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第十話 さようなら、過去となった今年よ

12月31日。今日は年末だ。

今年も、もう20時間もしないうちに終わりが来る。

ふと思い返してみれば、今年は色々あった。

夢見て始めた英雄も、ちょっと有名になれた。

僕と共に歩む仲間たちもできた。

折角手に入れた家は、まさに昨日、吹き飛んでしまったけど。

今はこうして、新居で、誰もいない6畳の部屋の中、非常用の寝袋に包まっている。

暖房すらない部屋、こんなところで寝袋から出るなんて自殺行為だ。

しかし、目覚めたのなら、必ず空腹が付き纏ってくる。

今まさに、空腹で死んでしまいそうだ。

昨日食べたのは、コンビニのツナサンドと一枚のフレンチトーストだけであった。

流石に腹が減る。

「仕方ない。」と、僕は体を無理やり叩き起こし、床に散らばった、昨日着ていた服を着直した。

ヨレヨレだが、そんなに返り血の臭いはしない。まだ、着れる。

冷えに冷えたドアノブを回し、廊下に出る。

真っ白な壁紙に、木材のフローリングが流れる廊下は、モダンさを残し、そこに立ち尽くしている。

昔の家なら、みんなの部屋に繋がる廊下には、大量の空っぽのメープルシロップボトルのゴミや、銃の薬莢、鉄屑、脱ぎ捨てられた靴下が散乱する、まさに地獄絵図だったが、今はまさに天国。友達の家に泊まりに来ているような感覚だ。

そんなことを考えながら、一階に降りる階段を通る。

ふと隣に目をやると、一枚の写真に気が取られた。

小さな少年と、その父親らしき人物が、笑顔で写っている。

僕は、なぜかこの写真が気になった。

近づいて見てみると、写真に、子供のような字で何かが書いてある。

"6月66日、忘れないで"

…?

普通、66日なんて日付は存在しない。

それに、忘れないでって、何を?

写真に触れようとした瞬間、何か嫌な気配がした。

これに触れたら、駄目だ。

全細胞がそう伝えてくる。

だけど、僕は自制心が弱い。

気付かぬうちに、写真に指を伸ばしてしまった。

チリリリリリ。

誰かの目覚まし時計の音だ。

後ろをチラリと振り返る。

同時、二発の銃声が鳴り響く。

どうせキッドだ。あいつは朝が弱すぎる。

前を向いた時、写真は元から存在しなかったように消えていた。

なんだったんだ?オカルトの類か?また霊媒師を雇わないと。

僕はそんな事を後回しに、階段をそそくさと降りていった。


「ソル、おはよう。昨日は風呂に入らずに寝ただろう。シャワーを浴びてくるといい。」


皇楓は全ての身支度を終わらせ、テーブルに座り、一冊の本を手に持っている。

シャワー、そういや行ってないな。

頭を触ると、普段はさらさらと揺れる髪が一部固まっているのに気づいた。


「水道管が無事なら、お湯は多分出るはずです。タオルは脱衣所のカゴの中ですよ。」


ユウがキッチンでの作業の片手間、こちらに声をかける。

手際よく卵を割り、同時にトマトを切る。


「いや、先になにか食べてからにするよ。」


食べる為に起きたんだから。

椅子に座り、テレビを覗く。

7時35分。

お天気ニュースだ。

六十六番街は…

気温-31℃

まさに北極だ。

ふと、テレビと、今いる椅子の間に置かれたソファが、少しこんもりしていることに気づいた。

立ち上がり、盛り上がりを叩いてみる。

トントン。


「なに?」


布越しで、少しこもった声が聞こえる。


「猫はこたつで丸くなる、と言うけど、こたつがなければソファで丸くなるのかい?」


「うっさ。ちょっかいかけないでよ。」


内側から、なにかをカタカタといじる音が聞こえる。

パソコンだろうか?


