく。青白いオーラを纏い、白銀の髪色になり、肌は白く、瞳は金色である。
雪斗は、最小限の魔力で白界人の姿になることができた。
「やったよヴァイス! 少ない力でなる事ができたよ!」
「まだよ」
ヴァイスは、まだ力が足りない、と言った。
「まだ力を引き出せるわ。姿は変わったけど、変わっただけ。それだと、白界の魔法を一度使っただけでもとに戻ってしまうわ」
実戦を想定しているだけあって、ヴァイスの指導は厳しかった。
「そ、そうか、まだダメなんだね。でもこれ以上魔力を高めたら、また抜け出てしまいそうだよ。どうすればいい?」
「抜け出すギリギリまで魔力を高めるのよ。簡単に言ってるけど、とても難しいわ。頑張って!」
「抜け出すギリギリだね? よーし、やってみるよ!」
雪斗は更に魔力を高める。既に変身することはできているので、これまでよりも少しずつ魔力を貯めていく。
ヴァイスの言う通り、言うだけなら簡単なことをしているようだが、これが非常に難しいことだった。
魔力を高めようとすると、抜けていくのを感じ、かといって止めると、魔力が貯まらない。なかなか歯がゆい思いをする雪斗だった。
「はっ!? しまった!」
魔力を少しずつ貯めていたつもりであったが、限界を少し超えてしまい、そこから一気に抜けていってしまった。
雪斗の姿はもとに戻ってしまった。
「……ごめん、ヴァイス。なかなか上手くいかないや……」
怒られるかと身構える雪斗であったが、返ってきたヴァイスの言葉は優しかった。
「焦る必要はないわ。白界人の姿になることはできるようになったじゃない? 後ほんの少し、白界の魔法を使えるようになればいい。まあ、それが一番難しいのだけど」
「ヴァイス……」
雪斗は、ヴァイスの言葉が痛かった。そして同時に、非常に情けない気持ちになった。
「さあ、焦る必要はないけど、急ぎましょう。刺客がいつやってくるかも分からないからね……」
ヴァイスは不意に、魔力を感じた。
「雪斗!」
「えっ!?」
ヴァイスは、雪斗の手を引いた。その後、雪斗のいたところにいくつもの尖ったつららが落ちてきた。
「なに!?」
「ふん、仕留め損ねたか……」
鎧を着た白髪に白ひげ、そして白界の住人に特有の金の瞳をした男が、何人もいた。
(この力、刺客じゃない。とすれば、彼らは……)
「勇二、静香! 私の所へ!」
ヴァイスは、遠くで訓練していた二人を呼び寄せた。
「雪斗は私の後ろに!」
何が起こったのか分からないまま、雪斗は腕を引かれ、ヴァイスが雪斗の前に立ちはだかった。
「お久しゅうございますなぁ、裏切りの姫君?」
軍団の中央にいた男が、白ひげを撫でながら、敵意を含めた笑みをヴァイスに向けた。
「メンデル兵士長……」
「ほほう、覚えておいでしたか、ヴァイス姫殿下?」
メンデルと呼ばれた男は、ニヤリと笑った。
「ヴァイス、あいつらは!?」
勇二が訊ねた。
「……白界の王直々に組織された、白界の兵隊よ」
突然現れた兵隊は、メンデルを筆頭とする白界の精鋭部隊であった。
白界の刺客ほどの力は持ち合わせていないが、一人一人がよく訓練された腕利きの集まりである。
「おや、『エフ・トリガーパーソン』と『シー・トリガーパーソン』もご一緒でしたか。『キー・トリガーパーソン』だけで十分ですが、そこの二人の首も陛下に献上すればわたくしの地位も上がると言うもの。逃がしはしませんよ」
「この子たちには、指一本触れさせないわ! 全員まとめてかかってきなさい! 雪斗たちは私から離れていて!」
「離れてろって、一人であの兵隊相手にするつもりかよ!?」
「今のあなたたちでは、一人を相手にするのが限界よ。むこうは集団で来るわ。勇二と静香は雪斗を守ってて!」
「わ、分かったわ! 行きましょ、勇二くん!」
「くそ、雪斗。ヴァイスから離れよう。悔しいが、オレたちは足手まといだ」
「早く逃げましょ、雪斗くん、勇二くん!」
「ヴァイス、ヴァイスー!」
雪斗は、二人に引きずられるように連れられていった。
雪斗らが十分離れたのを確認すると、白界の兵隊に目を向けた。
「さあ、来なさい!」
ヴァイスは、両手を魔法で蒼く輝かせた。
「相手は一人だ。一斉にかかれ!」
「おーっ!」
白界の兵隊たちは、一気にヴァイスへと襲いかかった。
「スノーストリーム!」
ヴァイスは、集団を一掃しようと、雪崩を引き起こした。
最前面にいた兵隊たちは、雪崩に飲み込まれた。
「サウザンドアイシクル!」
ヴァイスは、続けざまにつららの矢を放った。
雪崩に飲み込まれなかった兵隊たちに、つららの矢が刺さる。
「ぐわあああ!」
白界の兵隊たちは、ダメージを受けて叫んだ。
大体の兵隊は退けることができたが、それでもまだ兵隊は多くいた。
「直接攻撃では、雪崩を受けて終わりだ。魔法で畳み掛けなさい!」
メンデルは、作戦変更を言い渡す。
「アイシクル!」
「スノーブラスト!」
「フリーズエアー!」
兵隊たちは、統率された動きで魔法を使ってヴァイスを攻撃した。
それぞれつらら、風雪、対象を凍らせる空気をぶつけてきた。
「その程度の攻撃……!」
ヴァイスは、両手に纏った魔力を一点集中し、魔法攻撃から身を守る障壁を展開した。
