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第二十話 卒業の日

高校三年、三月。


卒業式の日。


体育館の窓から、春の日差しが差し込んでいた。


「卒業証書、授与。」


一人ずつ名前が呼ばれる。


「結城奏斗。」


「はい。」


壇上へ上がる。


校長から卒業証書を受け取る。


たった数秒。


それだけなのに、三年間が頭の中を駆け巡った。


全国大会。


科学部。


一ノ瀬。


水瀬。


ひまり。


そして、すず。


どれもかけがえのない時間だった。


式が終わる。


校舎は写真を撮る卒業生であふれていた。


「結城!」


一ノ瀬が歩いてくる。


「卒業おめでとう。」


「おめでとう。」


二人は握手を交わす。


「大学でも頑張ろう。」


「ああ。」


「次は負けない。」


一ノ瀬は笑う。


「僕も。」


高校三年間、一度も彼には勝てなかった。


それでも。


最後まで追い続けたことを、奏斗は誇りに思っていた。


「先輩!」


走ってきたのは、ひまりだった。


目が真っ赤だ。


「泣いた?」


「泣いてません!」


涙を拭きながら否定する。


全然説得力がない。


「先輩!」


「はい。」


「絶対。」


「追い抜きます!」


「うん。」


「だから。」


「大学生になっても。」


「逃げないでください!」


奏斗は思わず笑う。


「逃げないよ。」


「約束。」


「はい!」


二人は固く握手した。


その手は、一年前より少し大きくなっていた。


科学部の部室。


最後の片付け。


机の引き出しを開けると、一冊の古いノートが出てきた。


『分からないことリスト』


高校一年の春に書き始めたノートだった。


最初のページ。


・認知心理学とは?


・なぜ人は理解するのか?


・教え方によって何が変わる?


ほとんどの項目に赤線が引かれている。


「全部分かった?」


顧問が聞く。


「いえ。」


奏斗は笑う。


「増えました。」


ノートの最後のページ。


分からないことは、最初の十倍以上になっていた。


「それでいい。」


顧問は静かに頷く。


「研究者は。」


「答えが増える人じゃない。」


「良い問いが増える人だから。」


校門。


卒業生が少しずつ帰っていく。


桜はまだ咲き始め。


去年の自分たちと同じように、新入生らしい親子が校舎を見上げていた。


「結城くん。」


振り向く。


すずだった。


制服姿で並ぶのも、今日が最後。


「卒業、おめでとう。」


「おめでとう。」


少しだけ沈黙が流れる。


「大学。」


「離れちゃうね。」


「うん。」


奏斗は教育学部。


すずは理学部。


別々の大学へ進む。


「寂しい?」


「……少し。」


「私も。」


風が吹く。


桜の花びらが二人の間を舞った。


「ねぇ。」


すずが笑う。


「覚えてる?」


「何を?」


「小学生の頃。」


「『勝負ね』って言ったこと。」


奏斗は吹き出した。


「あったな。」


「何百回勝負したんだろう。」


「数えてない。」


「ほとんど負けたけど。」


「いや。」


奏斗は首を振る。


「一番大事な勝負は。」


「俺の負けだった。」


「え?」


「俺は。」


「神童でいることしか考えてなかった。」


「でも。」


「すずは。」


「昨日の自分に勝ち続けてた。」


「その考え方に。」


「俺は負けた。」


すずは少し照れたように笑う。


「じゃあ。」


「引き分け。」


「なんで?」


「結城くんがいなかったら。」


「今の私はいないから。」


二人は顔を見合わせて笑った。


勝ち負けでは測れない関係。


ライバルであり。


親友であり。


互いの人生を変えた存在だった。


駅のホーム。


電車が来る。


「じゃあ。」


「また。」


「また。」


ドアが閉まる。


電車が動き出す。


ホームで手を振るすずの姿が、小さくなっていく。


奏斗は窓にもたれ、静かに目を閉じた。


赤ちゃんとして生まれ変わってから十八年。


神童と呼ばれた日々。


化けの皮が剥がれていった日々。


負け続けた日々。


そして。


自分だけの夢を見つけた日々。


そのすべてが、今の自分を作っていた。


十歳で神童。


十五歳で才子。


二十年過ぎれば、ただの人。


昔は、この言葉が人生の終わりを意味すると思っていた。


でも違った。


「ただの人」になってから。


人生は、本当の意味で始まる。


肩書きではなく。


才能ではなく。


自分の意志で選び、自分の足で歩く人生が。


電車は春の景色の中を走っていく。


その先には、まだ知らない世界が待っている。


そして、結城奏斗は笑った。


神童ではない。


天才でもない。


ただ、学ぶことと、人が成長する瞬間を愛する一人の青年として。


未来へ向かって。


静かに、一歩を踏み出した。


第一部 完



最後までお読みいただきありがとうございます!


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― 新着の感想 ―
とても面白いです 天才が出る話はともすると 「天才が何かした」 という話に陥りがちですが 天才と呼ばれた人物が気付きから 自身の道を見出す流れが心地良いです また登場人物に嫌な人が一人もいない点が …
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