「ソルも何か頼んで置いて欲しいものある?元の家吹っ飛んじゃったでしょ?だから、家具とか服とか、買い直さないと。」


今気づいた。

元の家は吹き飛んでしまった。なら、そこに置いていた私物やらコレクションやらも、一緒にチリになってしまっているのだ。


「机とクッション、あとは…服を3着くらい頼む。」


「謎Tは駄目だからね。」


「いいさ、この服を何日も着続ける羽目にならなければ。」


そう言うと、ピロン、という音が布の内側から鳴る。


「注文かんりょー。それじゃ、おやすみ。」


シャムルはそう言うと、瞬く間に眠りについてしまった。


椅子に戻ると、芳しいパンとコーヒーの匂いが漂っている。

見栄え良く盛り付けられた、バターの乗ったトーストに目玉焼き、トマトとレタスのサラダ。朝食としてはこの上なく贅沢だ。


軽く会釈をし、コーヒーの入ったマグカップに手を伸ばす。

その瞬間、階段を全速力で駆け降りる音が聞こえた。


「朝ごはん!なんでもいいから最高速度で準備してちょうだい!」


脱ぎかけのパジャマ姿のエリが、ピンク色の髪をたなびかせ、階段から一番近い椅子へ飛び込んできた。


ぎょっとした様子の皇楓が、短く言う。


「エリ、どうした?」


「寝坊したのよ!今日は都市コミックフェスなのに!」


トーストをとんでもない速度で食べながら、同時に靴下を履く。

アホかこいつは。


「ありはん先生の新作サイン入り同人誌を手に入れられなかったら…あたし死んじゃうのよ!」


エリは脱ぎ捨てたパジャマを洗面所の方に思い切りぶん投げる。


「っと…いい湯加減だった…ぜ。」


脱ぎ捨てられたパジャマは、丁度風呂から上がってきたキッドの顔面にクリーンヒット。

キッドは「へぶっ!」という情けない声を出しながら、地面に倒れ込む。


「ねぇソル、勿論あなたも行くでしょう?あたしみたいな非力な美少女だけじゃ、戦利品を持って帰れないもの。」


「いや行かないよ。」


そう言うと、エリの表情が、笑顔から一瞬にして真顔へ切り替わり、数秒の間の後、もう一度にっこり笑って口を開いた。


「本当は〜?ただの照れ隠し、でしょう?恥ずかしがらなくてもいいのよ♪」


「いや行かないって。」


途端、ピンク色の光が体を包む。大蛇に睨まれたカエルの様に身動きがとれなくなり、全身が圧迫感と威圧感、それから、どこかふわふわとした感覚で満たされた。


「拒否権はないわよ。返事ははいかイエス、そう何度も教えたわよね。」


「いいえ。」を言おうと口を開けようとするが、喉を押しつぶされるような感覚で、言葉が詰まってしまう。

それでも、どうにか言葉を捻り出す。


「い…や…」


「え?なにかしら?もっと大きな声で言って?」


さらに強い力で締め付けられる。

息をするのが難しい。


「は…い。」


心にも思っていない言葉が出てしまった。

今日じゃなければ別について行ってもよかったのに、今日は、疲れてるんだ。


「流石は我らがソル君ね!それじゃ、ぱぱっと着替えて出発しましましょう!」


エリは一瞬にして少女の様な笑顔になり、ピンク色の光が消え、締め付けが解かれた。


「ただ、先に風呂にだけ入らせてくれないか?」


「そのくらいはいいわよ。あたしも入りたいもの。ただ、10分以内に出てちょうだい。」


任せろ。僕の風呂はかなり早い方だ。


「な…なあ。俺は触れないのか?」


パジャマアタックを受け、地面に倒れたキッドが寂しそうに呟く。


「あら、いたのね。認識阻害をあたしたちにかけてたのかしら?」


「かけてねぇよ。てか謝罪はないのか。」


「え?」


エリは軽く首を傾げる。どうやら、本当に悪気はない様だ。


「は?」


まずい、喧嘩になりそうな雰囲気だ。やっぱりさっさと風呂に行こう。

10分後、暖かなシャワーを浴び、気分さっぱりで洗面所から出た僕を待ち受けたものは、ボロ雑巾のような姿になったキッドと、腕を組んで立ち尽くすエリの姿だった。

