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5話:日常

5話まで続くの初めてです

 朝。


 目覚まし時計の音で、俺は目を覚ました。


「……眠い」


 布団の中でしばらく動けない。


 昨日は武技部の練習があった。


 それほど長時間やったわけじゃない。


 十周走って、足運びをして、棒を振って。


 最後に軽い組み手までやった。


 ただ、それだけだ。


 なのに。


「腕……ちょっと痛い」


 昨日何度も棒を振ったせいか、腕に軽い筋肉痛が残っている。


 俺はベッドから起き上がり、制服に着替えた。


 高校生活が始まって、まだ数日。


 朝起きて学校へ行く。


 授業を受ける。


 放課後になったら部活へ行く。


 たったそれだけのことなのに、毎日が少し新鮮だった。


 家を出る。


 いつもの場所まで歩くと、ちょうど蓮が待っていた。


「おせえ」


「まだ時間あるだろ」


「そうだけど」


 蓮は俺の顔を見る。


「……眠そうだな」


「眠い」


「昨日の部活?」


「それもある」


「やっぱり?」


「腕がちょっと痛い」


「俺は平気だけどな」


「経験者だからだろ」


「まあな」


 蓮は少し得意げに笑った。


「でも昨日の練習、結構面白かっただろ?」


「うん」


 俺は素直に答えた。


「思ってたより難しいけど」


「最初から上手くできるわけないって」


「分かってる」


「そのうち慣れる」


「そうだといいけど」


 二人で歩きながら、昨日の練習について話す。


 すると、学校が見えてきた。


「今日も授業か……」


「高校生なんだから当たり前だろ」


「部活だけしてたい」


「お前、絶対そのうち勉強で困るぞ」


「……それは嫌だな」


「じゃあちゃんと授業受けろ」


「善処します」


「信用できねえ」


 そんな話をしながら、俺たちは教室へ向かった。


 教室には、すでに何人かの生徒が来ていた。


 席に座って鞄を置く。


 すると。


「おはよう」


 前の席から声がした。


 振り向く。


 そこにいたのは、まだ名前を知らない男子だった。


「おはよう」


 俺が返すと、そいつは笑った。


「朝倉だよな?」


「そうだけど」


「俺、高橋。高橋恒一」


「よろしく」


「よろしく」


 高橋は気さくに手を上げた。


「黒崎もよろしくな」


「俺の名前知ってんの?」


「昨日先生が呼んでたじゃん」


「ああ」


 蓮が頷く。


「よろしく」


「おう」


 高橋はそのまま自分の席に戻った。


 それだけだった。


 まだ、特別仲がいいわけでもない。


 同じクラスにいる。


 名前を知っている。


 ただ、それだけ。


 ……この時は、そう思っていた。


 やがて朝のホームルームが始まった。


 担任の先生が教室に入り、出席を確認していく。


「朝倉」


「はい」


「黒崎」


「はい」


「高橋」


「はい」


 順番に名前が呼ばれていく。


 その後、先生から今日の予定や連絡事項の説明があった。


「まだ新学期が始まったばかりだから、忘れ物のないように」


「はい」


「それと、部活動の登録については各自確認しておくように」


 先生が黒板に予定を書いていく。


 俺はそれを眺めながら、今日の放課後のことを考えていた。


 今日も武技部がある。


 昨日より上手くなれるだろうか。


 足運び。


 棒の振り方。


 力の抜き方。


 考えることはたくさんある。


「朝倉」


「はい!」


 突然、先生に呼ばれた。


「次のページ」


「あ……はい」


 慌てて教科書を開く。


 隣の蓮が小さく笑った。


「何ぼーっとしてんだよ」


「いや、ちょっと考え事」


「部活のことだろ?」


「……まあ」


「まだ始まったばっかりなのに、完全にハマってるじゃん」


「そうかも」


 昨日までなら、こんなことを言われても否定していたかもしれない。


 でも。


 今は少しだけ、自分でも分かっていた。


 武技部が楽しみになっている。


 放課後が待ち遠しい。


 もっと上手くなりたい。


 そんな気持ちが、少しずつ出てきている。


 ただ。


 高校生活は、部活だけじゃない。


 それを俺が実感したのは、昼休みだった。


「朝倉!」


 教室の後ろから声がする。


 見ると、高橋が手を振っていた。


「昼飯、一緒に食おうぜ」


「俺?」


「お前と黒崎」


「いいけど」


 蓮も弁当を持って立ち上がる。


「どこで食う?」


「ここでいいだろ」


 高橋が机を寄せる。


 三人で机を並べた。


「いただきます」


 弁当を開く。


「そういや朝倉」


「ん?」


「武技部なんだって?」


「うん」


「昨日、体育館の前通ったらやってたわ」


「見た?」


「ああ。なんかすげえ音してた」


「全国大会出てるんだよ」


 蓮が言う。


「マジ?」


「マジ」


「へえ……」


 高橋が少し驚いた顔をする。


「じゃあ朝倉も強いの?」


「いや、全然」


「全然?」


「入ったばっかりだし」


