第十九話 日曜日、ハンターは目を覚ます。
───狼の遠吠えが鳴り響く。
その声は、俺たちに「死」という一文字を想起させた。
そして、見える。歩いてくる人影が。その目は赤黒く煌々と輝き、こちらを一点に見つめ続ける。
「やぁ、お会いできて光栄に思うよ。英雄たち。」
瞳の男は、軽く、全く緊張などしていない様子で言う。
「獣を狩る狩人、の狩人って、誰だか知っているかい?」
男は、杖を地面に打ちつけ。
「それは、紛れも無い、僕さ。」と言い放つ。
瞬間、辺りが肌を刺す寒さに満ちた。六十六番街の寒さなんて比でもない。丸裸で吹雪に晒されているようだ。
「さ、寒いっ……」
「凍っちまうぞこんなん…」
皆の髪が凍り始めるのが見える。
俺も、体が動かなくなってきた。姿を見ることすらできずに死ぬ、のか。
───いや、まだだ。
「クソガキ、やるよ。」と言い、エイヤは一瞬だけこちらを見て、傘を前に向ける。
「任せろ。」と言うと、俺は力を使う。拳を握ると同時、黄金の龍の牙が、男、『ハレミチ』の喉元へ。
同時、上下から対応するように赤い触腕が、同じ地点を穿つ。
辺りは土煙に満たされるから、どうなっているかはわからない。
が、召喚物、龍嶺と俺の感覚は繋がっている。から、分かる。
当たった。確実に攻撃が命中した。だが、一切の手応えがない。通用していない。そう、直感した。
煙が去った頃、先程まで路地、いや、ビル群があった場所には、なにもなかった。
あるのは、天を見上げるほど巨大な、いや、巨大と言う言葉では表しきれない大きさの、牙と肉と血で満たされた大顎を持つ、怪物が鎮座していた。
「───うわ。」
エイヤが、冷や汗を流す。まずい、その合図だ。
その足元、いや、顎元に、一人の男が立っている。灰色の髪に、赤い瞳、傷だらけの顔、手に持つ杖。
奴がハレミチ、の本体だ。だが、この怪物は?
「僕の頭上のこいつ、『フェンリル』だよ。名前くらいは聞いたことあるんじゃ無いかい。」
北欧神話の伝説の怪物。神を飲んだ、最強最悪の狼。
それが、彼の力だった。
「英雄、君たちと死合えること、誇りに思うよ。
どうか、この獣の腹の中で、安らかに眠ってくれ。」
血肉と牙だらけの口を目一杯に広げながら、怪物は、こちらをこの街ごと喰らおうとする。
「クソクソクソッ!どうにかなんねぇのかよ!」
そう叫びながら、キッドは口内に銃を乱射する。だが、血が少し滴り落ちるのみで、一切の効果はない。
「──テレポートは使えない。奴の大きさは、テレポートの限界距離を超えている。」
「万事休す…とはこのことでしょう。」
「逃げきれないよ。もう、間に合わない。」
その時、今まで無言でいた男が、立ち上がった。
カチ。
カチ。
カチ。
時計の針が、前へ進み続ける。それは、決して止まることはない。人の歩みが、そうであるように。
「…どうやら、私の出番、そうだろう?」
黄金の鎧が擦れる音と共に、ベンジャミンさんが立ち上がる。
彼は頭の時計をぽんと叩く。
同時、地面に金色の魔法陣が現れる。
そして、彼は指を鳴らした。
──パチン。
カチ。
カチ。
カ───────。
世界から、色が失われた。
怪物の大顎は空中で静止。キッドが放った弾丸、俺の龍嶺、エイヤのクラゲ、レヴェルの飛剣、俺たちを除く、ありとあらゆる物が、動きを止めた。
「───多少の時間稼ぎにはなる、だろう。
君たちは、私の能力の影響から除外してある。」
「…さて、どうしたものか。このデカブツを、どうやって仕留める?」
ヴラドが上を向き、顔をしかめる。
こんな大きさの怪物を相手取ったことなんて誰もない。
どう出る?どう行動する?ベンジャミンさんが稼いでくれる時間は、無限じゃないんだ。なにか、有効打はないのか?