ユウも皇楓も、同情する様な瞳で、キッドを見つめるだけだった。


「その…風呂、上がったぞ。」


「あら!早かったのね!それじゃ、あたしもすぐに上がるわ。」


エリは足早に洗面所へ向かう。

一方のキッドは、小さくうめき声を上げ、弱々しく立ち上がる。


「年末からこんなんかよ…」


「大丈夫だ。来年にはいい事がある。多分な。」


皇楓がすかさずフォローを差し込む。


「あるといい…なぁ。」


キッドの声は、どこか遠くを指す様に、辺りにさざ波の様に染み渡っていった。


「なんですか。朝から騒がしいですね。」

人柄に似合わぬピンク色のスリッパを履いたアンサーが、階段から降りてくる。


彼はボロボロのキッドを見て一言。

「…どうせエリの地雷でも踏んだんでしょう。

いいですか、朝っぱらからの喧嘩はよしなさい。」


「…俺が悪いのかこれ。」


「彼女が売ってきた喧嘩を買った貴方が悪いです。勝てないのだから、受け流しなさい。それくらい簡単でしょう。」

アンサーは椅子に座りながら、ソルの飲もうとしていたコーヒーを一口。


「それ…僕のなんだけど。」


「飲んだ形跡はなし、貴方のだと言う証拠は?」


「今から出かけるから、飲んでもいいって言おうとしたのに。」


「貴方が出かけなくとも、私は飲んでいたでしょうね。」


そんなことを駄弁っている内、エリが帰ってきた。

コートとマフラーを付け、こちらに手招きをしている。


「ソルー!早くいきましょ!」


「ああ。」と一言だけ言い、僕は部屋までバッグを取りに戻る。


以前より少しだけ暖かくなった階段。

ふとまた横に目をやると、そこには壁が広がっていた。

ただの壁。

…何をしてるんだ?早く取りに行かないと。エリを待たせすぎたら、今度は命が危ないかもしれない。

部屋の戸を開け、小さなバッグにスマホと財布、あとは念の為のGPSと発煙筒を詰める。

そして、立てかけられている剣を背負い、もう一度、部屋から出る。

この街で、銃とか剣とか、槍とかを手にしているくらいで法律に触れることなんてない。

というか、それらの武器の所有が推奨されている。

「行くのか。気をつけておけ。

怖がらせる様だが、俺たちは被食者だと言うことを忘れるなよ。

だが、楽しんでこい。」

皇楓が言う。


「寒いので、コートかなにかを着ていってくださいねー!」

ユウが手を振りながら一言。


「夜までには帰るわね!いってきまーす!」

エリが可憐な笑顔で手を振る。僕も、釣られて軽くみんなに手を振った。

扉を開けると、どっと寒気が押し寄せる。

寒い。コートを着たはずなのに、昨日よりも寒く感じる。

だが、駅まで行けば多少マシにはなるだろう。

六十六番街は、けっこう発展した街だ。

治安こそ良くないが、思っていたよりかは暴動だったりは起きない。

雪の中でも、人々は多く行き交っている。


──────────────────────────────


ガチャ。

アンサーがリビングの窓を開け、庭一面に広がる雪を手で一掬い。

「手触りは、完璧に雪ですね。新雪といったところでしょうか。」


「アンサーやめてよ。寒いから。さっさと窓閉めて!」

ソファで丸くなるシャムルが、目をしわしわとさせながら呟く。


「ふと、疑問に思ったのですよ。

天気予報に反し、この家の周辺地区は、昨日の21時から一切の雪が降っていません。

本来なら、もうこの雪は固まって凍結しているはずです。

ですが。」

アンサーは掴んだ雪を思い切り庭へ投げる。

雪はひらりと舞い、真っ白な霧の様に辺りに広がる。


「妙だとは思いませんか?こんなに柔らかいままなのは。」


──────────────────────────────


流石に駅の改札の奥は暖かい。

いくつかの飲食店やドラッグストアなどが立ち並び、寒さから逃げてきた人々を出迎える。

「こっちよ!早くしないと乗り遅れるわ!」


エリは僕の手を引き、全速力でダッシュする。

