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3/6

3話:高鳴り

文章量難しい。

 翌日の放課後。


 終業のチャイムが鳴ると同時に、朝倉悠真は教室の時計を見上げた。


 午後四時三十分。


 武技部の活動開始まで、そう時間はない。


「悠真、行くぞ」


 後ろから声をかけてきたのは、黒崎蓮だった。


「分かってるって」


 悠真は机の横に置いていた鞄を持ち上げる。


 昨日、武技部に入部した。


 そして今日が、正式な二日目の練習になる。


 昨日までは、放課後にどこへ行くかなんて考えたこともなかった。


 学校が終われば帰る。


 それが普通だった。


 けれど今は違う。


 放課後になると、向かう場所がある。


 道場がある。


 練習がある。


 そして――。


 神楽坂美月がいる。


 そこまで考えたところで、悠真は小さく首を振った。


「……いや」


「何が?」


 蓮が怪訝そうに見る。


「何でもない」


「また美月先輩のこと考えてた?」


「考えてない」


「顔に出てたぞ」


「出てない」


「出てた」


「出てないって」


「まあいいけど」


 蓮は笑いながら教室を出る。


 悠真もその後を追った。


 廊下を歩きながら、昨日のことを思い出す。


 入部手続き。


 体力測定。


 属性の確認。


 そして武器選び。


 最後に選んだのは、棒だった。


 剣でも槍でも大太刀でもない。


 棒。


 自分でも、少し意外な選択だった。


 けれど、実際に握ってみると一番しっくりきた。


 だから棒術を選んだ。


 問題は――。


「俺、昨日かなり下手だったよな」


 悠真が呟く。


「今さら?」


「いや、改めて」


「まあ、最初は仕方ないだろ」


「蓮は普通にできてたじゃん」


「俺は中学からやってるからな」


「そうなんだよなあ」


 蓮は火属性。


 身体能力の強化もある。


 そして何より、中学時代から武技を続けている。


 昨日の時点で、悠真とは明確に差があった。


 ただ走るだけなら、悠真だって負けていない。


 むしろ身体能力だけなら、少し上くらいだ。


 無属性による筋力の底上げ。


 生まれつきの身体能力。


 それなりの体力。


 だが、武技はそれだけでは戦えない。


 昨日、実際に棒を握ってみて、それを痛感した。


 力を入れれば速く振れると思っていた。


 実際には違った。


 力を入れすぎれば動きが遅くなる。


 踏み込めばいいと思っていた。


 実際には、踏み込んだ後の体勢まで考えなければならない。


 相手を見る。


 距離を見る。


 自分の足を見る。


 武器を見る。


 そして次に何をするか考える。


 やることが多すぎる。


「まあ、今日からだろ」


 蓮が言った。


「昨日は武器持っただけなんだから」


「……そうだな」


 悠真は頷いた。


 それでも、少し不安だった。


 この学校は強い。


 ただの強豪ではない。


 全国大会に何度も出場している。


 道場の壁に並んでいた大会記録。


 過去の先輩たちの名前。


 全国大会の賞状。


 昨日見たものを思い出す。


 自分は、そんな場所に入った。


「……場違いじゃないかな」


 悠真がぽつりと言う。


「何が?」


「俺」


「は?」


 蓮が足を止める。


「お前、何言ってんだよ」


「いや、だって……」


「入部したんだから部員だろ」


「そうだけど」


「強いか弱いかは、今からだろ」


 蓮は少しだけ真面目な顔をした。


「それに、最初から強かったらつまらないだろ」


「蓮はそういうこと言うよな」


「何だよ」


「たまに妙に格好いい」


「たまにって何だ」


 二人は笑いながら歩き出した。


 そして、道場に到着する。


 扉を開けた瞬間。


「お、来たか」


 大崎隼人がこちらを見た。


「おはようございます」


「おはよう。昨日より早いな」


「ちょっと楽しみだったんで」


 悠真が答える。


「お」


 隼人が少し笑った。


「いいじゃん」


「何がですか?」


「いや、昨日は緊張してたからな」


「昨日は……まあ」


「今日は少し慣れたか?」


