仲間と刺客
第二話 仲間と刺客
週が明け、月曜日がやって来た。
「どうしても付いてくるの?」
雪斗は言った。ヴァイスが学校へ付いていくと言い出したのだ。
「当然よ、私はあなたを守るためにこの世界にいるのだから」
「かと言って、学校に部外者を連れてくのは、大問題だと思うんだけど……」
ヴァイスは何億年と生きていながら、見た目は学生でも通りそうであるが、純白の髪と黄金色の瞳はあまりにも浮世離れしている。
ヴァイスの姿は、『トリガーパーソン』と『キー・トリガーパーソン』の雪斗にしか見えないとはいえ、学校には生徒と教員合わせて百人以上の人がいる。『キー・トリガーパーソン』は雪斗しか存在しないとはいえ、『トリガーパーソン』は百人の内にいる可能性があった。
「もしヴァイスが見えるって人がいたら、どうするつもりなのさ?」
「知らんぷりを決め込むのよ。私が見えるって言う者がいたとしても、あなたには見えてないふりをするの」
「そう上手く行くかなぁ……」
雪斗は不安だった。
「いいから、私の計画通り行くわよ。……と、そろそろ出掛けないと遅刻するわよ?」
ヴァイスが言うと、雪斗はスマホを見た。
時刻は午前七時四十五分であった。
「いっけない! 急がなくちゃ! 行ってきまーす!」
雪斗は急ぎ家を出るのだった。
雪斗の通う中学校は、自宅から十五分の道のりであった。
通学路には、登校中の生徒がたくさんいた。その中にヴァイスが見えている者がいないか、雪斗は気が気でなかった。
「ヴァイス、本当にキミの姿は誰にも見えていないんだろうね?」
「今のところ問題ないわね。私を見る視線を感じない……」
しかし、雪斗は妙に視線を感じていた。
「僕はみんなからじろじろ見られているような気がするんだけど……」
「あまりしゃべらない方がいいんじゃなくて? 独り言を言っているように見えてるんじゃないかしら?」
ヴァイスが見えない道行く生徒には、雪斗が一人で喋っているかのように見えていた。
言われてみると、雪斗はヴァイスがそこに存在しているように話してしまっていた。これでは笑われても仕方のないことだった。
雪斗は、恥を感じながら黙って通学路をそそくさと歩いた。
やがて学校へとたどり着いた。
「土足で上がっちゃダメだよ、ヴァイス」
昇降口で、外靴のまま上がろうとするヴァイスに、雪斗は注意した。
とはいっても、ヴァイスが中靴を持っているはずがなかった。
「アイス・フロート」
ヴァイスは、魔法を使った。
「突然何の魔法を使ったのさ!?」
「宙に少しだけ浮く魔法よ。これなら靴底を校舎に当てる心配はないでしょう?」
「でも光っちゃってるじゃない。周りの人に怪しまれない?」
ヴァイスの足は、蒼く光を放っていた。
「白界の魔法も視認できるのは、『トリガーパーソン』だけよ。何も心配することはないわ」
行きましょう、とヴァイスはアイススケートをする要領で廊下を進んでいった。
「待ってよヴァイス!」
雪斗も後を追った。
教室はすでに生徒でごった返していた。この中に『トリガーパーソン』がいないか、雪斗は気が気でなかった。
「おはよう、白石くん」
となりの席の女子生徒が、雪斗に挨拶した。
「う、うん。おはよう……」
どうやら彼女には、ヴァイスが見えていないようだった。
教室中でごった返している生徒の中には、雪斗を気にする者がいなかった。
目が合えば挨拶をしてくれるが、それだけで、ヴァイスについて言及される事はなかった。
どうやらクラスメイトの中に、『トリガーパーソン』は存在していなかった。
「どうやら、全て杞憂だったみたいね」
ヴァイスは言った。
(いや、まだ分からないよ。先生たちや、となりのクラス、上級生に下級生と、学校にいる人はここにいる同級生だけとは限らないよ)
雪斗は、独り言を言ってるように見えないよう、小声でヴァイスに話しかけた。
「それでも、『トリガーパーソン』になれる人は数千分の一よ。この学校に千人も人はいないでしょう? 安心していいと思うわよ」
やがて、担任の教師の山川が教室に入ってきた。
「ほらほら、席つけ。出席を取るぞ……んん?」
山川は、何か見えてはいけないものを見てしまったように、眼鏡を外して目をこすって、再び眼鏡をかけて目を凝らした。
「白石、お前の後ろにいる真っ白な者はなんだ?」
明らかにヴァイスの事を言っていた。
(ちょっとヴァイス! 先生に見えちゃってるじゃない! 『トリガーパーソン』は数千分の一じゃなかったの!?)
