第二十三話 達人の立つ領域
休憩室に戻ると、みんな、私服から動きやすい格好へと着替えていた。ジャージや、任務着など、色とりどりの服が目に入る。
「ソルは着替えなくていいのか?」
「あぁ。この格好でも十分動ける。」
僕は日々の鍛錬でも、不意の奇襲に備え、あえて動きにくい服装でいるようにしている。そのおかげか、厚手の長袖パーカーとジーパンでも、問題なく動ける様になっている。
僕たちは使うかわからないけど、一応武器を持って道場へと向かった。
少し古びているが、それが味を醸し出している。
大きな扉を3回、コンコンコンとノックする。
「入れ。」
七星さんの声ではない、低い男の声で言われた。
誰だ。彼が、そのアギトという男なのか。
疑問を胸に、扉を押す。
かなり重いな。相当な力を入れる。
すると、ゆっくりとだが、音を立てて扉が開かれる。
開けてみると、広々とした板床の部屋が広がっていた。
壁際には鍛錬用っぽい、布の巻かれた木の棒や、木刀、本物の剣などがいっぱいに立てかけられている。
その真ん中、2人の人物が座っている。
1人は、白髪の女性、七星さんだ。
だけど、もう一人のとても暗い赤髪の男性は初見だ。
「俺は大轟顎。隣は姉弟子だ。
先代宗主の、最後の弟子でもある。」
大轟さんは深々とこちらにお辞儀をし、立ち上がる。
「まずは、お前たちの実力を見せてほしい。
俺と戦いたい者はいるか?隣の朧とでもいい。」
大轟さんはこちらに手を差し出す。
なんか、思ってたより普通の人だな。いや、修行になると豹変するタイプかもしれない。
流れるは、沈黙。
そりゃそうだ。雰囲気だけでわかる。
彼らは、ハレミチと大差のない覇気を持つ。だけど、ハレミチのような邪悪さはなく、達人の極限まで研磨された気を感じる。絶対、僕らより強い。
「なら、私から指名させてもらってもいいかな?」
七星さんが、一歩前に出る。
「そこの黒髪のお兄さん。皇楓さん、だったっけ。やろっか。」
皇楓の方を見ると、は?みたいな顔をしている。
「…やるしかないか。」と彼は小さく呟くと、一歩前へ出た。
「ルールは…ダウン取ったら勝ち、でいい?ここがぶっ壊れちゃうくらいじゃなければ、能力は好きに使っていいよ。
武器は、壁にあるやつ練習用のを好きに使ってね。」
「──分かった。」
皇楓は壁に立てかけてある、背丈ほどの長い棒を手にする。
「達人相手に、今の俺がどこまで立ち回れるか、確かめさせて貰う。」
足を大きく引き、構える。僕から見たら、構えに一切隙はない。
「……おいで。」
七星さんは、コンパクトに構える。
「───始め。」
大轟さんの声が響くと同時、尋常ならざる脚力で踏み込み、皇楓が大きく飛び出した。
低く、地面スレスレで、攻撃を仕掛ける。
「……いい場所くるね。」
七星さんは左にくるりと回り、一閃を避ける。そして、流れる様に皇楓の背に裏拳を叩き込んだ。僕には、軽く触れた様にしか見えない。
しかし、皇楓は吹き飛んだ。宙を大きく舞う。
彼が受け身を取るより早く、七星さんは彼の顔面に踵を突き刺した。
皇楓は地面にどうにか着地し、距離を取る。
彼の顔には青タンが浮かび、鼻血がダラダラと流れる。
「(たった2発でこれか……下手に攻めると、カウンターを取られてしまう。)」
皇楓は、槍を自身の体の近くに構える。彼は守りの姿勢に入った。
「ふふっ。そっちが受けたいなら、攻めてあげる。」
瞬間、七星さんが霞の様に目の前から消える。
皇楓は目を閉じる。
同時に、七星さんが皇楓の目の前へ現れる。大きく踵を振り上げ、処刑人の斧の様に振るう。
「天ッ!」
黄金の巨龍が、彼の背の影から現れる。
皇楓の武器の先と連携し合い、七星さんの踵の軌道を曲げる。
一撃は、道場の床に突き刺さる。
皇楓は好機と捉え、振るう。
しかし、流れる様に躱される。
