第八話 組み直される薪
「これはこれは…思ったよりも酷いな。」
穿たれた街に、1人の青年が突如と姿を表す。
「ヴラドぉ!実はな…」
キッドはもじもじとしながら口を開こうとするが、静止される。
「安心したまえ、俺はもう知っている。 さて、君たちはここから、どうするつもりなのだね?」
アンサーが今の今まで起きた事、決めた事、これからのことを事細かに伝える。
途中、何度か言葉を選び直すように間を置いた。
「そうか…吹き出者連合は団結力は皆無だが、注意した方がいい。
恐らく、俺たちの顔は皆割れているはずだ。 同盟を組んだとて、警戒が解かれる事はないだろう。」
ヴラドは、手の上でコインを転がしながら言う。
それもそのはず。 「薪の英雄」たちが一つの焚き火となる前、彼らは個人で活動していたが、その間でも、彼らは幾多もの戦場を駆け、逸話を残してきた。
ある者は「都市災害」として、またある者は「都市の星」として。
「とにかく、行ってみる価値はある。」
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十九番街路地裏。
「帰ってくれ。」
「はぁ?
まだ話してすらないけど?」
シャムルは明らかに不機嫌となり、扉の裏の男に啖呵を切る。
「お前らメカ社に喧嘩を売ったんだろ!?
いいか!俺たちはあいつらと関わりたくねぇんだ!
お前らみてぇな爆弾、持ちたくもねぇ!
さっさと帰んな!」
扉の裏の男は、早口で捲し立てる。
「シャムル、感情的になってはダメだ。
今ここで、敵を増やす訳にはいかない。」
扉を蹴破ろうと、足を上げたシャムルを、皇楓が静止する。
「でもさぁ、どーすんの!
ホットネスト・ファンクラブに助けを求めろっての?
あたし嫌だからね。」
「点描卿、そう言ってもなぁ。」
ヴラドは考え込む様に、顎に手を置く。
────ぷるぷるぷる。
電話だ。
「もしもし、スピーカー?いいですけど。」
アンサーが電話のスピーカーモードをオンにする。
「もしもし、アタシだよ。結論から言うなら、次の基地候補の物件、見つけたよ。じゃ、切るね。引っ越しの用意はしといて。」
ツーツー…
「彼女、仕事が早いですね。」
「って、これだけかよ…」
キッドが呆然とした声を出す。
「場所だけ告げて切るとは、相変わらずだな。」
皇楓は小さく息を吐く。
アンサーは端末を操作しながら言う。
「座標は既に送られてきています。
第六十六番街……ホローヒルズ通り、都市中央駅へアクセス良好…なるほど。」
「六十六番街?」
シャムルが眉をひそめる。
「治安、最悪じゃん。」
「ええ。」
アンサーは淡々と肯定する。
「ですが、同時に『上位勢力が手をつけたがらない街』でもあります。」
ヴラドが小さく笑う。
「……長姉卿らしい選択だ。」
「上位勢力が手をつけたがらない、か。」
皇楓はその言葉を反芻するように呟いた。
「理由は三つあります。」
アンサーが端末を操作し、簡潔に言う。
「一つ。地理的に見て、異能都市全体でも非常に寒冷な北部地域であること。今の気温は-20℃。年明けの頃には、-30℃はあるでしょうね。
二つ。単純に、この地を掌握する旨みがない事。寒い、治安が悪い、広すぎる。こんな最悪の条件、そうそうありませんよ。
三つ──」
一瞬、言葉を切る。
「“ハレミチ”の庇護下にある。」
空気が、わずかに変わった。
「……あー。」
キッドが乾いた声を出す。
「聞いたことあるわ。六十六番街の噂。」
「確か、『トラキュレンス』が追っ払われたんだろ?
それから、六十六番街にあるメカ社の傘下がみんな撤退しちまった。」
シャムルが訝しげに問う。
「唯一メカ社を打ち負かした相手でしょ?
