裏切りの姫
第一話 裏切りの姫
雪斗と純白の少女が出会って一日が過ぎた。
雪降る中、雪斗は少女から様々な事を聞かされた。
少女の名は、ヴァイス・エティフと言い、様々存在する世界の内、白界の姫であるとの事だった。
世界とは、何万何億存在し、その一つ一つに世界の鍵となる、『キー・トリガーパーソン』が一人だけ存在する。
世界には、鍵にはなれないが世界を構成する『トリガーパーソン』という存在がある。『キー・トリガーパーソン』はそれを率いるいわば長である。
白界の王、ヴァイスの父親は、消えかける白界を、他の世界の『キー・トリガーパーソン』を奪うことで何億年の時を生き永らえてきた。
『トリガーパーソン』では数十年から数百年しか世界の寿命を伸ばせないが、『キー・トリガーパーソン』は何億の時を延ばすことができた。
世界の終わりは、全て白に包まれて消えていく事である。白界もかつては緑溢れる世界であったが、消えかけている今、白い世界となっている。終わりかけた世界を白界と呼ぶ。白界は終わりかけが続いている常冬の世界であった。
ヴァイスも、何億の時を生きてきた。途方もない年月を生きて、自分たちのやっていることが間違いだと感じるようになった。
故に昨日ヴァイスは、地界、雪斗ら人間が言うところの地球の『キー・トリガーパーソン』を守ったのだった。
これがヴァイスが裏切りの姫と呼ばれる所以であった。
消えかけている白界の住人は、地界の者には視認できず、ヴァイスの姿を見ることができるのは『キー・トリガーパーソン』と一部の『トリガーパーソン』だけであり、今こうして家族に怪しまれずに雪斗の部屋で話しができていた。
「僕が、『キー・トリガーパーソン』……」
「そうよ、だからこれからも白界の住人は、あなたの命を狙ってくるでしょうね……」
雪斗は、ヴァイスがでたらめ話をしているとは、これっぽっちも思わなかった。現に、昨晩命を狙われている。疑う余地がなかった。
「ヴァイスさん」
「ヴァイス、でいいわ。私もあなたの事は呼び捨てで雪斗って呼ぶわ」
「それじゃあヴァイス。キミはこれからも僕を守ってくれるの?」
「もちろんよ。白界は消えゆく運命にある。その運命に何億年と白界は破滅を逃れてきたわ。そろそろその輪廻に終止符を打つべきだと私は思うの」
ヴァイスの黄金色の瞳は、どこか遠くを見ているかのようである。何億年も生きたせいか、死の恐怖が全くないように見える。
「白界が消えるってことは、ヴァイスも消えるんだよね? それは怖くないのかい?」
「さっきも言ったけど、私は何億年も生きているわ。生きることに疲れた、とでも言えるかしら?」
何億年もの白界での暮らしは、死への恐怖が希薄な、自由気ままな暮らしであった。常冬な所を差し引いても、ほぼ悠々と暮らせる環境だった。
「私のやろうとしていることは、どこまでいっても世界への反逆行為よ。刺客が送られることがあるかもしれない。裏切りの姫を討ち、なおかつ『キー・トリガーパーソン』の命を狙う。白界の住人にとっては、私と雪斗を討って一石二鳥よ」
「僕に、できることはないかな?」
雪斗は訊ねる。
「守られるばかりじゃ嫌なんだ。戦うばかりじゃなく、うまく逃げ切るんだ」
「雪斗はまだ気が付いていないようね。あなたには抗う力が備わっている。『キー・トリガーパーソン』には、魔法を受容する力があるのよ」
「僕に魔法が!?」
「昨日、白界の住人と戦った時、私が助けに入る前にそんな兆候はなかった?」
雪斗は昨晩の事を思い出す。確かあれは、斬られそうになったときの事である。
両手が蒼く輝き、襲い来る斬撃を弾き返す障壁を作り出していた。
「僕の手が光って、剣での攻撃を防いでいた……」
「それよ。それが『キー・トリガーパーソン』の魔法よ」
「でも無意識にやっていたことで、僕にそんな力があるかなんて分からないよ」
「ちょっと手を貸してもらえるかしら? あなたの中に眠る力を引き出して上げるわ……」
ヴァイスは、雪斗に手を差し伸べた。
「う、うん……」
雪斗は、恐る恐るヴァイスの手を取った。
氷の魔法を発しているはずなのに、ヴァイスの手は冷たくはなかった。
雪斗の手とヴァイスの手が合わさると、虹色に輝いた。
