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第二部 第六話 「先生」と呼ばれた日

大学三年、四月。


新学期。


桜並木を歩く新入生たちの姿を見ながら、奏斗は研究棟へ向かっていた。


今日から正式に、教育心理学研究室のゼミ補助を任される。


「結城先輩!」


一年生が頭を下げる。


「おはようございます!」


「おはよう。」


まだ「先輩」と呼ばれることには慣れている。


しかし、その日の午後。


その呼び方は変わった。


「先生!」


振り返る。


一年生の男子が慌てて走ってきた。


「……え?」


「このレポートなんですが!」


「先生、見てもらえませんか!」


周囲の学生まで笑った。


「あ。」


「すみません!」


「結城先輩でした!」


奏斗も苦笑する。


「まだ先生じゃないよ。」


「す、すみません!」


その学生は顔を真っ赤にしていた。


ゼミ室。


一年生が十五人。


教授は奏斗へ目配せした。


「今日は結城くんが担当してみよう。」


「はい。」


黒板の前へ立つ。


緊張する。


高校の科学部とは違う。


相手は大学生。


「じゃあ。」


「今日は”学ぶ”って何だと思うか、考えてみましょう。」


誰も話さない。


静かだった。


(どうする。)


昔の自分なら説明を始めていた。


でも。


「じゃあ質問。」


「昨日。」


「皆さんは何か一つ、新しく覚えたことがありますか?」


少しずつ手が挙がる。


「電車の乗り換えです。」


「教授の名前です。」


「学食の場所です。」


「じゃあ。」


「それって。」


「学んだと言えるでしょうか?」


教室がざわつく。


考え始めた。


(そうだ。)


これでいい。


答えを教えるんじゃない。


問いを渡す。


九十分後。


授業終了。


学生たちは帰りながら話していた。


「面白かった。」


「答え教えてくれなかったな。」


「でも。」


「ずっと考えてしまう。」


その会話を聞いて、教授は笑う。


「結城くん。」


「はい。」


「合格。」


「え?」


「教師の才能がある。」


「いや。」


奏斗は首を振る。


「まだまだです。」


教授は優しく笑った。


「その言葉が言える人ほど。」


「伸びるんだよ。」


その日の夕方。


一本のメールが届く。


件名。


『合格しました!!』


送り主。


朝比奈ひまり。


本文には一文だけ。


第一志望、合格しました!



春から後輩です!


奏斗は何度も読み返した。


(本当に来たのか。)


あの無謀な少女が。


本当に。


ここまで追いかけてきた。


一年後。


大学の入学式。


キャンパスには新入生が集まっていた。


奏斗は四年生。


卒業研究に追われる毎日。


「先輩!」


聞き慣れた声。


振り向く。


スーツ姿のひまりが、大きく手を振っていた。


「約束通り!」


「来ました!」


「……本当に来たな。」


「もちろんです!」


満面の笑みだった。


「これで。」


「同じ大学です!」


「よろしくお願いします!」


奏斗は笑う。


「よろしく。」


その瞬間だった。


後ろから新入生が近付いてきた。


「あの……。」


「結城先生ですよね?」


「え?」


「朝比奈先輩から聞きました!」


「教育心理学なら結城先生に聞けって!」


「……。」


奏斗はゆっくり、ひまりを見る。


ひまりは目を逸らした。


「えへへ。」


「ひまり?」


「はい。」


「先生って広めた?」


「少しだけ……。」


「少し?」


「百人くらい……。」


「多い!」


二人のやり取りを見て、新入生たちは笑い出す。


ひまりも笑う。


奏斗も笑う。


昔。


「神童」と呼ばれることは、どこか苦しかった。


でも。


「先生。」


その呼び名は、不思議と嫌じゃなかった。


それは才能への期待ではなく。


自分が積み重ねてきた時間への信頼だったから。


研究棟へ向かう坂道を、二人は並んで歩く。


「先輩。」


「ん?」


「大学でも勝負です。」


「また?」


「もちろん!」


「何勝負?」


ひまりは満面の笑みで答えた。


「全部です!」


「研究も!」


「成績も!」


「論文も!」


「教えるのも!」


奏斗は空を見上げる。


青空だった。


「望むところだ。」


こうして。


転生者の青年と、無謀で将来有望な少女の第二幕が、本当の意味で始まった。


今度の勝負は、高校の部活ではない。


未来の教育を変える研究者としての、長い長い挑戦だった。



最後までお読みいただきありがとうございます!


もし少しでも面白いと思っていただけましたら、


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