第三十三話 ア・ビギニング
久しぶりに、家のベッドで目を覚ます。
和室での雑魚寝も悪くなかったけど、慣れたベッドは安心感が違う。
大事件の後に起きると、必ず体が痛む。今回も例外じゃない。
幸い今日は特に予定はない。まったり過ごそう。
かといって、このまま寝ているのも暇っちゃ暇だ。リビングでテレビでも見よう。
もう冷えてはいないドアノブを開け、タッタと階段を駆け降りる。
見慣れたリビングには、ユウとベンジャミンとヘヴン、あとシャムルがいた。
彼らに軽く「おはよう」の挨拶をして席に着く。
今日は木曜。朝方には面白い番組なんてなく、ニュースばかりだ。かといって、今日のニュースはつまらなくなかった。
「五十一番街で発生した未曾有の大災害について、専門家はこう語ります。
『これは凶兆だ。近い将来、必ずや厄災が降り注ぐ。』」
はあ?と言わんばかりの内容だ。ただの陰謀論に過ぎないだろう。けれど、否定はあまりできないというのが現状だ。
当事者として、一番近くであの争いを見たんだ。
そして、アナウンサーは語り続ける。
「覇導観と薪の英雄の活躍により、悪名高いホットネスト・ファンクラブは事実上、壊滅しました。
この事件を受け、治安局は『執行官』を派遣し、事情聴取を行うと発表しています。」
僕はテレビの電源を切る。そして、皆に顔を見合わせる。
「……あー、まだ休めなさそうだ。」
「……執行官か…」
ベンジャミンさんの時計の針の音が少し軋む。
「なにか知ってるのか?」
「知らない方がいい。」
「どっちなのそれ。」
「この異能都市の生ける『法』そのものの様な連中だ。」
「そういえば、エリは?」
「彼女なら、都市中央区に遊びに行ったらしい。」
────────────────────────────────
六十六番街に比べると、都市中央区は人がたくさん。
迷子にならないようにしなくちゃ。
そんなことをちらりと考えながら、電車は駅に着く。
去年の年末振りかしら?
コミフェスの様子はもうなく、あるのは普通の駅のホーム。
さ、どこから周ろうかしら。新しい服も見たいし、久しぶりにストリートダンスでもしてみようかしら。
そんなことを思いながら電車から降りると、悲鳴があたしの耳に響いた。そして、警報が鳴り響く。
「Bランク相当の都市災害発生。至急避難してください。これは訓練ではありません。繰り返します。これは訓練ではありません。」
あら…どうやらヒーローの出番みたいね。
駅の外へ飛んで出ると、ビル群の真ん中に、巨大な怪物が居座っていた。
見た感じ、異化ってわけじゃない。多分、能力の暴走って感じかしら。
「あそこ、子供が逃げ遅れてるぞ!」
誰かが叫んだ。
そっちを見れば、小さな女の子が怪物の足元で丸まっていた。今にも踏み潰されてしまいそう。
怪物は大きく足を上げる。
誰もが目を背けた。その時、あたしは迷わず飛び込んだ。
女の子を抱えて、空を飛ぶ。
「怪我はないかしら?」
「…おね…ぇちゃ…」
地面で、こちらに手を振る人たちに、女の子を預けてあたしは怪物の方に向く。
「ヒーローが成敗してあげるわ!」
あたしは怪物に向かって指鉄砲を向ける。
その時だった。
空気が凪がれる。ピンク色の光も、キラキラした音も、一瞬で。
「悪・直・斬。」
低いしゃがれた男の人の声と共に、怪物は血を流して地面に倒れた。
一瞬で全身に切れ込みが走り、怪物はバラバラになってしまう。
…少なくとも、あたしと同等の力は持ってると見ていいわね。
「一度しか言わないわ、あなたは誰。答えて。」
指鉄砲を、その男に向ける。
「……治安局執行官第3位、『匠天原』。」
男の手に持つ太刀がギラリと光る。
そして、あたしの体が震え出す。ま、武者震いってやつね。
「…俺から質問しよう。アンタは、誰だ。」
歯を見せて笑って見せる。
「あたしの名前はエリ・キュレル。覚えておきなさい。」
「そうか。ならエリ、そこを退け。