「確率なんてそんなものよ。それに万一『トリガーパーソン』に会ってしまった時の練習はしてあるでしょう? 練習通り切り抜けましょう」
雪斗は努めて笑顔を浮かべた。
「や、やだなー先生。そんなの居るわけないじゃないですかー」
雪斗たちの作戦、それはシラを切り通すことだった。
「いーや、確かに見えるぞ。真っ白な髪と金の目をした女がな!」
「ひょっとして、僕の守護霊かもしれませんね。僕には見えませんけど」
「守護霊……? 俺は幽霊が見えていると言うのか?」
「だって、僕には何も見えませんもの。守護霊か何かとしか思えませんよ」
ヴァイスは、魔法で浮遊し、さも幽霊であるかのように、サーッと教室の外に出た。
「あ! 幽霊が外に!」
「先生、いつまでふざけてるつもりだよ?」
「そうですよ、一時間目の授業始まっちゃいますよ」
ヴァイスの姿が見えない生徒たちは、山川が茶番を演じているようにしか見えなかった。
「す、すまん。そ、そうだよな! 幽霊なんてこの世に存在するはずがないよな! 先生少し疲れてるみたいだ。気を取り直して出席を取るぞー!」
山川は出席を取るのだった。
それから授業が始まり、ヴァイスは雪斗の側に戻ってきた。
「作戦、何とか成功したわね」
(成功じゃないよ。先生にばっちり見えてたじゃないの)
「私にだって計算外の事はあるわよ。まさか『トリガーパーソン』がこんな身近にいるだなんて、思いもしなかったわ」
(これからどうするのさ? 山川先生に見えてるんじゃ、先生の授業の時は離れていなきゃならなくなったじゃない)
「離れると言っても、廊下に出ればあの先生の視界に入ることはないし、刺客が現れてもすぐに対応できるわ。大丈夫」
「コラ! 白石、なにをよそ見している!?」
「わわ、すみません!」
「……ったく、白石。最近たるんでおるぞ。もうすぐ受験生になるんだ。自覚を持たんか!」
「はい、すみません……」
授業は再開された。
「今怒られたのは私の落ち度ね、ごめんなさい、雪斗。これからは授業中に話しかけないようにするわ」
雪斗は、声を出さずにうなずいた。
やがて、授業は終わった。
「うーん……」
雪斗は、教科書とノートを見て、唸っていた。
「どうしたの、雪斗?」
「さっきの授業。どうしても分からないところがあって……」
さっきの授業の科目は数学だった。内容は確率であった。
「ああ、そこ。そこはまず樹形図を描いて……」
ヴァイスは解説した。ヴァイスの指導は非常に的確であり、数学を苦手とする雪斗にも分かりやすかった。
「この式を使って、こうすれば……ほら、答が出たでしょう?」
「すごいよヴァイス、僕でも理解できるよ」
「それはよかったわ。私も教え慣れてないから、ちょっと難しい解説になってないか心配だったから」
「そんな事ないよ。あ、そうだ。後で関数も教えてくれるかい?」
「ええ、私の指導でよければいくらでも教えてあげるわ」
「ありがとう。どうしても分からないんだよね、関数」
雪斗は、ヴァイスと約束するのだった。
時間が過ぎて昼休みがやって来た。雪斗の中学校は、昼は毎日弁当であった。
ヴァイスの姿は、常人には見えないが掴んだ物は普通に見えるので、ヴァイスが食事しようとすると、弁当箱と箸が宙を浮いているように見えてしまう。
ちょっとした怪奇現象と誤解されてしまうので、雪斗とヴァイスは空き教室で昼食をとっていた。
「…………」
「あむ。うーん、美味しい!」
雪斗は、おにぎりをかじりながら無言でヴァイスの食事ぶりに少し引いていた。
ヴァイスの弁当は、白米をぎっしりと詰め込み、真ん中に梅干しを置く、いわゆる日の丸弁当と、塩むすび三つであった。
「ヴァイス、まともなおかずもなしに、よくそんなにご飯食べられるね……」
「おかずなんて梅干しと塩があれば十分よ。私には、お肉もお野菜も必要ないわ。お米さえあれば他に何もいらないの」
