第二十一話 武の師は、朧と消えゆ
ハレミチの最期の配信から、1週間が経った。僕には、つい数刻前に感じられる。
ハレミチの召喚物、フェンリルの吐息がなくなったことで、この街に、暖かさが戻って来た。
天気予報を見てみよう。
1月15日、最低気温は…-5℃。最高気温は…1℃。
確かに寒い。けど、常識的な値に戻っている。
もう、雪もほとんど降らなくなった。全ての雪はいずれ溶けて、大地に水を届ける。春が楽しみだ。
けど、安心していられる場合でもないんだ。
ハレミチの庇護がなくなったころ六十六番街に、多くの勢力が影響を広げようと躍起になっている。
メカ社の偵察機をこの前に見かけた。それに、ホットネスト・ファンクラブの会員、スパークルの視聴者、花火職人たちも、やってきていると聞く。
僕らのような小規模勢力、はまだ安定して生活できているが、近いうちに、大規模勢力の抗争に揉まれ、住居を追われることになる。
そんな状況は、避けたいものだ。
と思いつつ、僕は手に持つカップスープを啜る。
コンソメのいい香りが漂う。パンが食べたくなってきたな。
昼飯を食べたら、どこか出かけようか。そう考えていると、インターホンが鳴らされた。
宅配便か?僕は頼んでないぞ。
そそくさとスリッパを履いて玄関へ行き、扉を開けた。
「こんにちは、『薪の英雄』たち。」
そこには、僕と同じ白髪の女性が立っていた。エメラルドグリーンの瞳が、こちらを見続ける。
だが、彼女は僕らの正体、住居を知っている。多分、ただ物ではない。
開けなければよかったかも。一瞬、後悔した。
「君たちの活躍は聞いているよ。あのハレミチを打ち倒した。でしょ?」
「…だとして、何の用だ。僕らの首を取りに来たのか。」
僕は拳を握る。近くに、武器になりそうなものはない。スリッパなんかじゃ戦えない。拳一本、まだまともな武器だ。
「違う違う!勘違いさせちゃった?私、こういう者なの。」
女は、僕の前に名刺を差し出す。
そこに刷られた字を見て、僕は目を疑った。
『覇導観 第五代目宗主 七星朧』
覇導観、6大勢力の一角。スパークルですら、その縄張りに迂闊に侵入しようとしない。
武芸百般、勇往邁進、覇導専心を合言葉に、五十一番街を守り続けて来た。若き日の現宗主2人は、全盛期のハレミチを追い払ったとされる。
そんな者が、何故ここに?
「今日は、お願いをしにやって来たんだ。」
彼女は、手を後ろで組む。
「私たちの覇導観に、来てみる気はない?」
「…はい?」
自然と口に出た。
「弟子入り、って訳じゃないけど、一二週間、一緒に稽古をしないかってことだね。
君たちは、思ってる以上に有名だよ。そりゃぁ、ハレミチを倒したんだから、当然だよね。
有名だったら、当然狙われる。」
「命を、だろう。」
「そう。
私たち覇導観としては、君たちに負けて死んだり、吸収されたりしてほしくない。
ハレミチの脅威を知ってる人たちからしたら、君たちは文字通りの期待の新星。そんな子たちに、強くあってほしいってことだよ。」
僕は、疑問が残る。こんな旨い話はあるのか、だ。
僕らには当然メリットがある。覇導観での稽古で、強くなれる。けど、彼女らには一切のメリットがない。
言葉に裏があるのか、と疑いざるを得ない。
「覇導観と薪の英雄が組んだとなれば、メカ社も相当動きづらくなるし、今後の六十六番街の覇権争いの中でも、優位に立てるんじゃない?
それに、それはこっちにも言える。薪の英雄は今後も凄いことをしでかしていくだろうし、その名声を、ちょっぴり借りられそうだから、ってのもあるかな。」
彼女は、すこし恥ずかしそうに言う。
──それだけか。
つまり、僕らは覇導観の大きな後ろ盾を、彼女らは薪の英雄の名声を得る、というわけか。
互いに、利益がある。でも、これは僕だけじゃ決められないな。
「申し訳ない、七星さん。こんな大事、僕一人じゃ決められない。後日、答えを伝える、でいいだろうか。」
「もちろん。今日は六十六番街に泊まりの予定だから、明日の今ぐらいに聞きにくるね。
断ってもいいよ。その代わり、守る義理は無くなっちゃうけどね。
いい返事、期待しとこうかな。」
七星さんは玄関を背にし、歩き去っていった。
「最後に、少し疑問を言ってもいいだろうか。」
僕らは、去り行く背に、質問を投げかける。
「ん?なにかな?」
「もし、もしだ。
ここで、僕ら全員が君の地位と首を狙って攻撃をしてくる、とは思わなかったのかい。
君はトップ中のトップなんだ。」
彼女はにかっと笑顔を見せる。
「いや?