自動改札を通過し、目指すは8番ホーム。


「まもなく、一番線、電車が参ります。黄色い線の──」


「ふー、間に合ったわね。」


全力ダッシュの甲斐あってか、少し早くホームに着く事ができた。

まあ、あったまれたし良しとしよう。

僕は自販機へ目を向け、200円を投入する。

そして、1本のソーダを買った。

それを見ていたエリがぬっとこちらに近づく。


「そうね…あたしはオレンジジュースにしようかしら♪」


「奢らされるのか?」


「なーんて、冗談よ。」


彼女も、薄いピンク色の財布の中から200円を取り出し、自販機へ放り込んだ。

ぴっという音と共に、ゴトン、とジュースが落ちてくる。


「ジュース1本200円って、高くなったものね。」

エリは不満をこぼしながらも、出てきたジュースのペットボトルの蓋を開け、一口口に含んだ。


僕も、缶のプルタブを引き、ソーダを一口。

爽やかな香りと共に、

在りし日の学生時代を思わせるような、どこか懐かしい味だ。

…そういえば、学校行った事、無かったな。


彼女はこちらをチラリと見て、一言。

「あなたのも美味しそうね。」


目にも止まらぬ速さで、手から缶が奪われる。

気づくと、エリがソーダの缶に口を付けていた。

ぷはっ、と言う音と共に、エリがにやりと笑顔になる。

「あら?もしかして、間接キスとか気にしちゃうタイプだったかしら♪」


「いや、なんで半分近く飲んでるのかなって。」


「美味しかったから、つい、ね。あたしのあげるから…水に流してちょうだい?」

彼女は珍しく頬を赤らめ、手に持つペットボトルをこちらに差し出す。

…仕返し…してやるか。


差し出されたペットボトルを手に取り、飲み口に唇を近づける。

今だ!

一気にジュースを口の中に流し込み、残りの全てを飲み干してみせた。


「ちょっと!何してるのよ!?」

エリは僕の胸を、子供の様にぽかぽかと小突く。ちょっとだけ痛い。


そんな馴れ合いをしていると、すぐに電車が到着した。

車内は、暖かい。

朝なのに、意外と空いている。年末だしな。

座席に腰掛け、足を組む。

エリは隣にすっと座り、スマホを弄りだした。

僕もスマホ弄りといこう、と思ったが、たまには外でも見てみよう。

六十六番街が過ぎていく。

ホローヒルズ通りから、ウォレミ町、イーストパッセージ区。この街に昨日越してきたが、知らない場所も沢山あるな。

景色は、六十五番街、六十四番街へと移り行く。

「この電車は、都市中央駅行き、都市中央駅行きです。」

入れ替わる人々を観察しながら、ふと思う。

僕の過去のことだ。

僕の両親は、異能を持たなかった。

だから、異化災害に巻き込まれて死んだ。

いや、正確には、僕が殺したんだ。

異化が進む父の体を、包丁で貫いたんだ。

これが、僕の最初の殺人だった。

ここから、歪みに歪んだ結果が今。

はは、なんでこんなこと思い出したんだろう。

今でも、ふとした時に思い出してしまう。

思い出したくないのにな。

こう言う時は、違うことを考えて忘れるべきだ。


電車がガタンと揺れる。


「次は、終点、終点、都市中央駅です。降り口は、左側です。」

そんな事を考えていたら、意外と早く着いた。

外を見てみれば、雪など降っていなく、少し肌寒い程度に感じられる。

隣のエリは、見事に爆睡している。

肩をとんとんと叩く、が、全くもって起きる気配はない。

ため息をひとつつき、僕は彼女の耳を引っ張る。

「いたたたた!ちょっと、何するのよ!」


「起きないから。起こそうと思って。」


「それなら、肩でも叩けばいいでしょう!」


「しても起きなかったんだけどな。」


駅に出てみれば、辺り一面に、アニメや漫画のキャラクターのタペストリーや看板、コスプレイヤーなどが散見される。

正直、僕はアニメなどはさっぱりだが、隣は別だ。


「まぁ!あれって、ホロウアーカイブのカルマちゃんじゃない!?サイン貰いに行くわよ!

