第三十六話 イフ・ユー・リーブ
都市政府組織が多く集まる都市中央区、その真ん中に治安局本部は位置する。
ここに来るのは久々ね。
確か…誰かの免許更新の付き添いで市民生活課来てたのを覚えてる。でも、誰だったっけ。
自動ドアを通った先、綺麗でピカピカしたロビーが広がる。
たくさんの治安官が研冶に向かって敬礼する。
どうにも、ちょっと居心地が悪いわね。
研冶は「ここで待っててくれ。」と言って関係者以外立ち入り禁止のドアを開けて入っていく。
あたしたち4人は、ここに取り残された。
「おっ、主らは。」
誰かが、駆け寄ってくる。
緋…いや桜?っぽい髪の可憐な女の子が、あたしたちの前に立った。
「主ら、探しておったぞ。
我の名刺じゃ、ほれ。」
女の子は名刺をこちらに見せる。
執行官…第5位。コードネームは『刃桜』。…まるで執行官のバーゲンセールかしら?
「主ら『薪の英雄』であろう?
我ら執行官、主らを探していたのじゃよ。」
「そして、我は個人的に主らに会うのを楽しみにしていたのじゃ。あのハレミチ、アスターを始末した大英雄たちじゃ。今のうちにサインをもらっておこうと思ってな。」
刃桜は懐からボールペンを取り出してあたしたちに渡す。
とりあえず、名刺の空いてる部分に書けってことでいいのかしら?
ペンのノックを触った時、研冶が入っていったドアから、誰かが出てきたのが見えた。
スーツ姿の大男、いかにも重役って格好ね。
「やあやあ諸君!お会いできて光栄だよ!
私はポール・ロビンソン。異能犯罪捜査課の局長だ。」
男はどっと大きな手を差し出す。握手しろってことね。
あたしは一番乗りに手を差し出し、握手をした。
彼の手の力は強い。少し引いてみたけど、一切動かせてる気がしない。体の真ん中に芯が通っているのがわかる。
「早速だが、本題に入りたい。
着いてきてくれ。」
ポールは手招きしながら、エレベーターの前に立つ。
丁度ドアが開き、乗り込む。
「刃桜君も来たまえ。君がいてくれた方が話が楽だ。」
エレベーターは五階に到着し、あたしたちは会議室に通される。
椅子は14脚用意してある。本来、あたしたちが全員来ることを想定してた様に。
「よぅし。
早速だが、君たちの活躍は聞いているよ。
ハレミチ、アスターを討伐した事に加え、シャドウ・リヴァイアサンの目撃情報も無くなっている。多分、君たちがやったんだろう。
結成して一年少しの中小勢力にしては、異常とも言える功績を残していっている。」
ポールはネクタイを軽く触る。
「そこでだ。
君たちに頼みたい事がある。
異能犯罪捜査課は君たちを『オーダー・セレモニー』に招待したい。」
オーダー・セレモニー。
あたしは名前しか聞いた事ない。
たしか、秩序を祝う式典だったってことくらいしか覚えてないわ。それに、あたしたちを招待するって、どういうことなのかしら。
「君たちの様な秩序に立つ大英雄が出席してくれれば、セレモニーは大成を迎えられる。私の直感は外れないで有名だぞ。
そんなに難しいことはしなくていい。ただパレードに出席して、代表でそれっぽい事を話すだけだ。」
「利益も勿論だ。
君らが住居を構える六十六番街内においての、絶対的な権限を約束しよう。メカ社、花火職人たちとの利権争いは、私たちが解決させる。」
あたしらみんなと見合わせる。そして、テレパシーを繋げる。
「(…どうする?あたしは出てもいいと思うわ。)」
「(…下手に答えない方がいい。まず、皆の意見を聞いてからだ。)」
「(……彼の話に裏があるって感じはしないけど、警戒は怠らないべきだよ。)」
「(俺は反対してぇってとこだけど、まあ話合わねぇとな。)」
代表して、あたしが声を出す。
「ごめんなさい。今すぐには決められないわ。
近いうちに答えを出して、伝えに行く。それでいいかしら?」
ポールの眉が、ぴくりと動く。
「あぁ!勿論いいとも。7日後が本番だ。それまでにいい答えを期待していよう。
すまないが、私はまだ仕事が残っているんだ。それじゃあ、来る時には連絡をしてくれ。」
ポールと刃桜は席を立ち、会議室を出て行った。
席を立つ時、刃桜はあたしから見える様に、手の指を軽く曲げた。それの意味は、あたしにはわからない。
────────────────────────────────
点検後の初任務、我が息子スティーブは生き生きとしている。
親にとって、子が元気なら、それでいい。
今回は駅内に発生した、小規模異化の鎮圧だから20分とかからずに解決することができた。この程度、スティーブの相手にならない。
「スティーブ、よくやった。そろそろ帰ろうか。」
「ギギギ」
スティーブは、発話能力がない。私が声帯チップを取り付けられなかったからだ。私の妻、スティーブの母さんが声帯を作ってくれるはずだった。けれど、彼女はもういないし私も体を失った。
私は経験で、なんとなくスティーブの言っている方がわかる。こんなナリだけど、彼はれっきとした人間だ。
今の声は肯定。スティーブも、帰りたい様だ。
駅内から出ようと、スティーブが少し動いた時、何者かの足音が聞こえた。ここらは現在立ち入り禁止。
近づいてくるのは、相当なバカか何らかの目的を持った者に限られる。今回は、後者だ。
「待たれよ。
我は、主をずぅっと探しておった。」
若い女の声だ。
スティーブのレーダーに、強い反応が示される。こいつは厄介だぞ。
「スティーブ、あの者は危険だ。勝てるかわからない。どうする。」
「ギュゥゥゥゥーーーー!!」
スティーブは迷わず叫ぶ。
明らかな威嚇の咆哮。彼は、戦うことを選んだ。
「……はぁ。ヒーロー同士の対決をしたい様じゃな?
