第二十九話 夜明けを迎えぬ壊滅
なんでこんなとこに連れてこられたんだか。
ま、結構良いもん食べられるし、別になんもしなくて良い、いいっちゃいいかな。
アタシが来たのは、宗主たちにも予想外だったらしくて、アタシの鍛錬の予定はないらしい。誰かのついでくらいしか鍛錬はできない。ま、する気はないけど。
だから、暇だ。
布団に寝転がりながら、スマホをいじる。何にも考えずに画面をスクロール。興味を惹くもんは…
途端、けたたましいアラート音が鳴り響いた。うるさ、鼓膜破れるかと思った。
同時、通知がやってくる。『五十一番街で大規模抗争発生。安全な場所に避難せよ。』だと。
……またか。
丁度暇してたし、ちょっと体を動かしに行こう。運動不足が祟って、最近ちょっとお腹がつまめる様になっちゃったし。
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「ソル、さっききた通知を見た?」
「あぁ。」
もう一度、ファンクラブが攻めてきた。今度は、本気みたいだ。
「早く行こう。一人でも多く救うんだ。」
「ふふ、ヒーローが言うと説得力が違うね。」
僕は抗争が起きた地点まで全速力で走る。今度は、傷ひとつつけさせない。
七星さんは港の方に向かう。
僕は駅を抜け、大通りに辿り着くと、その情景に僕は吐き気を覚えた。
治安局員や市民の死体。口が裂けるまで笑ったファンクラブ会員たち。ここまでは想像していた。
…もがき苦しむ市民に会員が例の注射を打ち、苦しむ顔を笑みへ無理やり作り替えるのは、想像すらしていなかった。
死んだ母親の手を握りながら、笑顔で注射を求める子供がいた。
あたりに悲鳴なんてなく、あるのは、狂気じみた笑い声だけだった。
「…ぉ"え。」
腹の中から、吐瀉物が迫り上がる感覚がする。
咄嗟に口を抑え、地面に膝をついた。後悔だけで吐きかけたのは久しぶりだ。
「うわ、いかつ。」
いつのまにか、エイヤが隣に立っていた。
「ま、良い運動にはなるか。」
手に持つ傘を閉じ、彼女は歩き出した。
眼前に迫る会員の目玉に、彼女は傘を突き刺す。
右目を貫かれ、だらだら血を流しているのに、顔は笑顔のまま。
「…本格的に逝かれてる。
もう殺すしかないよ。」
彼女はそのまま、傘で会員の顔を切り裂いた。
けれど、会員はまだ笑っていた。
痙攣した腕で、エイヤの傘を掴む。
「は?ちょきも。」
エイヤは傘を引っ張るが、抜けない。
別の会員がエイヤの髪の毛を引っ張り、注射器を手にする。
「……嘘。」
彼女の顔に、珍しい焦りが浮かんだ。
途端、銃声が二発鳴り響く。
二発は会員の脳天を撃ち抜いた。会員が落とした注射器を、一本のワイヤーが巻き取る。
「…大丈夫、殺せはするぞ。」
キッドが後ろから登場し、銃をくるりと回す。そして、その隣には雨宮さんもいた。
彼女はキッドの裾を掴み、できるだけ、前を見ないようにしていた。
「顎の兄貴たちは別の地点の制圧に向かってる。俺らで、こいつらを抑えるしかねぇな。」
「…なら、ワタシの力が必要か?盟友たち。」
心強い援軍だ。僕たちだけなら、範囲殲滅力が心許ないからな。
シリウスさんの水の力なら、会員たちをまとめて相手どれる。
「シリウスさんが来てくれるなら、安心だ。」
「キミたちに合わせよう。好きに動け。」
「なら、遠慮せず行かせてもらうぜ。」
キッドは会員の脳天を一発一発、精密な狙いで撃ち抜く。
しかし、キッドだけでは殲滅しきれない。
キッドが取りこぼした会員たちを、僕が斬撃を飛ばして切り裂く。再生でもしてこない限り、一撃で屠れる。
クラゲの触腕が、僕達では対応できない場所にいる会員を穿つ。
迫り来る会員の動きを制限する様に、奴らの足元に水が溢れ出す。
猛攻で、会員の数はどんどん減っていくが、依然終わりは見えない。
僕たちの疲労の方が、先に来た。
「……日頃から運動しとけば良かった。」
雪崩の様に押し寄せる会員の真ん中、一人の少女がいた。
少女は、真っ直ぐこちらを見つめる。
……本能で恐怖を感じた。ハレミチとかと似た、いわゆる上位存在への恐怖だ。
あの少女は、人間じゃない。
「……嘘だろう…何故、何故彼女が生きている…?」
シリウスが、明らかな動揺を見せる。全身が震えている。
「逃げてくれ!みんな!今すぐここから離れるぞ!」
「は?ちょっとまってよ。」
瞬間、辺りに爆音が鳴り響いた。
僕たちの足元が、爆発した。
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思いっきり吹っ飛ばされて、強く地面に打ち付けられる。
…耳がキーンとなって、なんも聞こえない。
どうにか目を開けると、柳が、こっちに駆け寄ってきていた。どういう、ことだ。
「キッド様!逃げて!」
…は?
