第二部 第十二話 卒業、そして旅立ち
大学院二年、三月。
研究棟の桜は、まだつぼみだった。
「修了証書、授与。」
静かな講堂。
名前が呼ばれる。
「結城奏斗。」
「はい。」
壇上へ上がり、修了証書を受け取る。
高校の卒業式とは違う。
この場所には、研究者として努力を積み重ねた者たちだけがいる。
拍手は決して大きくない。
それでも、一つひとつに重みがあった。
式が終わる。
研究室では小さな送別会が開かれていた。
教授がコーヒーカップを持ち上げる。
「結城くん。」
「修了、おめでとう。」
「ありがとうございます。」
「君は、この研究室で一番変わった学生だった。」
研究室のみんなが笑う。
「最初は”答え”を探していた。」
「でも今は。」
「“問い”を育てられる研究者になった。」
教授は一枚の封筒を差し出した。
「これは?」
「推薦状だ。」
中を開く。
そこには、
『国立教育研究センター 研究員推薦』
そしてもう一枚。
『○○大学 教育学部 助教候補』
研究員になる道。
大学教員になる道。
二つの未来が目の前にあった。
「選びなさい。」
教授は穏やかに言う。
「どちらが正解かなんてない。」
「君自身が歩きたい道を選べばいい。」
奏斗はしばらく考えた。
そして、ゆっくりと答えた。
「大学に残ります。」
「教育と研究。」
「どちらも続けたいので。」
教授は満足そうに笑った。
「そう言うと思っていた。」
送別会が終わる頃。
研究室のドアが勢いよく開いた。
「先輩!」
朝比奈ひまりだった。
「間に合いました!」
息を切らしている。
「卒業、おめでとうございます!」
「ありがとう。」
「はい、これ!」
紙袋を差し出す。
中には、一冊のノートが入っていた。
表紙には、少し照れくさそうな字で書かれている。
『問いのノート』
奏斗がページを開く。
最初のページ。
高校一年の春。
結城先輩に初めて負けた日。
“昨日の自分に勝てばいい”
その言葉から、私の研究は始まりました。
ページをめくる。
高校時代の失敗。
大学での挑戦。
学会のメモ。
悩み。
気付き。
そして最後のページ。
ありがとうございました。
でも、まだ終わりません。
次は、同じ研究者として追い越します。
奏斗は本を閉じる。
「……これは宝物だ。」
ひまりは少し照れながら笑った。
「コピーは取ってあります。」
「そういう問題じゃないよ。」
二人とも笑った。
夕方。
研究室には、教授と奏斗だけが残っていた。
「最後に、一つだけ。」
教授が窓の外を見ながら言う。
「君は覚えているかな。」
「入学した日のことを。」
「……はい。」
「“研究者になれるでしょうか”と聞いたね。」
奏斗は苦笑した。
「そんなこと言いましたね。」
教授は首を振る。
「違う。」
「もう、なったんだ。」
静かな一言だった。
しかし、その言葉はどんな賞よりも嬉しかった。
「肩書きじゃない。」
「問い続ける限り。」
「君は研究者だ。」
奏斗は深く頭を下げた。
「ありがとうございました。」
研究棟を出る。
桜が一輪だけ咲いていた。
スマートフォンが鳴る。
ひまりからメッセージ。
四月からも勝負です。
奏斗は笑いながら返信する。
もちろん。
その時、不意に空を見上げた。
転生してから、もう二十六年。
赤ちゃんだった自分。
神童と呼ばれた少年。
才能を失うことを恐れていた中学生。
普通の高校生になった自分。
研究者になった今の自分。
全部が、同じ「結城奏斗」だった。
肩書きは変わる。
立場も変わる。
でも。
学び続ける心だけは、何も変わらない。
その足取りは穏やかだった。
もう未来を恐れる理由は、どこにもなかった。
そして数年後。
彼は「先生」と呼ばれ。
あの無謀で将来有望な少女と、再び同じ舞台へ立つことになる。
その日が、この物語の本当の結末だった。
最後までお読みいただきありがとうございます!
もし少しでも面白いと思っていただけましたら、
★評価
★ブックマーク
★感想
をいただけると執筆の大きな励みになります!
今後とも、よろしくお願いいたします!




