第四話 ツケ
おいおい『軍団長』さんよぉ、あの薪共にだいぶしてられたみてぇじゃねえか。」
傷つき、治療を受ける男をを、電話越しに挑発する男がいる。
「ふん、殺してしまえば、俺の経歴に傷がつくからな。あえて殺さなかっただけだ。
そういうお前も、あいつらにやられちまうかもな、トラキュレンス。」
「へっ、どうだかな。
そうそう、次の事業だが─────」
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八番街郊外。
小さな喫茶店の中。
穏やかなジャズが流れる店内には、たった3人の客しかいなかった。
「逃げ切れたのはいいけどよ、こっからどうすんだ?メカ社を完璧に敵に回しちまったぞ。」
キッドは、コーヒーにミルクとガムシロップを入れ、一口。
「6大勢力の一角を相手取るとなると、今後の立ち回りを皆で再確認する必要がある。
今一度、基地へ帰るべきだ。」
熱々のカップスープを冷まし、皇楓が、ゆっくりと口に運ぶ。
異能都市6大勢力。文字通り、この都市内の中でも、最も強力な6つのグループ。
「治安局」や「花火職人」と同等の影響力を持つのが『メカニカル・コーポレーション』。
これらの勢力の縄張りに入り込み、ましてや爆発を起こして暴れ散らかすのは、まさに自殺行為。
「いよぉっし!そんなら基地に戻るぞ!
シャムル、もっかい頼んだ!」
「えぇ?やだよ。2人運ぶのって疲れるんだよ。」
クリームソーダの上に乗ったチェリーを、舌でさらっと舐めながら、シャムルが言う。
「とにかく、今は基地へ生きて戻ることを最優先にしよう。
恐らく、基地を襲撃してくるなんてことはないだろう。
今は基地にベンジャミンさんがいるはずだ。」
少し間が置かれ、時刻は午前11時。
誰もいない路地裏で、シャムルが大きく息を吸う。
「言っとくけどさぁ」
振り返らず言う。
「次はお金取るからね?」
「はいはい、いくらでも払ってやるよ。」
「感謝する。後で俺の財布から欲しい分だけ抜くといい。」
皇楓とキッドの腕を掴む。
「────目ぇ、閉じてな!」
空気が、再び弾けた。
二十四番街、薪の英雄、本部基地。
中くらいのビルの屋上には、大量の物干し竿や、飲み捨てられた飲み物の缶で溢れている。
「うえぇ、きったな…今日の掃除当番って誰なの?」
「確か、アンサーだった筈だぜ。」
「ハァ、あいつ絶対片付けないじゃん。」
少し古ぼけた階段を降りると、小汚い生活感の溢れる空間が広がっている。
大きなテレビに、観葉植物。誰が使っているのかもわからないダイエット器具に、丁寧に管理された水槽。挙げ句の果てには空っぽのメープルシロップの入れ物まで。
「あぁ、帰ったんだ。」
半音低く、なぜか自然と注意を向けてしまう女性の声が聞こえた。
「エイヤ嬢じゃねぇか!」
灰色がかったピンクの髪に三白眼、黒いスウェット姿の少女が、こちらを見つめる。
「実は…ちと派手にやらかしちまってな…」
キッドは頭を掻きながら言う。
エイヤは目を閉じると、ゆっくりと頷く。
「第三区間でのあれでしょ。
アンタたち終わったね、あとは頑張っといて。」
「って、死ぬほどどうでもよさそうじゃん…」
シャムルは頭を抱える。
「まあ、スティーブ君がそろそろ帰ってくる頃でしょ。あの子に任せとけばいいんじゃない?強いし。」
──ガチャ。
基地のドアが開かれる。
「なんですか、貴方たち。帰ってたのですか。」
紫色の髪、マスクをつけた男が言う。
「あぁなんだアンサーか。っておい!屋上の片付けはしたのか!?」
「ええ、勿論。私が綺麗だと思う範疇で片付けさせて頂きました。」
アンサーと呼ばれる男は自信を込めて宣言する。
「あれは流石に綺麗じゃないだろう。」
皇楓は大きなため息を漏らす。
「それと、貴方たち、戦闘の準備をしなさい。『ジャガーノーツ』が接近してきています。」
彼は物々しい銃の様な武器を取り出し、机の上にぽんと置く。
シャムルが舌打ちする。
「アサルト・ファランクスじゃなかっただけまだマシだけどさ、ジャガーノーツって、やばいとこじゃん。」
「ご明察。なんなら、プレデター・ワームも来ていますよ。」
アンサーは冷蔵庫から缶ジュースを取り出しながら答える。
キッドは頭を抱え、膝をつく。
「軍団長来ちまったよ…もう明日のZ仮面見れねぇかもしれねぇ…」
「待て、ベンジャミンさんがいるんじゃなかったのか?」
皇楓がアンサーに問う。
ベンジャミンという男は、戦況を揺るがす力を持つ様だ。
「ああ、彼なら今さっき、任務で出て行きましたよ。遅くなるから、彼の分の夕食はいらないそうです。」
「──まずいな。」
皇楓がついに弱音を漏らす。
「じゃ、じゃあさ、レヴェルは?