しばらくの間手を合わせ続けていると、やがて光は消え去った。
「……もう放してもいいわよ」
雪斗は言う通りにする。
「これで、いいの……?」
「ええ、間もなくあなたの中に宿る力が顕現するはず……」
しばしの間が空いた後、雪斗に変化が生じた。
蒼白いオーラを全身に纏い、髪はヴァイスのように純白となった。
「うわぁ! 何だこれ!?」
「落ち着いて、大丈夫よ。上手く魔法が雪斗と同調しただけだから」
「そうは言っても……あぁ!? なにか出そう!」
「それが魔法よ、解き放ってみて」
「氷柱!」
雪斗が頭の中に浮かんだ魔法を詠唱すると、空間に三十センチほどのつららが出現し、床に落ちると砕け散った。
「これが、魔法……?」
雪斗は、自分のした事が信じられなかった。
「そうよ。今はまだその程度の氷を出すのが精一杯でしょうけど、修行や実戦を重ねていけば、私と同等の魔法が使えるようになるわ」
「実戦……」
雪斗は、あのように白界の住人を相手取らなければいけない事実に恐怖を感じた。
「恐れる事はないわ。私が命を懸けてもあなたを守るから」
「ヴァイス……」
ふしゅ、と雪斗の体から魔力が消え、雪斗はもとの姿に戻った。
「あれ、戻っちゃった」
「まだ魔力が安定しないようね。こればっかりは訓練するしかないわね」
ヴァイスは、立ち上がった。
「表に出ましょう。このマンションの屋上は共同で使えるんだったわよね? あまりみだりに魔法を見られるとまずいから、人目に付かない場所だといいのだけど……」
「うん、あまり立ち寄る人がいないから、人目には付かないと思うけど、そこでどうするの?」
「早速訓練するのよ。いつ刺客が差し向けられるとも知れないわ。彼らと戦う力は早くに付けるべきよ」
雪斗は、白界において、賞金首になっていた。
捕まえてその命を白界に解き放てば、白界は更に幾億年あり続けることができる。『キー・トリガーパーソン』の力はそんなことを可能にする。
白界の住人にとって雪斗は、血眼になって探すに値する存在だった。
「……そうだね。僕だって、知らない人に命を取られるのは嫌だし、僕に戦えるだけの力があるのなら身を守る力が欲しい。ヴァイス、お願い!」
「その意気よ、雪斗。さっそく屋上へ生きましょう」
二人は屋上へと向かった。
雪斗の住むマンションの屋上は、テニスコート一面分ほどあり、実際にテニスで遊ぶ住人もいる。しかし、冬の間は雪が積もっており、テニスをする住人はいない。人目に付かない、訓練に最適な環境である。
「なかなか広いわね。これなら少しばかり大きな魔法を使っても、問題なさそうね」
「目立つのはまずいんでしょ? ほどほどにしておいた方がいいんじゃない?」
「確かに目立つのはよくないけど、力を抑えすぎるのも訓練にならない。無理は承知で力を行使すべきよ」
「ちなみに、僕らと違って、白界の存在を知らない人に魔法を見られると、どうなるのかな?」
「氷が宙を舞う怪奇現象に見られるかもしれないわね」
それは大問題であった。下手をしたら、噂が噂を呼び、このマンションを閉鎖される可能性があった。
「でも大丈夫よ、実戦的な訓練は場所を変えればいいわ。ここに来るまでの道に大きな河原があったわよね? あの川辺の夜にでも訓練すればいいわ」
「鋼川だね? 確かにあそこはここよりずっと広いし、夜だったら人はいなさそうだけど……」
「まあ、それは追々の話よ。まずは魔法を不自由なく使えるようになることが重要よ。お話しはこれくらいにして、そろそろ訓練を始めましょう」
「そうだね、よろしくヴァイス」
二人の訓練が始まった。
「まずは、魔法を使う状態になることに慣れるのよ。お部屋でなったあの姿になって」
「う、うん……!」
雪斗は目を閉じ、精神集中した。雪斗の体にオーラが立ち上ぼり、雪斗の姿が白に変わっていく。
「くっ……!」
雪斗は力が抜けてしまった。オーラはたち消え、白さがなくなった。
「ごめん、ヴァイス。まだ難しくて……」
「焦る必要はないわ。ゆっくり力に慣れていけばいいわ。さあ、もう一度よ」
「うん、やってみる!」
雪斗は、再び力を集中させる。
(僕に宿る力、出てこい……!)
