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激戦

第三話 激戦 


 放課後の屋上で、狂人然とした白界の刺客と、ヴァイスたちは睨み合っていた。


(これは、完全に油断していたわね……)


 ヴァイスは、これほどまでに早くに刺客が送り込まれるとは思っていなかった。


 刺客がやって来ることは分かっていたことだった。だからヴァイスは、雪斗と勇二に実戦形式の戦闘訓練を行っていた。


(実戦を想定して修行していたけど、まだ雪斗は変身にも魔法にも慣れてない。勇二は戦力としてはまだ一定の水準に達していない。……私がやるしかない)


 ヴァイスは、雪斗と勇二の前に立った。


「ヴァイス、何を?」

「まさか、一人であいつと戦うつもりなのか!?」

「残念だけど、あなたたちではまだ刺客の相手は無理。私がお相手するわ」

「ヒャーハハハハ! 裏切りの姫様直々に相手してくれるってのか。こりゃ楽しめそうだぜ!」

「御託はいいからさっさとかかってきたらどう? これでも私、結構強いわよ?」

「そうかい? そいつは楽しみだ! さあ、おっ始めようじゃねぇか!」


 ガロンは、空間にサーベルを出現させた。それを手に取ると、ものすごい速度でヴァイスに斬りかかった。

 ヴァイスは、手に魔法をかけて、ガロンの一撃を受け止めた。


(ぐっ……! 思った以上に重い攻撃ね……!)


 ヴァイスは、ガロンの刃を弾き返した。


(これは、速攻をかけなければ)


 ヴァイスは、魔法を発動する。


「サウザンドアイシクル!」


 千のつららの刃が、ガロンに襲いかかった。


「キヒッ!」


 ガロンは、手の中でサーベルを高速回転させた。


「なにをっ!?」


 ガロンは、サーベルを回転させて、ヴァイスのつららの刃を叩き落としていた。

 やがて、幾千のつららは、全て落とされてしまった。


「サウザンドアイシクルを、全部弾いた!?」

「エヒャヒャ! なかなか面白い技だったぜ? だが、残念だったな。オレ様には通用しねぇよ!」


 今度はこちらの番だとばかりに、ガロンは魔法を使った。


「エンブリザード!」


 ガロンのサーベルが冷気を帯びた。冷気を帯びるだけに(とど)まらず、サーベルの刃に吹雪が巻き起こっていた。


「そらよ!」


 ガロンは、サーベルを振るった。サーベルに巻き起こる吹雪が、ヴァイスに襲いかかった。


「くっ……!」


 ヴァイスは、魔法の盾を展開するものの、吹雪の勢いが強く、盾は凍てついて砕けてしまった。


(なんて技……この私が押されてるなんて……)


 ヴァイスは、痛む手を抑えながら、ガロンを見た。


(飛び道具は跳ね返される。だったら跳ね返せない技を使うしかない……!)