「でも無属性なんだろ?」


「そうだけど」


「筋力強化だっけ?」


「ちょっとだけ」


 俺は自分の腕を見る。


「普通より少し力があるくらい」


「十分すごくね?」


「武技だと全然だった」


「へえ」


 高橋は興味深そうに俺を見る。


「じゃあ、今度腕相撲しようぜ」


「なんで?」


「筋力強化がどれくらいなのか気になる」


「お前もやるの?」


「俺?」


 高橋が笑った。


「俺も運動部だから、それなりには自信あるぞ」


「何部?」


「野球部」


「なるほど」


 高橋は右手を握った。


「小学生の頃からやってる」


「じゃあ結構本格的だな」


「まあな」


 そのとき。


「何の話してるの?」


 声がして、俺たちは顔を上げた。


 水野莉奈だった。


「お、武技部組じゃん」


「水野も一緒に食べる?」


 高橋が聞く。


「いいの?」


「もちろん」


 莉奈は自分の弁当を持ってきた。


 その後ろから白石も来る。


「ここ、いいか?」


「いいよ」


 こうして。


 気づけば五人で昼飯を食べることになった。


「なんか人数増えたな」


 蓮が言う。


「いいじゃん」


 莉奈が笑う。


「こういうの楽しいし」


「俺は高橋恒一。よろしく」


「私は水野莉奈」


「白石恒一」


「……名前かぶってるな」


 高橋と白石が同時に顔を上げた。


「確かに」


「高橋恒一」


「白石恒一」


 二人が見つめ合う。


「呼び方どうする?」


「俺は高橋でいい」


「なら俺も白石で」


「了解」


 妙なところで話がまとまった。


「じゃあ、高橋は野球部なんだ」


 莉奈が聞く。


「そう」


「ポジションは?」


「外野」


「足速そう」


「まあ、そこそこ」


「じゃあ体育の授業で勝負できるね」


「体育?」


「今日あるじゃん」


「ああ」


 高橋が笑う。


「じゃあ楽しみだな」


「何が?」


「運動得意なやつがどれくらいいるのか」


 その言葉に、蓮が俺を見る。


「悠真、お前も結構運動できるだろ」


「普通だって」


「普通じゃない」


「なんで?」


「中学の体育、いつも上位だったじゃん」


「それは……」


 俺の無属性は、筋力が少し強くなる。


 ただ、それだけ。


 だから普段の体育なら、多少有利なこともある。


 でも、特別すごいわけじゃない。


「じゃあ、今日分かるな」


 高橋が笑った。


「何が?」


「誰が一番運動できるか」


「勝手に勝負にするなよ」


「いいじゃん」


 莉奈が笑う。


「面白そう」


「水野まで……」


「私も負けたくないし」


「白石は?」


「俺は普通に授業を受ける」


「つまんないなあ」


「体育は競技会じゃない」


「正論」


 昼休みは、そんなくだらない話をして終わった。


 午後。


 体育の時間。


 今日はグラウンドで短距離走をするらしい。


「二人ずつ走るぞ」


 体育教師が説明する。


「まずは五十メートル」


 生徒たちがスタートラインに並ぶ。


 俺は高橋と同じ組だった。


「朝倉、よろしく」


「こっちこそ」


「負けないからな」


「だから勝負じゃないって」


「もう勝負でいいだろ」


 高橋が笑う。


 俺も少し笑った。


「位置について」


 二人が構える。


「よーい――」


 短い静寂。


「スタート!」


 地面を蹴る。


 一気に身体が前へ出た。


 俺は必死に足を動かす。


 高橋も速い。


 横を見る余裕はない。


 そのままゴール。


「はあ……」


 息を整える。


 先生がタイムを確認する。


「高橋、速いな」


「ありがとうございます」


「朝倉も悪くない」


「ありがとうございます」


 二人のタイムはほとんど同じだった。


「惜しかったな」


 高橋が笑う。


「次は負けないから」


「俺も」


「お?」


「武技では負けてるけど、体育なら勝ちたい」


「いいね」


 高橋が笑う。


「じゃあ次も勝負だ」


「だから勝手に決めるなって」


 その後の授業でも、俺たちは何度か一緒になった。


 高橋は足が速い。


 それだけじゃない。


 ボールを扱うのも上手かった。


 やっぱり野球部というだけあって、運動能力は高い。


 莉奈も意外と器用で、動きがいい。


 蓮は中学時代から運動をしていたこともあって安定している。


 白石は無駄な動きが少ない。


 こうしてみると。


 俺の周りには、運動が得意なやつが結構いる。


 武技部でもそうだった。


 全国を目指す学校なのだから当然なのかもしれない。


 けれど。


 学校全体で見ても、運動部には本気で取り組んでいる人が多いらしい。


 体育の授業が終わる。


 更衣を済ませて教室へ戻ると、すぐに次の授業が始まった。


 五十分ほど授業を受ける。


 黒板を写して。


 先生の説明を聞いて。


 ノートを取って。


 放課後になる頃には、さすがに少し疲れていた。


「終わった……」


 終礼が終わる。


 教室に、部活へ向かう生徒たちの声が響き始めた。