雪斗は再び、オーラを立ち上らせて、姿を白に変えていった。
(僕はできる!)
雪斗が確信した瞬間、オーラは激しく燃え上がる炎のようになり、姿を純白に変えていった。
「その調子よ、雪斗」
ヴァイスは応援する。
「やああああ……!」
雪斗は、最後の力を振り絞って叫びを上げた。すると、オーラは渦を巻き、雪斗の周りを氷漬けにした。
「で、できた……」
雪斗は手応えを感じていた。
(たった一日で白界の魔法に順応するなんて。これが『キー・トリガーパーソン』の力……)
ヴァイスは、静かに驚いていた。
「ううう……」
雪斗は、目眩を感じ、その場に膝を付いた。同時に変身も解けてしまった。
「今日の訓練はここまでにしましょうか、雪斗?」
「ごめん、ヴァイス。力を出し続けることができなくって……いつまた襲われるか分からないのに……」
「大丈夫よ、たとえ襲われても、雑兵程度なら私の力だけで十分はね除けられるわ」
「でも、刺客が送り込まれたら危ないんでしょ?」
「心配いらないわ。私結構強いのよ? 白界の姫の力は、白界の住人の力数百人ぶんはあるのだから」
さあ立って、とヴァイスは雪斗に手を貸した。
雪斗はその手を受け取り、立ち上がった。
「明日はもう少し厳しめに行くわよ。覚悟なさい」
「あはは……お手柔らかに頼むよ」
雪斗は、苦笑するのだった。
※※※
「どうしても一緒に寝なきゃダメ?」
雪斗は、照れ気味に言った。
昨夜はいろんな事がありすぎて、疲れて雪斗の部屋でヴァイスと二人一緒に寝たが、今夜も、となると話は変わってくる。
しかし、雪斗を守る都合上、ヴァイスは雪斗から離れられなかった。
「たかだか一緒の部屋で寝るだけでしょう? 何を恥ずかしがる必要があるのかしら」
雪斗も中学二年生である。十分年頃の男子と呼べる。加えてヴァイスは白界の姫と言うだけあって、とても美しい姿かたちをしている。年頃の男子を惑わせるのに十二分であった。
「やっぱりまずいよ、女の人を部屋に連れ込んでるなんて、母さんにバレたら、怒られるものじゃ済まされないよ!」
「私の姿を認識できるのは、あなたと『トリガーパーソン』だけよ。あなたのお母さんが『トリガーパーソン』でもない限り、私の姿は見えないわ」
雪斗は、頭では分かっているつもりだが、母親にバレた時の事が恐ろしくて仕方がなかった。
「雪斗!」
鬼の形相で雪斗の母親が、部屋に入ってきた。
「か、母さん、ノックくらいしてよ」
「模試の結果、なにこの点数!? こんなんじゃ一高なんて、夢のまた夢……」
母親は、何かに驚き、叱責を止めた。
「あ、あなた、どちら様……?」
「うん? 私の事かしら?」
(えっ? 母さん、ヴァイスの事が見えてるの?)
