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第十五話 初めて、自分で見つけた答え

全国高校科学研究選手権まで、あと三日。


科学部の部室には、夜遅くまで明かりがついていた。


「まだ帰らないの?」


部長が時計を見る。


午後八時。


学校に残れる時間の限界だった。


「もう少しだけ。」


奏斗はノートから顔を上げない。


「ほどほどにね。」


部長は苦笑して理科室を後にした。


部屋には奏斗だけが残る。


ノートには、びっしりと文字が並んでいた。


『人は、どの瞬間に「分かった」と感じるのか』


テーマを決めてから一週間。


奏斗は後輩たちに協力してもらい、同じ内容を違う教え方で説明する実験を続けていた。


ある人は図で説明する。


ある人は言葉だけで説明する。


ある人は実際に体験させる。


理解する速さは、人によって大きく違った。


「……やっぱり。」


奏斗は一つの仮説を書き込む。


『人は、自分で気付いた時に最も深く理解する』


教え込まれた答えより。


自分で見つけた答えの方が、忘れにくい。


その瞬間。


ふと笑ってしまった。


「俺自身じゃないか。」


十歳の自分は。


答えを知っていた。


高校一年の自分は。


答えを自分で見つけるようになった。


研究テーマと、自分の人生が重なった。


大会当日。


全国から集まった高校生。


会場は大学の講堂だった。


名札を見るだけで、有名進学校の名前が並ぶ。


「緊張する?」


隣に立つ水瀬が聞く。


「少し。」


「珍しい。」


「昔はしなかった?」


「しなかった。」


昔は勝つ自信があった。


今は違う。


自分より優秀な人間が、いくらでもいると知っている。


だからこそ緊張する。


発表が始まる。


水瀬真白。


一ノ瀬蓮。


二人とも圧巻だった。


質問にも迷いなく答える。


審査員まで議論に加わるほどだった。


(すごい。)


素直にそう思った。


悔しいより、尊敬が勝った。


「次。」


「結城奏斗さん。」


壇上へ上がる。


照明がまぶしい。


客席には何百人もの視線。


深呼吸を一つ。


「皆さんは。」


「誰かに勉強を教えてもらった経験がありますか?」


静かに話し始める。


専門用語は使わない。


難しい数式も出さない。


代わりに、一人の後輩との会話を紹介する。


「この子は、何度説明しても分かりませんでした。」


「でも。」


「ある質問をした瞬間。」


「自分で答えに気付きました。」


スクリーンにグラフが映る。


理解度の変化。


記憶の定着率。


アンケート。


「私は。」


奏斗はゆっくり会場を見渡す。


「人は、答えを教えられた時ではなく。」


「自分で答えに辿り着いた時。」


「初めて『理解した』と感じるのではないかと考えました。」


静かな会場。


誰一人、下を向いていない。


全員が聞いている。


その光景を見て、奏斗は少しだけ胸が熱くなった。


(これは。)


(俺の研究だ。)


前世の知識ではない。


誰かの真似でもない。


今の自分が考え、悩み、調べた研究だった。


質疑応答。


審査員の教授が手を挙げる。


「興味深い研究でした。」


「ありがとうございます。」


「一つ質問です。」


「はい。」


「あなたは、なぜこの研究を始めたのですか?」


昔なら答えられなかった質問。


でも今は違う。


奏斗は少し笑った。


「昔の私は。」


「答えを知っていることが、賢さだと思っていました。」


会場は静かだった。


「でも。」


「ある人たちに出会って。」


「分からないことを楽しむ人。」


「問いを探す人。」


「失敗を積み重ねる人。」


「そんな人たちを見て。」


「私は初めて。」


「学ぶことが好きになりました。」


一拍置く。


「だから。」


「私は。」


「人が成長する瞬間を知りたかったんです。」


教授はゆっくり頷いた。


「ありがとうございました。」


その一言だけだった。


しかし、その表情には確かな評価があった。


結果発表。


最優秀賞。


「一ノ瀬蓮。」


拍手。


優秀賞。


「水瀬真白。」


拍手。


奨励賞。


「結城奏斗。」


奏斗も壇上へ上がる。


去年なら。


中学の頃なら。


きっと悔しくて眠れなかった。


でも今は違う。


賞状を受け取る手は、震えていなかった。


帰りの新幹線。


夕日が窓を赤く染めている。


「悔しい?」


すずからメッセージが届く。


奏斗は少し考えてから返信した。


悔しい。



でも、それ以上に楽しかった。



初めて、自分で見つけた答えだったから。


数秒後、返信が来る。


やっと、本当の結城奏斗になれたね。


その短い一文を見て、奏斗は静かに笑った。


窓に映る自分は、もう「神童」ではない。


それでも。


いや、だからこそ。


その笑顔は、十歳の頃よりずっと自然だった。



そして、この日を境に。


結城奏斗は「元神童」ではなく、


「教育心理学に興味を持つ高校生」


として、新しい一歩を踏み出すことになる。


それは誰かの期待ではなく、自分自身が選んだ未来だった。

最後までお読みいただきありがとうございます!


もし少しでも面白いと思っていただけましたら、


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