肉も野菜もいらないなんて、なんて安上がりな姫様なんだ、と雪斗は思った。
「でもご飯だけじゃ、栄養バランスが悪いよ。ほら、僕の玉子焼きあげるから……」
「いらないと言ってるでしょう? お米一粒一粒に十分な栄養が含まれているわ。栄養補給も十分なのよ!」
ヴァイスは、持論を持ち出す。
「ああ、そう……」
雪斗は、もう何も言わなかった。そんな事よりもさっさと食事を済ませ、早く教室に戻らなければならなかった。
「ごちそうさま」
雪斗は、食事を早々に済ませた。
「ほら、教室に戻るよ、ヴァイス」
「ちょっと待って、最後のおにぎり食べてしまうから」
ヴァイスは、最後の塩むすびを三口で食べきった。
「ごちそうさまでした」
ヴァイスは、三号ほどの米を梅干しと塩で食べきってしまった。雪斗は圧倒されていた。
「本当にあれだけのご飯を食べきるだなんて……」
ヴァイスは、裏切りの姫と呼ばれているが、これでは米食いの姫の異名が似合うと雪斗は思った。
「どうしたの、雪斗?」
「いや、白界の姫は、本当に白いものが好きなんだなぁって」
「ええ、白界自体が白いから、白いものの儚さを感じるわよ? お米もね」
果たして、米に儚さがあるのか、と雪斗は突っ込みたくなったが、我慢した。
「昼休みも終わるよ、教室に戻ろう」
二人は、空き教室を後にした。
(な、なんだあの白い綺麗な娘は……!?)
雪斗たちの食事を覗いていた者がいた。
逆立ったツンツン髪に、制服を気崩した男子生徒である。
彼は、廊下で偶然に雪斗を見かけ、話しかけようとしたら、雪斗が女連れで歩いており、彼は話しかけるのを止め、こっそり後をつけた。
雪斗と白い美少女が、空き教室に入っていくのを確認すると、見つからぬよう隠れた。
(雪斗のヤツ、いつの間にあんな美少女と……!)
ツンツン頭の生徒は、少女が制服ではなく、フリルワンピース姿で、明らかに部外者然としているのにも関わらず、羨ましさが先行し、静かに嫉妬していた。
(雪斗め、必ず締め上げる……!)
ツンツン頭の生徒も、自分の教室に戻るのだった。
※※※
一日の授業が終わり、下校時間がやって来た。
雪斗のクラスも生徒が帰り支度をし、部活動に在籍している生徒は部活に向かっていった。
雪斗は、なんの部活動にも在籍していない、いわゆる帰宅部員だった。
「ヴァイス、帰ろう」
「ええ、そうね。結局この学校にいた『トリガーパーソン』はあなたの先生だけだったわね」
「そう多くいるものじゃないんでしょ? 『トリガーパーソン』って」
「そうね、千人に一人いるかどうかって所かしら」
「すごい確率だね。この学校千人も人いないのに、いたんだね、『トリガーパーソン』」
(うん? この気配は……)
ヴァイスは、何かを察知し顔をしかめた。
「どうしたの、ヴァイス?」
「何者かがここに近づいてきてるわ……」
「えっ!? まさか刺客?」
ピシャリ、と教室の戸が開かれた。
「雪斗!」
現れたのは、例のツンツン頭の少年だった。
「勇二くん、帰ったんじゃなかったの?」
突然現れた少年は、大島勇二と言い、雪斗の小学校来の親友であった。
勇二は、先ほど帰っていったと思われたが、戻ってきた。
「雪斗、単刀直入に言う。その娘は何者だ!?」
勇二にもヴァイスの姿が見えていた。
「その娘? 一体何を言って……」
雪斗は、ヴァイスとの手筈通り、そんぷりを決め込もうとした。
「いいわ雪斗、その人にお話があるわ……」
ヴァイスは、雪斗の前に立った。
「あなた、勇二と言ったわね? あなたは『トリガーパーソン』よ。それも特別な、ね」
「『トリガーパーソン』? 一体なんだそりゃあ?」
「この世には、世界がいくつも存在する。私はその中の消えかけた世界、白界の姫よ」
「びゃっかい……? 姫……?」
ヴァイスの言葉は、勇二の理解を超えていた。
「すぐには理解できないでしょうね。順を追って説明を……」
「いや、オレが用があるのは雪斗だ」