「そんなに真っ白な姿をして、外国の方?」
母親は、ヴァイスが見えているようだった。
「初めまして、雪斗のお母さん。私はヴァイス。白界からやって来た、雪斗を守る存在よ」
「びゃっかい……? 雪斗を守る……?」
母親は、混乱していた。
雪斗は、ヴァイスの腕を引っ張って、母親に背中を向けてこそこそと話し始めた。
(ちょっと、母さんにキミの姿が見えているみたいじゃないか!? これはどういう事なの!?)
(あなたのお母さんが『トリガーパーソン』だったということよ。騒ぐことじゃないわ)
(十分騒ぐことだよ! 母さんも狙われるってことじゃないの!?)
(『トリガーパーソン』の命じゃ、数百、数千しか世界の延命にならないわ。あなたたち人間にとってはそれでも十分すぎると思うでしょうけど、白界ではその程度の時間は焼け石に水よ)
何より、とヴァイスは強調する。
(あなたは『キー・トリガーパーソン』、白界の住人が涎を垂らして欲しがる存在よ。近くにいる『トリガーパーソン』など目もくれないでしょう)
そうは言っても、母親が狙われる可能性があるのは、雪斗にとって放っておけない事実であった。
「母さん、ヴァイス。話し合おう。リビングに行くよ」
雪斗は、母親にヴァイスの事、白界の事について話し合うべく、場所を移動するよう提案した。
「聞かせてもらおうじゃない、白い子」
三人はリビングへ向かった。
三人は、リビングのソファーに、ヴァイスが雪斗親子に向き合うように座った。
「改めて初めまして、雪斗のお母さん」
「あたしの事は小雪って呼んでいいよ。白石小雪、それがあたしの名前だよ」
「じゃあ、小雪。突拍子もない話で申し訳ないんだけど、あなたの子供は、『キー・トリガーパーソン』という、この世界に一人しかいない異能力者なのよ……」
「きー、とりがー? あんた何を言って」
「すぐに全てを理解するのは難しい事だわ、順を追って説明するわ……」
ヴァイスは説明し始める。
雪斗らのいるこの世界の他にもたくさんの世界が存在する。同時に、世界には寿命がある。
その世界の寿命を迎えつつある世界が白界で、雪斗は、世界の寿命を億単位で延命する事のできる、『キー・トリガーパーソン』である。
「ここまではいいかしら、小雪?」
「正直、スケールの大きい話で信じられないけど、あんたはその、びゃっかい?
だかから来た異世界人ってことかい?」
「そうよ。白界は今消えつつある。私の姿が見えるのは、雪斗か、『トリガーパーソン』と呼ばれる世界の防衛本能だけよ」
「すると、あんたの姿が見えているのは、あたしが、とりがーぱーそん? とか言うものだからかい?」
「飲みこみが早くて助かるわ、小雪。私は、雪斗を白界の住人の手から守るためにこの世界に来たの。更に言うと、私は白界の姫よ」
小雪は驚いた。
「びゃっかいの姫様って、それじゃああんたは、同じ世界の人と同士討ちをしてるのかい!?」
ヴァイスは、小さく笑った。
「平たく言えばそう言うことになるわね」
「どうしてそんなことを……」
「今の白界の住人は、雪斗の事を狙っているわ。私は雪斗を守るために、彼らと対立しているのよ」
何億年も生きて、なおも生き永らえようとする白界の住人に終わりをもたらすため、ヴァイスは一人、白界に反旗を翻しているのだ。
「あんたの目的は理解したよ。けど、びゃっかい、とか息子がきーなんちゃらかんちゃらとか言われてもピンとこないわね」
「なら証拠をみせましょうか?」
ヴァイスは、右手のひらを天井に向け、魔法を使った。
ヴァイスの手は小さく輝き、冷気が渦巻いていた。
「これが白界の魔法よ、冷たく厳しい、ね……」
「こりゃ驚きだねぇ……」
小雪は、嘆息する。
「これと同じことを、雪斗もできるわ」
「本当かい、雪斗!?」
ヴァイスは、雪斗に目配せする。
