第三十八話 アイ・ワナ・ビー・ユア・ペアレント
緋桜に言われた場所まで来た。
あいつが連絡を取ってくれたおかげで、俺は執行官第1位と合い見えるらしい。
ポールのおっさんにバレねぇように、治安局本部の会議室を取ってくれたから、俺はここで待つ。
そろそろ約束の時間だ。
さて、どんなバケモンが現れるか…
ドアノブが捻られる。
俺は思わず周囲を見回した。
後ろに誰か控えているのかと思った。
だが違う。
目の前の女一人だけだった。
「…こんにちは。貴方のことは、刃桜ちゃんから聞いているわ。」
現れたのは、長い赤髪の女。ギターケースを背負って、俺にはただのバンドマンにしか見えない。
こいつが…執行官第1位なのか?
「よ、よぉ、俺はキッド。」
「キッドさん、時間はあまりないわ。ポールに勘づかれたら、全部おしまいってことを頭に入れて頂戴。」
俺は頷く。
「…私も、彼が何を企んでいるのかはわからない。
けれど、一つ言えるのは『オーダー・セレモニー』には出席してはダメってことよ。」
「…あぁ。俺も薄々勘付いてたぜ。
あのおっさんは、どうも怪しい。」
「ここからは、私の予想よ。
多分、彼の狙いはスティーブに搭載された『ヘンリー』。
生前、天才発明家だった彼の技術…知能、まあそれが狙いでしょう。
彼が仕事中に電話した内容を録音してるわ。」
女は、俺にボイスレコーダーを手渡す。そして、俺は再生ボタンを押す。
「…ヘンリーが手に入れば、私は、私はついに……
オホン。少々声を荒げ過ぎた。
それで、そちらはどうなっているのだね?私が君にどれだけ投資したと思っている───あまり私の期待を裏切るなよ。小娘。」
俺にゃ分かる。こいつぁ黒だ。道に落ちてる犬のクソ以下の野郎だったこともな。
「…相手は、刃桜ちゃんよ。
ポールは彼女を駒として使おうとしてるわ。
刃桜ちゃんは高校生ながら、才能を買われて執行官で仕事をしている優秀な子なの。そんな子を、手足として利用する。
…どうも、それが私の癪に触ったわ。」
…コツコツと、遠くから足音が寄ってきてる。
「すぐに隠れて頂戴!誰かが来たわ!」
「任せろ。隠れるのは大得意だ。」
俺は認識阻害で相手の意識外に隠れられる。
誰も、道端に落ちてる石っころに注意なんてしねぇだろ?
俺自身を、その石っころだと思わせられる。
ドアノブが回る。
俺の背中に冷たい汗が流れた。
いや、こんなタイミングで来るわけ…
ドアが開く。
俺は今日一番見たくなかった顔を見た。
「…『レッツロック』君、此処でなにをしているのだね?」
「昨日の会議の時、忘れ物をしちゃってたみたいで、それを探しに来てたの。」
「…さっき、この部屋から話し声が聞こえた気がするのだが、誰か連れ込んだのか?」
ポールは目を四方に動かしながら、ゾッとする事を言った。
まずいまずい。バレちまったら…考えたくもねぇ。
「……さっき、刃桜ちゃんと電話してて、多分それよ。」
「…そうか、まあいい。
セレモニーは6日後に迫っている。あまり騒ぎを起こさないことだ。」
赤色の姉ちゃんが話を合わせてくれたおかげで、俺はなんとか見つからずに済んだ。けど、おっさんの最後のセリフが、どーも引っかかる。
「…大丈夫よ、彼はもう行ったわ。
私の方でも動いて情報を渡すわ。だから、お願い。
ヘンリーを、助けて。」
小声で耳打ちするように、姉ちゃんは言った。
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……緋桜に言われた約束の場所。八番街。
私立白英学園高等学校の校門前のバス停。どうやら、彼女はここの生徒らしい。
かれこれ約束の時間を過ぎて30分はここに突っ立っているが、彼女は一向に来ない。これまでに、200人近い生徒が校門を出て行って、バスに乗り込んだ。
ふと、校庭の方から声が聞こえた。
3人の女子生徒がこちらに向かって歩いてきている。その中に、目的の少女がいた。
「桜っち、これからカラオケいかん?久しぶりに遊ぼーよ。」