「少しだけ」


「それなら十分だ」


 隼人は悠真の肩に視線を落とした。


「で、ちゃんと棒持ってきたか?」


「持ってます」


 悠真は肩にかけていた練習用の棒を見せる。


「よし」


「忘れたらどうなるんですか?」


「取りに帰ってもらう」


「厳しい」


「当たり前だろ」


 隼人は笑った。


「全国目指してる部活なんだから」


 その言葉を聞いて、悠真は道場の中を見る。


 すでに何人かの部員が練習を始めていた。


 ストレッチをしている者。


 足運びの練習をしている者。


 武器を持って基本動作を繰り返している者。


 そして奥では、上級生同士が向かい合っている。


 防具を着けている。


 その動きが、昨日とは違って見えた。


 昨日はただ「すごい」と思った。


 今日は少しだけ、その理由が分かる。


 一歩が小さい。


 無駄な動きがない。


 足が止まらない。


 攻撃しているのに、いつでも次の動きに移れる姿勢を保っている。


 悠真が見ていると。


「おはよう!」


 明るい声がした。


 振り向く。


 水野莉奈だった。


「おはよう、水野」


 蓮が返事をする。


「二人とも早いね」


「今日はちょっと早めに来た」


 悠真が言う。


「へえ」


 莉奈が悠真を見る。


「昨日より顔が怖くない」


「俺、昨日そんなに怖かった?」


「ちょっとだけ」


「嘘だろ」


「本当」


 莉奈は笑った。


「昨日は『俺、本当にここにいていいのかな』って顔してた」


「そんな顔してた?」


「してた」


「……」


 悠真は黙る。


 図星だった。


「でも今日は普通」


「それならよかった」


「うん」


 莉奈は自分の荷物を置く。


「昨日、家帰ってからちょっと復習したんだ」


「復習?」


「昨日教えてもらった足の動き」


「家で?」


「うん」


「すご」


 悠真が素直に感心する。


「私、結構こういうの好きなんだよね」


「武技?」


「うん。昨日やってみたら思ったより面白かった」


「分かる」


 悠真も頷いた。


「俺も昨日より、今日の方が楽しみだった」


「じゃあ仲間だね」


「そうだな」


 莉奈が笑う。


「じゃあ今日も頑張ろう」


「おう」


 そのやり取りを見ていた蓮が、少しだけ笑っていた。


「何?」


 悠真が聞く。


「いや、別に」


「絶対何か思ってるだろ」


「思ってない」


「その顔は思ってる」


「気のせい」


「……まあいいけど」


 そのとき。


「一年生、集合してください」


 道場の中央から声が響いた。


 神楽坂美月だった。


 悠真の背筋が少し伸びる。


 昨日も話した。


 今日も普通に話すだけ。


 それなのに、なぜか少しだけ緊張する。


 憧れている先輩だからだ。


「はい!」


 莉奈がすぐに返事をした。


「返事早いな」


「先輩が呼んでるんだから当然でしょ」


「それもそうか」


 四人が集まる。


 悠真。


 蓮。


 莉奈。


 白石恒一。


 白石は昨日と変わらず、真面目な表情をしていた。


「おはようございます」


「おはようございます」


 美月が四人を見る。


「今日から少しずつ、武技の練習に入っていきます」


「はい」


「ただし、いきなり組み手をするわけではありません」


 美月は少しだけ笑った。


「昨日の続きです」


「基本から?」


 莉奈が聞く。


「そうです」


「分かりました!」


「水野さんは本当に元気ですね」


「はい!」


「ふふ」


 美月が小さく笑う。


 昨日より少し柔らかい。


 それを見て、悠真も少し安心した。


 美月は強い。


 全国レベルの選手だ。


 そして部長でもある。


 もっと近寄りがたい人なのかと思っていた。


 でも、こうして見ると普通の高校二年生でもある。


 笑うし、後輩の返事に少し困ったような顔もする。


 そのギャップが、また格好いいと思ってしまう。


「まず、準備運動です」


 美月が言う。


「隼人先輩、お願いします」


「了解」


 隼人が前に出る。


「今日は軽く走るぞ。十周」


「十周なら大丈夫そう」


 莉奈が言った。


「余裕?」