 ヴァイスは、雪斗たちと十分な距離を取れている事を確認し、魔法を発動した。


「スノーストリーム!」


 ヴァイスは、雪崩(なだれ)を引き起こした。それにガロンを飲み込ませ、息の根を止めようとした。


「さあ、これならどうかしら!?」

「こいつぁ……!」


 ガロンは、再び吹雪を巻き起こして応戦した。しかし、ヴァイスの雪崩の威力の方が高く、吹雪の勢いを打ち消して、ガロンを飲み込んだ。


 ヴァイスの作戦は上手く行ったように思われた。


「ぶはあっ!」


 雪崩に埋もれたガロンが、その顔を雪の中から出した。


「そんなっ!?」

「なかなか危なかったぜぇ? 裏切りの姫様よぉ。戦いはやっぱこうじゃねぇとな。一方的に終わっちゃつまんねぇからな」


 雪崩は消え去った。


「魔力は姫様の方がやっぱ高いようだなぁ? 魔法勝負は分が(わり)ぃ。肉弾戦と行こうじゃねぇか!」


 ガロンは、素早い動きでヴァイスに接近した。


「アイシクル!」


 ヴァイスは、牽制として下級魔法を使った。しかし、ガロンに簡単に断ち斬られてしまった。


「うおりゃ!」

 ガロンは、サーベルを振った。

「ぐっ……!」

 ヴァイスは、氷の(つるぎ)を出現させ、ガロンのサーベルを受け止めた。

 痩せ形のガロンのサーベル攻撃は、その身にそぐわない威力であり、ヴァイスは一太刀受けただけで手に痺れを感じた。


「オレの一撃を受けるとは、なかなかやるじゃねぇか? 姫様よぉ」

「私の能力は魔法だけじゃない。剣撃もできる。接近戦にも対応できるところ、見せてあげるわ!」


 ヴァイスは、ガロンのサーベルを弾き返し、ひとまず間合いを取った。


「それで逃げたつもりかぁ!?」


 ガロンは、ヴァイスを追いかける。そしてサーベルの切っ先を突き出した。

 ヴァイスは、刃を立てて刺突をかわした。刺突を避けられて体勢を崩したガロンに、ヴァイスは斬撃をくらわせた。


「ぐおっ……!」


 ヴァイスの斬撃は、ガロンの脇腹を掠めた。


「やった!」


 勇二は、ヴァイスの攻撃が決まったと思い、声を上げた。


「いや、まだだよ、勇二くん」


 雪斗は対称的に、冷静に戦いを見ていた。


「ヒャッ、ヒャーハハハ! いてぇ! いてぇぜ、姫様よぉ! いいもんくれるじゃねぇか!?」


 ガロンは、斬撃をくらいながらも、その痛みに高笑いを上げた。


「な、なんだよアイツ、変人か!?」

「見た目通りだね……」


 ガロンは、自らの傷口に爪を立てる。その瞬間、ガロンの戦力が上がった。

 ガロンは、目にも止まらぬ速さでヴァイスへと近づき、サーベルを振るった。


「ぐっ……!」


 ヴァイスはどうにか受けるものの、ガロンの一撃は速さだけでなく、重さも増していた。


「ヴァイス!」

「ヒャハハハ! こっちだぜ!」

 いつの間にやらガロンは、ヴァイスの後ろを取っていた。

「くっ……!」


 ヴァイスは、とっさに背中につららを出現させ、ガロンを牽制した。


「ほう、背中から魔法を出せるのか。便利だなぁオイ!?」

 ガロンは、ヴァイスの牽制攻撃を、いとも容易く弾き返してしまった。


「オラオラ! 次はこっちから行かせてもらうぜぇ!」


 ガロンは、すばやくヴァイスに接近し、地を蹴って空高く跳ね上がった。落下の勢いを利用した強力な斬撃を仕掛けたのだ。

 ヴァイスは、頭上に注意する。もう少しで当たる所で、ガロンの姿が消えた。


(えっ!?)

「こっちだぜ、姫様ぁ!」


 ガロンは、完全に上から攻めると見せかけて地に下り、ヴァイスの不意を完全についていた。


「ヒャハハ! くらいやがれぇ!」

 ガロンは、突撃してサーベルの切っ先でヴァイスを串刺しにしようとした。

「させないわ!」

 ヴァイスは、剣を縦にしてガロンの刺突をかわそうとした。

 串刺しだけは避けることができた。しかし、依然としてガロン優勢の至近距離であり、ガロンは突きをかわされても空いた手で、ヴァイスの肩口に向けて貫手(ぬきて)を打った。

「うっ……!」

 ヴァイスは、貫手まではかわすことができなかった。

「手応えあったぜ姫様よぉ……!」


 ヴァイスは、完全に圧されていた。武器での戦いでは分が悪かった。

 ヴァイスは、剣を払い、ガロンから距離を取った。


「魔法の勝負に戻るってのかぁ!? そうはさせねぇぜ!」


 ガロンは、手負いとは思えない速度でヴァイスに駆け寄った。


「サウザンドアイシクル!」


 ヴァイスは、逃げ切れないと悟り、魔法で速攻をかけた。

 先ほどとは違い、余裕で弾かれるような距離ではない。ヴァイスの魔法は、ガロンに全てヒットする。


「ぐおう……!」


 ガロンは、幾千のつららに串刺しとなり、全身がつららの刃でいっぱいになった。最早生きているのが不思議なほどである。


「ヒ、ヒヒヒ、ヒャーッハハハハ!」


 ガロンは、再び高笑いを上げた。笑っていられる余裕がないように見えるのに、ガロンは笑った。


「あーいてぇ……痛すぎてキモチイイぜ……!」


 ガロンは、痛みを快楽としていた。そして痛みで溢れるアドレナリンで自らを強化していた。


「あ、アイツ、マゾかよ……!?」


 勇二は、ガロンに圧倒されていた。


「違うよ、勇二くん。自分の快楽のためにヴァイスの攻撃を受けているわけじゃない。自らの体を傷つける事で攻撃力を増している。やつは傷つけば傷つくほどに強くなる。そんな厄介な敵なんだ……」


