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第十九話 ただの人だからできること

夏休み前、終業式。


体育館には全校生徒が集まっていた。


校長先生の話が終わると、司会の先生がマイクを持つ。


「続いて、表彰です。」


全国大会出場者。


県大会優勝者。


次々と名前が呼ばれる。


「全国科学研究選手権・最優秀賞、一ノ瀬蓮。」


拍手。


「全国科学研究選手権・優秀賞、水瀬真白。」


拍手。


「全国科学研究選手権・奨励賞、結城奏斗。」


拍手。


壇上へ向かう。


以前なら、この拍手は「元神童だから」という目で聞こえていた。


今は違う。


努力を知る仲間たちからの拍手だった。


終業式が終わると、一年生が集まってきた。


「結城先輩!」


「発表すごかったです!」


「質問いいですか?」


「もちろん。」


気が付けば、二十分ほど質問に答えていた。


「先輩って教えるの上手いですよね。」


「先生になればいいのに。」


その言葉に、周囲も頷く。


「確かに。」


「分かりやすい。」


奏斗は照れ笑いするしかなかった。


「結城。」


振り返ると、一ノ瀬だった。


「少し時間ある?」


「うん。」


校舎裏のベンチへ向かう。


「先生になるの?」


突然の質問だった。


「まだ分からない。」


「教育には興味あるけど。」


「研究もしたい。」


一ノ瀬は静かに頷く。


「君らしい。」


少し間を置いて続ける。


「僕ね。」


「昔は君のことが嫌いだった。」


「……え?」


思わぬ言葉だった。


「小学生の頃。」


「テレビで見てた。」


「何でも知ってる神童。」


「ずるいって思った。」


奏斗は苦笑する。


「でも。」


「高校で会って分かった。」


「君。」


「全然違った。」


「今は?」


一ノ瀬は珍しく笑った。


「尊敬してる。」


「僕は。」


「答えを見つけるのは得意。」


「でも。」


「人に伝えるのは苦手だから。」


その言葉は、奏斗にとって最高の褒め言葉だった。


数日後。


科学部の勉強会。


ひまりが難しい顔をしている。


「先輩。」


「化学が全然分かりません。」


「どこ?」


説明を始める。


しかし途中で奏斗は話を止めた。


「ひまり。」


「水って何?」


「え?」


「えっと……。」


「H₂O?」


「そう。」


「じゃあ。」


「氷は?」


「固体。」


「じゃあ。」


「なんで浮くの?」


「……。」


考える。


考える。


五分。


十分。


「あ!」


「密度!」


「そう。」


ひまりは目を輝かせる。


「分かった!」


その瞬間。


後ろで見ていた顧問の先生が、小さく笑った。


「結城。」


「はい。」


「教師、向いてるな。」


「え?」


「教えるんじゃない。」


「考えさせてる。」


「そこがいい。」


その夜。


帰宅すると、父が新聞を読んでいた。


「おかえり。」


「ただいま。」


父は新聞を畳む。


「そういえば。」


「近所のおじさんが言ってたぞ。」


「結城くん。」


「最近は神童って呼ばれなくなったねって。」


奏斗は苦笑する。


「そうだね。」


父も笑った。


「でも。」


「その後。」


「もっといいこと言ってた。」


「?」


「『今は立派なお兄さんになったね。』」


その一言で。


胸の奥が少し熱くなった。


神童。


天才。


秀才。


そんな言葉より。


「立派なお兄さん」


その方が、ずっと嬉しかった。


夏休み初日。


科学部では、小学生向けの実験教室が開かれた。


部員たちが先生役になる。


「わぁ!」


「色が変わった!」


「すごい!」


子どもたちの歓声が響く。


一人の男の子が、奏斗の白衣を引っ張る。


「お兄ちゃん。」


「どうしたの?」


「ぼく。」


「頭悪いから。」


「できない。」


その一言で、部屋の空気が止まった。


奏斗は男の子の前にしゃがむ。


「そんなことないよ。」


「でも。」


「できない。」


「じゃあ。」


奏斗は笑う。


「一緒に考えよう。」


答えは教えない。


質問を一つずつ重ねる。


五分後。


男の子は飛び上がった。


「できた!」


満面の笑顔だった。


その笑顔を見た瞬間。


奏斗は確信した。


(ああ。)


(これだ。)


賞を取った時より。


全国大会で発表した時より。


誰かが「分かった」と笑う、この瞬間が。


自分は何より好きなんだ。


部屋の隅で、その様子を見ていた顧問が小さく呟く。


「神童じゃない。」


「だからこそ。」


「いい教師になる。」


その言葉を聞いたすずは、優しく笑った。


「ううん。」


「教師だけじゃありません。」


「きっと。」


「誰かの人生を変える人になります。」


その未来を、まだ奏斗自身は知らない。


けれど、一つだけ確かなことがあった。


神童だった少年は。


もう誰かより優れていることを目指してはいない。


誰かを前へ進ませる人になることを、夢見るようになっていた。

最後までお読みいただきありがとうございます!


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