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第四話 十歳の終わり

「結城くん!」


「あっ、神童だ!」


「テレビで見た!」


小学五年生の冬。


学校の廊下を歩くだけで、知らない下級生から声をかけられる。


最初は嬉しかった。


でも、今では少しだけ疲れる。


「サインください!」


「握手してください!」


「将来、ノーベル賞取るんですよね!」


(……期待しすぎなんだよ。)


俺は笑顔を作る。


「ありがとう。」


「でも、ノーベル賞は分からないよ。」


「えー!」


子どもたちは残念そうな顔をした。


そんな様子を、少し離れた場所ですずが見ていた。


「人気者だね。」


「違うよ。」


「昔の俺が人気なんだ。」


「今の俺じゃない。」


すずは意味が分からないという顔をした。


その言葉の意味を理解できるのは、世界で俺だけだから。


冬休み。


テレビ局から再び取材が来た。


「天才少年・結城奏斗くんの現在!」


カメラマン。


ディレクター。


照明。


狭いリビングが一気にスタジオになる。


「最近はどんな勉強を?」


「数学です。」


「将来はどんな研究を?」


「まだ決めてません。」


「好きな言葉は?」


少し考える。


そして、前世で誰かが言っていた言葉を思い出す。


「『努力は才能を超えられる』です。」


スタッフが感心したようにうなずく。


だが。


心の中では、自分でその言葉を否定していた。


(……本当にそうかな。)


前世では、もっと努力している人を何人も見てきた。


それでも届かない世界があることも知っている。


数日後。


番組が放送された。


翌日、学校へ行くと先生に呼び止められる。


「結城くん。」


「今年も全国統一模試を受けてみないか?」


「もちろん。」


結果は。


全国一位。


また一位だった。


新聞にも載った。


『神童、二年連続全国首位』


父は会社で自慢したらしい。


母は近所の人に祝福されていた。


みんなが幸せそうだった。


だから俺も笑った。


でも。


(あと何年だろう。)


知識の貯金は、少しずつ減っている。


中学。


高校。


大学。


そこから先は。


前世でも苦労した世界だ。


三学期最後の日。


教室では六年生になる話で盛り上がっていた。


「中学受験する?」


「塾どこ?」


「春休み遊ぼう!」


そんな中、すずが話しかけてきた。


「結城くん。」


「ん?」


「来年も勝負ね。」


「また?」


「もちろん。」


彼女は笑う。


「今年より強くなるから。」


「……そう。」


「結城くんもでしょ?」


その問いに、一瞬だけ言葉が止まる。


「……たぶん。」


「たぶん?」


「いや。」


「もちろん。」


自然と嘘をついていた。


春休み。


珍しく、すずの家へ遊びに行くことになった。


「お邪魔します。」


「いらっしゃい。」


出迎えてくれたのは、すずの父だった。


リビングには、本棚が並んでいる。


科学。


文学。


歴史。


哲学。


ありとあらゆる本が並ぶ中、一冊だけ、古びたノートが目に入った。


「それ、お父さんの研究ノート。」


すずが言う。


「昔、研究者になりたかったんだって。」


「なりたかった?」


「うん。」


「途中で諦めちゃった。」


父親は照れくさそうに笑う。


「才能がなかったからね。」


その言葉に、俺は思わず顔を上げた。


「でも。」


父親は続ける。


「今は先生になってよかったと思ってる。」


「研究はできなかったけど、人を育てる仕事は楽しいから。」


その笑顔には、負け犬のような暗さはなかった。


むしろ、どこか誇らしげだった。


(才能がなくても……。)


(別の道で笑える人もいるのか。)


その考えは、十歳の俺にはまだ新鮮だった。


帰り道。


夕日が二人を照らしていた。


「ねぇ、結城くん。」


「何?」


「私ね。」


「将来、研究者になる。」


「へぇ。」


「だから。」


彼女は笑う。


「そのときは助手になってね。」


思わず吹き出した。


「勝手に決めるな。」


「だって結城くん、頭いいし。」


「……。」


「それに、一緒に研究したら楽しそう。」


俺は何も言えなかった。


その何気ない一言が、不思議なくらい嬉しかったから。


だが、その頃の俺はまだ知らない。


十歳は、神童でいられる最後の時間だった。


一年後。


中学生になった世界には、俺より速く、俺より深く、俺より高く飛ぶ”本物”が、次々と現れ始める。

最後までお読みいただきありがとうございます!


もし少しでも面白いと思っていただけましたら、


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