アンタは今、執行官の仕事を邪魔しているんだ。それがどれほどの罪になるのか、考えるべきじゃあないか?」
男は、匠天原はこっちに太刀を向ける。どうやら、その気のようね。
あたしだって、もちろんやる気、徹底抗戦よ。
「あなたなら、あたしの後ろのこの子を助けてからその怪物を斬れたわよね?なんで、そうしなかったのかしら?」
「…たった一人の子供の命か、大勢の人間の命か、どっちにより高い価値があると思うか?」
根本的に、価値が合わないみたいね。
あたしが出した答え。それは言葉ではない。
ビームよ。
ピンクの閃光が、男に向かって閃く。
けれど、そのビームは『捌かれる。』文字通りの三枚おろしにされる。
「今日のネタは決まりだ。」
「フッ、本物のヒーローと戦えること、感謝しなさい!」
瞬間、男の姿勢は低くなった。
ソルの姿が重なる。これは、『居合』ね。
怪物の肉を蹴飛ばし、男はあたしに突っ込む。尋常じゃない脚力。一瞬で、あたしの目の前まですっ飛んでくる。
これに対処できないあたしじゃないわ。
二発目の指鉄砲。光の散弾が、男の刀とぶつかり合う。
衝撃で、両者は吹っ飛ぶ。
あたしはそれを使って空中に飛び、弓を引く動作をする。
「今度は受け切れないわよ。」
男は太刀を指でなぞり、こちらを睨む。
「ぶつ切りといこうか。」
二つの技が、街に響き渡る。
「ギャラクシーディザスタ♪」
「鮪討。」
はずだった。
「止まれ。」
あたしたちの間に、一人の女の人が立つ。これには、あたしたち両者とも、技を下げるしかなかった。
「二人とも、どうかここは私の顔を立て欲しい。」
「流凪…今いいところだったのに、なんで止めるんだ。」
「そうよ。ここであたしがあなたを吹き飛ばすはずだったのに。」
黒髪の女性は、男の持つ太刀をさっと触り、目を見合わせる。
「父上、この者を斬ってはならない。彼女は『薪の英雄』の一員なんだ。」
男はぎょっとした顔をし、あたしの方を見る。
とりあえず、ウインクしといた。
男は少し考えてから、膝をついて言った。
「いやはや、申し訳ないことをした。まさかアンタは薪の英雄だったとは。」
男は納刀し、立ち上がる。
「改めて自己紹介しよう。俺は調研冶。執行官第3位でもあり、この近くで寿司屋を営んでいる。
丁度今店は閉めてるから、人はいない。一回、来てもらえないか?話をしたい。」
────────────────────────────────
久方振りだ。スティーブの点検は。
しばらく稼働が続いていたのと、潮風に当てられ続けていたからか、ところどころが錆び始めている。
「そこの関節部、油を差しておいてくれ。」
ヘンリーが、僕に指示をする。
メカニックのことなんてさっぱりだけど、的確な指示のおかげでなんとか手伝えている。
自身の肉体がないヘンリーにとって、息子、スティーブの世話を他人に任せっきりなのはあまりいい気はしない。と本人が言っていた。
でも、体がないんじゃなにもできない。
「なぁ、スティーブ。」
ヘンリーが、息子へ語りかける。
「もし、もしだ。」
ガレージの中が、凪がれる。
「私がいなくなっても、君は大丈夫か?」
数秒の沈黙が、嫌に長く感じられた。
「ギュュ…ン"ン"ン"─!」
大顎を開けて咆哮すると共に、スティーブは地面に拳を打ち付ける。
ガレージが大きく揺れ、コンクリートの地面に大きなヒビが入る。
ヒビに足を取られ、僕は大きくよろめく。
「大丈夫、大丈夫だ。私はいなくならない。
母さんと約束したから。そうだろう?」
「ググクググ…」
唸り声は次第に小さくなっていく。
スティーブが何を喋っているのかは、ヘンリー以外には一切わからない。一応、スティーブは人間の意識を持っていて、メッセージとかなら本人が返してくれるけれど、彼本来の喋り声は、僕らにはただの金属音にしか聞こえない。
「大丈夫、もう一人にはしないから。」
スティーブは、黙り込んだ。