あっ!あっちにだみ先生のブースがあるわよ!新作は3冊買うって決めてたのよ!」


目を文字通り輝かせ、子供の様な表情のエリは、僕の手首を掴み、前へ駆け出す。

もう一度、全力ダッシュの様だ。

色々な人にサインやら、写真を撮ってもらったり、作家たちの本を抱えるほど買った僕たちは、気づけば会場の中でも、名の知れている作家が集まるエリアへ足を踏み入れた。

エリに引っ張られながら走っている途中、つい2日くらい前に見た、紅白ツインテールがあった。

その持ち主は、ちらっとこちらを見る。

サングラス越しだが、微かに赤い瞳が見える。

一応、彼女も建前としては超有名配信者。そんな奴が、なんでここに?

少女はニヤリと笑いかけてきたが、すぐに振り返り、人混みの中へ歩いていった。

手には、大量の本。

目を凝らしてみると、全部「スパークル」の同人誌だ。

こいつ…自分で自分の本を買っただと?


「もう、ソル、どこ見てるの?早く行くわよ。本日の目玉、ありはん先生の新作を買いに行かないと。」

エリは僕の耳たぶを引っ張り、ぷっと頬を膨らませる。


「嫌な奴が見えた気がしてな。」


「…あたしもよ。触れないでおきましょう。」


「…あぁ。」


その後は、僕たちは二手に分かれて、僕はみんなへ土産を買いに行くことにした。

皇楓には…彼は確か中国出身だったんだっけ。だから、中国神話を元にしたファンタジー小説を買った。

猿の主人公が、七つの秘宝を探し求める物語だ。パラっと見ただけだが、結構面白かった。

エイヤには、「よくわかる クラゲの飼育」という本を買った。彼女が前、クラゲを飼いたいと言っていたのを、なぜか思い出してしまった。能力のクラゲ…あれはまずクラゲなのか?

キッドには、Z仮面のタペストリーを買った。前から、欲しい欲しいと騒いでいたから、多分喜んでくれるだろう。

アンサーには、よくわからない量子学?かなにかの本を買った。コミフェスにこんなものが売ってるのかと驚いたが、彼に合いそうなものはこれしかなかった。

そんな感じで、みんなの土産を買い終わった頃、もう日が傾きかけていた。

駅構内に戻り、昼食を食べられそうな場所を探す。

目についたカレー屋に入り、カウンター席に着く。

バターチキンカレーを注文し、エリが戻ってくるまで、ここで時間を潰すことにした。

10分もしないうちにカウンターには出来立てのカレーが置かれる。

カレーは少し甘く、ほのかなバターの風味に、ごろっとした大きめのチキンが入っていて、とにかく美味い。

無心になって食べ進めていると、20分ほどが経過した。


時刻を見ると、14時36分。昼過ぎだ。

どうしようか。

もう一皿くらい食べようか。

そう思っていた時、スマホに通知が1件。

エリ

「買い終わったわよ☆〜(ゝ。∂)

そっちに向かうから、どこにいるか教えてくれないかしら(⁎⁍̴̆Ɛ⁍̴̆⁎)」


彼女のメッセージは、いつもやかましい。

駅で待っていると送り、僕は代金860円を置いてカレー屋を後にした。


改札の前で、スマホをいじりながら待っていると、両手にどでかい紙袋を抱えたエリがやってきた。

「おまたせー!待ったかしら?