「じゃあ俺、野球部行くわ」


 高橋が鞄を持つ。


「おう」


「朝倉たちは武技部?」


「そう」


「じゃあまた明日な」


「また明日」


 高橋が教室を出ていく。


 その背中を見ながら、莉奈が言った。


「高橋って元気だね」


「そうだな」


「野球部も大変そう」


「でも楽しそうだった」


 俺はそう言った。


 すると蓮が笑う。


「お前も同じだろ」


「何が?」


「武技部行くとき、今そんな顔してる」


「どんな顔だよ」


「楽しそうな顔」


「……そうか?」


「そうだよ」


 莉奈も笑った。


「私も楽しみ」


「昨日も言ってたな」


「うん」


 白石が鞄を持つ。


「そろそろ行こう」


「そうだな」


 四人で教室を出る。


 廊下には、いろんな部活へ向かう生徒たちがいた。


 グラウンドへ向かう野球部。


 体育館へ向かうバスケットボール部。


 音楽室へ向かう吹奏楽部。


 それぞれが、それぞれの場所へ向かっていく。


 俺たちも、その中の一人だった。


 体育館へ向かう途中。


 グラウンドの方から、野球部の掛け声が聞こえてきた。


「声出せー!」


「はい!」


 高橋の声も混ざっている。


 俺は思わずそちらを見る。


「頑張ってるな」


 蓮が言った。


「ああ」


 そして俺たちは、そのまま武技部へ向かった。


 道場に入る。


「お、来たな」


 隼人が声をかけてくる。


「今日は学校どうだった?」


「普通でした」


「普通が一番だよ」


 隼人は笑った。


 美月も少し離れたところで準備をしている。


「一年生、準備ができたら始めます」


「はい!」


 悠真たちはそれぞれ準備を始める。


 俺は棒を手に取った。


 昨日までとは少し違う。


 学校で友達ができた。


 授業を受けて。


 昼休みにくだらない話をして。


 体育で競争して。


 そして放課後になれば、ここに来る。


 高校生活というものが、少しずつ形になっていく。


「悠真」


 蓮が声をかける。


「今日も頑張ろうぜ」


「おう」


 莉奈も隣で武器を持つ。


「今日は昨日より上手くなるからね」


「俺も」


 白石は黙って準備をしている。


 道場の奥では、先輩たちが練習を始めていた。


 俺も構える。


「始め!」


 隼人の声が響く。


 棒を振る。


 昨日より少しだけ。


 ほんの少しだけ、動きが良くなっている気がした。


 練習が終わる。


 外へ出る。


 夕方の空が赤く染まっていた。


「今日も疲れたな」


 蓮が言う。


「うん」


 俺は鞄を肩にかける。


「でも、楽しかった」


「だろ?」


「ああ」


 校門へ向かって歩く。


 すると、グラウンドの方から声が聞こえた。


「朝倉!」


 振り向く。


 高橋だった。


 野球部の練習を終えたらしい。


「まだいたのか」


「今終わった」


「お疲れ」


「そっちもな」


 高橋が笑う。


「今日の五十メートル、次は勝つからな」


「まだ言ってるのかよ」


「当たり前だろ」


「じゃあ俺も負けない」


「よし」


 高橋が拳を軽く突き出す。


 俺も拳を合わせる。


「また明日な」


「ああ」


 高橋は家とは反対方向へ走っていった。


「……あいつ、元気だな」


 蓮が呟く。


「野球部だからじゃない?」


「関係あるか?」


「知らない」


 二人で笑う。


 校門を出る。


 少し歩いたところで、俺は後ろを振り返った。


 校舎。


 グラウンド。


 体育館。


 今日一日過ごした場所。


 入学してから、まだほんの数日。


 なのに。


 昨日まで知らなかった人と話して。


 新しい友達ができて。


 放課後には部活へ行く。


 そんな毎日が、少しずつ当たり前になり始めている。


 武技部に入ったことは、俺にとって大きな出来事だった。


 美月先輩に憧れて。


 強くなりたいと思って。


 そのために練習する。


 でも。


 高校生活は、それだけじゃない。


 友達とくだらない話をして。


 授業で眠くなって。


 体育で競争して。


 昼休みに弁当を食べて。


 放課後になったら、それぞれの部活へ向かう。


 そんな一日一日も、きっと大切なものになる。


「なあ、悠真」


「ん?」


「明日、学校帰りにコンビニ寄らね?」


「いいけど」


「新作のアイス出たらしい」


「お前、部活よりそっちの方が楽しみだろ」


「当然」


「即答かよ」


 俺たちは笑いながら歩いていく。


 春の夕方。


 まだ少し冷たい風が吹いていた。


 高校生活は始まったばかりだ。


 武技部での毎日も。


 新しくできた友達との時間も。


 これから起こる体育祭も、文化祭も、夏休みも。


 まだ何も知らない。


 ただ。


 この学校で過ごす三年間が、思っていたよりずっと長くて。


 思っていたよりずっと楽しいものになることだけは。


 なんとなく、そんな気がしていた。


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