「すまぬ。今日もバイトがあるんじゃ。今度の土曜なら空いてるし、そこで遊ぼう。」
「…バイト、忙し過ぎない?ちょっとはサボったほうがいいって。」
「……パパとママには迷惑を掛けたくないんじゃ。
大丈夫、十分休めているさ。」
緋桜はこちらを軽くみて、そこにいろ。という様な合図を送る。
校門を出た彼女は、こちらに駆け寄ってきた。
「悪い、部活が遅くなってしまった。」
「あぁ、問題ない。行くぞ。」
彼女と共にいた2人の少女も、こちらを見た。
「…え、めっちゃイケメン。」
「桜っち彼氏いたの?」
は?と言いたい気分だ。
「なっ…彼はバイトの先輩じゃ!丁度職場に忘れ物をしたから、持ってきてもらっただけじゃ!」
緋桜はちらっとこちらを見る。話を合わせろ、ということらしい。
「…あぁ。俺は彼女の先輩だ。」
少女たちは納得したような、してないような顔をした後、手を振ってそれぞれの帰路に着いた。
「……さて、行こうか。」
丁度、バスが到着した。
都市中央区まで向かうバスの中、俺は少し昔を思い出した。
俺は学校に通えてない。故郷では、戦いしかしてこなかったからだ。
だから、読み書きも異能都市に来てから独学で覚えた。
その頃の俺は、もう学校に通うような年齢じゃなかった。
けれど、少し学校に憧れていた。
「…なぁ。学校、楽しいか?」
「…勿論。
友達がいて、勉強できて、楽しく遊べて、部活に打ち込める。今の環境に、我は十分満足している。通わせてくれているパパとママには頭が上がらない。」
「……どうして、お前は執行官になったんだ?」
緋桜は、ふっと笑う。
「……パパの会社が都市災害で潰れて以降、我の一家はちと経済的にアレでな。パパは怪我で働けないし、ママも持病が祟って最低限の家事で手一杯。我は強かったから、合法派遣兵のバイトをしてたんじゃ。」
彼女は窓の外に目をやる。
「……パパとママは、バイトの収入でどうにか食わせあげられていたけど、十分ではなかった。そんな時に、執行官へのオファーが来たんじゃ。本当ならなりたかった。ヒーローが、我の夢だったから。けれど、執行官になれば仕事詰め。家事の手伝いもあまりできなくなる。料理も作ってあげられなくなるから、蹴ろうとしたんじゃ。
けれど、2人は夢を追わせてくれた。愛されてた、実感が持てたんじゃ。
それから収入は上々。多少の贅沢もできるくらいには安定して養えるようになってきた。」
「それは、良かったな。」
彼女はため息をつく。
「けど、我はいい様に扱われている。それは分かっている。
研冶に給与明細を見せてもらった時、我の給料は研冶の半分以下であった。
それに、ポール、いるじゃろ。
あやつ、我が美少女だからというのか、ベタベタ触ってきおってキモいのじゃ。
市民労働課に抗議したのじゃ。けれど、有耶無耶にされて結局解消されはしなかった。」
…彼女の様な健気な若者にここまでをするとは。
治安局も堕ちたものだ。
「それはいい。まだ我が我慢すればいい話じゃ。
けれど、現実は甘くはないぞ。」
「我は自由に人を助けられない。
救助申請より先に、守るべき建物の一覧を渡された日もある。」
「ヒーローになりたかったんじゃがな。」
言い終わる頃、彼女の目には涙が滲んでいた。
…執行官は、多くの市民にとって俺たちを優に超える『ヒーロー』だ。けれど、それは事実なのか?彼らは、『秩序』は正しいのか?少なくとも、俺はその哲学に対する答えを持ち合わせない。
俺は手に持っていたハンカチを、黙って差し出す。
彼女は、黙ってそれを受け取った。
「親父さんとお袋さんに、そんな顔、見せられないだろう。」
「……グズッ…ぁ…あぁ…」
人を変える言葉は、そう簡単に考えて出せるものじゃない。
直感でしか、きっと作れない。
俺は自分の思ってることを、素で伝えた。
「お前はヒーローだ。ヒーローという者は、人を救った者じゃない。
人を救おうとする者だ。その心さえ持っていれば、誰もがヒーローになれる。」