 雪斗は、ガロンをその戦いぶりから、ガロンを冷静に分析していた。


「それじゃあどうしろって言うんだよ!?」

「一撃でやつの息の根を止める。これしかないよ」

「そんなことができるのか!?」

「分からないよ、ヴァイスにそれだけの力があるのかどうかね……」


 雪斗は、冷静に見えて、心の中では何もできない自分がもどかしかった。

 『キー・トリガーパーソン』という上等の存在でありながら、戦いの役に立てておらず、白界の姫、ヴァイスの戦いを見ていることしかできない自分が許せなかった。


(何かできないのか? ヴァイスを助けてあげられる何かが……)


 やきもきする雪斗の心に、突然語りかけてくるものがあった。


(力が欲しいか? (キー)よ)


「えっ!?」

「急に大声出してどうした雪斗?」

「いや、今なんか声が……」

「声?」

 今周りに響いている声は、ガロンと戦うヴァイスの声くらいのものだった。


(僕にしか聞こえてないのか?)

(汝、力を欲するならば、鍵を一つ開けよ。さらば新たなる力が与えられん……)

(僕の、鍵?)


 謎の声はそれきり、聞こえなくなった。

 その間にも、戦いは激化していた。


 傷を与えてもそれを糧とし、力を増す特殊体質のガロンとの戦いに、ヴァイスは疲弊を見せていた。


「はあ、はあ……!」

 息を乱すヴァイス。

「あぁ、もう息が上がったかぁ? 姫様よぉ……」

 そういうガロンは、肩で息をしていた。最早立っているのが不思議なほどの傷を受けているのに、その苦しみさえも糧としていた。

「お楽しみはまだまだこれからだぜぇ? 姫様ぁ……」


 ヴァイスは、息を上げながらも、反撃の機会を狙っていた。

 ヴァイスには、奥の手があった。しかし、それを使うのはためらわれた。


(この狂人を倒すには、もうあの魔法しかない。だけどこれを使っては、ここが壊れてしまうかもしれない……)


 ヴァイスは、白界の魔法をこの世界に過干渉してしまうことをよしとしなかった。


(でも、一気に倒しきらなければ、もう好機はやって来ない……使うしかない!)