そんな奴のいるとこ、ほんとに大丈夫なの?」
「大丈夫だ。俺が保証しよう。」
ヴラドが静かに答える。
「かつての六十六番街は、その名の通り混沌に塗れた地であった。
そして、混沌を打ち払い、冬を乗り越える篝火を灯した者こそ、『ハレミチ』だ。」
ヴラドの声には、どこか懐かしむような響きがあった。
「奴は英雄となる未来を拒んだ男だ。
俺たちは、歓迎される事はないだろう。」
「だが、追い出されることはない。」
ヴラドは断言してみせた。
「理由は?」
「────奴の『視聴者』に手を出す理由がないからな。」
皇楓が、わずかに眉を動かす。
「六十六番街はな。」
ヴラドは続ける。
「ハレミチに憧れた、奴になろうとした者たちが互いを潰し合う吹き溜まりだ。
つまり…」
「争いに関与しなければ、俺たちは目をつけられない。」
皇楓が、軽く目を細める。
冷たく乾いた風が吹き抜ける。
肌を刺すような寒さが、現実を突きつけてくる。
アンサーが静かに宣言する。
「進路、確定。
六十六番街、ホローヒルズ通りへ向かいます。」
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昼過ぎの電車は、人が少ない。
ここにいるのは、5人だけ。
皇楓は小難しい本を開き、それを見つめ、シャムルとキッドは見事に爆睡し、アンサーはノートパソコンをいじる。
外より暖かな車内で、ヴラドは座席にもたれながら外を眺める。
灰色のコンクリートジャングルが、次第に真っ白な雪に覆われていく。
窓は結露で濡れ、背もたれが湿る。
「次は───六十六番街、銀史駅。
お出口は、右側です。」
扉が開いた途端、ひゅるりと冷たい風が頬を伝う。
「さっみぃ…もっとあったけぇ格好しとけばよかった…」
キッドはぶるぶると震え、服の袖を摩る。
駅を出ると、一面真っ白の高層ビル群が広がっていた。
雪に覆われ、道路もカチカチ。
橙色の光が灯される。
道ゆく人々も、皆、暖かそうな服装だ。
「なんと言うか…思ったより安全だな。」
皇楓が腕を組みながら言う。
「みんな寒いから元気ないんじゃないのー?」
シャムルが上着のポケットに手を突っ込む。
アンサーは寒さに全く動じず、端末を覗く。
「ここから歩いて10分、真っ直ぐですね。」
「えぇ?このままずっと歩いていくわけ?
ちょっと寄り道とかしようよ。
あたし、あったかい物がないと凍っちゃいそう…」
「ここは危険かどうかもわからないんだぞ。
慎重に行動するべきだ。」
ヴラドはコインをしまいこみ、指を立てる。
「どこになにがあるのかを把握する事も大切じゃないか?荒龍卿。」
皇楓はため息を漏らす。
「…迷子になるなよ。」
郊外。
ゴトン、という音と共に、自動販売機から暖かなミルクティーが排出される。
「まさか、お店大体閉まってるとはね。
まあ年末だし、仕方ないか。」
シャムルは不満げにペットボトルのキャップを開ける。
「まぁ、少なくとも周辺の立地は確認できました。良い収穫だと捉えましょう。」
アンサーは飲み終わった缶コーヒーを、ゴミ箱へ投げ入れる。
「んで、新居まであとどんくらい?」
「すぐそこですよ。もうほぼ見えてます。」
アンサーが指を指す先には、他の家屋より、一際大きな建物が聳え立っていた。
「エイヤ嬢!めっちゃいいとこ見つけてくれたじゃねぇか!」
キッドは飛び上がり、前へ駆け出す。
近付いてみると、一部屋だけ、明かりがついていた。
「誰か住んでいるのか?」
皇楓は怪しみ、ドアノブに手を伸ばすのを躊躇う。
ガチャ。
「アンタ達、意外に早かったね。」
ドアを開けたのは、見覚えのある三白眼の顔だった。
「エイヤ嬢!」
キッドが声を上げる。
エイヤは片手にマグカップ、もう片方の手でドアを押さえたまま、ゆるく首を傾げる。
「さ、早く。寒い空気が入っちゃう。」
綺麗に掃除された廊下は、新品の様なフローリングの輝きを保っている。
