第三十九話 チェリー・ブロッサム
「皇楓、エリちゃん。お願いがある。」
緋桜の方に目をやる。
「我の両親に会ってはくれぬか?主らみたいな人たちを、2人にも知って欲しいんじゃ。」
年頃の少女が体調の優れない親を養っている家に、俺ととなりのピンク頭が入って良いのか、一瞬悩む。
「いや、遠慮しておく」と言おうとしたのだが…
「行くわ。皇楓もそうでしょ?」
こいつと来たら…遠慮という概念を知らないのか。
「……迷惑にならないか?」
問題はない。と言わんばかりに、緋桜は首を横に振る。
「………なら、お邪魔させてもらう。」
にかっと笑い、「流石、我の英雄たちじゃ。」と言う。
そのまま、俺たちはバス停へと向かった。
さっき乗ってきたのとは違うバスに乗る。
時刻は午後7時を回ろうとしている。バスの中は、退勤中の人々で一杯だ。
大半の乗客は駅前で降りたが、俺たちはもう少しだけ乗っていた。
駅から少しいった先。郊外の団地の前で、俺たちはバスから地に足をつける。
そのまま、緋桜の後を追う。
3階の階段を登り、その隣にある部屋。この前で足が止まる。ここが、彼女の家らしい。
ドアノブに手をかけ、捻る。
少し古ぼけているからか、金属の軋む音が鳴る。
ドアの隙間から見た感じ、部屋の中は少し手狭だが、十分暮らせるだけのスペースがある。
玄関に履いていた革靴を脱ぎ、綺麗に整える。
エリのスニーカーは、少し雑に並べられていた。
「ただいま。それじゃ、ご飯作るね。」
彼女の声が、いつもより軽くなった気がする。
「そこの2人は仕事で知り合った人。パパとママにも知って欲しいんだ。」
「初めまして。緋桜が世話になっている。俺は彼女の父だ。
妻は少し体調を崩してるから、そこで寝てる。」
緋桜の父は、奥の襖が閉められた部屋を指差す。
「2人、薪の英雄っていう民間陣営の人でね、仕事で付き合いがあったんだ。」
緋桜は冷蔵庫から冷凍された白米を取り出しながら、俺たちについて話す。
「初めまして、俺は皇楓。薪の英雄の一員だ。」
「あたしはエリ。好きに呼んでくれていいわ。彼と同じ、英雄よ。」
緋桜の父は軽く笑顔を見せ、長机の前の座椅子に座る。
「どうか座ってくれ。色々、民間の人たちに聞きたいことがあったんだ。」
彼は、俺たちに幾つかの質問を投げかける。
収入は多いか。仕事は危ないか。日々の業務の時間はどれくらいか。メンバーは仲が良いか。
俺たちの収入はそれほど多くはない。基本、依頼を受けて立ち回っているから、収入は依頼主の出す金額に依存している。
仕事のため、治安局が手を出さない様な陣営間のいざこざやすぐに対処しないような小規模異化を日々相手取る。だから、治安官より危険な仕事ではある…と思う。
正直、仕事は少ない。一日中三件くらい来る依頼を12人で回しているから、3日くらい仕事がない週もざらにある。
メンバーは…まあ仲が良いと言えるだろう。隣のピンク頭が、険悪な空気を打ち消してくれることが多いからな。
彼からの質問に、包み隠さず答える。
黙って、神妙な顔をしながら聞いていた。
「ご飯できたよ。2人も食べて。」
部外者である俺たちの分も、白米と味噌汁、野菜炒めみたいな料理が置かれる。
「そんな…俺たちは必要ないのに。ありがとう。」
「とっても美味しそうね!あなた、料理上手いのね。」
「緋桜、いつもごめんな。俺が養わないといけない立場なのに。」
緋桜は頬を膨らませる。
「はぁ。まーたそんなこと言ってる。言ってるよね、私は気にしてないって。」
そう言いながら彼女はお盆に料理を乗せ、襖を開けた。
「はい。お薬はご飯の後に飲んでね。」
「……ありがとうね。」
