2話:始まりそして焦り
2話目です
翌日の放課後。
「本当に入るのか?」
武技部へ向かう廊下で、幼馴染の黒崎蓮が聞いてきた。
「昨日から何回聞くんだよ」
「だって、お前が武技部に入るなんて思わなかったからな」
「俺だって思ってなかったよ」
昨日まで、武技に興味なんてなかった。
それでも、昨日見たあの人の姿が頭から離れない。
「……ちょっとやってみたくなったんだよ」
「ふーん」
「その顔やめろ」
「何も言ってないけど?」
「顔が言ってる」
蓮は楽しそうに笑った。
武技部の部室に着く。
「失礼します!」
俺が扉を開けると、中には何人もの部員がいた。
「お、昨日の二人だな」
最初に声をかけてきたのは、背の高い男子だった。
「俺は大崎隼人。二年生で、副主将をやってる」
大崎隼人先輩。
風属性で、武器を使わずに拳や蹴りを主体に戦う先輩らしい。
「朝倉悠真です!」
「黒崎蓮」
「よろしくな」
隼人先輩は気さくに笑った。
「入部届は持ってきたか?」
「はい」
二人で入部届を渡す。
「よし。これで正式に武技部員だ」
その言葉を聞くと、少しだけ胸が熱くなった。
「一年生、もう来てるよ!」
明るい声が聞こえた。
振り返る。
そこにいたのは、昨日も見かけた女子だった。
「私は水野莉奈。一年生!」
水野莉奈。
風属性の女子で、俺たちと同じ一年生だ。
「よろしくね!」
「朝倉悠真です」
「黒崎蓮」
「よろしく!」
莉奈は元気よく笑った。
その隣には、もう一人男子が立っている。
「白石恒一」
短い自己紹介。
「よろしく」
白石恒一。
同じ一年生。
無属性で、武技の経験があるらしい。
俺より明らかに姿勢がいい。
立っているだけなのに、妙に隙がない。
「一年生、そろそろ始めるよ」
その声を聞いた瞬間。
俺は背筋を伸ばした。
神楽坂美月先輩だった。
昨日、俺が一目で憧れてしまった人。
二年生で、この武技部の主将だ。
「昨日ぶりだね、朝倉君」
「は、はい!」
「今日から正式に部員だから、改めてよろしくね」
「よろしくお願いします!」
声が少し大きくなった。
莉奈が俺の顔を見る。
「……?」
「何でもない」
危ない。
絶対に顔に出ていた。
「じゃあ、一年生は体育館へ」
美月先輩を先頭に、俺たちは体育館へ向かった。
体育館に入る。
昨日よりも多くの部員がいた。
二年生。
三年生。
そして、その全員が真剣な顔で準備をしている。
「まず、一年生にはこの部について説明しておくね」
美月先輩が一年生の前に立った。
「この武技部は、県内でもかなり強い部です」
美月先輩の後ろ。
体育館の壁には、数え切れないほどの賞状や大会記録が並んでいた。
全国大会出場。
全国大会入賞。
個人戦、団体戦。
過去の先輩たちの名前が並んでいる。
「去年も団体で全国大会に出場しています」
「全国……」
俺は思わず呟いた。
「今年も目標は全国」
そう言ったのは、大崎隼人先輩だった。
「だから練習は楽じゃないぞ」
「はい!」
莉奈が元気よく返事をする。
「まあ、最初から全国レベルを求めるわけじゃないけどな」
隼人先輩が笑った。
「それと」
美月先輩が三年生の方を見る。
「今年は三年生に、全国大会を経験している先輩が何人もいます」
その中から、一人の男子がこちらへ歩いてきた。
「俺は橘 恒一。三年生」
橘先輩は柔らかい笑顔を浮かべている。
「この部では副部長をやってる。よろしく」
「よろしくお願いします!」
俺たち一年生が頭を下げる。
「橘先輩はめちゃくちゃ強いぞ」
隼人先輩が言った。
「余計なこと言うなよ」
橘先輩が笑う。
「でも本当だろ?」
「まあ……否定はしない」
体育館に笑いが起きた。
強豪校とはいっても、先輩たちは意外と普通だ。
「ちなみに」
橘先輩が美月先輩を見る。
「今年の主将は神楽坂」
「はい」
「二年生だけどな」
「そこ強調しないでください」
美月先輩が少しむっとする。
「悪い悪い」
橘先輩が笑った。
俺は少し驚いた。
昨日の美月先輩は、完璧で近寄りがたい人に見えた。
でも今日は、先輩たちと普通に冗談を言っている。
二年生。
まだ高校生。
