距離
「ヴェルデ。ローラも無事に来たんだな」
会場に到着すると、礼服に身を包んだフェインが二人を見つけて声をかけた。
「フェイン、それどういう意味だよ」
「お前のことだから、ドレス姿のローラを誰にも見せたくないとか駄々こねてそうだなと思って。どうせギリギリまでいちゃついてたんだろ」
フェインの言葉に、ローラは思わず赤面してうつむく。それを見てフェインは当たりかよ、と呟いてククッと静かにわらった。
「フェイン、お前もあんまりローラのことを視界に入れるなよ」
「はいはい、わかりました。俺にまでそうなるって、お前はどんだけローラのことが好きなんだよ」
呆れたように言うフェインに、ローラは苦笑しながらヴェルデを見つめ、二人の掛け合いをほほえましく眺めていた。
「ヴェルデ」
急に背後から声がする。ヴェルデを呼ぶ声がして振り返ると、そこには黒い艶やかな長い髪にタンザナイト色の瞳、ワインレッド色のドレスに身を包んだとても綺麗な女性がいる。
「ノエル……!」
ヴェルデは大きく目を見開いてその女性を見つめる。フェインは少し気まずそうな表情で二人を見てからローラを見た。
(お知り合いなのかしら?)
ローラはガレス殿下以外でヴェルデの知り合いにはあまり会ったことが無い。そもそもヴェルデの仕事場は屋敷のすぐそばにあり、仕事仲間もフェインくらいだ。
「ヴェルデ、久しぶりね」
「帰ってきてたのか?」
「ええ、先週。数年ぶりに帰ってきて驚いたわ。あなた、結婚したんですってね」
そう言って、ノエルはローラを見てにっこりと微笑んだ。
「こちらがヴェルデの奥様?」
「あ、ああ。妻のローラだ」
「初めまして。サイレーン国魔法省特級魔術師のノエル・ウィストンです」
「初めまして」
ノエルが挨拶をすると、ローラもドレスの裾を掴みふんわりとお辞儀をする。その所作の美しさに、ノエルは驚いて声をあげた。
「すごい、まるでどこかのお姫様みたいね!綺麗だわ。こんな素敵な女性、どうやって手に入れたのよ。そもそも、あなた結婚する気なんてないって言ってたじゃない」
「それは……」
ヴェルデが言いよどむと、ノエルは口角を上げてヴェルデの腕を掴んだ。
「ちょっ、なんだよ」
「久々に会えたんだし、二人で色々と話をしましょうよ。私とあなたの仲じゃない。ごめんなさい、ちょっとだけお借りするわね」
「え、あ、はい……」
ノエルはヴェルデの腕を掴み、人があまりいない広場の隅の方へ歩いていく。茫然としてみていると、隣にフェインがやってきた。
「悪いな、ノエルは悪い奴じゃないんだけど、思い切りがいいというか行動的というか」
「いえ。ヴェルデ様とノエル様は仲がよろしいんですね。昔からのお知り合いなのですか?」
「あー、うん、そうだな。ノエルは魔法省の人間なんだけど、一度国からの依頼で魔法省と一緒に長期で研究することがあったんだ」
ノエルも魔法省の中ではかなりの実力者で、ヴェルデと研究の話で意気投合したらしい。
「ヴェルデも俺も、魔法省所属じゃなくて国の直接管轄なんだ。だからあまり詳しく知らない魔法省について色々話を聞いたりもして、仲良くなったんだよ。……まあ、それだけじゃないんだけど」
バツの悪そうな顔でフェインは二人を見つめる。最後の言葉は一体どういうことだろうか?不思議に思いながらローラも二人へ視線を移すと、とても嬉しそうに笑っているノエルと、すこしたじろ気ながらも呆れたような顔で苦笑しているヴェルデがいる。
(ヴェルデ様、普段では見たことのない顔をしてらっしゃるわ)
どことなく気楽そうな雰囲気だ。それだけ二人は仲がいいと言うことなんだろう。そう思って二人を見ていると、ふいにノエルがヴェルデの腕を取って体を密着させる。
(とても近い……)
