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第二部 第三話 挑戦状

大学一年、九月。


夏休みも終わり、研究室に静けさが戻ってきた。


奏斗はいつものように論文を読んでいた。


「結城くん。」


教授が一通の封筒を差し出す。


「君宛てだ。」


「僕に?」


差出人を見る。


長崎県立青葉高校 科学部


思わず笑みがこぼれる。


(ひまりか。)


封を切る。


中には一枚の手紙と、小さなUSBメモリが入っていた。


結城先輩へ。



お元気ですか?



私は元気です。



……と書きたいところですが、最近は毎日負けています。



一ノ瀬先輩にも、水瀬先輩にも、先生にも。



でも、負けるたびに面白くなっています。



だから、宣言します。



来年の全国大会で、先輩の高校時代の記録を超えます。



これは挑戦状です。



逃げないでください。



朝比奈ひまり


奏斗は思わず吹き出した。


「どうした?」


橘が不思議そうに覗き込む。


「後輩から挑戦状。」


「大学生に?」


「うん。」


「面白い子ですね。」


「すごく。」


昔のすずを思い出す。


いや、それ以上に真っ直ぐかもしれない。


USBの中には、研究発表の動画が入っていた。


ひまりが壇上で発表している。


声は少し震えている。


だが、目はまっすぐ前を見ていた。


発表が終わる。


質疑応答。


教授から鋭い質問が飛ぶ。


少し考え込む。


それでも逃げない。


「現時点では、その部分は証明できていません。」


「ですが。」


「今後、この方法で検証したいと考えています。」


動画が終わる。


奏斗は静かに頷いた。


「強くなったな。」


高校一年の頃なら、答えられなかっただろう。


分からないことを「分からない」と言える。


それは研究者として、大きな成長だった。


数日後。


教授との面談。


「結城くん。」


「はい。」


「卒業研究まで待たなくてもいい。」


「え?」


「学会で発表してみないか。」


奏斗は目を見開いた。


「一年生ですよ?」


「だから?」


教授は笑う。


「研究に学年は関係ない。」


「面白ければ発表すればいい。」


高校時代には考えられなかった世界だった。


年齢も。


肩書きも。


関係ない。


あるのは研究だけ。


帰り道。


橘が言った。


「結城くん。」


「はい?」


「負けるの、怖いですか?」


昔なら即答だった。


「怖い。」


でも今は違う。


「少しだけ。」


「少し?」


「追い抜かれるのは。」


「少し寂しい。」


橘は首をかしげる。


「でも。」


奏斗は笑った。


「追い抜かれるくらい成長してくれたなら。」


「それは嬉しい。」


その言葉に、橘も笑う。


「先生みたいですね。」


「まだ大学一年だけど。」


「もう十分ですよ。」


その頃——


高校。


放課後の科学部。


「部長!」


一年生が叫ぶ。


「朝比奈先輩!」


「このデータ見てください!」


「うん!」


ひまりはすぐに駆け寄る。


「どう思う?」


「えっと……。」


昔の奏斗と同じように。


答えを教えず、問いを返す。


「君ならどう考える?」


一年生は悩む。


数分後。


「あ!」


「分かりました!」


その笑顔を見て、ひまりも笑う。


(結城先輩。)


(少しだけ。)


(近付けてますか?)


机の上には、去年の挑戦状のコピーが置かれていた。


その隅には、新しい一文が書き加えられている。


『追い抜く。でも、教わったことは忘れない。』


大学へ戻る。


研究室の窓から夕焼けが見える。


奏斗は手紙をノートに挟み、静かに閉じた。


挑戦される立場になった。


それでも、自分がやることは変わらない。


昨日の自分より、一歩前へ。


問いを深くし、学び続けること。


そして、いつか本当にひまりが自分を超えたとき。


心から「おめでとう」と言える先輩でありたい。


そんな未来を思い浮かべながら、奏斗は新しい論文を開いた。

最後までお読みいただきありがとうございます!


もし少しでも面白いと思っていただけましたら、


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