あなたは軽そうでいいわね〜。」


「君、どんだけ買ったんだ。」


「ん〜、うんめぇ棒が4500本くらい買えるかなってところね。」


うんめぇ棒は今だいたい13円。


「60000円近く使ったのか!?」


「まぁ、そんなところね⭐︎」


…ヘヴンが家計簿を見たら卒倒するだろう。


新年まで、あと8時間31分。

行きと違い、満杯の電車の中、僕はふとこの数字が頭に思い浮かんだ。

今年こそはゆっくり新年を迎えられると思っていたのに。

結局、ドタバタしたまま迎えることになりそうだ。

けど、案外それもいいのかもしれない。

去年は、そういえば去年はまず僕たちは纏まってすらなかった。

個人で名を残す強者とか、チンピラとか、都市災害とかが集まって旗揚げをしたあの日が懐かしく感じる。

「次は──銀史駅。お出口は、右側です。」

中央区とは違い、六十六番街は真っ白だ。

それに、もっと寒い。


「う〜、寒いわね…あとちょっとで帰れるし、早く行きましょ。」

エリはさっとホームに降り、こちらにチラリとウインクをする。

ホーム、改札と順に歩を進めていく。

駅の外に出てみれば、もう日は落ちかけていた。

雪の敷かれた歩道を、サクサクと踏みしめて進んでいく。

家の明かりが見えてきた。

やっと、家に帰れる。

その思いで、ドアノブに手をかけた。


「あぁ、どっかいってたんだ。」

ドアを開けると、棒アイスを咥えたエイヤが振り返った。


リビングに入ると、みんながキッチンに集まっていた。

「ギュゥゥーン」


スティーブの声だ。なにを言っているのかはわからない。

「おかえり。ソル君たちも作るかい?」


ヘンリーの声が、スティーブの機体から流れる。

作るって、何を?


近寄ってみると、ひき肉と野菜が混ぜられたものがボウルの中にあるのと、小麦粉の生地?の様なものがキッチンに乗っていた。


「俺の故郷、中国では、新年になると餃子を食べるんだ。だから、こうして作ってみているんだ。

俺の母さんの様に出来るかは分からないけどな。」

皇楓が、餡をこねながら言う。


「そうそう、この餡、実はジビエのお肉が入ってるんだ。ノルウェーとかでは、伝統的なのよ。その分、ちょっと値段はかさんじゃったけどね。」

ヘヴンは生地を伸ばしながら、楽しそうな声色で言う。


その横では、スティーブとレヴェルが、鍋に何かを入れていた。

「私たちの故郷、アメリカではこうやってホッピン・ジョンという料理を作って食べることがあったんだ。

なんでも、金運上昇などの効能があるそうだ。」

無心で見つめるスティーブの機体から、ヘンリーの声が聞こえる。


「この匂い…お母さんが作ってたのを思い出すな。」

レヴェルが、懐かしそうな声で小さく漏らす。


チーン、と、電子レンジの音が鳴る。

エイヤがそそくさとレンジの元へ向かい、中から、何かを取り出す。

麺か?

「年越しそばって奴だよ。まぁ、これはレンチンで作ったけど。」

エイヤは立ちながら、箸で器用に麺を食べ始める。


腕を組みながら、ベンジャミンは呟く。

「イギリスではビュッフェだ。皆の作った物を頂こう。」


「外部故郷勢はいいよねぇ。あたしらみたいな異能都市生まれにはない習慣みたいなのがあって。」


「なぁ。俺もこう言うことして見たかったんだよ。」


「したところで、必ずしも言い伝えの通りになるとは限りませんよ。まあ、プラシーボ効果的なものはあるでしょうが。」


「ない物は手に入れるのが怪盗だが、流石に故郷は盗みようがない。」


シャムル、キッド、アンサー、ヴラドの異能都市生まれの4人は、ソファに並んで座り、テレビの特番を見つめる。


「ソル、エリ、お前たちは確かギリシャか、その周辺の生まれじゃなかったか?