「どうしたぁ、姫様ぁ。すっかり黙りこくっちまってよぉ。オレ様には勝てないと悟ったかぁ?」

 ヒャヒャヒャ、とガロンは乾いた笑い声を上げる。

「……あなたを倒す奥の手を使うわ。いくらあなたが痛みを糧とすると言っても、さすがにこれには耐えきれないはず……!」

 ヴァイスは、大きく両手を広げ、魔法を発動する準備をする。ヴァイスの手が青く輝きだした。

「幾万の(ひょう)、竜巻となりて、かの敵を切り刻め!」


 ヴァイスは、解き放った。


「ヘイルトルネード!」


 ヴァイスは、大小の雹を含み、激しく渦巻く竜巻を引き起こした。


「なにぃ!? ぐっ、こんなもの……!」


 ヴァイスの引き起こした雹の竜巻は、一瞬でガロンを引き込んだ。


「ぐわああああ……!」


 ガロンは、渦巻き、舞い散る雹に全身を切り刻まれていった。

 竜巻の風の刃と、屋上の配置物、吸い上げられる地面のコンクリート破片も、ガロンを切り刻んでいった。

 やがて、魔法は終息した。屋上のフェンスをひしゃげさせるほど、竜巻の威力は高かった。


「やったのか!?」

 勇二は言った。

 冷気の立ち上る中、雪斗は目を凝らした。その先に見えた。全身傷だらけでも立っている狂人の影が。

「まだあいつは倒れてないよ、ヴァイス!」


 雪斗は、大声で知らせた。


「けはははは……ぐはっ! ……なかなかよかったぜぇ? 姫様ぁ……」


 口から血を出しながらも、ガロンは倒れることなく、サーベルを肩にかけていた。


「そんな、あれを受けてまだ……」


 ヴァイスにはもう、下級魔法を使うための魔力すら残されていなかった。


「げはっ! そろそろ終いにしようか……」


 ガロンは、サーベル片手に、ヴァイスにゆっくりと歩み寄った。


 ヴァイスは、どうすることもできず、ただ立ち尽くしていた。


「おい、どうする雪斗!? このままじゃ、ヴァイスが。って、雪斗!?」


 勇二が呼びかけると、雪斗は駆け出した。向かう先は、ヴァイスとガロンの間である。


 雪斗は、ヴァイスの前に仁王立ちした。


「雪、斗……?」

「それ以上近付かせないぞ! 僕がヴァイスを守る!」

「『キー・トリガーパーソン』の小僧か。はっ! ちょうどいいぜ。テメーの首も持っていきゃあ、オレは白界の英雄だ」

「そんな事は僕がさせない!」


 雪斗は、膝に震えを感じていたが、決死の思いで立ち塞がっていた。


「雪斗、無茶よ! 私なんか放って早く逃げて……!」


 雪斗は、頑としてその場を動かなかった。


「ヴァイス、キミは僕を助けてくれたよね? 今度は僕がキミを守る番だよ!」


 ガロンは、二人の様子を見てあざ笑った。


「ヒャハハハ! 美しいねぇ。(うるわ)しい愛ってヤツですかぁ!? 小僧、それなら、裏切りの姫と一緒に死なせてやるよ。死後の世界で結ばれるといいなぁ!」


 ガロンは、サーベルを振り上げた。


「死ねぇぇぇ!」

「くっ!」


 雪斗は目を閉じ、もたらされるであろう痛みに恐怖した。しかし。


 バリンッ。


 何かが衝突する音がした。それは人の体にぶつかって鳴る音ではない。

 雪斗も、いつまでも訪れない衝撃に不審に思い、そっと目を開けてみた。

「え……!?」

 雪斗は、目の前の光景に驚愕した。


 雪斗の前に、ヴァイスも包む蒼い障壁が、二人を狂人の刃から守っていたのだ。


 変化はそれだけに止まらなかった。


「雪斗、その姿……」

「これが、僕の力……?」


 雪斗の体から、深く蒼いオーラが立ち上り、髪が白銀に輝いていた。


(鍵よ)

 雪斗の心に、先ほどのように言葉が響いた。

(今こそ解き放て。抗う力は既にあり)

 雪斗の中には、強い魔法が顕現していた。


「テメー……!?」


 ガロンは、必殺の一撃を防がれ、大きく隙をさらしていた。逆転の一手を打つ好機であった。


「アイシクルスピア!」


 雪斗は詠唱する。

 雪斗の右手に、氷の槍が出現した。


「やあああ……!」


 雪斗は、氷の槍をガロンに向けて放った。氷の槍は、ガロンの腹を刺し貫いた。


「うごぅ……!」


 ガロンは、口から血を出し、膝をついた。


「ゴハッ! このガキが……!」


 ガロンは、血走った金色の目で雪斗を睨む。


「まだ続けるかい? キミにはこれ以上戦う力が残っていないはずだよ」


 雪斗の全力の攻撃は、ガロンの急所をわずかに外していた。しかし。


「口惜しいが、これ以上は戦えねぇ、ダメージを受けすぎた……!」


 ダメージを力に変える能力を持つガロンでさえ戦えなくなるほどの大ダメージを、ガロンは受けた。ガロンは最早死にかけであった。


 ガロンは、懐から球を出した。


「『キー・トリガーパーソン』、次会った時は容赦しねぇ。裏切りの姫共々ぶっ殺してやんよぉ……必ずな!」


 ガロンは、懐から出した球を地面に投げつけた。球は煙幕であり、煙に混じってその場から退散した。

 白界の刺客との勝負に、雪斗らは辛くも勝利することができた。


「二人とも、大丈夫か!?」

 勇二が二人のところへ駆け寄ってきた。

「僕は大丈夫、それよりヴァイスが。怪我をしてるよ」

「白界の刺客を逃がしてしまったわね……」

「やつは逃げていったよ。当分襲いかかって来ることはないんじゃないかな?」

「私は悔しいわ。雪斗を守ると言いながら、逆に守られてしまって……」

「僕はヴァイスの命が無事だっただけでよかったよ」

「二人とも、とりあえず屋上(ここ)から離れないか? さっきのヤツとの戦いでごちゃごちゃだ。センコーに見つかったら厄介だ。ヴァイスの治療もしなきゃだし、長居は無用だぜ」