「余裕」


 悠真も頷く。


「俺も」


「じゃあ、走りながら話してもいい?」


「いいけど、ちゃんと走れよ」


「もちろん」


 四人が並ぶ。


「よーい」


 隼人が手を上げる。


「スタート!」


 一斉に走り出した。


 道場の外周を回る。


 一周。


 二周。


 三周。


 悠真は特に苦しくない。


 十周程度なら、普段の体力でも十分こなせる。


 無属性の身体強化もある。


 むしろ、少し余裕があるくらいだった。


「悠真、速いね」


 莉奈が隣から言う。


「普通じゃない?」


「私は普通」


「じゃあ俺も普通」


「張り合ってる?」


「ちょっとだけ」


 莉奈が笑う。


「じゃあ次の練習で勝負しよう」


「また?」


「今度はちゃんと勝負」


「何の?」


「足運び」


「それなら俺、負けそう」


「じゃあ頑張って」


「簡単に言うなあ」


 四人は笑いながら走る。


 十周目。


「止まれ!」


 隼人の声。


 四人が止まる。


 息は少し上がっている。


 だが、悠真にとっては問題ない。


 莉奈も同じくらい。


 蓮も余裕。


 白石もほとんど息を乱していない。


「よし」


 隼人が言う。


「じゃあ次」


 隼人が道場の床に線を引くように立つ。


「ここからは足運び」


「はい」


「前後左右。まずはゆっくりやる」


 隼人が見本を見せる。


 前。


 戻る。


 右。


 戻る。


 左。


 戻る。


 後ろ。


 そして再び中央。


 動きそのものは簡単に見える。


「じゃあやってみろ」


 悠真が構える。


 前。


 戻る。


 右。


 戻る。


 左。


 戻る。


 後ろ。


 ここまではいい。


「次、連続」


 隼人が言う。


 前。


 右。


 後ろ。


 左。


 悠真は動いた。


 だが――。


「うわっ」


 足がもつれた。


 何とか転ばずに済む。


「大丈夫?」


 莉奈が聞く。


「大丈夫」


「惜しかったね」


「惜しかったっていうか、普通に失敗した」


「まあまあ」


 隼人が笑う。


「朝倉、もう一回」


「はい」


 悠真は構える。


 今度は慎重に。


 前。


 右。


 後ろ。


 左。


 成功。


「お」


 隼人が頷く。


「じゃあ少し速く」


 悠真が動く。


 速く。


 さらに速く。


 すると、また崩れた。


「……」


 悠真は黙る。


「今ので分かっただろ」


 隼人が言う。


「お前は普通の身体能力は悪くない。でも、武技のための身体操作がまだできてない」


「身体操作……」


「自分の身体を、必要な方向へ必要なだけ動かすことだ」


 隼人は悠真の足を見る。


「お前、止まるときに力を入れすぎる」


「そうなんですか?」


「ああ」


 隼人が実際に動いてみせる。


「例えば右に行くとき。右足を大きく出しすぎるな」


 隼人が一歩動く。


「小さく出して、次の足に繋げる」


「……なるほど」


「お前は一歩一歩が大きい。だから次の動きに間に合わなくなる」


 悠真は自分の足を見る。


 確かに。


 普通に走るときなら、一歩を大きくしても問題ない。


 だが武技では違う。


 相手がどこへ来るか分からない。


 急に止まる。


 急に方向を変える。


 それに対応する必要がある。


「じゃあ、力を抜く」


「そう」


 悠真がもう一度構える。


 前。


 右。


 後ろ。


 左。


 今度は少しだけ滑らかになった。


「今の方がいい」


「本当ですか?」


「うん」


 美月が答えた。


 すぐ近くにいたらしい。


 悠真は少しだけ背筋を伸ばす。


「朝倉くんは、力を使うこと自体は悪くないです」


「はい」


「ただ、必要以上に使っているだけ」


「分かりました」


「意識してみてください」


「はい!」


 少し声が大きくなった。


 美月が一瞬だけ目を瞬かせる。


「……元気ですね」


「す、すみません」


「謝らなくていいですよ」


 美月は少し笑って、その場を離れた。


 悠真は小さく息を吐く。


「……緊張した?」


 莉奈が横から聞いた。


