『仕事人』 犬又
「……もしもし、ボスですか? 私です。」
私は、ボスからの指示を完遂したことを伝えるために、仕事専用の携帯からボスに連絡をとっていた。
「指示通りしっかりやりましたよ、これで当分は相手方も思うような動きは出来ないでしょうね。」
そう言いながら空いた片方の手で胸ポケットから煙草を取り出して口にくわえ、ジッポーで火を灯した。煙草の先端から薄暗い灯りを放ちながら、私はふぅ……と白い煙を吐き出した。
「報酬はいつもの銀行口座にお願いします。はい、そうです。……少々お待ちいただいても?」
そのまま煙草をふかしながら近くに転がっていた黒いトランクケースを持ち上げ、手近なところにあった机の上に乗せた。そして煙草を出した胸ポケットとは反対の方から小さな鍵を取り出し、トランクケースの鍵穴に差し込んでそのまま回転させた。
カチリ
歯切れのいい施錠が解除された音を確認してから私はそっと蓋を開いた。
「はい、手筈通りに中身もそちらに送ります。はい、はい……。ええ、それでは。」
ボスからの今後の動きの指示を聞いた後、私は通話を終わらせた。そのまま煙草は胸ポケットから出したポケット灰皿の中にねじ込み、黒いトランクケースの鍵を閉め、これを持ち足早にこの場所を去った。
この場所に残っていたのは、少しの煙草の灰と、数分前までは活動をしていたであろう物の果てが数体転がっているだけであった。
私はそのままあの場所から車で数時間走らせた地点にある、ファストフード店の近くに居た。
「今回の仕事もキッチリこなしたね、相棒。」
私の横の運転席に座っている、仕事上のパートナーである彼女がそう話を振ってきた。
「私ひとりじゃターゲットの居場所も行動もここまで詳しくは読めないさ。ここまで任務がスムーズにいったのは、お前のおかげさ。」
と私は、仕事のたびに言っているセリフを一言一句変えず、ファストフード店でテイクアウトしてきたハンバーガーを食しながら言った。
「もぉ、またそのセリフかよ。」
彼女は、軽く頬を膨らませたあと袋からハンバーガーを取り出し頬張った。
彼女が徹底的に調べ上げてから、その情報をもとに私が行動を起こす、という〔コチラの業界〕では至ってよくある面白みもない普通な組み合わせが私たちの仕事のスタイルである。今はとある組織のボス直属の部下として仕事を行っている。まぁ私たちのところに来る仕事は、誰からの依頼であろうが大差はないのだけれども。
「そういえばボスからは次の指示は聞いたの?」
彼女は思い出したかのように聞いてきた。いつの間にかハンバーガーは三つ目を食べている。
「ああ、次はとりあえず日本に帰国だそうだ。日本についてから追って指示を出すそうだ。」
「つまり日本に帰るまで休暇ね!?」
私がボスから出された指示を説明したら彼女は食い入るようにそう言った。
「折角こんな海外まで来たんだから思い出の一つや二つを残しても罰は当たらないよね? ね??」
こんな仕事に関わっている時点で罰もクソもないような気がしないでもないが、彼女はこの国に来てから四六時中ターゲットの行動の監視や、予想などで部屋にこもりっきりだったからその気持ちがわからなくもないが……。
「残念だったな、明日の朝一番の便でこの国を発つぞ。」
「えっ……。」
私のこの発言を聞いた瞬間彼女の顔から笑顔が消えて、まるでギャンブルで所持金を全部失ってしまった人のような顔つきになってしまっている。
「ボスが手配した便だからこれで帰るしかないからこの国での思い出作りは……まぁ諦めるしかないな。」
「そんなぁー……。」
彼女の悲しい声が車の中で虚しく発せられた。
飛行機に乗って狭い椅子の上に座っていること数時間、私と彼女は無事に日本着くことが出来た。
空港を出てすぐの辺りで私はボスに連絡をとり、とりあえず事務所の方に来るように指示を受け、彼女の運転の元私たちは、ボスの元へ向かっていった。
「ボス! 何か奢ってください!」
久々のボスとの面会で開口一番に彼女はこう言った。バカンスが出来なかったことをまだ根にもっているのだろう。
「はいはい、後でな。」
ボスは彼女の扱いに慣れているからかこれを華麗にスルーし、私から例のトランクケースを受け取った。
「うん、確かに受け取ったよ。今回もご苦労だったねぇ。」
ボスはトランクケースの中を確認したのちに労いの言葉を投げかける。
「そして多分数日間は何も仕事はなさそうだからこっちで休暇を取るといい。」
そういってボスは椅子に座った。
「ボス! なーにーかー……。」
彼女がまだ何か言わんとしていたが、ボスから封筒を投げられ、その中身を見た彼女は、たちまち笑顔になって私に言った。
「やっぱり母国って最高だね!」
……私のパートナーは、結構チョロい。




