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第十話 十五歳で才子

中学三年、春。


黒瀬凛が卒業して一年が過ぎた。


科学部の部長は、二年生になった奏斗が務めていた。


「部長、おはようございます!」


一年生が元気よく挨拶する。


「おはよう。」


部室の机には、実験器具が並んでいる。


一年前の自分なら、この景色に誇らしさを感じていただろう。


今は違う。


「部長、この実験ってなんで失敗したんですか?」


「たぶん温度だね。一回条件を変えてみよう。」


「ありがとうございます!」


知らないことは、まだ山ほどある。


だからこそ面白い。


そう思えるようになっていた。


六月。


高校の進学説明会。


市内トップの進学校ではなく、県立の進学校を受験することを決めた。


「もっと上を狙えるのに。」


先生は不思議そうだった。


「十分です。」


奏斗は笑って答えた。


前世の記憶があるから分かる。


肩書きより、自分に合う環境の方が大切だ。


夏。


全国中学生科学コンテスト。


結果は――


準優勝。


去年より順位は上がった。


だが優勝者は、水瀬真白だった。


一年後輩。


まだ中学二年生。


審査員は口を揃えて言った。


「発想力が別格。」


「研究の視点が高校生レベル。」


奏斗は拍手を送った。


悔しかった。


けれど、不思議と嫉妬はなかった。


(あれが才能か。)


努力では届かない何か。


それを、ようやく素直に認められた。


「負けちゃったね。」


帰り道。


すずが隣を歩く。


「うん。」


「悔しい?」


「悔しい。」


「でも。」


奏斗は空を見上げる。


「楽しかった。」


すずは満足そうに笑った。


「やっと研究者みたいなこと言った。」


「そうかな。」


「うん。」


「昔の結城くんなら。」


『優勝できなかった。』


それしか言わなかった。


「今は。」


『楽しかった。』


その言葉が先に出る。


それだけで、全然違う。


冬。


高校受験が終わる。


二人とも第一志望に合格した。


合格発表の掲示板。


「受かった!」


すずが飛び跳ねる。


「おめでとう。」


「結城くんも!」


「ああ。」


二人は顔を見合わせて笑った。


その笑顔は、小学生の頃よりずっと自然だった。


高校入学式。


校門には桜が咲いている。


新しい制服。


新しい教室。


そして、新しい出会い。


教室に入った瞬間、担任が言った。


「このクラスには、全国模試一位を取った生徒がいます。」


教室がざわつく。


(……またか。)


奏斗は一瞬だけ昔を思い出した。


だが。


先生が呼んだ名前は。


「一ノ瀬蓮くん。」


教室中の視線が、一人の男子へ集まる。


黒髪。


整った顔立ち。


静かな雰囲気。


彼は軽く会釈するだけだった。


「よろしく。」


拍手が起こる。


「すげぇ。」


「全国一位って本当にいるんだ。」


「東大確定じゃん。」


奏斗は静かにその様子を見ていた。


胸は、不思議なくらい穏やかだった。


もう、自分の場所ではない。


それでよかった。


だが。


ホームルームが終わったあと。


一ノ瀬蓮が、まっすぐ奏斗の席まで歩いてきた。


「結城奏斗。」


「……うん。」


「初めまして。」


握手を差し出してくる。


「君のことは知ってる。」


「昔から。」


「神童だった人だよね。」


奏斗は苦笑した。


「昔の話だよ。」


すると、一ノ瀬は静かに首を横へ振った。


「違う。」


「僕が知りたいのは。」


「神童だった君じゃない。」


一拍置いて、真っ直ぐ目を見て言った。


「神童じゃなくなってからも、努力を続けた君だ。」


その言葉に、奏斗は息をのんだ。


誰もが「昔の神童」を見ていた。


だが、この少年だけは違った。


彼は「今の結城奏斗」を見ていた。


そして、その出会いが。


奏斗にとって、高校三年間を大きく変える始まりになる。



十歳で神童。


十五歳で才子。


神童ではなくなった。


だが、ただの人でもない。


努力を知り、敗北を知り、それでも歩き続ける。


そんな「才子」としての物語が、ここから始まる。



最後までお読みいただきありがとうございます!


もし少しでも面白いと思っていただけましたら、


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