雪斗は頷き、手を宙にかざした。蒼い輝きが空間を満たした。
「これが、僕にもよく分からないけど、『キー・トリガーパーソン』にしかできない魔法らしいんだ、母さん」
雪斗は手を下ろした。
「あんた……」
「僕は、世界の糧になんかなりたくない。ヴァイスが守ってくれるらしいけど、自分の身は自分で守りたいんだ。だから、僕も戦うよ!」
その前に、魔法を完全に覚える必要があるけど、と雪斗は付け足した。
「ちょっと待って欲しいんだけど、聞いた感じだとあたしも世界の寿命を延ばす存在なんだろ? あたしの命はどうなるんだい? あたしはあんたらみたいなことはできないよ?」
小雪は訊ねた。
「それについては問題ないわ。『トリガーパーソン』は白界の住人の眼中にない。それに、『トリガーパーソン』とは言ってもあなたは別。『キー・トリガーパーソン』の母親だから、その影響を少し受けただけよ」
「それを聞いて安心したよ。ゔぁい……言いにくいし堅苦しい名前ね……そうだ、『しろちゃん』って呼んでいいかい?」
「しろちゃん……」
「母さん、犬や猫じゃないんだから、失礼だよ!」
「そうかい? 可愛くていいと思うんだけどねぇ」
ヴァイスは、少し考えてから答えた。
「別にいいわよ、好きに呼んでもらって」
ヴァイスは承諾した。
「本当にいいの? ヴァイス」
「呼び方なんかなんだっていいわよ、その人が呼びやすければね」
ヴァイスは気にしていないようだった。
「それはそうと雪斗、世界やらしろちゃんやらを守るのは結構だけど、模試の結果、さっきも言ったけど、あれじゃ一高なんて無理だからね。勉強もしっかりやってもらわなきゃね」
雪斗は、ギクッ、とした。
「そ、それはちょっと……世界を守らなきゃいけないんだしさ、第一志望二高に落としちゃダメかな……?」
「それだけは絶対にダメ。一高行って、いい大学入って、いいところに就職する。あんたのためを思って言ってんだよ?」
「ねぇ……」
ヴァイスが割って入った。
「勉強なら、私が見てあげられるわよ。白界の姫として英才教育受けてきたから……」
「ヴァイス、勉強できるの? 外国人っぽい見た目だし、英語はできそうだけど、数学はどうなの?」
「どっちも得意よ」
「じゃあ、歴史は? 日本の歴史は分からなそうだけど……」
「私は何億年も生きているのよ? この世界の歴史なんてたかだか数百万年でしょう? 昨日の事のようだわ」
ヴァイスは、何億年もの事を全て記憶していた。これは魔法の力によるもので、いつでも好きなように記憶を呼び起こすことができた。
「しろちゃんさすがだねぇ……是非ともこのバカ息子に勉強教えて欲しいわ」
「ええ、構わないわ。その代わり条件がある。雪斗を守る都合上、ほぼ四六時中一緒にいなければいけない。雪斗の部屋で寝泊まりしてもいいかしら?」
小雪は、少しも考えることなく快諾した。
「そんなの気にしなくていいよ。雪斗なんてまだまだガキんちょだよ。しろちゃんに何かするなんてあり得ないって!」
「母さん! 勝手に決めないでよ!」
「何よ雪斗、どうせまだ毛も生えてないのに、しろちゃんに気があるのかい?」
雪斗は、気にしている事を言われ、顔全体を真っ赤にした。
「バカな事言わないでよ、ヴァイスは何億年も生きてるんだよ!? そんな対象になるわけないでしょ!」
雪斗はこう言うが、ヴァイスは何億年と生きていながらも、見た目は二、三歳くらいしか変わらないようにしか見えない。一緒の部屋で寝るなど羞恥心を感じざるをえなかった。
「あなたを守るためよ。一人にしておくことはできない。さすがにトイレにまで付いていく事はしないけど、寝食は共にすべきよ」
「ヴァイスは恥ずかしくないの!? 一人の男とずっといるなんてさ?」
「男、男と言っているけれど、あなた見た目は女の子みたいじゃない?」
