↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
18/33

第十八話 追われる者の景色

「部長!」


「勝負です!」


放課後。


科学部のドアが勢いよく開く。


「今日は何?」


奏斗が苦笑すると、ひまりは胸を張った。


「今日は暗記勝負です!」


「……科学部だよね?」


「細かいことは気にしません!」


部室中が笑いに包まれる。


入部してまだ一週間。


朝比奈ひまりは、すっかり科学部のムードメーカーになっていた。


「はい。」


奏斗はカードを一枚めくる。


「塩化ナトリウムの結晶構造。」


「面心立方格子!」


「正解。」


「次!」


「電子親和力。」


「えっと……!」


「硫黄!」


「違う。」


「塩素。」


「うわぁぁ!」


机に突っ伏すひまり。


部員たちが笑う。


「また負けた。」


「五十八連敗!」


「まだまだです!」


悔しそうなのに、笑っている。


その姿を見て、奏斗は十歳の頃のすずを思い出していた。


活動後。


ひまりはノートを開いていた。


びっしりと反省が書かれている。


『暗記不足』


『焦った』


『次は語呂合わせを作る』


『復習時間を増やす』


「毎回書いてるの?」


奏斗が聞く。


「はい!」


「負けた理由を忘れたら。」


「次も同じ負け方するので!」


奏斗は少し驚いた。


(すごいな。)


昔の自分は。


負けることばかり見ていた。


この子は。


負けた後を見ている。


翌週。


中間考査。


結果が返ってきた。


学年一位。


一ノ瀬蓮。


学年二位。


水瀬真白。


学年三位。


結城奏斗。


「惜しかったね。」


すずが答案を見ながら言う。


「まあね。」


奏斗は笑う。


「でも。」


「もう順位はそんなに気にならない。」


「うん。」


「知ってる。」


その会話を、少し離れた場所でひまりが聞いていた。


(三位なのに。)


(全然悔しそうじゃない。)


彼女には不思議だった。


自分なら泣くほど悔しい。


でも奏斗は違う。


その日の放課後。


「先輩。」


「ん?」


「なんで悔しくないんですか?」


真剣な表情だった。


奏斗は少し考える。


「悔しいよ。」


「え?」


「一位を取れたら嬉しかった。」


「でも。」


「順位だけ見ても。」


「昨日の俺より成長したかは分からない。」


ひまりは首をかしげる。


「例えば。」


奏斗は答案を見せる。


「数学は九十二点。」


「前回は八十五点。」


「英語は八十八点。」


「前回は七十九点。」


「つまり。」


「前よりできることが増えてる。」


「だから嬉しい。」


ひまりは黙った。


その考え方は初めてだった。


数日後。


科学部で実験中。


「失敗しました!」


ひまりが大きな声を上げる。


試験管の中は真っ黒だった。


「またやっちゃった……。」


肩を落とす。


奏斗は試験管を見て言った。


「どこで失敗したと思う?」


「えっと……。」


十分後。


「あ。」


「温度です!」


「たぶん。」


「うん。」


「じゃあ。」


「次はそこだけ変えてみよう。」


ひまりは嬉しそうに頷く。


「はい!」


その様子を見ていた水瀬が、小さく笑った。


「結城先輩。」


「先生みたい。」


「そうかな。」


「うん。」


「答えを教えない。」


「気付くまで待ってる。」


その言葉を聞いて、奏斗は少しだけ驚いた。


確かに。


昔なら答えを説明していた。


今は違う。


「自分で気付く方が。」


「忘れないから。」


自然とそう考えるようになっていた。


帰り道。


ひまりが自転車を押しながら歩く。


「先輩!」


「何?」


「今日も負けました!」


「そうだね。」


「でも!」


彼女は笑顔だった。


「昨日の私には勝てました!」


奏斗は思わず吹き出す。


「それ。」


「誰に教わったの?」


「秘密です!」


得意げに笑う。


その言葉は、かつてすずが奏斗に教えてくれたものだった。


知らないうちに。


その考え方は、また次の世代へ受け継がれていた。


夕焼けの坂道。


一歩前を歩くひまりの背中を見ながら、奏斗は静かに思う。


(俺も。)


(こうやって誰かに影響をもらって。)


(また誰かへ渡していくんだな。)


「神童」という肩書きは消えた。


けれど。


誰かの成長を支え、その人がまた別の誰かを支える。


そんな連鎖の中に、自分がいる。


それは、かつて天才と呼ばれた頃には想像もしなかった幸せだった。



最後までお読みいただきありがとうございます!


もし少しでも面白いと思っていただけましたら、


★評価

★ブックマーク

★感想


をいただけると執筆の大きな励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。