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4話:成長

 武技部に入部して、三日目。


 朝倉悠真は、昨日よりも少しだけ慣れた足取りで道場へ向かっていた。


 昨日までは、道場の扉を開けるだけでも少し緊張していた。


 全国大会出場者が何人もいる強豪校。


 壁には過去の大会記録が並び、道場の奥では自分とは比べものにならないほど上手い先輩たちが練習している。


 そんな場所に、自分がいる。


 入部したばかりの昨日までは、その事実だけで少し落ち着かなかった。


 けれど。


「おはよう、悠真!」


 道場へ向かう途中、後ろから声が飛んできた。


 振り返る。


 水野莉奈だった。


「おはよう」


「今日も早いね」


「水野もだろ」


「私はいつもこのくらい」


「そうなのか」


「うん。朝も起きるの早いし」


「へえ」


 莉奈は悠真の横に並ぶ。


「今日も練習楽しみだね」


「そうだな」


「昨日言ってたじゃん。もっと上手くなりたいって」


「言ったっけ?」


「言った」


「よく覚えてるな」


「私も同じこと思ってたから」


 莉奈は笑った。


「今日は昨日より上手くなろうね」


「おう」


 そこへ。


「お前ら、朝から仲いいな」


 黒崎蓮が追いついてきた。


「普通に話してるだけだよ」


「そうか?」


「そう」


「ならいいけど」


 蓮は少し笑う。


 三人で道場へ向かう。


 昨日と同じ道。


 昨日と同じ校舎。


 昨日と同じ道場。


 なのに。


 悠真には、少しだけ違って見えた。


 自分の場所になり始めている。


 そんな気がした。


 道場の扉を開ける。


「おはようございます」


 先に来ていた隼人が振り向いた。


「お、今日は三人一緒か」


「途中で会いました」


 莉奈が答える。


「そうか。じゃあ準備してくれ」


「はい!」


 三人が荷物を置く。


 少し離れたところでは、白石がすでに準備を終えていた。


「白石、早いな」


 悠真が声をかける。


「いつもこのくらいだ」


「早起きだなあ」


「別に普通だ」


「俺には無理」


「お前はもう少し早く来た方がいい」


「昨日より早く来たんだけど」


「そうなのか?」


「そうだよ」


 莉奈が笑う。


「悠真、今日はちゃんと成長してるじゃん」


「何の評価?」


「朝の到着時間」


「武技関係ないだろ」


「大事だよ。時間を守るのも強さのうち」


「それはそうかもしれないけど」


 三人で話していると。


「一年生、集合」


 美月の声が聞こえた。


「はい!」


 莉奈がすぐに返事をする。


 悠真たちも集まる。


 美月は四人を見渡した。


「今日から、少しだけ練習内容を変えます」


 悠真は背筋を伸ばす。


「昨日までは基本動作が中心でした」


 美月が続ける。


「今日から、簡単な実戦形式を入れます」


「実戦……」


 悠真が呟く。


「ただし、いきなり本気で戦うわけではありません」


 美月が念を押す。


「今日は相手の動きを見ること、距離を取ること、攻撃した後に崩れないこと。この三つを意識してください」


「はい」


 白石が返事をする。


「武器を当てることが目的ではありません」


 美月が四人を見る。


「技術を確認するための練習です」


「分かりました!」


 莉奈が元気よく答えた。


「水野さんは、今日も元気ですね」


「はい!」


「……そのままでお願いします」


「はい!」


 美月が少し笑う。


 悠真も思わず笑ってしまった。


「じゃあ、準備運動から始めます」


「はい!」


 練習が始まった。


 いつものランニング。


 十周。


 昨日と同じ。


 悠真にとっては問題ない。


 蓮も余裕。


 莉奈も余裕。


 白石は相変わらず涼しい顔をしている。


 だが、その後の足運びは違った。


 前後左右。


 細かい方向転換。


 急停止。


 踏み込み。


 後退。


 昨日より複雑になっている。


「昨日より難しくない?」


 莉奈が言う。


「俺もそう思う」


「でも楽しい」


「水野、こういうの好きだな」


「うん」


 莉奈は笑った。


「できなかったことができるようになるの、好き」


「分かる」


 悠真は足を動かす。


 昨日よりは少しだけマシになっている。


 それでも、蓮や白石との差は大きい。


 特に急停止。


 悠真は止まるたびに体が前へ流れる。


「朝倉」


 隼人が声をかける。


「はい」


「昨日よりはいい」


「本当ですか?」


「ああ。ただ、まだ止まるときに力を使いすぎてる」


「分かりました」


「足だけで止まろうとするな。身体全体で受けろ」


「はい」


 悠真はもう一度。


 走る。


 止まる。


 少し前へ流れる。


 またやる。


 今度は少しだけ止まれた。


「お」


 隼人が頷く。


「今の」


「今のですか?」


「そう。昨日よりいい」


 悠真は少し嬉しくなった。


 ほんの少し。