あいつなら、ワンチャン、プレデター・ワームどうにかできるんじゃないの!?」
シャムルが言う。
「あの子は工房の仕事で出張。明日まで帰ってこないよ。」
エイヤがテレビを見ながら適当に答える。
「……つまり。」
沈黙を破ったのは、低く乾いた皇楓の声だった。
「主戦力は不在。
相手はメカ社直属戦力、その上位。
時間は──ほぼ無い。」
「うん、詰みかけだね。
一番早そうなスティーブ君帰ってくるまで待てば?」
エイヤはポテチをひとつまみ、ぱり、と音を立てる。
「アタシは戦う気ないからねー」
「嘘だろ!?こんなかで一番強いのお前なんだぞ!?」
キッドが顔を上げる。
「これ普通に全滅案件だろ!?
ジャガーノーツって、拠点制圧用だろ!?
プレデター・ワームとか、あれ都市一個潰せるレベルだぞ!!」
「正確には"潰せた実績"が三件。」
アンサーが淡々と補足する。
「うっせぇ!データ出すな!」
────ぷるぷるぷる。
電話だ。
「はいもしもし、はい、はい。ああ、そうですか。」
ガチャ。
アンサーが呟くように言う。
「ヘンリーからです。スティーブはあと30分そこらで到着だそうです。」
キッドが飛び上がるように喜ぶ!
「っしゃぁ!生きられる!」
「あと、ジャガーノーツが到着するまでは、あと3分です。今計算しました。」
キッドは再び地に崩れ落ちる。
「ジャガーノーツのが早いじゃねぇか!」
「でもさ、27分耐えられればワンチャンあるってことでしょ。」
どこかから新しい飴を取り出したシャムルが、その包みを剥がしながら言う。
「えぇ、この基地にいる全員の総力を以って挑めば、最高でも31分は持つでしょうね。」
アンサーが戸棚からりんごを取り出し、包丁で丹念に皮を剥きながら答える。
「31分“は”もつ、じゃなくて、31分“しか”もたねぇのが問題だろ……!」
キッドは床に突っ伏したまま、呻くように言った。
「それでスティーブが来る前に基地が瓦礫になったら意味ねぇんだよ!
なあエイヤ、頼むよ!」
「えー、どうしよっかな。」
エイヤは人差し指で頬を掻きながら、テレビのチャンネルを変える。
切り終わったりんごを、サクッと音を立てながらアンサーは言う。
「あと2分5秒で到着しますよ。結論はお早めに。」
ぱちりとテレビの電源を落としたエイヤは、立ち上がり、軽く伸びをする。
「アタシが急かされるの嫌いって知ってるでしょ。
着替えてくるから、それまで頑張ってね。」
パタン。扉が閉じられる。
「ね、ねぇみんな、なんか…聞こえない?
その、地響きみたいな…」
シャムルは少し内股になる。
「確かに、電車でも通ったか?耳いいな!」
「猫の聴力は人間の約4倍。この程度、聞き取れて当然です。」
「あのさぁ!アタシのこれフードだから!猫耳付いてるわけじゃないから!」
フードを外し、シャムルはクリーム色の髪の毛を晒す。
──その時。
基地全体が低く、唸り声を上げる。
床が震え、天井の照明が一斉に揺れる。
重厚な金属音が、遠くから響く。
「──来たぞ。
皆、生存第一に持ち堪えろ。」




