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第二部 第五話 転生者であること

大学二年の冬。


雪がちらつく夕方。


研究室には奏斗だけが残っていた。


机の上には論文。


開きっぱなしのノート。


そして、飲みかけのコーヒー。


「……疲れた。」


椅子にもたれ、天井を見上げる。


前世では、この時間は会社で残業をしていた。


その記憶は、今でも鮮明だった。


「もう二十年近く前か……。」


転生してから十九年。


前世よりも、今世を生きた時間の方が長くなっていた。


それでも、ふとした瞬間に思い出す。


前世の父。


母。


会社の同僚。


上司。


あの人生も、確かに自分だった。


「結城くん?」


橘が研究室へ戻ってきた。


「まだいたんですね。」


「ああ。」


「どうしたんですか?」


「少し昔のことを思い出してた。」


「高校時代?」


「いや。」


奏斗は少し笑う。


「もっと昔。」


「子どもの頃?」


「……。」


違う。


もっと昔。


もう一つの人生。


もちろん、そのことは誰にも言えない。


「まあ。」


「そんなところ。」


橘は深く聞かなかった。


「昔を思い出す日ってありますよね。」


「うん。」


「でも。」


「私は未来のことを考えてる方が好きです。」


その言葉に、奏斗も笑った。


「俺も。」


その夜。


アパートへ帰る。


机の引き出しから、一枚の古い写真を取り出した。


高校卒業の日。


すず。


一ノ瀬。


水瀬。


ひまり。


科学部のみんな。


笑顔で写っている。


「元気かな。」


写真を眺めていると、スマートフォンが震えた。


『ビデオ通話 朝比奈ひまり』


「もしもし?」


『こんばんは!』


画面いっぱいの笑顔。


「どうした?」


『報告です!』


「うん。」


『第一志望。』


『教育学部に決めました!』


奏斗は思わず笑った。


「そうか。」


『はい!』


『四年後。』


『今度は同じ大学院で勝負します!』


「気が早いな。」


『だって。』


『先輩に勝つって決めてますから!』


昔と何も変わらない。


無謀で。


真っ直ぐで。


だからこそ眩しい。


通話が終わる。


部屋は静かになった。


奏斗は窓を開ける。


冷たい冬の空気が入ってくる。


星空を見上げながら、小さく呟く。


「ありがとう。」


誰に向けた言葉か、自分でも分からなかった。


転生させてくれた誰かへか。


前世へか。


今世へか。


もし。


転生していなければ。


神童とは呼ばれなかった。


すずにも会えなかった。


一ノ瀬とも。


ひまりとも。


出会えなかった。


けれど。


もし転生していなかったとしても。


今なら、きっと同じことを願う。


「誰かの成長を支えたい。」


その夢だけは。


人生が一つでも、二つでも。


きっと変わらなかった気がする。


数日後。


教授室。


「結城くん。」


「はい。」


「来年度から。」


教授は一枚の書類を差し出す。


「一年生のゼミ補助を頼みたい。」


「僕がですか?」


「君は教えるのが上手い。」


「それに。」


教授は笑う。


「学生は学生から学ぶことも多い。」


奏斗は書類を見つめる。


「やります。」


迷いはなかった。


研究者になる。


その夢は変わらない。


でも。


教えることも。


同じくらい好きだった。


その両方を歩める道があるなら。


挑戦してみたい。


教授は満足そうに頷いた。


「期待している。」


研究室を出る。


廊下を歩きながら、奏斗はふと思う。


前世では。


「人生は一度きり」だと思っていた。


だから失敗が怖かった。


でも、二度目の人生を生きて分かった。


大切なのは人生の回数じゃない。


何度でも挑戦し続けること。


それが、人を成長させるのだと。


そしてその頃——。


高校三年になった朝比奈ひまりは、大学の赤本を開きながら笑っていた。


「待っててください。」


「先輩。」


「次は。」


「同じ景色を見に行きます。」


二人の道は、また少しずつ交わろうとしていた。

最後までお読みいただきありがとうございます!


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