雪斗は、それだけは言われたくなかった。少し長めのショートヘアで、目はパッチリとしており、低身長の華奢な体つきなのは気にしている事だった。
「なんと言われようと僕は男だよ!」
「分かってるわ。ただ、みたい、って言っただけでしょう?」
ヴァイスはからかっていた。
「話を元に戻すわ。白界の刺客が狙ってくるとしたら、それは寝込みよ。雪斗はキー、真っ先に狙われて然るもの。あなたを守る私がその場にいなければ、こうして一緒にいる意味がないわ」
雪斗は『キー・トリガーパーソン』の能力を発揮して間もない。昨晩の白界の住人程度なら退けられるかもしれないが、戦いに慣れた刺客がやって来れば、なす術なくやられてしまうことだろう。
頭では理解しているつもりだが、まだ実感がわかない。故に、四六時中ヴァイスといなければならない実態に理解が完全に及んでいなかった。
だが、分からなければいけないことだった。ここでウジウジ悩んでいては、雪斗は命を奪われてしまう。
「……分かったよ」
雪斗は決断する。
「僕はヴァイスから離れない。ヴァイスと一緒にいる」
「雪斗、分かってくれたのね?」
「ヴァイスも離れちゃダメだよ。僕を助けてくれるんでしょ? なら、しっかり助けてもらわないとね」
「約束するわ、雪斗には指一本触れさせない。何人たりとも、ね」
ヴァイスは言った。
「ただし、これだけは外せない条件がある。お風呂とトイレの時だよ。一緒に入ることはできないよ。どちらか一方が入っている時、入り口で待ってること。命を守るのはごもっともだけど、プライバシーも守らなくちゃ」
小雪がぷっ、と吹き出した。
「母さん、何が可笑しいのさ!」
「あんたの口からプライバシーなんて言葉が出てくるなんて思わなくって、思わず吹き出しちゃったじゃない!」
「馬鹿にしないでよ! 僕にだってプライバシーはあるんだからね!」
「アハハ! 毛も生えてないってのに、プライバシーだなんて、アハハハハハ!」
小雪は大爆笑である。雪斗は、気にしている事をまたしても言われ、赤面した。
「雪斗、何を赤くなっているの?」
わざとか、それとも鈍感なのか、ヴァイスは訊ねた。
「なんでもないよ!」
雪斗は、大声をあげた。
「アハハ。久しぶり爆笑したらお腹が減っちゃったよ。ご飯にしようか? しろちゃんの歓迎会も込めて。雪斗の大好物、クリームシチューを作ってあげるよ」
「えっ? ホントに!?」
赤面から一転、雪斗は喜色満面となった。それほどまでに雪斗は、クリームシチューが、とくにも小雪の作るシチューが好きだった。
「しろちゃんもシチューは好きかい?」
「ええ、好きよ。白いものは大体好きなの。主食はお米がいいわね」
「意外だねぇ。外国人みたいな見た目してるのにお米が好きだなんて」
ヴァイスは、とにかく白色をした食べ物を好んでいた。主食はパンよりも米を好み、クリームシチューやうどんを好んでいた。
「母さんの作るクリームシチューは絶品なんだ。一口食べればヴァイスも気に入ると思うよ」
「そう、それは楽しみね。小雪、私もお腹が減ってきたわ」
「うん、久しぶりに腕がなるよ。雪斗が連れてきた女の子のだもの、胃袋を掴まないとね!」
小雪は、ヴァイスを雪斗の婚約者のように扱っていた。
「母さん、それって普通逆でしょ! それ以前に僕とヴァイスはそんな関係じゃないって。昨日会ったばかりだよ!」
「そんな関係になった時のために、今を大切にするんだよ。とにかく母さんに全部任せておきな」
「小雪、私お腹が減って仕方ないのだけど……」
ヴァイスは催促する。
「おっと、そりゃいけない。すぐに用意するから雪斗のお部屋で待っててくれるかい?」
「ええ、待ってるわ。行きましょう、雪斗」
「あ、待ってよヴァイス!」
二人は、雪斗の部屋に移動した。