「……速くはないかな。」
あえてだろうか、七星さんの方から距離を空ける。
「なるほど、皇楓さんは攻めより守りってタイプだね。防御力だけで言うなら、都市でも相当だよ。」
彼女は、笑顔で褒める様に言う。
「……でも、君の苦手なところを見つけちゃった。」
今度は見えた。真っ向から突っ込んだ。
皇楓は、それをもう一度龍と共に弾く。
七星さんは、弾かれた衝撃で宙へ飛び上がる。
そして、皇楓の後頭部を『踏み込んだ』。
瞬間、皇楓が音を立てて倒れ込む。武器を手放す。
彼は踏ん張る。腕に全身の力を込め、震える。体を、上へ押す。
しかし、それはたった一秒。再び彼女を見ることすら、叶わなかった。
「カウンターの後に、隙ができちゃう。連撃は受けきれない。」
「─勝負あり。」
大轟さんの宣言が、道場の空気を突き刺した。
「……すま…ない。俺は…」
七星さんは、言葉を言い終わる前の皇楓の肩を持ち、立ち上がらせる。
「勘違いしないでほしいけど、君はぜんっぜん弱くない。
さ、休憩しよっか。そこに座ってて。敗因じゃなくて、自分のよくできたところを考えてみて。」
皇楓は、地面にどさっと座り込み、顔についた血を拭った。
「次、アギちゃん相手してあげて。私もちょっと休憩。」
「…その呼び方はやめろと何度も言っているだろう、姉さん。」 大轟さんは軽く咳払いをした後、キッドを指差す。
「若造、名を言ってはくれないか。」
「え?俺?キッドだけど。」
「なら、キッド。手合わせ願う。」
キッドは嘘だろ!?と言わんばかりに、僕らの方を見る。
エリは「やってみましょ?」と言わんばかりに目で合図する。
シャムルも、「やりなよ」と、親指を大轟さんの方に向ける。
キッドは頭を抱える。
「しょうがねぇ…」彼は小さく漏らし、一歩前に立つ。
「やるぜ。俺からも、手合わせ願うよ。顎のおっさん。」
「……俺はまだ20代だ。」
大轟さんは、どこか気まずそうに呟く。
「……ッ……ブフッ、そ…そうだもんね。アギち、ちゃんって、強面だか…まって無理、ふっ…アハハハッ!!!」
七星さんは、我慢していた笑いを抑えられず、床を叩きながら爆笑を始める。
「…いつかぶち殺してやる。クソ姉者。」
そう言いながら、大轟さんは拳を打ち合わせる。
「どこからでも掛かってこい。キッド、相手をしてやる。」
キッドは堂々と、「おう!俺が相手だ!正義は、必ず勝つんだぜッ!」と言って見せるが、足が震えている。
震える足を、彼は両手の銃で叩く。すると、震えが完璧に収まった。
「それ…じゃぁ…始…め。」
笑いを堪えながら、七星さんは声を絞り出す。
大轟さんははぁ。とため息を漏らす。
そして、飛んだ。
彼の右手に、拳が握られる。
キッド死んだな。そう直感した。
「や……ゴホぉッ…」
拳が、キッドの左肩に命中した。まさに轟。破裂音を立てる拳なんて初めてみた。
キッドは一撃でぶっ飛ばされ、音を立てて壁に激突する。
「…顔面を狙ったつもりだが、気配をずらしたな。」
キッドの力、認識阻害。その名の通り、五感で彼を感じるのを妨害する力だ。彼は、常にその能力を使っている。僕ですら、素顔を見たことがないほどに。だから、能力の練度が違う。
「……腕ついてるよな?」
キッドは、右手の銃で左腕を小突く。
瞬間、キッドの姿が見えなくなる。目に霞がかかったみたいに、視界から、彼の情報が消える。
「成る程。」
大轟さんはそう漏らし、軽く足を引く。
───バン。
乾いた音が鳴り響く。
大轟さんから見て7時の方向から、弾丸が飛ぶ。立て続けに、逃げ場をなくす様に、全方位から弾丸の嵐が飛ぶ。
「……いい狙いだ。」
彼は拳を固め、銃弾に向けて振るった。
カキン、という高い音を鳴らしながら、銃弾が僕の目の前まで弾き飛ばされた。
どんな拳をしてるんだ。本当に人間なのか?