我は構わん。主に、その力があるのか試させてもらおう。」
少女は懐から刀を取り出す。白色の鞘から、緋色の刃がチラリと見える。
そして、大きく足を引く。
「下手に攻めるなよ。相手の出方をよく観察しろ。」
スティーブは唸り声を上げ、両腕を地面につける。
クラウチングスタートの様な体勢になり、構える。
「なら、最初から必殺技を使わせてもらおう。悪く思うなよ。」
辺りに、桜の花弁が舞い散る。ここは、一瞬で桜並木と化した。
「───染め射よ死の。」
瞬間、レーダーの反応が瞬時に後方へ飛んだ。
速い。そう認識した頃には、スティーブは斬られていた。
「ギュグゥッ‼︎」
スティーブの体に、無数の損傷が走る。点検をして装甲を新調していなければ、内部機構へダメージが入っていただろう。
そして、桜花が風に揺られ押し寄せる。
スティーブの装甲に当たるごとに金属音を鳴らし、無数の切り傷を生み出す。スティーブがメカでよかったと、心からそう思った。
「いやはや、硬いな。
やはり一撃では断てぬか。桜花も効果なしと見た。」
「…奴の能力が正確にわからない以上、下手に近づくのは悪手だ。一度遠距離攻撃を試そう。ブレスだ。」
スティーブは大顎を開き、金属片だらけの口内を見せる。
そして、赤いエネルギーが全身から口内へと集約される。
「ほーう?
近接脳筋かと思ったが、遠距離も行けるクチか。」
エネルギーは、業火として放たれる。
まさに火を吹く怪獣。
灼熱の炎が、少女を焼き尽くそうと襲いくる。
爆発の後、少女の姿はなかった。
レーダーには…スティーブとぴったり重なる位置から反応が出る。
下……いや上だ!
スティーブは上に向かって拳を振り上げる。
緋色の刀と赤色の拳がぶつかり合う。
甲高い金属音と共に、強烈な衝撃波が起こる。辺りの瓦礫、桜花が吹き飛ばされる。
だが、一つわかる事がある。ぶつかり合いなら、スティーブに勝るものは存在しないと言う事だ。
少女は吹き飛ばされ、天井に背から激突する。
「…我をぶったな?パパにもぶたれたこと無いのに…!」
少女はそういうと、天井に靴底をつける。
「さ、悪いロボットにはお仕置きじゃ!」
言葉が過ぎた頃には、もうスティーブは斬られていた。
首に迫る刀を、本能的にスティーブは避けてくれたお陰で、首を刎ねられはしなかった。けれど、片角を切断されてしまう。
金属の角が、ガシャンと音を立てて地面に落ちる。
「…もういいじゃろう。我は、主とこれ以上事を荒げるつもりはない。売られた喧嘩を買っただけに過ぎぬからな。」
「ギュグゥゥゥ…」
スティーブは唸る。怒りと躊躇を孕む声は、駅に響く。
「…少なくとも、戦闘を継続して勝てる様な相手ではない。ここは引く事が懸命だ。」
「グルル…」
スティーブはため息を吐きながら、地面に腰を下ろす。
大顎を閉じる。
威嚇音は、もう鳴らさない。
「我は、主に警告をする為に此処に参った。
…スティーブ、『父』の命が惜しいのなら、今すぐ己の仲間を捨てて逃げろ。」
「今我が伝えられるのは、これだけじゃ。
……我の様な英雄のなり損ないにも、誰かの命を救わせてくれ。」
少女はそれだけ言うと、軽く手を振って歩き去っていった。
「………」
スティーブは、声を発さない。
「…取り敢えず、家に帰──」
スティーブは地面に穴を開け、ドリルで地下に潜る。
この距離からなら、潜って移動する必要はないのにだ。
方向は、家の真逆。
都市中央区に背を向ける様に、地下を掘り進めていった。
「スティーブ!何をしてるんだ!一度落ち着け!
私の言うことを聞いてくれ!」
「ギュゥゥゥゥーーーーン!!!!」
その咆哮は、否定を意味する。
私の提案を拒否することは、スティーブはしばしばしているが、今日はおかしい。