 でも確かに、昨日とは違う。


「悠真、今のよかったじゃん」


 莉奈が言う。


「だろ?」


「ちょっとだけね」


「そこはもっと褒めてくれよ」


「じゃあ、すごいすごい」


「棒読み!」


「ふふ」


 莉奈が笑う。


 練習が続く。


 そして。


「じゃあ、武器を持ってください」


 美月の声。


 一年生たちがそれぞれ武器を手に取る。


 悠真は棒を握る。


 昨日より少しだけ、手に馴染んでいる。


 まだ慣れてはいない。


 でも、昨日初めて握ったときほどの違和感はない。


「今日は、相手を意識して振ります」


 美月が説明する。


「ただ振るのではなく、相手がそこにいると思ってください」


 悠真は頷く。


 前に敵がいる。


 そう考える。


 構える。


 踏み込む。


 振る。


 昨日より少しだけ小さく。


「……」


 悪くない。


 自分でもそう思った。


 だが。


「まだ大きい」


 美月の声。


「はい」


「もう少しだけコンパクトに」


「分かりました」


 悠真はやり直す。


 振る。


 今度は少しだけ良くなった。


「そうです」


 美月が頷く。


 その一言だけで、悠真は少し嬉しくなる。


 だが。


「次は二人組です」


 空気が変わった。


「最初は攻撃を出す側と避ける側に分かれます」


 美月が説明する。


「攻撃する側は、相手に当てるつもりで動きます。ただし、実際には当てません」


「はい」


「避ける側は、武器だけを見るのではなく、相手の身体全体を見るようにしてください」


 悠真は頷いた。


 誰と組むのか。


 そう思っていると。


「まず、朝倉と黒崎」


「俺たち?」


 蓮が反応する。


「はい」


 美月が頷く。


「昨日も組んでいたので、動きの比較がしやすいでしょう」


「了解」


 蓮が剣を構える。


 悠真も棒を構えた。


 向かい合う。


 さっきまで話していた幼馴染。


 今は練習相手だ。


「始め」


 合図。


 蓮が動いた。


 一歩。


 悠真は反応する。


 棒を上げる。


 蓮が止まる。


 悠真も止まる。


「……」


 静かになる。


「今の、何?」


 悠真が聞く。


「お前が動かなかったから俺も止まった」


「そういうこと?」


「そういうこと」


 蓮が笑う。


「もう一回」


 蓮が踏み込む。


 今度は悠真も下がる。


 蓮が追う。


 悠真は棒を横に構える。


 距離が縮まる。


 蓮の剣が動いた。


 悠真は反応する。


 ――遅い。


「うわっ」


 悠真が一歩下がる。


「今のは?」


 隼人が声をかける。


「反応が遅れました」


「そうだな」


 隼人が頷く。


「何を見てた?」


「剣です」


「それじゃ遅れる」


「え?」


「武器が動いてから避けたら、間に合わない」


 隼人が自分の身体を指す。


「相手の肩、腰、足。武器はその後に動く」


「なるほど……」


「武器だけを見るな」


 悠真は蓮を見る。


 もう一度。


「始め」


 蓮が動く。


 今度は剣を見ない。


 肩を見る。


 足を見る。


 身体の向きを見る。


 ――来る。


 悠真が下がる。


 蓮の剣が空を切る。


「お」


 隼人が声を上げた。


 悠真自身も驚いた。


 今までより早く動けた。


「今の!」


 莉奈が声を上げる。


「避けられたじゃん!」


「おう!」


 悠真が笑う。


 蓮も笑った。


「今のはよかった」


「だろ?」


「一回だけな」


「一回だけでもいい」


 悠真はもう一度構える。


 今度は自分から攻撃する。


 踏み込む。


 棒を振る。


 蓮が避ける。


 悠真が止まる。


 ――止まれた。


 昨日なら、そのまま大きく振り抜いていた。


 今日は止まれた。


「……」


 悠真は自分の足を見る。


「今のもいい」


 隼人が言った。


「少しずつだけど、ちゃんと変わってる」


「ありがとうございます」


 悠真は笑った。


 次は莉奈と白石。


 二人が向かい合う。


 莉奈は短い武器を構える。


 白石は槍。


「始め」


 莉奈が動いた。


 軽い。


 風属性の補助を使っている。


 しかし、それだけではない。


 莉奈は相手との距離をよく見ている。


 近づきすぎない。


 離れすぎない。


 白石の槍の先端を避けながら、横へ回る。


「うまいな」


 悠真が呟く。


「水野は距離感がいい」


 蓮も言う。


「経験ないんだよな?」


「ないはず」


「すごいな」


 悠真は莉奈を見る。


 楽しそうだった。


 笑っている。


 でも、目は真剣だった。


 武技を楽しんでいる。


 それが分かった。


「そこ!」


 莉奈が動く。


 白石が槍を引く。


 莉奈は一歩下がった。


「お互い、かなりいい」


 隼人が言う。


 数分後。


「交代」


 次の組み合わせになる。


「水野と朝倉」