襖の奥までは見えなかったから、何をしていたのかはわからないが、大体想像はつく。
…彼女は大切な人たちを守っている。
昔の俺とはやり方は違う。けれど、その『守る』という意思は同じだと思う。
手を合わせ、会釈をする。
俺はソルみたいに食レポが上手い訳じゃない。
ただ分かるのは、どこか懐かしい味がした。
美味いが、多分、ユウの方が美味く作れる。
けれど、あいつにはこの穏やかさと、その奥にあるものを出すことはできない。いや、誰にもできないだろう。
無心で食べ進め、気づいた時には平らげていた。
それは、エリも同じだった。
「…ご馳走様、でした。」
手を合わせる。
緋桜と、彼女の父はまだ食事中だ。
ふと棚を眺めていると、写真が目に入った。
2人の男女が、1人の赤子を抱いている。俺は、それが何なのかを直感的に理解した。
そのほかにも、幼稚園の入園式、小学校の卒業式、中学校の卒業式のような、思い出の写真がたくさん貼ってある。
そして、その真ん中にある一枚の絵。
明らかに幼い子供の絵だ。くしゃくしゃになったのを引き伸ばしてある。
ピンク色のクレヨンで、こう書かれていた。
『ぱぱままずっといっしょにいようね』
…愛とは、尊いものだ。
どんなに歳月が過ぎようと、そこにある桜色の記憶だけは、決して色褪せない。実感した。
「あっもう食べ終わってるじゃん。片付けるね。」
俺が壁に夢中になっていた間に、緋桜は俺たちの皿を持って行っていた。
「皿洗いくらいはやろう。お前は、その間に休んでくれ。」
俺はそう言って立ち上がる。
「…やっぱり英雄だね。」
そう言って、緋桜は廊下の方へ歩いていった。
父は何度も口を開こうとして、結局閉じた。
膝の上で握った拳が、小さく震えている。
「……なぁ、君たち。俺から頼みがある。」
父が、口を開く。
「………どうか。どうか緋桜を、貰ってくれないか。」
驚きすぎて吐きそうになった。いや、貰うってそういう意味の貰うじゃないのだろうが、一瞬そう聞こえてしまった。
「…執行官の労働環境が劣悪なのは、俺も耳にしている。
けれど、民間陣営なら多少は楽をしてもらえる。
あいつは、ヒーローを望んでいたんだ。それで、執行官になった。」
「けれど、蓋を開けたら執行官はヒーローなんかとは程遠い。
最近、緋桜は体調が優れなくてな。多分、過労なんだ。
自分すら救えず、なにがヒーローだって思ったよ。」
彼は地面に頭を打ち付ける。
「どうか、どうか。
俺たちの愛しい娘に、楽しい生活をさせてやってくれ。
俺と妻のことはいい。だから、せめて、せめて娘だけは。」
「幸せにならせてあげてくれ。」
「…どうか顔を上げてくれ。
少なくとも、俺たちは常に命を狙われる身でいる。
こちらの方が、ずっと危険だ。」
「それに、あたしたちはあの子がどうしたいか、それが重要なのよ。あの子が来たいと言えば拒みはしないわ。
ただ、強制はできない。それは分かってちょうだい。」
緋桜の父は視線を落とした。そして、大粒の涙を零した。
俺は彼の肩に手を置く。
「…貴方の娘は、貴方が思っているよりずっと強い。
彼女は貴方たちを愛している。そして、貴方たちに愛されていることを分かっている。」
「一度、親子で話し合ってくれ。
緋桜が薪となるのなら、俺たちは歓迎する。」
彼は、無言で再び頭を地につけた。
「やめてくれ。」と、肩を軽く揺さぶる。その時だった。
廊下のドアが開く音が聞こえる。
緋桜にこんな場面見られたらまずい。そう思い、彼女の父の背を叩いて顔を上げさせた。
廊下から、パジャマ姿で濡れ髪の緋桜がぬっと顔を出した。
「ふぅ。
2人も入る?お風呂沸いてるけど。」
「……言葉に甘えさせてもらおう。」




