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第八話 神童の終わり

中学二年。


四月。


新しいクラス分けが発表された。


「今年も同じだね。」


すずが笑う。


「そうだな。」


奏斗も笑い返す。


一年前なら、この教室に入った瞬間、周囲はざわついていた。


「神童だ。」


「テレビに出てた!」


そんな声が聞こえたものだ。


だが今年は違う。


「おはよう。」


「おはよう。」


普通の挨拶。


普通の教室。


それが少しだけ寂しく、少しだけ嬉しかった。


朝礼。


担任が転校生を紹介する。


「海外から帰国した生徒です。」


教室のドアが開く。


「相馬玲司です。」


短い自己紹介。


眼鏡をかけた、物静かな男子だった。


「よろしく。」


それだけ言って席へ向かう。


昼休み。


数学好きの男子が話しかける。


「相馬って海外いたんだろ?」


「うん。」


「数学オリンピック出たって本当?」


「地区予選だけ。」


「え?」


「銀メダル。」


教室が静まり返る。


「銀……?」


「世界の?」


「うん。」


その瞬間だった。


「すげぇ!」


「本物じゃん!」


「教えて!」


人が集まる。


その輪の中に、奏斗はいなかった。


少し離れた場所から眺めていた。


(……ああ。)


(こうやって変わるんだ。)


昔、自分の周りに集まっていた人たちが、今は別の誰かを見ている。


不思議と悔しくはなかった。


ただ、少しだけ胸が空いた。


放課後。


科学部。


黒瀬先輩は三年生になり、部長として最後の一年を迎えていた。


「今日は新入部員もいるから自己紹介ね。」


一年生が並ぶ。


その中に、一人だけ異様な雰囲気を持つ少女がいた。


「……。」


小柄。


肩までの黒髪。


自己紹介になると、小さく頭を下げる。


「一年の、水瀬真白です。」


以上。


それだけ。


しかし実験が始まると、部室の空気が変わった。


薬品の量。


器具の扱い。


観察の細かさ。


一年生とは思えない。


「……。」


黒瀬先輩が静かに見つめる。


「どう?」


奏斗に聞く。


「上手いです。」


「違う。」


「え?」


「上手いんじゃない。」


黒瀬は真白を見つめたまま言う。


「才能がある。」


その一言は重かった。


部長が誰かを褒めるところを、奏斗は初めて見た。


活動後。


「結城。」


黒瀬が呼び止める。


「はい。」


「落ち込んでる?」


「……少し。」


「正直だね。」


黒瀬は笑った。


「いいこと教えてあげる。」


「?」


「中学に入ってから、私は毎年一人は”自分より才能がある”って思う子に出会ってる。」


「え?」


「でも、その子たち全員に勝った。」


「どうやって?」


黒瀬は少し考えてから答えた。


「諦めが悪かったから。」


「才能で勝てないなら。」


「努力で勝つ。」


「努力で勝てないなら。」


「工夫で勝つ。」


「工夫でも勝てないなら。」


「最後までやめない。」


「それだけ。」


奏斗は黙って聞いていた。


「でもね。」


黒瀬は笑う。


「いつか負ける。」


「え?」


「もっと努力する天才が現れるから。」


その言葉に、奏斗は息をのんだ。


「だから私は。」


「勝ち続けることは目標にしない。」


「昨日の自分より、少し前へ進めたら十分。」


どこかで聞いた言葉だった。


(……すず。)


あいつも同じことを言っていた。


帰り道。


夕焼けの河川敷。


「ねぇ。」


すずが土手を歩きながら言う。


「最近さ。」


「うん。」


「結城くん、笑うようになったね。」


「そうか?」


「前はずっと何かに追われてた。」


「神童でいなきゃって。」


奏斗は苦笑する。


図星だった。


「でも今は違う。」


「今は。」


「普通の中学生みたい。」


その言葉に、奏斗は空を見上げた。


“普通”


昔なら、その言葉を恐れていた。


神童ではなくなることが怖かった。


でも今は。


少しだけ、その響きが心地いい。


しかし、その穏やかな日々は長く続かなかった。


中学二年の夏。


全国模試の結果が返ってくる。


順位は——


全国一位ではなかった。


それは、小学校から続いていた”神童・結城奏斗”という物語が、数字として終わる日だった。

最後までお読みいただきありがとうございます!


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