ヴェルデは慌ててすぐに体を離そうとするが、ノエルがそれを制してくっついたままだ。そんな二人を見て、ローラの胸の中にモヤモヤしたものが生まれてくる。
「なあ、ローラ、あの二人のことはとりあえず放っておいて、何か食べ物を取りに行かないか?それとも、何か飲むか?」
ローラの様子を察して、フェインが気遣ってくれる。フェインに申し訳ないなと思い笑顔を作って返事をしようとすると、視界に影がかかった。
「失礼。あなたがヴェルデの結婚相手ですか」
声のする方を見上げると、そこには背の高い短髪の壮年の男がいた。
「レイナー騎士団長!」
声をかけてきた男性を見て、フェインが驚いたように声を上げた。
「フェイン、久しぶりだな。息災のようで何よりだ」
「はい、レイナー騎士団長もお変わりないようでよかったです。ローラ、こちらはサイレーン国騎士団のレイナー騎士団長だ」
「初めてお目にかかります、ヴェルデ・フィオリスの妻、ローラと申します」
フェインにレイナーを紹介されたローラは静かに微笑み、ドレスを両手で摘みふわりとお辞儀をする。ノエル同様、レイナーもローラの所作の美しさに驚いて目を見開いた。
「こんなに所作の美しいご令嬢は初めて出会ったな。なるほど、噂は本当のようだ」
「噂?」
レイナーの言葉に、フェインが目を細めて警戒する。
「筆頭魔術師ヴェルデが妻にしたのは、隣国で百年も眠り続けた妃候補だった令嬢だという噂だ」
フェインは一瞬驚愕したが、すぐにいつもの無表情に戻ってレイナーを見た。
「なんですか、その噂。初めて聞きましたよ」
「ほう、ヴェルデの一番すぐ近くにいる君がその噂を知らないだなんて逆に不思議だな」
フェインを見下ろしながらレイナーは低い声でそう言い放つ。その風格は威圧的で恐怖さえ与えかねない。だが、フェインはローラを庇うようにして立ち、首をかしげた。
「確かにローラは隣国からヴェルデが連れてきた令嬢ですが、そんな噂は知りませんね。その噂を聞いて、ローラにわざわざ会いに来たのですか」
「それもあるが、我が国の筆頭魔術師の新妻に、騎士団長として挨拶をしないのはおかしいだろう。婚約者時代に開かれたティアール国との懇親会には任務中で出席できなかったからな」
レイナーの話に、ローラは微笑みながら口を開く。
「そうだったのですね。わざわざご挨拶いただきありがとうございます。むしろ、サイレーン国の騎士団をまとめるお方にはまずこちらからご挨拶に伺うべきでした。ご挨拶が遅くなり申し訳ありません。この国に来てから社交の場に出るのがまだ二回目なので、ご容赦ください」
眉を下げて微笑みながら丁寧にお辞儀をするローラを見て、レイナーは目を見張り静かに微笑んだ。
「なるほど、大したものだ。これは一筋縄ではいかなそうですね。お美しい姿に見劣りすることのないほど、礼儀も所作も申し分がない。あなたほどの人間であれば、筆頭魔術師といえどヴェルデには勿体ないかもしれませんな」
「そんな、私のほうがヴェルデ様に勿体ないくらいです。ヴェルデ様にはこの国のことをたくさん教えていただいていています。それに、ヴェルデ様からはいつも幸せをたくさんいただいているので、私なりにヴェルデ様にお返しをしなければと思っているくらいですよ」
まるで花がほころぶような優しく繊細な微笑みをレイナーに向けると、レイナーもフェインも思わず頬を赤く染める。図らずもそうなってしまうほど、ローラの微笑みはあまりにも純真無垢で美しかったのだ。
「まいりましたね、これほどまで強敵だとは思いませんでしたよ。少し探りを入れるつもりでしたが、その必要はなさそうだ」
「探り?」
レイナーの言葉にフェインが顔を顰めて尋ねると、レイナーは周囲を警戒しながら声を潜め、口を開こうとしたその時。
「ローラに何か御用ですか、レイナー騎士団長」
ローラの背後からローラの両肩に手をのせ、警戒した表情のヴェルデが現れた。