「ちょっと」


「神楽坂先輩、怖くないのにね」


「怖いわけじゃない」


「じゃあ何?」


「……憧れ」


「なるほど」


 莉奈はそれ以上何も言わず、にこっと笑った。


「じゃあ頑張らないとね」


「おう」


「私も負けないよ」


「また勝負?」


「もちろん」


 莉奈が構える。


「今度は私も足運びやるから」


「じゃあ一緒にやろう」


「うん」


 隣同士で動く。


 前。


 後ろ。


 右。


 左。


 莉奈はやはり飲み込みが早い。


 最初から大きく崩れない。


 風属性の補助もある。


 ほんの少し身体が軽くなる。


 だが、それだけではない。


 莉奈自身が動きを見て修正している。


「水野」


 隼人が声をかける。


「はい!」


「今の方向転換いいぞ」


「ありがとうございます!」


「ただ、風を使うタイミングを少し考えろ」


「はい」


「ずっと補助する必要はない」


「分かりました」


 莉奈が真剣な顔になる。


 悠真はそれを見ていた。


 昨日まで知らなかった。


 莉奈は明るいだけじゃない。


 練習になると、ちゃんと集中する。


「水野って真面目なんだな」


「え?」


 莉奈が振り向く。


「何が?」


「練習」


「失礼だなあ」


「いや、褒めてる」


「ならいいけど」


 莉奈が笑う。


「私、こういうの好きだから」


「武技が?」


「うん」


「じゃあ、強くなりそう」


「悠真もね」


「俺はどうだろ」


「強くなると思うよ」


「何で?」


「だって、さっきから何回失敗してもやってるじゃん」


「……」


 悠真は少し黙った。


「普通じゃない?」


「そうかな」


「できるまでやるしかないし」


「それが大事なんじゃない?」


 莉奈が言った。


「じゃあ、お互い頑張ろう」


「おう」


 その言葉に、悠真は少しだけ笑った。


 休憩。


 水分を取る。


 道場の端に座ると、莉奈も隣に来た。


「今日、筋肉痛になりそう」


「昨日より使ってるからな」


「特に足」


「俺も」


「でも十周は平気だったね」


「十周くらいならな」


「私も」


「じゃあ体力勝負なら引き分け」


「何でも勝負にしたいの?」


「水野が言い出したんだろ」


「あ、そうだった」


 二人で笑う。


 少し離れたところでは、蓮と白石が話していた。


「白石って、武技やってたんだよな?」


「中学で」


「どれくらい?」


「三年」


「じゃあかなり経験あるじゃん」


「だからと言って、この学校では初心者に近い」


「厳しいな」


「全国を目指すなら、それくらい必要だろ」


 蓮が笑う。


「俺も同じこと思ってる」


「黒崎も?」


「ああ」


 悠真は二人の会話を聞きながら、少し考えた。


 みんな、それぞれ目標がある。


 蓮は経験者。


 白石も経験者。


 莉奈は初心者だが、吸収が早い。


 そして自分は――。


 身体能力は悪くない。


 けれど技術がない。


 なら。


 技術を身につけるしかない。


「よし」


 悠真は立ち上がった。


「もう休憩終わり?」


 莉奈が聞く。


「いや」


「じゃあ何?」


「もう一回やってみようと思って」


「一人で?」


「うん」


「じゃあ私もやる」


「水野も?」


「私も上手くなりたいから」


 二人で立ち上がる。


 それを見た隼人が笑った。


「いいぞ一年生」


「はい!」


「そういう気持ちは大事だ」


 次の練習は武器の基本だった。


 棒を構える。


 足を置く。


 視線。


 腕。


 腰。


 すべてを意識する。


「まずは振り下ろし」


 美月が説明する。


「腕だけで振らないでください」


 自分で見本を見せる。


 滑らかだった。


 肩が動く。


 腰が回る。


 足が連動する。


 棒が綺麗に落ちる。


 音が小さい。


 それなのに速い。


「……」


 悠真は思わず見入る。


「何か分からないところがありますか?」


 美月が聞いた。


「え?」


「ずっと見ていたので」


「あ、はい」


 悠真は慌てて姿勢を直す。


「その……どうやったら、そんなに力を入れずに速く振れるんですか?」


