第二十六話 牙と弾丸
時刻は0時を回ろうとしている。結構な厚着をしているが、肌に冷たい感触が残る。
仲間たちにも、師匠たちにも事ことは一切伝えていない。もし、覇導観内部にファンクラブの内通者がいたとしたら、少しの口外で事態を悪化させかねない。
僕らはこの町で一番大きな通りの端にある公園に身を隠し、通行人を観察し続ける。
「…なぁ、今までにこの前を何人が通過した?」
「…5人だ。だが、会員ではないだろう。会員バッジをつけていないからな。」
「2人とも…!あそこ、人が歩いてきてるわよ…!」
双眼鏡をつけたエリが指を刺した方に目をやると、1人の男がこちらに歩いてきていた。だけど、彼は普通には見えなかった。
焦点のあっていない瞳、裂けそうなほど上がった口角、そして、胸元に付けられたオレンジ色のバッジ。
「来たぞ、合図で突撃だ。」
「3。」
僕はすっと一歩足を引く。
「2。」
エリは双眼鏡を懐に仕舞う。
「1。」
皇楓が槍を構え、姿勢を低くする。
「今だッ!」
3人一斉に茂みから飛び出す。
男は左目だけこちらに向けたが、瞬く間に取り押さえられた。
「お前らぁ"!何、なにしやが…」
「悪く思うなよ。」
鈍い音と共に、皇楓が槍の柄で男の頭を叩き、昏倒させる。
白目を剥き、涎を垂らしながら、男の視界はブラックアウトした。
「やったわね。起きないうちにとっとと調べちゃいましょ。」
今一度、男をまじまじと見てみる。
掻き毟ったであろう、ボロボロで荒れた皮膚に、まだらに抜け落ちた髪の毛。両手の爪はまるで自身でちぎったかのように剥がれ落ち、皮膚の下で何かが蠢いている。一目見て、明らかに常人ではないと分かる。
「この痣…何かを刺した後か?」
男の首筋には、無数のブツブツとした痣…というより、剣山を押し当てたような浅い刺し傷が広がっていた。
「他人につけられた傷、にしては浅いし細い。多分、自分でつけた傷じゃないか?」
「だが、自分に傷をつける意味がわからないな。他に何か探してみよう。」
男の体を揺さぶると、ポケットの辺りからガチャガチャと、金属やガラスがぶつかり合う様な音が鳴り響く。
すかさず、エリが男のポケットの中に手を突っ込んだ。
彼女が手を引き抜くと、そこには『注射器』が握られていた。
「……これ、自分で打ってるわ。」
彼女は男のポケットの中身を全て引っ張り出す。
一本、一本、また一本。どれも同じ見た目、同じラベルの貼ってある注射器が大量。
しかも、そのほとんどが使用済み。
しかし、一本だけ未使用のものがあった。
注射器の底で、黒い沈殿物が揺れている。
「…EXCITING-444。随分きな臭い名前ね。」
「こいつは持って行こう。後でアンサーの所まで送る。」
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今日は、俺がトップバッターかよ。
朧の姉御の膝がめり込んだ腹がまだズキズキする。それに、全身いてぇ。けど、稽古しねぇわけにはいかねぇよな。
疲労困憊の体に鞭打って、無理やり叩き起こす。
寝る前に三口だけ食ったコンビニの握り飯を口に放り込んで、俺は道場までダッシュ。
扉に修行の成果と言わんばかりのライダーキックをかましてぶちあける。
そこには、見慣れた赤髪。顎の兄貴だ。
けど、隣にいる嬢ちゃんは…
「キッド、今日は鍛錬じゃなく、実戦を見越した稽古をするぞ。俺の隣にいるのは─」
「よっ、柳の嬢ちゃん。」
顎の兄貴の話を遮り、俺は嬢ちゃんに挨拶した。
「おはようございます、キッド様。」
