社交パーティー
屋敷へ戻ってから、ヴェルデは急にローラに抱きついた。驚くローラだがヴェルデはローラを離そうとしない。
「ヴェルデ様……?」
「ローラが無事で本当によかった。もう、二度とこんな危険な目に合わせたくない」
ぎゅうううっと力いっぱいローラを抱きしめるヴェルデの肩は少し震えている。
(ヴェルデ様……)
ローラは静かにヴェルデの背中へ手を回し、優しく抱きしめ返す。
「ああするしかなかったのはわかる。でも、ローラがイヴのためにエルヴィン殿下の元へ行こうとした時、本当に心臓が止まるかと思った。あんな、俺と死に別れるのを覚悟して別れの挨拶をするなんて……ひどいよ、ローラ」
ヴェルデから放たれた言葉は、低く静かで微かに震えている。怒りたいのに怒れない、どう感情をあらわしていいのかわからなくて困っているような、それでも言わなければ気がすまないとでも言うような、そんな声音だ。
「すみません……でもイヴを助けるには、ああするしかないと思ったんです」
「わかってる、わかってるんだ。わかってるからこそもどかしくて悔しくて……俺がもっとちゃんとローラのことを守れていれば、ローラにあんな選択をさせなくてもよかったんだ」
「ヴェルデ様……」
(ヴェルデ様は何も悪くないのに。それでも私を守れなかったと御自分を責めてらっしゃるんだわ)
ヴェルデの気持ちが嬉しいと同時に申し訳なく感じてしまう。
「ローラ、あんな選択肢しないで。俺の前からいなくなるなんて、あんなお別れの言葉を言うなんて許せないよ。俺はローラがいないこの世なんて考えられない」
「ヴェルデ様」
ヴェルデのローラを抱きしめる力が強まって苦しいくらいだ。それでも、ローラはヴェルデに身を委ねていた。
「ごめんなさい、ヴェルデ様。ああするしかなかったとはいえ、ヴェルデ様にお別れを言うなんて……私も、辛かったです」
「でもローラの顔は覚悟を決めたすっきりとした顔だった。ローラのそういう潔さは素敵だと思うし、そういうローラのことが好きだよ。でも、だから余計に俺は……仕方ないってわかってるけど許せないよ。許したいけど許せない。俺自身が一番許せない」
ローラを抱きしめながらヴェルデはふーっと息を深く吐いた。そして、ローラからゆっくりと体を離してローラの顔を覗き込む。
「もう二度と、ローラにあんな選択はさせない。どんなことがあってもローラを守って、ローラの命を狙いローラに近づく奴らはローラに出会う前に叩き潰す」
そう言うヴェルデの顔は決意に満ちていて、ゾッとするほどの恐ろしさを秘めている。そんなヴェルデの顔を見て一瞬ローラがビクッと体をこわばらせると、ヴェルデはすぐに悲しげな顔になった。
「ごめんローラ。こんな俺、怖いだろう。でも、ローラのことを思うと気持ちが抑えられないんだ。俺からローラを奪おうとする奴は絶対に許せない。ローラの明るい未来を踏みにじろうとする奴は、俺が絶対に許さない」
そう言って、またヴェルデはローラを抱きしめた。ローラの予想を超えて、いつもヴェルデは大きな愛を惜しみなくぶつけてくる。本来であれば怖がってもおかしくないのかもしれない。でも、ローラはヴェルデからのそんな愛情表現を、心の底から怖いと思うことはなかった。
「……怖くなんかないです。だって、ヴェルデ様は私のことを思って怒ってくださってるのでしょう?ヴェルデ様は何も悪くないのに、御自分のことを責めてらっしゃる。むしろそんな風に思わせてしまった私も悪いんです」
そう言って、ローラはヴェルデの背中を優しく擦ると、しばらくしてからヴェルデは大きくため息をつく。
「当分、ローラと二人だけでゆっくりしたいな。イヴの兄たちのせいで、出店市もゆっくり回れなかったし、ずっと緊張したままで過ごしていただろう?二人でただただゆっくりしたい」
「そうですね。……でも来週は確か王家も絡む社交パーティーがあったのではありませんか?ガレス殿下に絶対に来るようにと言われていたはずです」
ローラの言葉に、ヴェルデはローラから体を離しゲンナリとした顔をして、また大きくため息をついた。
「そうだった。ああ、めんどくさいな。でもローラも一緒にと言われていたし……そうだ、結婚してからは初めての社交の場だよね」
「そうですね、前回は婚約者の時でしたし」
ヴェルデはゲンナリとした顔から一転、目を輝かせる。
「ふふ、そうか、ローラが俺の奥さんとして一緒に出れるのはそれはそれで楽しみかもしれない」
ヴェルデは嬉しそうに笑ってローラを見つめると、ローラもそんなヴェルデを見てつい嬉しくなって一緒に微笑んだ。
*
社交パーティーの日がやってきた。ヴェルデは礼服に身を包み、ローラはヴェルデの瞳の色であるアクアマリン色のドレスを身にまとっている。ドレスは所々に銀色の刺繍とレースが施され、いつもおろされている金色の長い髪はアップにされて控えめながら上品な髪飾りがつけられていた。
「ローラ、美しいよ……本当に綺麗だ。こんな美しい姿、誰にも見せたくないな」
支度が終わったローラを見て、ヴェルデは目を輝かせてローラに近寄る。そしてローラの腰をグイっと引き寄せて顔を近づけると、ジッとローラを見つめた。その瞳には欲がユラユラと揺らめいている。
(ヴェルデ様こそ、いつも以上に素敵で色気が増してる……!)
いつもはラフな髪型も今回はきちんと整えられている。一緒に社交の場に行くのは二回目とはいえ、見慣れない服装、見慣れない髪型のヴェルデに心臓がドキドキと鳴りっぱなしだ。顔を真っ赤にするローラを見てヴェルデは嬉しそうに微笑む。
「可愛いね、ローラ。顔が真っ赤だよ。本当に、このままパーティーなんて行かず二人だけでいちゃいちゃしていたいな……」
ローラの耳元にそっと囁きながら、ヴェルデは腰に当てた手でローラの体を優しく撫でる。その手つきにローラの体にはぞわぞわと言いようのない感覚が沸き上がり、ローラはさらに体温が上昇するのを感じていた。
「っ……!ヴェルデ様……だめです」
「だめ?本当に?」
そう言ってからヴェルデはローラにキスを落とす。軽いキスを何度も何度も繰り返して、唇でローラを愛でた。
「ヴェルデ様……本当にもう……だめ、です」
唇が離れて、はあっと悩ましげに息をつくとローラは顔を赤らめながら少し怒ったように抗議をする。
本当に可愛い、可愛すぎて無理だ。いつもより体のラインがよくわかるし、肩も出てる。普段隠れているうなじだって今日は見えるし、すべすべな白い肌がより一層わかってしまう。この美しいドレス姿が他の男たちの目に入ると思うと本当に我慢ならない、そんなことをヴェルデは悶々と考えていた。
だが、ガレス殿下が絶対に来いと言っていたし、何よりも夫婦になってからは初めての社交の場だ。
「仕方ないな、行くとしよう。でも、ローラのその顔が落ち着いてからじゃないとね。あまりにも色っぽい顔だから誰にも見せられないよ。それに、リップも取れてしまったな。ごめん、直さないと」
ヴェルデからのキスのせいで蕩けたような表情のローラを見ながら、ヴェルデは満足そうにそう言うと、ペロリと唇を舐めてからクスリと笑った。