瞬間、俺の体が何かに蹴り飛ばされる。
さっきのガキだ。明らか、空気が違う。薄気味悪い笑顔のまま、俺に歩み寄る。起きれねぇ。やべぇ、死ぬ。
ガキが俺に触れる前に、こいつは前を向いた。
ワイヤーが、ガキの腕に巻きつく。俺に、触れさせない様にしてるんだ。
ガキが、柳を睨む。
途端、ワイヤーが巻かれる。柳が、引き寄せられる。
柳の首を、ガキが掴む。苦しむ声が、俺の耳に響く。じたばたと足を動かして、抵抗してる。
死ぬ気で体を動かそうにも、動かない。
そして、柳と一瞬、目があった。
嫌な想像をしちまう。
やめろ、やめろやめろ。
俺の視界が、真っ赤になった。
ガキの手が、柳を貫いた。
あいつの口から血がこぼれ落ちる。
次の瞬間、腕を引き抜く音が聞こえた。
肉の音がぐちゃりと響き渡り。
骨をバキバキとへし折る音が鳴り響く。
真っ白なカーディガンが血塗られる。
遅れて、腹からさらに血が噴き出した。
やめろやめろやめろやめろやめろ。
ガキはニヤリと笑って俺に向かって柳の体を投げつける。
咄嗟に体を動かして、柳を抱き抱える。
途端、ソルとシリウスがガキの背後に現れる。
ソルは鞘を抜いて、本当の力を曝け出す。ガキはそれを避け、どこかへ飛んで行った。
二人も、それを追う。
「キッド、一回しか言わない。よく聞いて。」
エイヤが、後ろから俺に言う。
「今救援呼んだから、どうにか止血して。
時間は稼ぐから。…ごめん。」
エイヤは5本の触腕を出して、残る会員たちを迎え撃った。
エイヤが何か言ってる。
けど、俺には一切届かなかった。
俺はただ、冷たくなる彼女と、血が流れる音しか聞こえなかった。
「…………お怪我は…ありませんか…?」
「…なんで、なんで俺の心配をすんだよ!お前の体の方が!」
掠れ切って、今にも途切れそうな声。
どうにか血を止めようと、力一杯柳の傷口を押さえ込む。
「……わた…し…は…多分……駄目…です…」
「バカか!俺が、俺が助けてやるから!」
柳の瞳の瞳孔はどんどん開き始め、輝を失いつつある。
「さい…ごに…お願い……です…
貴方の…仮面の下を……見せて…くれませんか…?」
息が止まる。さいごって、さいごってなんだよ。
これ見せれば、いいのか。見せたら、生き返ってくれることを信じる。
…初めてかもな。こうやって、人に素顔を見せるのは。
俺は、そっと左手で仮面を取る。認識阻害は、かけてない。
これが、俺本来の醜いツラだ。
異化しかけで爛れてでろでろになった皮膚に、穴の空いて、歯がチラ見えする頬の肉。鼻は抉れ、鼻腔が剥き出し。ゾンビ以下だ。
仮面を外せば、俺は差別の対象だ。英雄から一転、ゴミクズ以下の人種になる。
こいつは、こんなのを見て満足するのか?
