帰宅
「何とか、大丈夫だ」
「よかった……」
イヴの言葉にローラが安堵の表情を浮かべると、ヴェルデとフェインもイヴとローラのそばへ駆け寄った。
「怪我を治そう」
ヴェルデがそう言うと、イヴの首元が一瞬輝き、剣でつけられた切り傷が消えた。
「それにしてもよく自力でエルヴィンを追い出したな」
フェインが感心したように言うと、イヴは苦笑した。
「自分でもよくわかってないんだ。ただただ無我夢中で、ローラ嬢を助けなければと思ったらああなってた」
フッと微笑むイヴを見て、ローラは涙を浮かべる。
「ありがとう、イヴ。あなたのおかげよ」
「そんなことない。ローラこそ、俺を助けようとしてくれただろ」
「どうして……どうしてだ……エルヴィン殿下がイヴの体から抜けなければこんなことには……」
ぶつぶつとクローが一人で呟いている。そんなクローへクレイは冷ややかな視線を向けた。
「体となる本体の同意も得ないまま生きてる人間に憑依させれば、本体の魂がそれを拒絶する。拒絶が強ければ強いほど弾き飛ばされるのは当たり前のことだ。そんなこともわからないまま禁忌に手を出したのか、愚か者」
クレイの怒りに満ちた言葉に、クローはいつの間にか涙を流し、嗚咽を漏らす。
「そういえば師匠、よくここがわかりましたね」
ヴェルデの言葉に、クレイは眉を下げて微笑んだ。
「この国にはあるはずのない魔力を感じたからね。自分が追放した魔力がこの国にいるとなると、きっとロクなことではないだろうと思ったんだ。案の定だったよ。……ローラ様をこんな目に合わせてしまい、申し訳ありません。この男の元師匠として謝罪します」
そう言って深々と頭を下げるクレイを、ヴェルデとフェインは神妙な顔をして見つめていたが、ローラは慌てて両手を振る。
「クレイ様、謝らないでください。クレイ様は何も悪くありませんし、私もみんなも無事でした。クレイ様が来てくださったおかげで大事に至りませんでした。だから大丈夫です」
ローラがそう言うと、クレイは顔を上げて悲しげに微笑んだ。
「師匠、こいつはどうするつもりですか」
ヴェルデがクローを見ながらクレイに尋ねると、クレイは厳しい目をクローに向ける。
「禁忌に手を出せば、必ず代償を払う必要がある。クローはそれを払わなければいけない。……それについて君たちに見せるにはあまりにも酷すぎるからね、私が連れて帰るよ。イヴの兄たちも国に渡して厳重に処罰してもらうから心配しなくていい。それよりもまずはあれを冥界に返さなければね」
そう言って、クレイは稲妻の鎖で繋がれたエルヴィンの魂へ視線を向ける。片手を上げると、宙に亀裂が入り、黒い空間が浮かび上がった。
「魂のことは冥界で然るべき処置をとってもらう。現世で生きている我々がどうにかできることではないからね」
そう言うと、エルヴィンの魂は黒い空間へ引き摺り込まれる。そして黒い空間は消え、そこには何も無くなった。
「さて、決着は着いた。後々の詳しいことについては追って連絡するよ。イヴは責任を持って私が転移魔法で国に送り届けよう」
クレイの言葉に、イヴがローラの顔を見た。何かを言おうとしているが、本人も何が言いたいのかよくわかっていないような複雑な顔をしている。
「別に、これが今生の別れになるわけじゃない。色々と落ち着いたら手紙でも書けばいいだろ」
「……いいのか?」
ヴェルデの提案にイヴが驚いた顔で尋ねる。ローラも少し驚いた表情でヴェルデを見つめるので、ヴェルデは苦笑した。
「ローラが嫌でないのなら俺は構わないよ。もちろんローラ宛の手紙は俺も読むし、ローラからイヴ宛への手紙も出す前に目を通すけど」
(目を通すんですね……)
信用されていないわけではないのだろうけれど、ヴェルデの気が済むのであればそれでいいか、とローラは微笑んで頷いた。
「ヴェルデのローラ様への気持ちは重すぎるくらいだね。愛想を尽かされないように気をつけるんだよ」
「えっ、ローラ、俺に愛想を尽かしてるの?」
「そんな、大丈夫ですよ。慌てないでください」
「でもこのままの調子だと、流石のローラもいつか呆れてしまう時が来るんじゃないのか」
「そんな!」
クレイの揶揄いにヴェルデが困ったようにローラに縋りつき、宥めるローラを見てフェインがまたヴェルデを揶揄う。その様子を見ながらイヴとクレイは目を合わせて微笑んだ。
「……兄たちが本当にすまないことをした。ローラ嬢が無事で、全て解決して本当によかったよ。ローラ嬢、どうかお幸せに。って、俺がそんなこと言わなくても、ローラ嬢が幸せなのは決まってるんだろうけど」
イヴがローラとヴェルデを見ながらそう言うと、ヴェルデは口の端を上げて頷く。ローラはイヴの両手を取って微笑んだ。
「ありがとう、イヴ。あなたも無事で本当によかった。イヴもどうか、幸せでいてくださいね」
「ああ」
(見た目も声もエルヴィン様と瓜二つだけど、イヴはやっぱりイヴだわ。目を見て話をしてももう怖くないし、イヴにはこれからずっと幸せでいてほしい)
ローラの心の中に、暖かなものが流れ広がっていく。初めて出会った時はエルヴィン殿下が現れたのかと驚き恐怖でしかなかったが、イヴがイヴとして生きていると知ってから恐怖は無くなっていた。百年以上続くエルヴィン殿下の末裔としてのしがらみを自ら解き、ローラに対して百年前のローラではなく今現在のローラとして接してくれた。
そんなイヴだからこそ、国にいる大切な人と末永く幸せに暮らしてほしいと、ローラは心の底から思う。
「それじゃ、ヴェルデ。また」
クレイがそう言って微笑むと、クレイとクロー、イヴの兄たち、そしてイヴの足元に魔法陣が浮かび上がる。そして魔法陣の光に包まれて、クレイたちは消えた。
「俺たちも帰ろう」
ヴェルデはローラの腰に手を回して、グッと引き寄せる。その手は、まるでもう二度と離さないと言わんばかりの力強さだ。フェインがそれを見て苦笑していると、三人の足元に魔法陣の光が浮かんで、三人は消えた。
*
光が消えていつの間にかヴェルデの部屋に戻ってきていた。部屋にはヴェルデとローラの二人だけで、フェインの姿はない。フェインの姿がないことに気づいたローラが周囲をキョロキョロと見渡すと、ヴェルデが静かに言葉を発する。
「あいつはあいつの家に転移したよ。今日はもう帰ってゆっくりした方がいい」
ヴェルデはそう言って、すぐにローラを抱きしめた。
(え、え?急に一体、どうして?)
突然のことに驚いてローラは身を捩るが、ヴェルデのローラを抱きしめる力は増すばかりだ。
「ヴェルデ様?」