「ウッソだろ…」
キッドの声が、大轟さんの背後から。
大轟さんは踏み込み、背後へ跳躍。
弾丸が上へ飛ぶ。
しかし、彼の拳は、それよりも速かった。
何もない場所へ、拳が突き刺さる。
1秒の沈黙の後、地面に大きなドサッという音が鳴り響く。
音のした場所から、二度目はなかった。
「……勝負有り、でいいかな。」
七星さんが、少し低く言う。
大轟さんは音のなった場所を、軽く叩く。
「い……いでぇ……」
キッドの声が聞こえる。
「立つんだ、キッド。
お前は強い。振り返ってみろ。なにが良くて、何が悪いか、自分でよく考えるんだ。」
多分、キッドの肩であろう場所に、大轟さんは拳を置く。
まずい、一人ずつボッコボコにされている。僕の番はいつだ?できれば来ないでほしい、そう願う。
「次も俺がやろう。ピンク色の嬢、どうだ?」
大轟さんは、エリに右目を向ける。
彼女は一つ呼吸を置く。そして、「勿論、やりましょ。」と、言って見せる。こう言う時は、彼女の度胸が羨ましい。
エリは、右手に弓を持ち、腰を軽く捻る。
「さ、どこからでも掛かってきてくれていいわよ♪」
「ならば、望み通り。」
大轟さんは右手の拳を握り、体を低くする。剣を使う僕だからわかる。あれは『居合』と同じ構えだ。
「じゃ、始め。」
言葉と共に、2人同時に飛び出した。
大轟さんの拳と、エリの…拳、かよ。
二つの拳が、轟音と共にぶつかり合う。
戦車砲の発射音を聞いたことあるが、こんな音じゃなかった。もっと、優しかったぞ。
「……さすが師匠、いい拳ね。」
「…想像以上の力だ、ギアを上げさせてもらうぞ。」
大轟さんは瞬く間に姿勢を低くし、開いたエリの胴にブロー。彼女は、壁まで吹き飛ばされる。
しかし、エリは吹き飛ばされる瞬間、6本の光の矢を放つ。
3本は外れ、もう3本は弾き飛ばされる。遠距離攻撃は、ほとんど通用しない様だ。
「やっぱり、弾くわよね〜…」
「……当たる様に、工夫するんだ。」
エリはふっと笑い、姿勢を低くする。そしてもう一度、飛び出した。
再び拳を構える。両者共にだ。
そして、ぶつかり。
合わない。
大轟さんの拳の勢いを利用し、上へ飛び上がった。
そして、弓を射る。
ピンク色の光が、道場を照らした。
光が去った時、首を抑えながら大轟さんが現れた。
「俺に一撃入れるとは、流石だ。
一瞬、本気で行かせてもらう。」
彼は、心臓を押さえ、強く押す。
離れている僕の耳に入るほど、彼の鼓動が強く進む。
そして、彼は僕の前から消えた。
エリは咄嗟に矢を放つ、が。
破裂音が響いた。前のとは、威力が目に見えて違う。常人が受ければ、全身が粉微塵になるほどの破壊力。彼女は、それを顔面で受け止めた。
吹き飛ばされたエリは受け身を取る。しかし、力なく地面に倒れ込んだ。
「勝負有り」
大轟さんはエリに手を差し出す。
「お前は強い、誇れ。」
「……もう、女の子を二度も打つなんて、泣いちゃうわよ?」
七星さんが、僕の方に目をやる。心臓が高鳴る。
「ソルさん、やる?」
遂に、僕は死ぬらしい。そう感じながら、立ち上がる。
「…やろうか。」
壁に立てかけてある木刀を手に取り、七星さんに向ける。
七星さんは軽く2回ジャンプし、右足を上げる。
「───始め。」
合図が鳴らされる。まずは、相手の出方を見なければ。
僕と七星さんの間に、沈黙が流れる。
下手に動けば、一撃でやられる。僕は直感した。
「こないの?なら、私から行かせてもらうね。」
言葉と共に、七星さんの姿が消える。
けど、気配は薄っすら感じられる。本当に薄っすらだけど。
その気配が、正面から感じられた瞬間、横に一閃。
が、止められた。
目を開けた瞬間、七星さんが僕の真正面に立っていた。
右の足裏で、木刀の一閃を押さえ込んでいる。
そのまま振おうとしても、凄まじい脚力で振り抜けない。どころか、こちらが押し込まれる。
ついに押し切られ、体が大きく後退する。
そこに、連撃が叩き込まれる。
上下左右から高速で叩き込まれる拳と蹴りを、全て捌くことはできない。
僕は思い切り木刀を振り、どうにか引かせる。
拳をモロに喰らい、ダラダラと鼻血の流れる顔を拭う。
「今度は、僕が攻めさせてもらうよ。」
僕は一発斬撃を飛ばす。
七星さんは、それをさらりと回避する。
それは、読めている。
回避の方向に斬り込む。
七星さんの髪先が、さらっと地面に落ちたとき、彼女は軽く笑った。
「わお、一撃、入れられちゃった。じゃあ、私もやる気を出させてもらうね。」
七星さんは手を広げ、斬ってみろと言わんばかりに頷く。
僕は訳も分からず木刀を振るう。
しかし、僕が斬ったはずの胴はまさに朧となり、木刀がすり抜けた。
「驚いた?」
彼女がそう言った時、顎に思い切り彼女の膝が叩き込まれた。
……頭の中で、キーンという音が鳴る。痛みとかは……ほとんど感じない。
瞬間、僕の視界が暗くなる。
意識が……保て…なく。




