第十六話 二十年過ぎれば、ただの人
高校二年、春。
「結城、お前また先生に呼ばれてるぞ。」
「分かった。」
職員室へ向かう廊下。
高校生活にもすっかり慣れていた。
神童と呼ばれることも、ほとんどなくなった。
今では先生たちもこう紹介する。
「結城は教育や認知科学に興味がある生徒だ。」
その紹介の方が、ずっと嬉しかった。
「失礼します。」
職員室に入る。
担任が一冊のパンフレットを差し出した。
「教育心理学の研究室だ。」
「オープンキャンパスに行ってみないか?」
「教育心理学……。」
ページをめくる。
『人はどのように学ぶのか』
『記憶と理解の関係』
『教える技術』
思わず息を呑む。
「面白そうです。」
「だろ?」
担任は笑った。
「君の研究、大学の先生にも評判だったんだ。」
「え?」
「まだ粗い。」
「でも、高校生らしい、本当に自分で見つけたテーマだった。」
その言葉は、どんな賞より嬉しかった。
帰り道。
「結城くん。」
すずが自転車を押しながら歩いてくる。
「先生に呼ばれてた?」
「うん。」
パンフレットを見せる。
「教育心理学?」
「これを勧められた。」
すずはしばらく読んでいた。
そして笑う。
「ぴったり。」
「そうかな。」
「うん。」
「昔から。」
「結城くん。」
「教える時が一番楽しそうだもん。」
数日後。
科学部。
一年生が難しい顔をしていた。
「部長。」
「この式が分かりません。」
「どこ?」
説明を始める。
途中で奏斗はペンを止めた。
「答え言う前に。」
「君ならどう考える?」
「えっと……。」
一年生が悩む。
十分後。
「あっ。」
「分かった!」
その瞬間だった。
一年生の目が輝く。
「そういうことか!」
奏斗は思わず笑った。
(これだ。)
人が理解する瞬間。
表情が変わる瞬間。
その一瞬を見るのが、たまらなく好きだった。
その夜。
久しぶりに前世のことを思い出した。
会社員だった頃。
新人に仕事を教えていた日々。
「ありがとうございます。」
そう言われるたび、少し嬉しかった。
(あの頃からだったのか。)
研究テーマは突然生まれたわけじゃない。
前世も、今世も。
ずっと同じものを好きだった。
「人が成長する瞬間。」
それが、自分の人生を貫く一本の線だった。
休日。
大学のオープンキャンパス。
教授が講義をしている。
「人は。」
「答えを覚えるより。」
「考え方を身につけた方が、長く成長します。」
奏斗は夢中でメモを取っていた。
講義が終わる。
教授が話しかけてきた。
「高校生?」
「はい。」
「熱心だったね。」
「質問があります。」
気付けば三十分も話し込んでいた。
帰る頃には、日が暮れていた。
(大学って面白い。)
知らないことだらけだ。
でも、それが嬉しい。
帰りの電車。
窓に映る自分を見ながら、ふと思う。
十歳。
神童だった。
十五歳。
才子と呼ばれた。
そして今。
十七歳。
誰も自分を天才とは呼ばない。
模試で一位でもない。
全国大会でも優勝していない。
世界を変える発明もしていない。
客観的に見れば。
**「普通の高校生」**だ。
それなのに。
不思議なくらい幸せだった。
(ああ。)
(この言葉は。)
(こういう意味だったのか。)
前世で聞いたことがある言葉。
「十歳で神童、十五歳で才子、二十年過ぎれば只の人。」
昔は残酷な言葉だと思っていた。
でも今は違う。
「ただの人」になることは、敗北じゃない。
肩書きを失っても。
誰かと比べられなくなっても。
自分の好きなことを見つけて、自分の足で歩けるなら。
それは、とても幸せなことなんだ。
電車の窓に映る少年は、静かに笑っていた。
その笑顔は、神童だった頃よりもずっと穏やかだった。
高校二年の春。
結城奏斗は、「神童」の物語を完全に卒業した。
ここから先は、誰かの期待に応える人生ではない。
自分が心から知りたいことを追いかける、一人の”ただの人”の人生が始まるのだった。
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