「身体全体を使っています」


「全体?」


「腕だけではありません」


 美月が自分の足を見る。


「足から腰、腰から肩、肩から腕。順番に力を伝えています」


「なるほど……」


「朝倉くんは逆です」


「逆?」


「最初に腕へ力を入れてしまっています」


「……」


 図星だった。


「だから棒の動きが大きくなる」


「はい」


「最初は、速さより正確さを意識してください」


「分かりました」


「それができるようになってから、少しずつ速くすればいいです」


「はい」


 美月は他の一年生へ向かった。


 悠真は棒を見る。


 腕だけで振らない。


 足から。


 腰。


 肩。


 腕。


 そして棒。


 言葉では簡単だ。


 やってみる。


 一回。


 失敗。


 二回。


 まだ変。


 三回。


 少しだけマシ。


「お」


 莉奈が声を出した。


「今のいいじゃん」


「そう?」


「さっきより綺麗」


「本当?」


「うん」


 悠真はもう一度。


 今度は少しだけ力を抜く。


 棒が滑るように動いた。


「……」


 自分でも分かる。


 さっきよりいい。


「できた」


「できたね」


「……ちょっとだけ」


「ちょっとだけでもできたじゃん」


 莉奈が笑う。


「こういうの、嬉しいよね」


「うん」


 悠真も笑った。


 練習は続く。


 同じ動作を何度も繰り返す。


 五回。


 十回。


 二十回。


 手が疲れる。


 足も重くなる。


 それでも続ける。


 上級生たちは、その何倍も同じ動作を繰り返している。


 悠真はちらりと先輩たちを見る。


 橘恒一。


 三年生。


 無属性。


 拳を使う選手だ。


 その動きは、素人の悠真でも分かるほど洗練されていた。


 無駄がない。


 大きな動きがない。


 それなのに、一つ一つが強い。


 その隣では、桐生恒一郎が大きな武器を扱っている。


 火属性。


 動き出す瞬間が速い。


 体力もある。


 二人とも三年生。


 そして全国大会を経験している。


 悠真は思った。


 自分があそこまで行くには、どれくらいかかるんだろう。


「見すぎ」


 莉奈の声。


「え?」


「先輩たち」


「ああ」


「すごいよね」


「うん」


「私もいつかあんなふうにできるかな」


「できるんじゃない?」


「悠真が言う?」


「俺だってできるようになりたいし」


「じゃあ一緒に頑張ろ」


「おう」


 また同じ言葉。


 でも、不思議と嫌ではなかった。


 練習の最後。


 美月が一年生を集めた。


「今日はここまでです」


 全員が武器を置く。


「ありがとうございました!」


 声が揃う。


「お疲れさまでした」


 美月が言った。


 その後、片付けに入る。


 悠真は道場の端に置かれた道具を運ぶ。


 昨日は言われたことだけをやっていた。


 今日は少し違う。


 自分から動く。


 莉奈も同じように片付けている。


「これ、こっちでいい?」


「うん」


「じゃあ持ってくね」


「ありがとう」


「どういたしまして」


 蓮も荷物を運んでいる。


 白石は武器の確認をしていた。


 四人で片付ける。


 昨日よりずっと自然だった。


 練習が終われば、帰るだけ。


 それなのに。


 悠真は少し名残惜しかった。


 まだ帰りたくない。


 もう少しやりたい。


 昨日にはなかった感情だ。


 入部した理由は、美月だった。


 それは今も変わらない。


 けれど。


 今日一日を終えてみると、それだけではなくなっていた。


 武技そのものが、少し面白い。


 できなかったことが、ほんの少しできるようになる。


 それが嬉しい。


「朝倉」


 声をかけられた。


 振り返る。


 美月だった。


「はい」


「今日、昨日より動きが良くなっていました」


「……本当ですか?」


「はい」


 悠真の顔が少し明るくなる。


「ありがとうございます!」


「ただ、まだ力が入りすぎています」


「……はい」


「でも、昨日よりは良いです」


「分かりました」


「焦らず続けてください」