こう言う時、何を食べていたか。

覚えてれば、教えてもらないか?」

こねた餡を生地で包みながら、皇楓が言う。いつもより、すこし優しい声色だ。


「私も気になるなー。ソル君とエリちゃんのご飯、教えて?」

軽く首を傾げながら、ヘヴンはにこっと笑う。


「作ったなら、あたし達にも食べさせてよね。」

「そーだそーだ!」

シャムルとキッドが子供の様な事を言う。

「点描卿、ガンマン卿、他の彼らも分けてくれるとは思うぞ。」


「スティーブは、君たちの事をもっと知りたいと言っている。」


「アタシも食べた…知りたいな。」


「ソル殿、エリ殿、私みたいなものだったら、早めに言うといい。」


「貴方たちが言ってくれれば、夕食の量が増えるんです。早くおっしゃい。」


「当てるね、ギリシャってことは…なんだろ?」


先に口を開いたのは、エリだった。


「あたしのお母さんが作ってくれたのは、ヴァシロピタって言う、ケーキみたいなものよ♪」


「材料はありますよ。皆さんがいろいろ作ると思って、買ってきてたんです。」

次に、ユウが言う。

僕は、記憶がフラッシュバックしてしまい、すぐに口を開く事ができなかった。

父と母、麦畑、牧場、少女。

黄金色の思い出が、頭に煌めく。

しかしすぐ、黄金は赤へと塗り替えられた。

悲鳴、怪物、異形、死。

そんな僕は、文字通り、叩き戻された。

パチン。頬を叩かれた。

「ちょっと?無視するなんてひどいわよ?何度も声をかけたのに。」

ふくれた様子のエリがいた。


「さ、一緒に作りましょ?あなたの故郷と、あたしの故郷の、少し違ってたら面白いわね♪」


「…あぁ。」


僕は、キッチンへと行き、記憶を頼りに、材料をボウルに加えていく。

牛乳、卵、砂糖、小麦粉。

薄力粉にベーキングパウダーを加え、サッとかき混ぜる。

それから、すったオレンジの皮にバター。

確か、こんな感じだった。

どこか、懐かしい香りがしてきた。


「良い香りだな。完成が楽しみだ。」

皇楓が、珍しく口角を上げる。


そして、欠かせない物。アルミホイルに包んだコインを一つ投入する。

「これがあたりって訳?間違って飲み込んじゃうかもね。」

頬をかきながら、エイヤが呟く。


「オーブンは加熱してありますよ。

たしか、170℃、でしたっけ?」


「あぁ、完璧だ。

ところで、エリは何もしないのか?」


「あら、バレちゃった?

