第九話 甘い焚き火を囲んで
「お会計、530円です。」
暖かなカフェオレを手に、コンビニから一歩、外に出る男がいる。
暗い空を見つめ、先程買った、冷たいサンドイッチを一口。
──ピコン。
スマホの通知音だ。
ベンジャミン
「貴公以外は皆、到着した。
皆、暖かな食卓を囲っている。
貴公も早く来るといい。
申し訳ないが、牛乳と小麦粉を買ってきては貰えないだろうか。」
「───もう店、出たんだけど。」
男は食べかけのサンドイッチを手に、再びコンビニへ足を踏み入れる。
12月30日、午後6時半。
橙色の街灯の元を歩くのは、彼だけだ。
この寒さの中で、外に出たいと思う者は殆どいないだろう。
手にするビニール袋が揺れる音が、誰もいない街に響き渡る。
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「エイヤ。もういい加減風呂から出てきなさい。
2時間43分31.6秒も入っているんです。
どれだけ私が待ったと思っているのですか。」
アンサーが腕を組み、不機嫌そうな声を出す。
「えー、どーしよっかな。
てかなんで小数点まで秒数把握してんの。こっわ。
化粧水取って。」
風呂場の奥から、声が響く。
「自分で取りなさい。」
「寒いじゃん。やだ。」
リビング。
「そっちのパーツは取っちゃダメ!
ちょっと!シリンダーをそんな乱暴に触らないで!」
レヴェルはキッドの手を軽く叩き、銃を奪う。
「おいおい、別いいじゃねぇかよ。
俺のロミオとジュリエットは強い子だ。」
キッドはいつものように軽口を叩く。
「点検は慎重に!
壊れないようにするのに、壊してどうするの!」
「あいあいわかったよ嬢ちゃん。」
銃を弄る、ガチャガチャとした音が鳴り響く。
リビング、ソファの上。
「ふぁ〜ぁ…あったかい部屋で、あったかいソファで寝るのは最高だにゃあ。」
シャムルはソファの上で猫のように丸まる。
「あれ、君ってそんなキャラだっけ。
イメチェンってやつ?」
ヘヴンはヨーグルトにメープルシロップを並々とかけ、頬張る。
「って、そんなわけないじゃん。
あくびだよあくび。
ヨーグルト、一口ちょうだい⭐︎」
シャムルは毛布にくるまりながら、顔だけを出す。
「はい、あーん。」
「あーん。
って何してんのさ!?」
「いらないの?
ヨーグルト。」
「いやいるけど…」
リビングの机に、2人の紳士がお茶をしている。
ベンジャミンが、紅茶を注ぎ入れる。
「ヴラド殿、貴公はどうしてたのか?
旧拠点陥落時、二十番街にいたと聞いているが。」
「なぁに、子供の火遊びに付き合ってやっていただけさ。」
キッチン。
「とってもいい匂いね!
あたし、お腹が空いてきちゃったわ。」
エリがあどけない笑顔を見せる。
「もう散々カレーを食べただろう。」
皇楓は山積みの皿を洗いながら言う。
「フレンチトースト、誰か食べますか?」
ユウはフライパンの火加減を絶妙に調節し続ける。
「はいはい!
あたし3枚!バターとチョコソースかける!」
エリはぴょんぴょんと飛び跳ね、少女のように喜ぶ。
「1枚、もらっていいか?なにもかけなくていい。」
皇楓は冷静さを保っているが、声色が少し浮かれている。
唸り声のような金属音が響く。
「スティーブも欲しいみたいだ。
2枚でいちごアイスを乗せて欲しいらしい!」
ヘンリーが言う。
「ちょっと?
ならあたしもいちごアイス乗せるわ!」
「意地の張り合いはやめておけ。」
ユウは目を輝かせ、少年のような顔を見せる。
「全部ありますよ。
冷蔵庫の物は好きに使ってください。」
「……神か?」
キッドが冷蔵庫の中を覗き込み、思わず呟く。
「神ではありません。」
ユウはフレンチトーストをひっくり返しながら、照れたように笑う。
「でも、食べる人が多い方が楽しいです。」
「気を抜いてはいけません。ほら焦げてますよ。」
アンサーが淡々と指摘する。
「だ、大丈夫です!計算通り!」
ユウは慌てて火を弱め、見事な焼き色で皿に移す。
エリは椅子に鎮座し、フォークを両手で構えている。
「まだ?まだ?」
「落ち着け。」
皇楓がため息混じりに言う。
ヘヴンは静かにテーブルを整え、ナイフとフォークを人数分並べる。
「食卓は戦場じゃなくて、順番だよ。」
スティーブのドリルが、期待に満ちた低い回転音を出す。
「待て、今配膳中だ。」
ベンジャミンが懐中時計を伏せる。
ヴラドは壁にもたれ、腕を組んだままその光景を眺めていた。
「奇妙なものだな。」
「何がだ。」
皇楓が洗い終えた皿を拭きながら返す。
「火を囲むと、人は肩書きを忘れる。」
ヴラドは小さく笑う。
「英雄も、怪盗も、今はただの腹を空かせた連中だ。」
「はぁああ…こりゃまた、贅沢な…」
シャムルは毛布を引きずりながら席に着き、バニラアイスを山盛りにする。
ユウが最後の皿を運び、深く息をつく。
「お待たせしました。」
一斉に、フォークが動く。
「……っ!」
エリの目が見開かれる。
「なにこれ!ふわふわ!」
「温度管理と浸し時間の調整、そのどれもが絶妙。
中々の物ですね。」
アンサーが一口食べ、静かに評価する。
皇楓は無言で頷き、もう一口だけ小さく切り分ける。
その横顔は、どこか穏やかだった。
───ピンポーン。
玄関のチャイムが鳴らされる。
多分、彼だろう。
「鍵は開けてありまーす!」
ガチャりと、ドアノブが回される。
ゆっくりとした足音が、こちらへ寄ってくる。
「本当に、皆んないるとは。」
白髪の青年が、驚いたように口を開く。
手に持つビニール袋の擦れる音が、食器の音に混じる。
「ソル!このフレンチトースト、とっても美味しいわよ!あなたも食べて!」
「いや、僕は…」
「遠慮はいいのではないか?
白日卿も、たまには甘味を楽しみたまえ。」
ヴラドは、キャラメルソースのかけられたフレンチトーストを切り分け、自らの口へ運ぶ。
スティーブの金属音が鳴る。
いつにも増して、嬉しそうな声色だ。
「スティーブは、君にもこの味を知って欲しいらしい。」
「アンタがいらないなら、アタシが食べちゃうよ?てかちょうだい?」
エイヤはソルに目もくれず、一切れ頬張る。
「今日は色々あっただろう。
美味い物を食べて、休憩するべきだ。」
皇楓が穏やかな口調で言う。
「ね、みんなもこう言ってることだし、ソルも食べましょ♪」
エリがソルに向かって手招きをする。
青年は、右下に視線を落とし、一言。
「…1枚、くるみとブルーベリーを乗せてくれ。」