勇二は、雪斗に向いた。
「ぼ、僕?」
「ああそうだ。お前いつの間にこんな可憐な彼女作ったんだよ!?」
「か、彼女……?」
雪斗は、勇二の突然の恫喝に困惑してしまった。
「しかも外国人だろ!? こんな全身真っ白な日本人がいるはずがねぇ!」
ヴァイスは、白界という異世界からやって来たので、ある意味外国人という表現は合っている。
「いろいろ突っ込みてぇ所はあるが、どうやってこんなかわいい彼女を作ったんだ、説明しろ!」
「私は、雪斗の彼女なんかじゃないわ、勇二」
ヴァイスが話を進めようと、雪斗に助け舟を出した。
「えっ、彼女じゃない……?」
ヴァイスが雪斗の恋人ではないと知るや否や、勇二の態度が変わった。
「いや、これはいろいろ失礼しました。ボクは大島勇二って言います」
「知ってるわ」
「あの、あなたの名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「ヴァイス・エティフよ」
「ああ、やっぱり外国の方なんですね」
「いいえ、異世界人よ。消えかけた世界の、ね」
「なるほど、ボクらとはすむ世界が違うってことですね?」
勇二は、ヴァイスを口説きにかかっていた。
勇二は、相手が女と見ると見境なくアタックする癖があった。しかし、雪斗の知る限りでは、勇二の口説きが上手く行った事はない。
「お近づきのしるしに、一緒にお茶しません?」
「お断りするわ。私には、雪斗を守るという大役がある。そんな時にのんびりお茶なんかすすっている暇はない」
「がーん……!」
勇二は、ものの見事にフラれた。
「そんな事より、あなたには特殊な『トリガーパーソン』の力が宿っているわ。その力を私たちに貸して欲しいの」
ヴァイスは、勇二の協力を望んだ。
「さっきも言ってたけど、その『トリガー、パーソン?』ってのは何なんだ?」
フラれたため、勇二は言葉遣いを戻した。
「そうね、簡単に言えば、世界の防衛反応かしらね」
ヴァイスの言葉は、勇二にとってちっとも簡単ではなかった。クエスチョンマークの飛び交っている勇二の顔を見てヴァイスは言い直す。
「私たち白界の住人の姿が見える、この世界の特別な存在、それが『トリガーパーソン』よ」
「びゃっかい、てのはまだよく分からないが、あんたは普通の人には見えないって事なのか?」
「その通りよ、勇二。しかもあなたはただの『トリガーパーソン』じゃない、戦う力を持った特別なものよ」
「戦う力? 一体何と戦うって言うんだ?」
「私たち、白界人よ……」
白界の住人は、世界の延命のため、この世界の『キー・トリガーパーソン』の命を狙っている。その『キー・トリガーパーソン』というのが雪斗であることを、ヴァイスは話した。
「雪斗が『キー・トリガーパーソン』? 話しぶりによると、とんでもないもののようだが、どんなもんなんだ?」
「雪斗の命で、白界がさらに何億年消滅から逃れられるほどよ」
「何億年も!? それってやべーじゃねぇか! 雪斗、殺されちまうかも知れねぇって事だろ!?」
ちょっと待てよ、と勇二は話題を変える。
「ヴァイス、あんたは白界の姫って言ってたけど、それって雪斗を狙う白界人の頭目ってことじゃねぇのか?」
「そう思うのも無理はないけど、私は雪斗の命を脅かす者から雪斗を守るためにこうして一緒にいるのよ。信じてもらえないかも知れないけれど……」
ヴァイスは、白界は永くありすぎていて、この辺りで終止符を打つべきだと言うことを述べた。
「私自身、何億年も生きてきた。だからもう、十分なのよ。消滅することに恐怖はないわ……」
「ヴァイス……」
勇二は、全てを理解した。
「それで、話を戻すけど、勇二、あなたは特別な『トリガーパーソン』よ。さっきも言ったように戦うための力を持っている、ね」
「オレにそんな力があるなんて信じられねぇけど、雪斗が狙われているんじゃ黙っていられねぇ! 力を貸すぜ、ヴァイス!」