柳は、俺に天使みたいに微笑んだ。
「……綺麗な、瞳ですね…ずっと…見ていたい…」
手が、体が震える。
「わ……たし……は…あな…たが……」
「……俺が、なんだよ。
…なあ、返事してくれよ。聞かせてくれよ。なあ。お願い、お願いだから…死なないでくれよ…。」
柳は、二度と返事を返さなかった。
優しい笑顔のまま、目を瞑った。
ボロボロと、大粒の涙が、柳の額にこぼれ落ちた。
「……ぁ"…あぁあぁ"ぁ"ッッ!!!!!!
神様ァ!見てんだろうがッ!!これ以上なにもかも奪うんじゃねェ!!!」
燃え盛る煉獄の中、俺は惨めに泣き叫ぶしかできなかった。
親父を失った、あの時みたいに。
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アタシがこの地獄をどうにか片付け終わった時、最初に目に入ったのは、少女の亡骸を抱えて茫然と座り込んでいたキッドだった。
「……キッド。」
「………ッ…。」
「……アタシ、大切な人を失う辛さって、人より分かってる気でいるんだ。だから、気持ち分かるよ。」
沈黙。彼は肩を震わせる。
キッドは、低い呻き声を出しながら、顔を抑える。
ふと、地面に落ちてる仮面に目がいった。
アタシはこれを拾って、キッドに手渡しする。
「……」
無言のまま、彼は受け取った。
「今は、アンタにしか出来ないことをする番。悲しむのは、家に帰ってからにしな。」
ゆっくり、彼は仮面をつける。
そして、少女の首元に巻かれたスカーフを取り、自身の手首に巻きつけた。
赫い風が鳴く。たなびいたスカーフには、文字が刻まれていた。
『武芸百般 勇往邁進 覇導専心』。
「……俺は、俺がやるべきことをやる。」
「…幸運を祈っとくよ。」
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クソ、しくじった。あの少女を見失った。
「どうする?追うか?」
「いや、このまま考えなしに追うのはやめた方がいい。
多分、あの少女は僕たちより何倍も頭が切れる。」
無作為に追えば、死ぬ。
経験からくる勘だけど、信じるしかない。
「奴はどこに行ったかわかるか?」
「……一つ、予想してる場所がある。
ここからそう遠くない場所にある廃研究所、恐らく、そこがファンクラブの拠点なんだ。そこなら、薬品を作れる環境が整っている。」
シリウスさんは冷や汗を流しながら腕を組む。
「………門下生から犠牲者が出てしまった以上、もう戦争を止めることはできない。
ワタシたちにできるのは、どうにか被害を抑えることだけだ。」
「でも、どうしろと?
……宗主二人がこのことを知れば、全力でファンクラブを壊滅させるだろう。」
シリウスさんは人差し指を立て、よく聞け、と言わんばかりにこちらを見る。
「ワタシたちが持てる全戦力を注ぎ込む、言うなれば総力戦で、短期決着を狙うしかない。
……アスターが、いや、本物かどうかわからないが、彼女がいる時点で、ワタシたちの勝率はタバコの煙以下だ。
長期戦になった時点で、負けが確定する。」
「…君が口にする『アスター』の、どこがそんなにやばいんだ?
僕の見立てでは、十分殺せる相手な気がするが。」
彼女は無言になる。燃えた街の中で、潮風の香りはしなかった。
「……彼女は、いわゆる人造人間。
愚かな人間が生み出した、遺伝子操作の賜物だ。
『人工異能』のプロトタイプとして造られた彼女に持たされた力、それは。」
煉獄の中、僕は予想もしてなかった言葉を聞いた。
「ワタシだって、生で見たことはない。実在すら、信じてない。」
「考えたものを、実現させる力だ。」




