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イマジナリー・ライク・ア・ジャスティス  作者: もちもちアゲイン
第一章 「デイ・アフター・デイ」
20/22

第二十話 来る日も来る日も

ハレミチは血を吐き、力なく地面へ崩れ落ちた。

胸を押さえ、浅く、途切れそうな呼吸を繰り返す。

ついさっきまで、あれほどの怪物だった男が、今はただの瀕死の人間にしか見えない。

胸の奥が、わずかに軋んだ。


「ははっ……君たちのお仲間は、随分とやるみたいだ……」

掠れた声で笑う。


「僕は……多分、もうすぐ死ぬだろう……」

間を置いて、彼は目を細めた。


「最期に一つ、おとぎ話を聞いてくれないか?

哀れな子犬の話さ。」

────────────────────────────────

あるところに、小さな子犬がいた。

鎖に繋がれ、檻に閉じ込められ、ショー(配信)をさせられていた。

観客は笑う。拍手を送る。

けれど子犬は、一度だって楽しいと思ったことはなかった。

口は針で縫われ、無理やり笑顔を作らされる。

台詞を間違えれば、容赦なく殴られる。

来る日も来る日も、子犬は望み続けた。

手に入らないと分かっているものを、それでも。

やがて気づいた。

自分は『生き物』として扱われていないのだと。

心はすり減り、やがて痛みも、苦しみも、何も感じなくなった。

そんなある日。

一匹の、小鳥(視聴者)がやってきた。翼の折れた鳥だった。

鳥は子犬を哀れみ、自分の翼と嘴を分け与えた。


「これで、空を飛べる」と。

子犬は空へ行こうとした。

けれど、走り方すら知らない。飛び方なんて、分かるはずもなかった。

それでも、来る日も来る日も。羽ばたこうとし続けた。

──ある冬の日。

灰のような雪が降る中、子犬は見た。

あの鳥が、無惨に壊されて捨てられているのを。

理由は単純だった。面白そうだったから。気になったから。それだけで、命は壊された。

その瞬間、子犬の中で何かが切れた。怒り、憎しみ、悲しみ、嫌悪。

すべてが溢れ、子犬は巨大な狼へと変わった。

そして、全てを飲み込んだ。

人間も、街も、何もかも。

だが、足を止めた。

小さな鳥の巣。

そこには、もう何も残っていなかった。

怪物は、その場から動かなかった。

自由になったはずなのに。何もない場所に、ただ在り続けた。

それからも、大人になった子犬の怪物は人間を狩り続ける。

復讐か、贖罪か、それともただの本能か。

やがて復興した街に、怪物に憧れる人間が現れる。

狼の皮を被り、勝手な『狩り』を始めた。

怪物は、それらを殺し続けた。

なぜだと思う?

────────────────────────────────

「自由だからさ。

奪われないために、奪えばいい。」


ハレミチは、静かに言った。

「自由な人間が、僕を自由から遠ざけないようにする為に……

僕は、来る日も来る日も、自由に殺す。」


エリが小さく呟く。

「……聞いたことあるわ。ハレミチ。伝説の元配信者。

子供たちに夢を与えた、『英雄』。何百万人もの子供が、あなたに生きる勇気をもらったのよ。」

ハレミチは、ゆっくりと立ち上がった。


「そうさ。だから──最期は、英雄の先輩として。君らの前に立たせてくれ。」


スマホを取り出し、迷いなくボタンを押す。

コメントが、洪水のように流れ始める。

〈ハレミチ配信いつぶりだ!?!?!?〉

〈15年前の事件以来〉

〈¥50000 子供の頃を思い出して涙ガッ…!〉

〈なんで今日配信するんだ?〉

〈ハレミチ血だらけじゃね?〉

〈薪の英雄いる〉

〈コラボ配信、ってコト?!〉

〈あたりボロボロ、全部演出だよな?〉


「……やぁ、みんな。今日も、ハレたミチを歩いているかい?」

その声は、どこか昔のままだった。


「悪いけど、今日はお別れ配信だ。最終回、楽しんでくれ。」

スマホを胸元にしまう。

レンズだけが、こちらを見ていた。

「君らが本物の英雄なら──立ち向かえ。僕みたいな邪悪に。」


──僕は、剣を握る。

一瞬だけ、躊躇が走った。頭の奥で、かすかな記憶が揺れる。

画面越しに見た笑顔。誰かを救っていた言葉。

───この手で、『過去の英雄』を殺すのか。

それでも。

「……あぁ、僕らは英雄だ。」


声を絞り出す。

「来る日も来る日も、自由を追い求める。

でも、それは一人の自由じゃない。」

剣を構える。


「“みんなで焚き火を囲める自由”の為に、戦ってるんだッ!」


ハレミチの表情が、ほんの一瞬だけ緩んだ。

次の瞬間、刃が迫る。

鍔迫り合い。

至近距離で見る顔は、ひどく痩せ、血に濡れていた。

血が、頬に飛ぶ。ハレミチが口に溜めた血が、僕の顔に飛んだ。

内側からのダメージ。限界は近い。それでも彼は、全てを躱し続ける。

攻撃はしない。ただ、生き延びるためだけに。

やがて。

膝をついた。

「……僕は、もう歳だ……」

息が切れる。

「それでも……自由でいたい……」

コメントが流れる。


〈死ぬなハレミチ!〉

〈負けるな!〉

〈¥2000 逆転に賭ける〉

〈リンチにして楽しいか!〉

〈俺らに夢みせてくれ!〉


止まらない。

僕は剣を向ける。

迷いは、消えていなかった。

それでも。

「……これで終わりだ。」

静かに言う。

「お前は戦った。だから、休め。」

ハレミチは立ち上がり、スマホに向かって微笑む。

「……リスナーたち……さよならだ……英雄たちを……責めないでくれ……彼らは…勝ったんだ。」

そして。

「……君たちのミチは……きっと、晴れている。」

──自ら、腹に杖を突き立てた。

音が、やけに大きく響いた。

コメントが、悲鳴に変わる。

〈嘘…だろ?〉

〈演出じゃないのか?〉

〈ハレミチぃぃぃ!ほんとに死ぬやつがあるか!〉

〈…英雄たちは、強かった。それだけさ〉

〈泣いた〉

〈安らかに眠れ〉


僕は、剣を地面に置き、膝をつく。

ハレミチの右手に握られたスマホの画面、配信終了ボタンをそっと押した。

その配信は、同接一億人を優に超えていた。それだけの人に見守られながら逝けたのは、彼の本望なのだろうか。

誰も、すぐには言葉を発しなかった。

黒い雪が降り始める。

空から、ではない。

崩れた怪物の残骸が、灰のように舞っている。

それはやがて、ハレミチの姿を覆い隠した。

何も残らない。

ただ、冷たい静けさだけが残った。

数秒の無言、それが、僕には越冬より長く感じられたんだ。


「……どうやら、終わったようだね。」

僕らの声じゃない声が聞こえた。

何故、お前が。


「…リベリオス、何故生きている。」

僕は剣を手に持ち、立ち上がる。


「安心して。僕は君らと戦う気なんてないんだ。どころか、僕の方が、君らにツケを作ったみたいだ。」

リベリオスは、機械の姿を解除し、無防備な人の姿を曝け出す。

その声に、飄々さは無く、とても真面目で、どこかしんみりしていた。


「…一応、上に報告は入れておくよ。

それじゃあね。英雄くん達。次会う時は、トモダチとして会えることを願っているよ。」


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