「………主は、優しいんじゃな。」
バスは、丁度目的地へ停車した。
「……行こう、『相棒』。」
緋桜は、涙を腕で拭ってそう言った。
「相棒って単語、好きなんじゃ。」
治安局本部前のバス停に降りると、裏口で1人の男がぼんやりと立っていた。
「研冶先輩、お疲れ様じゃ。」
彼を見たことがある。蒼雷公に一撃を入れた、太刀使いの男だ。
彼は軽く手を上げ、こちらに挨拶。
「緋桜と、そこにいるのは…あぁ、エリの仲間か。
俺は調研冶。こいつの先輩兼教育係だ。」
どうやら、彼はエリを知っているらしい。
「こうして話すのは初めてになる。俺は皇楓、薪の英雄の一員だ。」
俺たちは、がっちりと握手を交わす。
「そういえば、エリちゃんはどうしたのじゃ?」
「昨日、いろいろあって中央区を周らなかったから、今日行っている。そろそろ着くらしいが…」
瞬間、俺の脳内に声が走った。
「(遅くなりそうだからあたし抜きで進めててちょうだい。)」
相変わらず、便利な能力だと思いつつ、俺は2人に連れられて治安局内部に足を踏み入れた。
2人の後を真っ直ぐ着いていくと、訓練場のような場所についた。
沢山の治安官たちが、それぞれ思い思いに自身の力を高め合っている。
「ご指導、よろしく頼むぞ。」
そう言って、緋桜は懐から刀を抜いた。
「宿題はきちんとこなしてきたか?」
研冶も、太刀を抜いた。
まさか…此処で斬り合うつもりじゃないだろうな。
どちらも、同じ構えをとる。流石の俺でもこれくらいはわかる。居合だ。
両者が消えた。俺には見えなかった。
いや、この場にいた誰もが見えなかった。
ただ、刀身がぶつかり合う甲高い音だけが、響き渡っていた。
彼らの姿が見えていた時は向かい合っていたが、今は背を向け立っていた。
「おととい言ったことは改善されているな。けど、まだだ。太刀筋は良い、俺よりも速い。威力も上々。けど、いかんせん受けやすい。強力な都市災害級が相手となれば、簡単に受け止められてしまうぞ。」
「…仰る通りじゃな。
すまぬが、ちょいと飲み物を買ってくる。」
そう言って、緋桜は歩き去っていった。
「…なぁ。研冶、緋桜のことだが。
彼女の力には、目を見張るものがあるな。」
「あぁ。あいつは才能の塊だ。多分、もう少ししたら俺を超すだろう。俺とて、能力はそう強くない。ちょいと『捌ける』だけさ。」
「確か、高校と仕事を両立させて、働けない親御さんを養ってるんだろ。彼女は頑張ってるよ。いや、頑張り過ぎか。
もうちょっと休んでも誰も文句は言いやしないのに、あいつは己を酷使しすぎる。俺の娘みたいにな。」
娘…研冶は見た目からして娘がいてもおかしくない年齢だが…
「俺ん娘、流凪というんだ。あいつ、今治安官をしててな。異能犯罪捜査課で働いてるんだ。俺とか、女房みたいな執行官を目指してる。
けどな、俺はそうなって欲しくないんだ。」
「父の背を追っているのだな。」
「あぁ。あいつが目指しているから、俺はそれを断ったりなんてしたくない。
けど、けどな。あいつが、女房みたいに都市災害で死んじまったらって考えるんだ。その時、俺はどう生きれば良いのかって。」
研冶の目はどこか遠くを見つめていた。その目に映る心の色は、わからない。
「俺にゃ、流凪には普通に生きて、普通に生活して、普通に元気でいて欲しい。俺たちみたいな仕事には着いて欲しかない。」
彼の言葉を聞くと、どこかにヘンリーの声がよぎった。
こちらに走ってくる足音が聞こえる。
そちらに目をやると、2人のピンク髪の少女が並んでこちらに来ていた。どちらも、俺の知人だ。
「ハーイ、研冶。」
紙袋を手一杯に持ったエリがこちらにウインク。
「申し訳ない、先輩。母から、早く帰る様に連絡があった。
貴重な時間だと言うのに。」
緋桜はどこか思うところがありそうに、頭を下げた。
「あー大丈夫だ、またいくらでも取れるさ。
それじゃあな。気をつけて帰れよ。」
研冶は穏やかな笑顔を見せて手を振り、どこかへ歩き去っていった。