奥の部屋からは、テレビのガヤガヤとした音と、料理の芳しい香りが漂う。
「…既に内部確認済み、ですか。」
アンサーは脱いだ靴を整え、なんの躊躇もなく前へ進む。
「もちろん。」
エイヤはマグカップの中身を啜りながら答える。
「罠なし、盗聴なし、変な念とかお札もなし。水と電気完璧。おまけに寒くない。」
「最高かよ…」
キッドは感極まる。
ふと耳を覚ますと、テレビのものではない、話し声が聞こえてくる。
「ベンジャミンとヘヴンはもう来てるよ。
あと、新しい同居人に挨拶はしといて。」
エイヤはそれだけ言い残すと、奥へ行ってしまった。
戸を開けると、見慣れた顔が2つ。
1人は机の前の椅子に腰掛け、1人は食事をしながらもこちらに目を向ける。
「あの蛆にやられてたなら致し方あるまい。
貴公達が無事で何よりだ。」
時計の頭をした男が優しく言う。
体を動かすたびに、黄金の鎧が金属音を鳴らす。
カチ、カチと響く時計の針の音は、どこか穏やかで、顔がないにも関わらず、微笑んでいるのだろう、と思わせる。
「みんな、よく頑張ったね。
今は、ゆっくり休もう。」
黒く長い髪をした女性が、にかっと笑顔になる。
「ヘヴン、ベンジャミンさん。
────ただいま。」
皇楓がいつもより柔らかな声で言う。
「そちらの君は、初対面だな。
自己紹介が遅れた。俺は皇楓。」
エイヤがマグカップから口を離す。
「クソガキ、この子にはもう全員説明したから。
黙っとけ。」
「……そうか。」
皇楓は目線を落とす。
おどおどした様子の男が呟くように口を開く。
皇楓らにとっては初対面。
「えっと、僕はここに前から1人で住んでたユウっていいます。
強い能力なんてないし、できることも少ないけど、に、賑やかなのは好きなので、みなさんと仲良くしたいです。」
ユウはほぼ直角のお辞儀をしてみせる。
「よろしく頼む。
家事や料理なら、喜んで手伝う。」
皇楓はいつにもなく優しい顔を見せる。
「なぁ、ユウだったか?俺も飯…食っていいか?」
「あたしも…お腹へった。」
キッドとシャムルが腹を大きく鳴らし、訴えかけるような目でユウを見つめる。
「も、もちろん。
い、今用意します!」
ユウは急いでキッチンに向かう。
「なあ長姉卿、少し気になったのだが。」
ヴラドが顎に手をつける。
「ここは14人向けの集合住宅。
彼はたった1人でここに住んでたの。
ルームメイト募集中だったから、アタシが契約した訳。」
「…君は何故、言葉にしていない俺の疑問を口に出来たのだ?」
ヴラドの目が鋭く輝く。
「──アンタの記憶にそう書いてたから。」
エイヤの目が赤黒く、ぼんやりと光る。
「フッ、やはり君相手に直接質問するのは苦手だな。」
───コンコンコン。
リビングの、ウッドデッキに繋がる窓がノックされる。
空気が、張り詰める。
窓から、見慣れた赤い機体とドリルが見える。
「なんだスティーブたちか!
びっくりさせやがって。」
キッドは窓を開ける。
「いやぁすまない、スティーブに玄関は狭かったみたいでな。」
機械音、ヘンリーだ。
スティーブも、呼応するように金属音を出す。
「そうか。
そこの君、すまないが、2つ追加で頼んでいいかい?」
「うー、ご飯!」
スティーブの腕の下から、栗色の髪をした少女が顔を出す。
「レヴェル、おひさー。」
シャムルが軽く手を振る。
「随分と、賑やかになってきたな。」
ベンジャミンは、懐中時計を見る。
「あぁ、あと2人だな。
エリとソルは、スパークルと接触してから連絡が取れていない。」
皇楓が、槍を丹念に手入れしながら言う。
「みんな、あたしを待ってたのかしら?」
物音ひとつ立てず、ピンク色の光と共に1人の少女がリビングにぽっと現れた。
「そんなことを言えば、来るものだな。
エリ殿、おかえり。」
ベンジャミンは紅茶を啜る手を止める。
玄関に置かれる靴の数が、だんだんと増えていった。