「はい!」


 美月はそれだけ言うと、他の部員のところへ向かった。


 悠真はその背中を見送る。


 やっぱり格好いい。


 そう思った。


 けれど、昨日とは少し違う。


 昨日はただ憧れていた。


 今日は。


 いつか追いつきたいと思った。


 もちろん、今の自分には無理だ。


 技術もない。


 経験もない。


 判断力もない。


 強豪校の一年生としては、かなり遅れている。


 それでも。


 少しずつなら。


 悠真は棒を片付ける。


「悠真」


 莉奈が呼んだ。


「帰ろ」


「ああ」


「蓮も?」


「俺も帰る」


 蓮が答える。


「白石は?」


「俺は少し残る」


「自主練?」


「そうだ」


「真面目だなあ」


「水野もやればいい」


「私は今日は帰る」


「そうか」


「また明日ね」


「おう」


 道場を出る。


 廊下を歩く。


 夕方の校舎には、まだ部活動をする生徒たちの声が響いていた。


 窓の外は少しずつ暗くなっている。


「今日、どうだった?」


 莉奈が聞く。


「疲れた」


「それだけ?」


「楽しかった」


「私も」


 莉奈が笑った。


「明日はもっと上手くなってたい」


「俺も」


「じゃあ競争ね」


「また?」


「うん」


「分かった」


 悠真は笑う。


「負けない」


「私も負けない」


 その横で、蓮が呆れたように笑った。


「お前ら、ほんと仲良くなったな」


「普通に同級生だから」


「はいはい」


 校門を出る。


 三人はそれぞれの方向へ別れる。


「じゃあまた明日!」


 莉奈が手を振る。


「また明日」


「おう」


 悠真も手を振る。


 莉奈が走っていく。


 その背中を見ながら、悠真は少し笑った。


「明日も楽しみだな」


「部活が?」


 蓮が聞く。


「うん」


「へえ」


「何だよ」


「いや」


 蓮は少し笑った。


「昨日までは、美月先輩を見るためだったのにな」


「……それもある」


「やっぱりあるんだな」


「でも、それだけじゃない」


 悠真は道場の方を見る。


「武技、思ったより面白い」


「そうか」


「うん」


 蓮は何も言わなかった。


 ただ、少し嬉しそうに笑った。


 帰り道。


 悠真は今日の練習を思い返す。


 十周走った。


 足運びを練習した。


 棒を振った。


 何度も失敗した。


 莉奈と競争した。


 先輩たちの練習を見た。


 美月からアドバイスをもらった。


 そして――。


 ほんの少しだけ。


 昨日より上手くなった。


 それだけの一日。


 全国大会から見れば、あまりにも小さな一歩だ。


 でも。


 悠真にとっては、大きな一歩だった。


 強豪校。


 全国レベル。


 そんな場所に、自分は入った。


 周りには、自分より強い人間がいくらでもいる。


 経験者もいる。


 全国大会を知っている先輩もいる。


 今の自分が、すぐに追いつけるわけではない。


 それでも。


「明日も行こう」


 悠真は呟いた。


 誰に言うでもなく。


 ただ、自分自身に。


 その言葉が自然に出てきたことが、少し嬉しかった。


 最初は。


 ただ一人の先輩に憧れただけだった。


 その人の近くにいたくて、武技部に入った。


 けれど、二日目の今日。


 悠真は初めて思った。


 この場所で強くなりたい。


 自分の力で。


 自分の努力で。


 いつか、ちゃんと武技ができるようになりたい。


 そのためには、明日も練習するしかない。


 一日。


 また一日。


 積み重ねるしかない。


 悠真は歩く。


 夕暮れの道を、蓮と並んで。


 まだ何者でもない一年生。


 全国大会など、遥か遠くにある。


 それでも。


 今日という一日が終われば、また明日が来る。


 そして明日も。


 道場では、先輩たちが待っている。


 莉奈も来る。


 蓮も来る。


 白石も来る。


 自分も行く。


 そうやって少しずつ。


 朝倉悠真の武技部での日々は、始まっていくのだった。

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