嬢ちゃんはかしこまった様にお辞儀をする。
「知り合いか、なら話が早い。
彼女からの提案の練習試合だ。成果を見せてみろ。」
顎の兄貴は数歩後ろに下がり、床にあぐらをかく。
丁度いいな。嬢ちゃんの実力がちょっと気になってたんだ。
「全力で掛かってこい。俺が受け止めてやるぜ。」
正直、多分俺よりは強いだろうな。修行してる期間は明らかに俺の何倍もある。
嬢ちゃんは視線を少し泳がせた後、立ち上がる。
「……その、よろしくお願いします。」
左手には、金属ワイヤーが握られている。でも、その手はちょっと震えて見えた。
ワイヤーを使った戦法か?俺の空っぽの頭じゃ、想像できねぇな。
「構え。」
宣言と共に、俺は右足を軸に、左足を下げる。
「始め。」
言葉と同時、俺の目の前から嬢ちゃんが消えた。天井近くの柱にワイヤーが巻き付き、嬢ちゃんの体が横方向へすっ飛ぶ。
「んだそれ!?」
と言いながら、俺は手に持った訓練用のエアガンで二発。
けど、嬢ちゃんは一瞬でワイヤーを切り離し、着地。
「…おいおい、弱いとか言ってたの嘘じゃねぇかよ。」
「…私ができるのは、このくらいだけなんです。」
冗談じゃねぇ。十分厄介だ。
ここは試しに乱射を仕掛ける。
教えられた通り、相手の逃げ道を塞ぐように撃つ。
嬢ちゃんはワイヤーを鞭みてぇに使って弾丸を弾く。やっぱ思った通り、こいつは強ぇ。
けど、嬢ちゃんは一切攻撃しようとしない。なんでだ?
ここは、あえて隙を見せることにした。
リロードは、本来なら隠れてやるか、逃げながらするべきだ。けど、今回は突っ立ったままリロードする。
カチ、カチ。しょぼい音が、道場内に響く。
「おぉっとうっかりしてた、リロードを忘れたぜ。」
ポケットから、予備の玉を取り出す。
さ、攻撃のチャンスだぜ。仕掛けてこい。
嬢ちゃんはワイヤーを撃つため、左手をこちらに向ける。けど、ちょっと待ってみても一切撃つ様子を見せない。
その目は、少し震えていた。攻撃するのを躊躇っている、みてぇにな。
この世界で、躊躇いは『死』だ。1秒でも動きを止めちまえば、次の瞬間バラバラ死体。
「なあ、なんで攻撃しない?リロード中は、格好の的だぜ?ワイヤーを首に巻き付けて締めるなり色々できるだろ?」
「…その、ごめんなさい。私…人を傷つけてしまうって思ったら、足がすくんでしまって……」
「……へへっ。」
乾いた笑いが出た。
「お前、俺にケガをさせるかもって心配してんのか?
そいつはおありがてぇ。
いいか、無駄に経験だけある俺から言わせてもらうが、攻撃を躊躇った時点でお前は死んでるも同然。
お前は俺より絶対強いんだから、撃ってこい。」
言い終わった時、嬢ちゃんはうっすら涙目になっていた。やべ、言い過ぎちまったかと、ちょっと後悔した。
俺は両手を広げ、ここに撃てと言わんばかりに胸を張る。
嬢ちゃんは目を瞑りながら半ばヤケに見えるがこちらにワイヤーを射出する。
すぐ横を通り抜けるワイヤーの先は、牙の様に鋭く尖っていた。
ワイヤーを巻き、嬢ちゃんは少し浮きながらこちらへ爆速で距離を詰める。
このまま突っ込まれれば、多分一発で俺は負ける。
確信し、俺も半ばヤケで真正面にスライディング。
突っ込んでくる嬢ちゃんを下から回避し、背後を取る。
そして、背中、丁度心臓のあるところに銃を突きつける。
嬢ちゃんの早くなった鼓動が、銃越しにもはっきりと伝わった。
「──勝負有り。」
「…まあ、初回はこんなもんだろう。2人とも、よくやってくれた。休憩だ、好きに過ごすといい。」
顎の兄貴は腕を組んで言う。
「……では、私はこれで失礼します。」