来たところで、君たち程度には勝てるもん。」
そう言い放った彼女の手には、僕の片足のスリッパが握られていた。
「!?!?」
「ふふっ、さっきのは冗談。
でも君たちの方こそ、私がその気なら皆殺しにされてたのに、簡単に扉開けちゃったのには、ちょっと驚いたかな。」
彼女の笑顔には敵意は一切感じられない。
今の一瞬で、三度は殺されてもおかしくなかった。
僕の背筋に、冷たさが刺した。
「また明日。
あと、レヴェルとユウにはよろしく伝えといてね。
『お姉さんが来たぞ』ってね。」
僕は、無言のままリビングに戻る。
「客?めんどいから帰らせといて。」
「そう言う訳にもいかないだろう。茶を用意しようか?」
僕は、3秒目を泳がせてから、口を開く。
「第3回、会議を行う。」
瞬間、この場にいる全員が同時に「は?」と言った。
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とはみんな言ったが、全員、10分以内に席に着いた。
まさに先週、地獄を見たからな。緊張感が違う。
「今度は何事だ?」
「まさか、スパークルの奴に爆破予告でもされたか?」
「いえ、探知機に、爆弾の反応もありません。となると、先ほどの客人、その者についてでしょうか。」
「流石アンサー、鋭いな。」
僕は、椅子に座り、目を閉じて言う。
「今回は、別に命に関わる訳ではない。でも、重要な議題だ。 覇導観宗主、七星朧からの提案が議題だ。」
瞬間、みんなから質問のマシンガンを浴びせられる。
「とんでもねぇ奴が来てんじゃねぇか!」
「七星殿の活躍は、知っている。軍団長が、彼女に破壊された。そんな者がなぜ我々に?」
「……昔の頂きがバレてしまったか…」
「それで、彼女はなんであたしたちに会いに来たの?」
エリは首を傾げ、余裕ありげに言う。
「数週間、稽古をしに来ないか、だと。
簡単に言うなら、僕らと友好的な関係を築きたいから、らしい。」
「……アタシはだるいからパス。」
「私も遠慮させていただきます。」
運動嫌いの二人が、食い入るように言う。
エイヤとアンサーは任務以外で、まず外に出ることが珍しい。
「…分かった。他はどうする?」
僕は、皇楓たちに目を向ける。
「俺は、行ってみる。この力を、試してみたい。」
皇楓は拳を握る。
現状、僕らの中で唯一『覚醒』を成し遂げている彼の新たな力、僕も気になる。
「朧さんと轟さんに会えるなら…私も行きたい!久しぶりに、顔を見たくなっちゃった。」
レヴェルが手を挙げる。
「知り合いなのか?」と問う。
「うん。私が異能都市に来た時から、しばらく覇導観でお世話になってたんだ。」
覇導観は武術道場だが、孤児院も兼ねていると聞く。
彼女は、そこで暮らしていたらしい。
「俺も行くぜ。覇導観の修行ってやつ、やってみたかったんだ。」
キッドが、足を組み直す。
「なら、あたしもいこうかな。正味、あたしって強くないから、強くなりたい。」
…シャムルは絶対に行かないと思っていたから、意外だ。
きっと、彼女にもなにか心境の変化があったのだろう。
「…俺は辞めておこう。覇導観の連中には、あまり良い思い出がないのでな。義盗時代、少しばかり因縁があってな。」
ヴラドが、苦虫を噛み潰したような顔になる。
昔の残響怪盗時代の彼は、多くの勢力から盗み、霧のように消えるで有名だった。おそらく、覇導観にも挑戦したのだろう。
ヘヴンとベンジャミンは顔を合わせる。
「…ごめんね。私たちもやめとく。私、あんまり武術とか得意なタイプじゃないの。」
「…宗主2人とは、少々の縁があってな。すまない。顔を合わせるには、まだ早い気がするんだ。」
「ギューーン!」
「スティーブは行きたいらしい。連れて行っては貰えないだろうか?」
スティーブとヘンリーも行くようだ。近接戦闘をメインにするスティーブには、いい修行になるんじゃないか。
結論を出していないエリに目を向ける。
「エリ、どうする?」
エリは顎に手を置き、とても悩んでいるような仕草をする。
「行ってみようかしら。」
意外とあっさり、答えを出した。
そして、僕はユウの方を見る。
「ユウ、君はどうする?」
彼は、自分に話が回ってくるとは思ってもいなかった様子で、オドオドとしている。
「えっと、僕は…やめときます。
レヴェルさんと同じで、覇導観にお世話になってたんですけど、その、あんまり練習について行けてなくて。顔向けできないかなって。」
「そうか。無理強いはしない。
僕は元々行くつもりだったから、これで7人だ。これで伝えておく。異論はないな。」
いきなり、アンサーが口を挟む。
「…相手のカードに裏がある可能性も考えておいてくださいよ。裏切られる可能性だって、0ではありません。
連絡は怠らないでください。
あくまで、賭けであることを忘れずに。」
覇導観が、僕たちを嵌めようとしている可能性だってある。
確かに、警戒はしておかないといけない。
「分かった。何かあったら、すぐに連絡するよ。」
僕は、賭ける。覇への導きに。裏があろうと、罠だろうと。
強くなれるのなら、試してみるべきだ。
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