それでも、この強豪校の主将を任されている。
それだけの実力があるということだ。
「じゃあ、測定を始めようか」
美月先輩が手を叩いた。
最初は体力測定だった。
短距離。
持久走。
反復横跳び。
立ち幅跳び。
体幹。
一つずつ記録を取っていく。
「次、黒崎」
「はい!」
蓮が走る。
速い。
俺より明らかに速かった。
「火属性の使い方も悪くないな」
隼人先輩が記録を見る。
「ありがとうございます!」
蓮が嬉しそうに答える。
「次、朝倉」
「はい!」
俺も走る。
全力。
結果は――。
「……普通だな」
俺が呟く。
「平均よりちょっと上だぞ」
隼人先輩が言う。
「でも蓮には負けてる」
「それはそうだな」
「即答!?」
体育館に笑いが起きた。
俺も思わず笑った。
次は属性の確認。
「朝倉君から」
美月先輩に呼ばれる。
「はい」
俺は集中した。
身体に力を集める。
無属性。
筋肉の力が少しだけ増す。
「これが俺の属性です」
美月先輩が俺の動きを見る。
「筋力強化型だね」
「強いですか?」
「今の段階なら、平均より少し上くらい」
「……少し」
「でも、鍛えれば伸びるよ」
美月先輩はそう言ってから、付け加えた。
「ただ、武技は身体能力だけで勝てる競技じゃないからね」
「技術とか?」
「そう。技術、判断力、相手を見る力。全部必要になる」
「なるほど……」
俺は頷いた。
「じゃあ、最後に武器を選ぼう」
体育館の端から、練習用の武器が運ばれてきた。
剣。
槍。
棒。
短い武器。
大太刀。
「最初から武器を決めてくる必要はないよ」
美月先輩が説明する。
「実際に持ってみて、自分の身体に合うものを選ぶ」
「なるほど」
莉奈が短い武器を手に取る。
「これ!」
「早いな」
隼人先輩が笑う。
「持った感じがいい!」
「少し動いてみて」
「はい!」
莉奈が軽く動く。
素早い。
「風属性とも相性が良さそうだね」
「じゃあ、これにします!」
莉奈が嬉しそうに笑った。
蓮は剣を持った。
「俺はこれ」
「理由は?」
「中学でも使ってたから」
「それなら扱いやすいだろうな」
隼人先輩が頷く。
白石は、いくつかの武器を試した。
剣。
棒。
そして槍。
「これにします」
「槍か」
美月先輩が聞く。
「はい。距離を取れるし、自分の動きにも合っています」
「いいと思う」
白石は静かに頷いた。
「朝倉君は?」
「……」
俺の番だった。
まず剣。
持ってみる。
振る。
悪くない。
でも、しっくりこない。
次に槍。
「長い……」
上手く扱えない。
そして大太刀。
「重っ!」
持ち上げるだけで腕が震えた。
隼人先輩が笑う。
「それは今のお前には早いな」
「ですよね……」
俺は大太刀を戻す。
そして。
一本の棒を手に取った。
握った瞬間。
妙にしっくりきた。
「……これ」
美月先輩がこちらを見る。
「どう?」
「一番持ちやすいです」
「じゃあ、振ってみて」
「はい」
俺は棒を振る。
ブンッ。
……と思った瞬間。
棒が大きくぶれた。
「うわっ!」
慌てて握り直す。
「危ない危ない」
隼人先輩が笑う。
「まだまだだな」
「……はい」
恥ずかしい。
でも、もう一度握る。
今度はゆっくり振る。
「うん」
美月先輩が頷いた。
「棒が一番合ってると思う」
「本当ですか?」
「うん。今の朝倉君には、これが一番いいと思う」
「じゃあ……これでお願いします」
「分かった」
こうして、俺の武器が決まった。
棒。
それだけだった。
技もない。
経験もない。
身体能力だって、特別高いわけじゃない。
同じ一年生には、すでに武技の経験がある奴がいる。
先輩たちは全国を目指している。
そして俺は、この中では間違いなく弱い。
「朝倉君」
「はい?」
美月先輩が声をかけてきた。
「明日から本格的な練習が始まるから」
「はい!」
「無理しすぎないようにね」
「分かりました!」
俺は棒を握り直した。
昨日まで、武技なんて知らなかった。
今日、俺はその世界に足を踏み入れた。
まだ何もできない。
だからこそ。
ここから始める。
俺の高校生活と、武技部での日々が。
今、本当の意味で始まった。