「それは頼もしいわ。あなたは『フォース・トリガーパーソン』、略して『エフ・トリガーパーソン』と言う存在よ。普通の『トリガーパーソン』と違って魔法が使えるのよ」
「ま、魔法!?」
勇二は驚いた。
「そう、魔法よ。今はまだあなたの中で眠っているけれど、私がその力を引き出すことができるわ」
「できるのか!? なら今すぐやってくれ!」
「分かったわ、じゃあ、手を貸して」
勇二は、右手を差し出した。ヴァイスは差し出された手を両手で包み込んだ。
ヴァイスが包み込んだ勇二の手が、ぽうっ、と光りを放った。
「な、なんだこれ!? バチバチする!」
「力に目覚めたみたいね。その力の流れるまま、放出するのよ」
「ああ!」
勇二は、溢れ出んほどの力を解き放った。
「豪雷鳴動!」
勇二の手から、青白い稲光がほとばしった。
稲光は、真っ直ぐに伸び、教室の教卓に当たって弾けた。教卓は少し焦げてしまった。
「こ、これがオレの力……?」
勇二は、自分の力に驚嘆していた。
「勇二くん、まずいよ。力に目覚めたのはいいけど、教卓焦がして、先生に怒られるよ!」
雪斗は言った。
「おわっ!? やべぇ、どうしよう!?」
「それなら大丈夫。私の魔法で元に戻せるわ」
ヴァイスは、回復の魔法を使った。魔法の効果で焦げてしまった教卓は元に戻った。
「これで大丈夫よ」
「便利な魔法だなぁ……」
勇二は感嘆した。
「戦う力は使えるようになったわ。勇二、力を使えるようになったとはいえ、まだまだ安定して魔法を使うことはできない。だからあなたにも雪斗と一緒に訓練をしてもらうわ」
「訓練か。オレの力で雪斗を守れるなら、強くなりたい。ヴァイス、よろしく頼むぜ」
勇二は、やる気満々だった。
「それじゃあ場所を変えましょう。どこか人のいない場所はないかしら?」
「この学校の屋上なんかどうかな? 放課後で立ち入る生徒は多分いないよ」
雪斗が提案した。
「そうだな、今の時間の屋上なら、人はいない。多少全力で魔法を使ってもバレはしないだろうさ」
「決まりだね。ヴァイスもいいよね?」
「ええ、魔法の存在はあまり知られるわけにはいかないから、人がいないならそれでいいわ」
「よし、じゃあ屋上に行こう、二人とも」
雪斗が先行して、三人は屋上へ向かうのだった。
※※※
「ライトニング!」
勇二は、稲妻を放った。だんだんと方々に雷を放出してしまわないようになってきた。
「だいぶ上手くなってきたわね。勇二」
ヴァイスは称賛した。
「僕はどうかな、ヴァイス?」
雪斗は、白界の魔法に順応するべく、体を白に変えていた。
「雪斗も上達してきたわね。白界の魔法もそのうち使えるようになるわ」
三人は、ここ数日学校の屋上で訓練をしていた。
雪斗とヴァイスを狙う刺客の到来に備え、三人はまとまって修行を行っていた。
『エフ・トリガーパーソン』の勇二の成長が著しかった。使える魔法はまだ一つしかなかったが、威力、精度共にたった数日で高水準まで上がっていた。
雪斗は、白界の姿にともかく慣れることが必要とされた。『キー・トリガーパーソン』に宿る能力、例えば、浮遊する、滑走するといった事ができるようになってきた。
後は白界の魔法にも慣れれば、刺客と戦っても渡り合えると思われた。
それからも数日、訓練に身を置いた。そんなある日。
「二人とも、ちょっと」
ヴァイスは、雪斗と勇二を呼んだ。
「どうしたの、ヴァイス?」
「二人ともだいぶ上達してきたわ。そこで今日から実戦形式での訓練もしていきたいと思うの」
「実戦……」
いつかは実戦に身を置くことになる。そのため、雪斗は恐れを抱いていた。
「それ待ってたぜ! 止まった的に電撃を撃ち続けてるのも飽きてきた所だからな!」
勇二は、雪斗と違い、実戦という言葉に嬉々としていた。
「それで、実戦って誰と戦うんだ? オレと雪斗の初心者二人組か?」
「違うわ、私よ」