つららは、障壁の前で砕け散り、風雪は障壁に押し負け、障壁に反射される。凍らせる空気は、ヴァイスに届くことなく霧散していった。
ヴァイスは、全ての魔法を無効化した。
「お返しよ!」
ヴァイスは、魔法を集中させた。そして、姿が見えないほど素早い動きで地面と空、縦横無尽に飛び回り、空中につららを設置する。
「姫様、一体何をなさるおつもりですかな?」
メンデルは、余裕の顔を崩さない。
「何をされたか分からないようね。答えはその身を以て知りなさい!」
ヴァイスは、右手に手の平大の氷塊を出現させた。
「さようなら」
ヴァイスは、氷塊をメンデルたちのいるところに投げ放った。すると次の瞬間、空中に、地面にと設置されたつららが、氷塊に吸い寄せられるように一斉にメンデルらに襲いかかった。
「こ、これは!?」
「うあああ……!」
つららは、時間差なく縦横無尽からいっぺんに飛び回り、回避する事は不可能だった。
兵隊たちはつららに貫かれ、一様に事切れていった。
「ぐはっ!」
メンデルは、口から血を出しながらも立ち上がった。
「さすが、兵士長。あれを受けてまだ生きていられるなんてね……」
事切れた兵隊は、雪どけ水のようにその身を水に変えていき、蒸発していった。
「どうだったかしら、私の『タイムフリーズ』の味は?」
ヴァイスのやったこと、それは時を凍らせることだった。
時を凍らせることにより、空間につららを設置することを可能としていた。時を凍らせる事で出来上がった氷塊を破壊することで、時の流れは再び流れ出し、つららは一斉に動き出したのだった。
残ったのは、数人の兵隊と、メンデルだけであった。
「ぐう、まさか裏切りの姫がこれほどの力を持つなど……!」
「『キー・トリガーパーソン』は諦めなさい。そうすれば、命までは取らない。さんざん兵隊を殺した後に言っても、説得力はないでしょうけど」
生き残った兵隊は、怯えきっていた。
「兵士長、我々だけではどうにもなりませぬ。撤退しましょう!」
「黙れ! わたくしは陛下から直々に姫と『キー・トリガーパーソン』を討ち取るよう命を受けている。そう簡単に逃げるわけには行かぬのだ!」
「ですが、我々のほとんどが姫に……」
「それでも活路を見出だすのだ!」
ヴァイスは、氷の剣を手にし、大きな魔法から生き残った兵隊の心臓を貫いた。
「さあ、これでお仲間がまた死んだわよ? まだ続ける? 仲間が一人一人死んでいくのを見て、最後に果てる? メンデル兵士長」
「最早形振り構わん。貴様らの命差し出してもらいますぞ!」
メンデルは、空間に細身の剣を出現させた。それは、刃が漆黒であり、縁が赤色をしていた。
「さあ、貴様の命、いただくぞ!」
「はぇ!? 兵士長……!?」
メンデルは、隊員を斬り殺した。
「貴様もだ。じたばたするでない!」
メンデルはやはり、仲間を斬った。
「ぎゃああああ!」
「何をしているの、気が狂ったの?」
メンデルは、仲間殺しを止めない。ついには最後の一人を斬り殺した。
「……お待たせしましたなぁ、姫殿下?」
メンデルは、これ以上ないほど不気味な笑みを浮かべる。
「一体何を……って、その剣は……!?」
ヴァイスは、今メンデルが持っている剣を知っていた。
「ご存知のようですなぁ? その通り、これは『ブラッドブレード』。血を吸わせることで威力を増す魔剣にてございます」
「大層な剣を持っているけど、使いこなせなければ意味はない。あなたがその魔剣を使いこなせるとは思えないけど……」
ヴァイスは、あくまで余裕であった。
「姫、あなた様にも糧になっていただきますぞ!」
メンデルは、ヴァイスに斬りかかった。ヴァイスは受け止める。
(速い、それに重い!)
メンデルの攻撃とは思えない剣技であった。
ぎちぎちと鍔迫り合いをしていると、ヴァイスは異変を感じた。
ヴァイスは、剣を弾いて距離をおいた。
「うぅ……!」
ヴァイスは目眩を感じて、その場に膝をついた。
「ヴァイス!」
雪斗は叫んだ。
「来てはダメ!」
ヴァイスに叫び返され、雪斗は足を止める。
「……メンデル、あなたのその剣、体力を吸い取る力を持っているわね……?」
「ご名答。この『ブラッドブレード』は、斬った者の数だけ切れ味を増し、触れただけで体力を吸い取るのですよ。戦いが長引けば、それだけ体力を奪われ、倒れることになる。もっとも、体力を奪い尽くされるまで戦えるかどうかは、疑問ですがね……!」
メンデルは、再びヴァイスに斬りかかった。
ヴァイスはまだ目眩をふり払いきれず、メンデルに斬られようとしていた。
「裏切りの姫、その首いただこう!」
「させない!」
バキィン、という音が辺りに響き渡った。
「雪斗、あなたまた……!?」
雪斗は、障壁を纏ってヴァイスの前で仁王立ちしていた。
「静香さん、ヴァイスの回復を! 勇二くんはやつに牽制を!」
「分かったわ!」
「おう!」
二人は同時に返事した。
「ライトニング!」
勇二は、メンデルに向けて雷撃を放った。
「ちぃ……!」
メンデルは、舌打ちして勇二の雷をかわした。
「ヴァイス、もう見てられない。ここからは僕たちも戦うよ!」
雪斗は、戦いに赴くのだった。