「それにしても驚いたな、母さんが『トリガーパーソン』だったなんて……」
驚いていたのは雪斗だけではなかった。
「白界には、こんな伝説があるわ。『キー・トリガーパーソン』を産んだ母親は、『トリガーパーソン』の力を得る、というね。まさか伝説が本当だったなんてね。私も驚いているわ」
白界の言い伝えである。『キー・トリガーパーソン』が赤子の内に、母親は、その命を奪われないよう守るための力を得るという伝説であった。
とにかく守りに秀でた『トリガーパーソン』の能力を顕現させ、自らの子を守る、そんな理があった。
さらに、こんな伝説もあった。
『キー・トリガーパーソン』の子を身籠らせた父親は、万が一、『鍵』を赤子の内に死なせるようなことがあれば、再び『鍵』の子を作ることができる。そんな伝説だった。
「そう言えば、あなたのお父さんはどこにいるの? 今までお話しして、お父さんの事を一度も聞かなかったけど」
「父さんは、僕が物心つく前に事故で死んだらしいんだ……」
「そうだったの。悪いこと訊いちゃったわね……」
「いいんだ、僕だって写真でしか顔見たことないし、なにより、女手一つで僕を育ててくれてる母さんがいる。寂しいと思ったことはないよ」
ヴァイスは、雪斗の母、小雪を気丈な性格をした女性であると思っていた。その理由は、伴侶の早世だと知り、得心が行った。
「ヴァイスの母さんはどんな人なの?」
雪斗は訊ねた。
「私にはお母さんはいないわ。私がほんの子供の時に、病気で亡くなったわ……」
ヴァイスには、母親がいなかった。
「そうなんだ、僕の方こそ悪いこと訊いちゃったね……」
「気にすることはないわ。何億年も昔の事、私もよく覚えていないわ……」
「キミが白界のお姫様だって事は、父さんは王様ってことだよね? どんな人なの」
「そうね、はっきり言って暴君よ。あらゆる世界の『キー・トリガーパーソン』の命を狙う、ね」
周知の事であろうが、白界は消滅の一途を辿っている。それを防ぐために白界の王は、世界の鍵を集めてきた。
ヴァイスは、その消滅の輪廻に抗い続ける父王を止めるために雪斗の世界へとやって来た。
ヴァイスは、白界の延命を止めるためならば、父王の命を取ること厭わない覚悟だった。
「父さんがいても、ヴァイスは幸せじゃないんだね……」
雪斗は、父親がいなくても、母親がいるだけで十分幸せだった。対してヴァイスは、親の愛情を満足に受けられなかった。
ヴァイスのどこか冷えた心の原因は、父王の非情さにあったのだと雪斗は思った。
「ヴァイス、キミには僕がいる。まだまだ頼りないと思うけど、守り合える存在になりたい!」
雪斗は、決意を新たにする。その様子を見てヴァイスは小さく笑った。
「雪斗ったら、愛の告白みたいになってるわよ?」
雪斗は、顔を赤らめた。
「いや! そう言う意味じゃ……守りたい気持ちは本当だけど、好きってわけじゃあ……いやでも嫌いではないよ!?」
「冗談よ、そんなに慌ててかわいいわね、雪斗」
「なぁ……! ヴァイス!」
「怒った顔も素敵よ」
「おーい、二人とも。食事の用意ができたよ!」
キッチンから小雪が大声で呼んだ。
「わあ、この匂い、母さん特製のクリームシチューだ! ヴァイス、早く行こう!」
「ああ、ちょっと待って雪斗」
雪斗たちは、部屋を出て、キッチンの方へ向かっていった。
雪斗の部屋を覗ける窓から、雪斗とヴァイスを見ていた異形の影があった。
「見つけたぞ、裏切りの姫に、『キー・トリガーパーソン』……」
異形の影は、白銀にギラギラ輝く歯を見せて笑った。
「お尋ね者の姫にこの世界の鍵。両方ぶっ殺して首を王にくれてやりゃあ、地位も名声も思うがままだぜ! ヒャハハハハ……!」
雪斗とヴァイスをつけ狙う異形の影は、狂った笑い声をあげるのだった。