柳の嬢ちゃんは、俺たちに一礼した後、道場から出て行った。
俺は顎の兄貴の目の前に座り、単刀直入で切り込んだ。
「なあ、柳の嬢ちゃんのことを教えてくれねぇか?」
「…構わない。」
兄貴は目を瞑りながら、話し始めた。
「彼女は強い。実力だけなら、お前たち薪の英雄にも引けを取らないだろうな。
だが、唯一と言っていい欠点、いや、人としては長所かもな。
『優しすぎる』んだ。彼女は、虫けら一つ潰すのに躊躇する。人なんて絶対殺せやしないし、どのころか、傷すらつけたがらない。
彼女は此処にきた時からそうだった。都市災害から救出された時の彼女は、両親を失ったばかりだったんだ。俺の見立てでは、都市災害による親しい人々の蹂躙、それが彼女が極端に暴力を嫌う理由になっているってところだ。もし、自分があの災害の様に人々を傷つけたら、と想像してしまうんだろう。
俺も、敵に拳を振るう勇気を持てと言ってはいるが、彼女は実行できずにいる。
そんなのじゃ、この都市ではやってはいけない。それはお前の方がよく分かっているかもな。」
「それで、キッドは何故彼女のことを俺に聞いたんだ。」
「……ちっと、気になったからかな。」
「そうか。」
「もう行くよ。ありがとな。」
顎の兄貴は軽く手を振り、俺を見送った。
休憩室に戻る間、俺はとある会話を耳にした。ここの門下生の会話だ。
「雨京柳って知ってるか?ここの門下生なんだけどよ。
そいつ、がっちで雑魚いのよ。もう何一つ出来ませんよ〜見てぇな面して、給仕だの掃除だのしかしてねぇのよ。」
「今日もしてたわ。暇かよ。」
「あいつ、あれしかできねえもんな。」
「まじで?此処にいる意味なくね?修行ごっこ楽ちいでちゅかね?」
「それ。無駄に面と体だけは一丁前だし、やるだけやりて。」
「拙者不幸ですみてぇなのが無駄に癪に触るよな。あれを歪ませてやりてぇわ。」
「それに、地味に師匠たちから好かれてんのもうざいわ。どうせ股開いて媚び売ってんだろ。」
ケラケラと笑う声が、どこまでも流れる晴天に響いた。
何度か、俺は聞いてたんだ。柳に対するクソみてぇな陰口をな。
俺は、こういう陰湿な手口は大嫌いだ。今まではどうにか耐えていた。でも、ここまで頭に血が昇ったのは、人生初めてだった。マジで視界が真っ赤になって、頭も真っ白だ。
俺は足を止め、一番近くにいた男を思い切り蹴り飛ばした。
感情に任せてなのか、自分の意思なのかはわかんねぇ。
けど、俺はこのゴミクズ共を許せなかった。
胸ぐら掴んで投げ飛ばす。頭突きで歯ぁへし折る、喉仏をぶん殴る、眼球に親指を捩じ込む。
思いつく限り全ての暴力をこいつらに振い、ぶち殺そうとした。
幸い、近くにいたソルが俺を止めてくれたから、俺は殺人犯にならずに済んだ。
「お、お前!俺たちにこんなことして、ただで済むとは思うなよッ!」
「知るかよ。俺はただ、俺の正義を実行したまでだ。」
「キッド、落ち着け!」
俺を宥めるソルの鼻頭を裏拳で打ち、よろめかせる。
悪いが、今の俺は友達にも止められたくねぇ。
ソルは何度も俺を呼び止める。けど、一切耳には入ってこねぇ。
「正義のヒーローの癖に、弱い市民に手を出してどうする!正義を実行する相手が違うだろ!努力してる俺たちじゃなくて、なんもしないし出来ないあいつに…」
俺は言い訳なんざ聞きたかねぇんだわ。
「あ"?」
ゴミクズ共は、一言で萎縮した。
「俺が正義を実行すんのは、お前ら見てぇな、腐り切ったゴミクズ共から、優しい奴を守るためだけだ。」
「キッド!」
瞬間、俺はソルに殴られて気を失ったらしい。