 勇二の言う通りだった。

 『トリガーパーソン』ではない教員や生徒が屋上での戦いの傷跡を見たら、間違いなく騒ぎになるだろう。


「そうだね、ヴァイスの手当てが先だね。ここを離れ……うぅ……」


 雪斗は、目眩を感じ、地面に片膝をついた。それと同時に纏っていたオーラが消え、髪の色も元に戻った。


「雪斗、大丈夫か!?」

「うん、ちょっとくらくらしただけだよ。あの姿になるのに慣れてなくてね」

「あの姿? お前が青く光って、すごい魔法を使った時のか?」

「そうだよ、話せば長くなるから、今は深く言わないけどね。さあ、誰かに見つかる前に行こう、勇二くん」

 雪斗は立ち上がる。

「お、おう、そうだな。ヴァイス、肩貸すぜ」

「ありがとう。勇二」


 雪斗たちは急ぎ、屋上を後にするのだった。


    ※※※


 狂人ガロンとの戦いから、数日が過ぎた。

 雪斗たちは、雪斗の部屋で数日前の戦いを振り返っていた。もしまた刺客が襲いかかって来たとき、無関係な人を巻き込まないように、雪斗の部屋に集まっていた。


「ヴァイス、体はもう大丈夫か?」

 勇二が訊ねた。

「ええ、体は問題ないわ。大きな魔法を使いすぎて、精神力がなくなっただけだから、ね」

「あの刺客、ガロンって言ったよね? あいつ、また来るみたいな事を言ってたね。僕が急所を外さなければ倒せてたのに、ごめんね、ヴァイス」


 雪斗は責任を感じていた。


「雪斗ばっかりが責任感じる事ないぜ。オレだって魔法が使えるのに、ビビって動けなかった。ヴァイスが一生懸命戦ってたってのに、オレは見ていただけだ。責められるのはむしろオレの方だぜ……」


 勇二は、戦いに参加することができなかった。それが勇二にとって悔やまれることだった。


「誰が悪いって話はもう止めにしましょう、キリがないわ」


 そんな事より、とヴァイスは続けた。


「もう屋上で訓練はできないわね。今回は運が良かったけど、次は無関係の人を戦いに巻き込んでしまうかもしれない。できるだけ広くて、人目につかなくて、刺客が来ても十分に対応できる、そんな場所があればいいのだけど……」