ヴァイス自身が、実戦形式の訓練を引き受けるとのことだった。
「そんなの勝てるわけないよ!」
「そうだぜ、弱いものいじめして楽しいか!?」
「弱いものいじめとか、そんなんじゃないわ。戦い方を教えるのよ。何億年という私の経験からね」
ヴァイスは白界の姫として、自分の身は自分で守るべき、と父王の教育方針から、戦闘訓練を受けていた。
「今日は一対一で戦うわ。雪斗、あなたから相手するわよ」
「僕から!?」
唐突な指名に、雪斗は驚愕した。
「あなたが刺客から真っ先に狙われることになるのよ? 早くに実戦に慣れなきゃいけないわ」
ヴァイスの言うことはよく分かる。ヴァイスと初めて会った時、雪斗は白界の住人に襲われていた。
その時思った。守られるだけでいるのは嫌だと。
「……分かったよ」
雪斗は、一歩先に進まなければならない。
「僕は戦うよ、ヴァイス……」
雪斗は、ヴァイスと対峙した。
「その意気よ、雪斗。けど心配しなくていいわ、手加減はするから」
手加減されても、勝てる気がしなかった。それでもやるしかない。そう思い直して、雪斗はヴァイスと向き合った。
「私に一瞬でも触れることができたら、あなたの勝ちよ」
「触れるだけでいいの?」
「もちろん、打突を打っても構わないわ。投げてもいいわよ」
雪斗は、喧嘩慣れしておらず、殴る事などできるはずがなかった。投げ技なんてもっと無理だった。
「準備はいいわね? それじゃあさっそく始めましょう……」
ヴァイスは、魔法を使い、空中に少し浮いた。そしてそのまま滑走しながら雪斗へと迫った。
雪斗は、間合いに入ってきたヴァイスに、拳を振るった。しかし、その拳は虚空を打つだけだった。
ヴァイスは、残像を残し、瞬間移動をしていた。ヴァイスが次に現れたのは、雪斗の側面部であり、隙だらけとなった雪斗のあばらに指でつん、とつついた。
「真っ正面から迫って来る敵なんて雑魚よ。この浮遊と瞬間移動の魔法は、白界の住人のほとんどが使える基本中の基本よ。次惑わされたら、あばらを砕くわ」
ヴァイスは、空中に上昇し、また姿を消した。
(今度はどこから来る?)
また側面部か、それとも背後か、はたまた頭上から来るのか、雪斗は必死に気配を察知する。
「遅いわね」
ヴァイスが次に出現したのは、雪斗の至近距離だった。先に宣言した通り、ヴァイスは雪斗のあばらを砕くべく、握り拳を打つ。
「う、うわあああ!」
雪斗は叫び声を上げながら、無我夢中で拳を放った。
「きゃっ!」
雪斗の拳は、偶然にもヴァイスの頬を掠めた。
「ああ、ごめん、ヴァイス!」
予想外の一撃を受け、ヴァイスは尻餅をついていた。
雪斗は、ヴァイスを立ち上がらせようと手を貸したが、ヴァイスはそれを受け取らず、自らの力で立ち上がった。
「私に触れられたから合格よ、今日のところわね」
「そんな、あれはただのまぐれ当たりだよ」
「確かにまぐれ当たりよ。でも運も実力の内、合格の条件を満たしているし、あなたの勝ちよ」
でも、っとヴァイスは付け足す。
「本当の実戦では、まぐれはそう起こらないと心得なさい。大切なのは、相手の動きに食らいつくこと。どんな相手でも攻撃の瞬間に隙が生じるわ。後の先を取れるようになりなさい……んっ?」
ふと、ヴァイスは何かに気が付き、はっ、とした。そして雪斗の手を取り、一緒に瞬間移動する。
雪斗たちのいたところに、巨大な氷柱が落ちてきた。
「な、なんだってんだ!?」
勇二は驚き叫んだ。
「ヒャーハハハハ! 見つけたぜ、『キー・トリガーパーソン』にお尋ね者の姫!」
現れたのは、狂人、の一言に尽きる者だった。
伸びっぱなしの白髪に、血走った金色の目で、白界の住人ということはすぐに分かった。
しかし、ただの白界の住人ではない。『キー・トリガーパーソン』たる雪斗と白界でお尋ね者とされているヴァイスを狙う刺客であった。
恐れていた刺客との戦いが、今まさに始まろうとしていた。