あたしが知ってるのと違うかな〜って見てたら、大体同じだったのよ。」


僕は小さなため息をつき、ボウルの中身を型に流し込み、オーブンの中に入れる。

45分、だったか。

オーブンは熱と香ばしい香りを発する。

他の皆も、食器を準備し始めたり、椅子に着いたり、ナイフやフォークを準備したり…各々が食事を楽しむ準備をしている。


「餃子はもう茹で上がったぞ。ポン酢でもかけて食べるといい。」


湯の中から、菜箸で餃子を取り出しながら、皇楓が言う。

乳白色の皮に、ライトの光が当たって煌めく。


「こっちのホッピン・ジョンも出来上がったぞ。

彼女の様に出来たかは分からないがな。」

ヘンリーが、どこか寂しげな声で呟く。

豆とベーコンのいい匂いが広がる。


ヴァシロピタは、まだ焼き上がらない。当然だ。さっきオーブンに入れたばかりだから。


「ソルさん、僕が見ておきますから、みんなと食べてきちゃってください。」

ユウが小さく耳打ちする。


「いいのか?」


「ええ、勿論。」


言葉に甘え、僕は席へ着く。

12人…1人で3人分くらいの大きさのメカがいるが、皆が席に着く。

ユウは、キッチンに立ったままだ。


「そろそろ新年よ、ぱーっと祝いましょう!」

エリがたんと手を叩く。


「来年こそいいことが起こるって祈るぜ。」

キッドが軽口混じりに言う。


「私たちのお財布事情も、良くなりますように。」

ヘヴンが、切実に願う。


「ねぇーお腹減った。そろそろ食べさせてよ。」

シャムルが、腹を鳴らす。


「冷めないうちに、食べてしまおうか。」

皇楓が、口元を緩めながら言う。


「それじゃあ。」


「いただきます。」

12の声が重なった。


こんなに穏やかに過ごせたのはいつぶりだろうか。

一年前までは、新年だったとしても、常に命の取り合いの中にいた。

なのに、こんなに暖かくて、優しい。

そう思ってくると、少しだけ、穏やかな顔になれた。


「やはり箸には慣れないな。」


「イギリスではお箸使わないもんね。

ベンさんはフォークを使ったほうがいいんじゃないかしら?」


「いや、皆に合わせたくてな。」


一方では。


「ちょっと!?あたしの餃子盗らないでくれる!?」


「点描卿、怪盗に隙を見せた時点で、盗まれていると思いたまえ。」


「自分の食べればいいじゃん!みんな同じ数あるんだから!」


「生憎、俺のも誰かさんに盗られてしまったのでな。

君に言っているのだぞ、学者卿。」


「何か文句でも?」


また一方では。


「この味、お母さんのとはちょっと違うな。」


「…気に入らなかったか?」


「ううん、こっちも好き。」


「ギュゥゥーン!」


「スティーブ、母さんの味に似せられていたか?」


「ギュゥゥーン」


「…ありがとう。」


そのまた一方では。


「何見てるわけ?クソガキ。」


「…こういう時くらいは、俺たちも仲良くするべきじゃないか?」


「…はぁ。悪いけど、アタシは時と場を弁えたりするタイプじゃないって知ってるでしょ。

喧嘩売ってんの?」


「オイオイオイオイ、カッカすんなって!ハッピースマイル最高っつうだろ?」


「キッド…」


「何にやけてんのクソガキ。気持ち悪。」


そして、ここでは。


「あーん♪」


「…しないよ。」


「えぇ?ノリ悪いわね。いいでしょう?」


「いやしないっ…げふっ!?」


「あら、口を開いてたからつい入れちゃったわ♪」


「…」


「…なんで顔赤いのかしら?

もしかして、あたしの事が好きだったり♪」


「…うるさい。」


やっぱり、穏やかじゃない気がする。

でも、こんな日も、いいものかもな。

こんな騒ぎをしていて少し経った頃、ユウが大きな焼き菓子を持って、キッチンから出てきた。


「みなさーん!焼き上がりましたよ!」


15に切り分けられたヴァシロピタが、巨大なテーブルの真ん中に置かれる。


「なぁ、俺たちって、ユウ入れて13人のはずだろ? なのに、なんで2切れ余ってるんだ?もしかして、俺だけ2切れプラスで食えるとかか!?」

キッドが、冗談と共に舞い上がる。


「いや、ヴァシロピタは、家族以外にも切り分けるんだ。困窮している人々や、神とかのため、だったはず。」

母から教わったことが、自然と口から出ていた。


「えぇ、あたしのお家では、イエス様とか、恵まれない子供たちとか、まぁ、他の人にも分けるって感じだったわ。」


「そんな…やっぱり…俺は不幸なんだ…」

キッドは大袈裟に椅子から転げ落ちる。


「運に恵まれないキッド殿の為、と解釈もできるのではないか?」

ベンジャミンが、すかさずフォローを入れる。


「さっすがベンジャミン!な?いいだろ?頼むよ!」


エリと目を見合わせる。

彼女は、パチリと一回、瞬きをしてみせる。


「キッドが食べていいぞ。」


「いやっふぅ!」


文字通りの喜びの舞を、キッドは踊る。

それを冷ややかな目で見るエイヤが一言。

「それで、もう一切れは誰が食べるの?」


エリが「じゃあ、コインを当てた人が食べるってことにしましょ!」 と言う。


「コインを盗るのは、怪盗の本業。必ず手に入れて見せよう。」


「泥棒猫を甘く見ちゃいけないよ。」


「15分の1、可能性は十分にありますね。」


13人がフォークを手に持ち、それぞれの一切れに差し込む。

同時に、口に運ぶ。

甘くて、どこか懐かしい。

子供の頃は、一切れ食べるのすら精一杯だった。

でも今は、2、3口で食べ切れてしまいそうだ。


「ギュゥゥーン!」

「入っていなかったか。でも、美味い菓子が食べられてよかったじゃないか。」


「アタシのにはないか。ま、いいや。お腹いっぱいだし。」


「おっと残念。今回は盗み損ねてしまった。」


「甘くて、どこか優しい味だな。もう一つ貰いたいが、コインがなかったからな。仕方ない。」


「おいおい!2個あんのにどっちにも入ってないぞ!やっぱ俺不幸だろ!」


少し食べ進めてから、フォークになにか固い物が当たるのを感じた。

そこを崩してみると、平たい、銀色の塊が姿を現した。

「ソル君がもってたのね!さすがボス、幸運!」


「ソル殿、来年はいい事があるかもな。気張って行こう。」


「もう、ずるいわよ。入ってそうな所を選んだのに。」


子供の頃、僕はこのコインを当てる事ができなかった。

今年こそは、今年こそはと思い続け、結局、手に入れる事ができず。

だが、変わった今、手に入れる事ができた。

きっと、来年はいい事があるかもな。

そんな期待が、心にじんわりと染み込んできた。

外では、甘い砂糖の様な柔らかい雪が、さらさらと、積み重なっていった。


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