「それなら、鋼川(はがねがわ)上流がいいんじゃないか? あそこなら、中流、下流と違って人が寄り付かないからいいと思うぜ?」

 勇二が言った。

「鋼川、確か前に雪斗も言っていたわね。そこなら、もしもの時人を巻き込まない?」

「ああ、近付く人は役所の職員くらいだ。壊れる物も無いし、訓練にはもってこいの場所だ」

「じゃあ、明日の放課後から早速行かない? 刺客はあいつ(ガロン)だけじゃないんでしょ? だったら少しでも多く訓練して戦いに備えておくべきだよ」


 雪斗の提案に、二人は乗った。


「オレは賛成だ。少しでも早く強くなって、雪斗とヴァイスの戦いの役に立ちてぇんだ」


 勇二は意気込んで言った。


「私も、今度は雪斗を危険に晒さない。確実に守りきる力が欲しいわ」


 二人の意志は固かった。


「うん、二人ともやる気だね。それじゃあ、訓練は明日からと言うことで、今日は勉強会しよう」


 勇二はずっこけた。


「なんで勉強会なんだよ!? 明日からの訓練のために、自主トレとかするところだろ!」

「勇二くん、僕たちもうすぐ受験生になるんだよ? そろそろ準備するべきだよ」

「百歩譲って、受験勉強するとして、誰がオレらの勉強見てくれるってんだよ!?」


 雪斗は、ヴァイスに指さす。


「ヴァイスはなんでも知ってるんだ。勉強を見てもらうにはうってつけだよ」

「ヴァイスが? 英語とか数学できるのか?」

 ヴァイスは答えた。

「どっちもできるわ。この世界の大学と呼ばれる高等教育機関のレベルまでね」

「で、でも、さすがにこの世界の歴史は分からないだろう? ヴァイスの故郷は白界なんだからな」

「一万年くらい前に、この世界の事は調べていたわ。その時にこの世界の歴史を体験した事があるのよ」

 世界の構造を知るべく、化学、物理、地学、生物と、理科も抜けがなかった。

「ホントに何でも知ってるんだな……」


 勇二は、呆気に取られていた。


「そういうわけだよ。勉強会しよう、勇二くん」

「……仕方ねぇな」


 雪斗と勇二は、ヴァイスを講師として勉強会を開くのだった。


 雪斗と勇二の学力はほぼ一緒で、雪斗が理系科目を、勇二が文系科目を苦手としていた。

 ヴァイスの知識を頼りに、二人は勉強に打ち込んだ。


 ヴァイスの指導力はとても高く、二人それぞれ苦手とする部分が分かるようになっていった。


「ヴァイス、白界の姫なんて辞めて、大手予備校の講師になったらどうだ? そんくらい分かりやすいぜ!」

 勇二は絶賛した。

「私はただ自分の経験を語っているだけ。特に教えるのが得意なわけではないわ」

 謙遜するヴァイス。

「ヴァイスって、何億年も生きているんだよね? そんな気が遠くなるような年月、忘れてることとかないの?」

 雪斗は訊ねる。

「私はいわゆるギフテッドなのよ。一度記憶した事は決して忘れない、ね……」

「それって天才って事だろ!? どうりで頭が良いわけだ……」

 勇二は、納得するのだった。

「あーあ、オレにもそんな才能があればなぁ……」

 勇二は同時に、ヴァイスの天才的能力を羨む。

「物事を忘れないと言うのも辛いものよ? 普通の人は、辛いことは時と共に忘れるけれども、私は忘れたくても忘れられない。どんなに辛いことがあっても、時が癒してくれることはない……」


 ヴァイスは、何度も異世界の『キー・トリガーパーソン』の命を狙わせられ、白界の延命に力を貸してきた。

 命を奪うことをしてきたのだ。ヴァイスはその度胸が引き裂かれんほどに痛んできた。


「私はこれ以上、辛い記憶を残したくない。だから雪斗の命を守って、何億の時の辛い記憶と共に消えてしまいたいと、思っているのよ……」

「ヴァイス……だから僕を……」

「あら、いけない。すっかりしんみりとしてしまったわね。勉強の続きをしましょう」


 ヴァイスは、気分を変えようと、勉強会の続きをするのだった。


    ※※※


 白界の城、刺客たちに宛がわれた部屋。


 傷だらけとなったガロンが、痛む体を引きずりながら部屋へと入ってきた。


「無様だな、ガロン。力に目覚めたばかりの『キー・トリガーパーソン』に敗れるとは」

 巨漢がガロンに呼びかけた。

「全くだ、我ら白界の刺客四人衆の名に傷が付くというもの……」

 顔半分を隠した、目元に傷痕のある男もガロンを蔑んだ。

「……注意不足」

 四人衆の紅一点が静かに言う。


「オレの事はボロクソ言ってくれて構わないが、回復薬をくれねぇか? 痛くて痛くてたまんねぇんだ……」


 ガロンは、弱々しく言った。


「ふん、ほれ。さっさと飲んで回復せい」

 巨漢が、回復薬の入った瓶をガロンに投げ渡した。

「ありがてぇ、グビ、グビ……!」

 ガロンは、回復薬を一気に飲んだ。薬に含まれる魔法力で、ガロンの傷はみるみる内に塞がっていった。

「ふー、生き返るぜ。さて、今度こそあの二人をぶっ殺しに行くか!」

「まて、今すぐ行ったのでは、また返り討ちにあう。お前は四人衆の中でも最も非力なのだからな」


 巨漢が言った。どうやらこの巨漢が、白界の刺客のリーダー格のようである。


「裏切りの姫との戦いで、既にお前はボロボロだった。『キー・トリガーパーソン』の力は未知数だ。全て見ていたぞ。お前の戦いぶりをな」

「オレの特異体質を忘れたか? 傷を負えば負うほどに攻撃力が上がる。裏切りの姫様との戦いで死なねぇ程度にズタズタにされりゃあ、『キー・トリガーパーソン』にも勝てる!」

「地界の『キー・トリガーパーソン』の力は、お前ではどうにもならん。死にかける事で攻撃力を増すとは言っても、一撃で命を奪われる攻撃をされれば意味がない」


 地界の『キー・トリガーパーソン』、雪斗に秘められた力は計り知れなかった。

 まだ魔法を使えるようになって間もないというのに、ガロンの耐えられる以上の魔法を使った。一撃で消し飛ばされる魔法を使われる可能性は十分にあった。


「けっ、分かったよ。なら次は誰が行くんだ?」

「我が行こう。裏切りの姫、並びに鍵の命は我がいただく」


 顔半分を隠した男が名乗りを上げた。


「ファンガが行くか。ガロンが行くよりは良いだろう。必ずや鍵の首を取れ」

「御意……」


 顔を隠した男、ファンガが雪斗とヴァイスの命を狙うのだった。

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