 莉奈がこちらを見る。


「また勝負だね」


「今度こそ負けない」


「私も」


 二人が構える。


 始め。


 莉奈が動く。


 悠真は先ほどの練習を思い出す。


 相手の武器だけを見ない。


 肩。


 腰。


 足。


 莉奈の身体が少し沈む。


 来る。


 悠真は一歩下がる。


 莉奈が横へ。


 悠真も追う。


 今度はさっきより動けた。


「おお!」


 莉奈が驚く。


「今のいい!」


「だろ?」


「でも、まだ私の方が速い」


「そこは認める」


「じゃあ追いついて」


「やってみる!」


 莉奈が笑う。


 二人は何度も動く。


 攻撃。


 回避。


 距離を取る。


 再び近づく。


 悠真は何度も失敗する。


 莉奈は何度も避ける。


 でも。


 最初より、明らかに悠真の動きは変わっていた。


 ただ力任せに振らなくなった。


 足を止められるようになった。


 相手の身体を見るようになった。


 それだけで、ほんの少し戦えるようになった。


「そこまで!」


 美月が止める。


 二人が武器を下ろす。


「お疲れさま」


「お疲れさま」


 莉奈が息を整える。


「楽しかった」


「俺も」


「でも、まだ私の勝ち」


「なんで?」


「最後まで避けられたから」


「……確かに」


「じゃあ次は勝ってね」


「分かった」


 悠真は笑った。


 その後も練習は続いた。


 実戦形式。


 ただし、まだ本気の打ち合いではない。


 相手を見る。


 距離を測る。


 動く。


 止まる。


 そして、また動く。


 悠真にとっては、どれも初めての経験だった。


 疲れる。


 足も重い。


 頭も疲れる。


 それでも。


 昨日より楽しかった。


 ただ棒を振っていた昨日より、ずっと武技をやっている気がした。


 練習の終盤。


 上級生たちが実戦形式の練習を始めた。


 一年生は端から見学する。


 悠真は自然とそちらを見る。


 美月も、その中にいた。


「……」


 美月が構える。


 相手は三年生。


 開始の合図。


 美月が一歩動いた。


 その瞬間。


 悠真は息を呑んだ。


 速い。


 だが、それだけではない。


 動きに無駄がない。


 相手の攻撃を避ける。


 距離を詰める。


 大太刀を振る。


 相手が受ける。


 美月はすぐに距離を取る。


 また構える。


 一連の動きが、まるで一つの動作のようだった。


「……すご」


 莉奈が呟く。


「神楽坂先輩、やっぱり強いね」


「ああ」


 悠真は頷く。


「俺たちとは全然違う」


 白石も真剣に見ている。


「判断が速い」


「そうだな」


 蓮が答える。


 悠真は思った。


 自分もいつか。


 あんなふうに戦えるようになりたい。


 もちろん。


 今は無理だ。


 昨日まで武器すらまともに扱えなかった。


 今日だって、莉奈に何度も避けられた。


 それでも。


 いつか。


 あの場所まで行ってみたい。


 その日の練習が終わった。


「お疲れさまでした!」


 一年生たちが声を揃える。


 道場を片付ける。


 悠真は棒を戻す。


 莉奈が隣に来る。


「今日どうだった?」


「疲れた」


「それ昨日も言ってた」


「でも今日は楽しかった」


「私も」


 莉奈は笑った。


「明日はもっとできるようになってたい」


「俺も」


「じゃあ、また明日競争ね」


「まだやるの?」


「もちろん」


「分かったよ」


 悠真は笑う。


 その横で蓮が呆れたように言った。


「お前ら、毎日勝負するつもりか?」


「いいじゃん」


 莉奈が言う。


「練習する理由になるし」


「まあ、それはそうだな」


 白石も頷いた。


「競争相手がいるのは悪くない」


「白石まで?」


 悠真が驚く。


「俺も負けるつもりはない」


「……」


 悠真は三人を見る。


 蓮。


 莉奈。


 白石。


 みんな、自分より上手い。


 けれど。


 だからこそ。


 追いつきたいと思えた。


「俺も負けない」


 悠真が言う。


 莉奈が笑う。


「その意気!」


 四人で道場を出る。


 まだ三日目。


 始まったばかり。


 全国大会なんて、今の悠真には遠すぎる。


 けれど。


 今日初めて、悠真は相手と向かい合った。


 初めて、武技の中で自分がどう動くべきなのかを考えた。


 そして。


 初めて。


「もっとやりたい」


 そう思った。


 道場の扉が閉まる。


 その向こうでは、先輩たちの練習がまだ続いている。


 悠真は振り返った。


 その場所を見つめる。


 そして、また前を向いた。


 明日もここへ来る。


 今日より一つでも上手くなるために。


 まだ弱い。


 まだ下手だ。


 それでも。


 朝倉悠真の武技部での三日目は、確かな一歩として終わった。


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