その時だった。
時間が止まっているはずのハレミチの目が、微かに動いた。
俺の視力は相当いい方だ。確かに、動いた。見えた。
「─────いい能力だ。この範囲、この強さでの停止、さすがは時の番人、ベンジャミン。」
俺たちではない声が聞こえた。
まさか。そんなはずはない。目を一瞬閉じて、声の方を見る。
「───やはり、効かぬか。」
「いや、効きはしたよ。だけど、打ち破った。それだけさ。」
ハレミチは、杖を地面に打ち付ける。
世界に、色が戻った。
「停止すら効果なし、ですか…」
「詰みだね。楽に死ねることを祈ろ。」
「どうにか、ならないの…?」
牙は、刻一刻と俺たちに迫り来る。ゆっくりと、死への恐怖を煽る。本当に、詰みなのか。
なにかできないのか。俺の力は、この程度なのか。
何故だろう。素早い足音が聞こえる気がする。
そして、心から、安心感が溢れる。
「悪いみんな、遅れてしまった。」
白髪、碧眼、手に持つ大剣。この全てに該当する男を、俺たちは知っている。
「この方が、ヒーローっぽくないかい?」
「ぽいぽくないの問題じゃねぇよ!」
「フッ。我らがリーダー、待たせた分しっかり仕事をしてもらいますよ。」
「あぁ。任せてくれ。」
我らがリーダー、『白銀の太陽』ソルは、大剣の鞘に手を掛ける。
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僕は戦う時、ほとんど鞘から剣を抜かない。抜く必要がない、というより、抜いたらいけない。
これは、僕の『全力』を封印しているからだ。
だけど、こいつが相手なら、使わざるを得ない。
鞘に手をかけ、柄に装備された、指紋認証ロックを外す。
カチ、という音と共に、鞘を引く。
青い炎に輝く、剣の全体が顕になる。剣本来の色は白銀。でも、僕の力に満たされた剣は、フレアのように燃え続ける。
柄を両手で握り、構える。
さぁ。
「白の黎明」
上方向に向け、剣を大きく、『全力』で振るう。
白色の水平線が、縦に伸びる。
そして、あらゆる音が凪がれる。
血肉に溢れた怪物の口は、轟音と共に真っ二つに裂かれる。
「ヒーローは技名を言う。だろ?」
しかし、怪物の、胃袋につながるだろう喉の奥までで切断は止まった。
…どころか、グツグツと音を立て、黒い肉が繋がり合う。
切断した骨も、筋肉も、脂肪も、まるで、なにもなかったかのようにくっつき合う。
でも、全部再生するには、ある程度の時間がかかりそうだ。
「効いた効いた。凄い一撃じゃないか。」
ハレミチは一切の煽りや皮肉などこめず、心の底から褒めるような仕草を見せる。
「けど、完璧に倒すには、一味…いや二味足りないな。」
怪物の大顎は空中で静止。口内から、『雪』を吐き出す。
まさに吹雪。サラサラと、粉のように舞うその吐息は、僕たちを凍てつかせる。
「フッ、ハハハハ!」
いきなり、アンサーが笑い出す。
「ちょっと、どうしちゃったのさ!寒さでぶっ壊れでもした!?」
「年末、私が言っていたのを覚えてますか。
あの、『凍らない雪』の事ですよ。あれの正体が、今わかったんですッ!それはッ!フェンリルの吐息!能力で生成した物だったなら、ルールが通用しなくて当然でしょうね!」
アンサーは立て続けに、心底楽しそうな声色で叫び続ける。
「そしてッ!私は性質を研究していた!言いたいことはわかりますねッ!」
「攻略法が、ある。」
僕が、凍りそうな口を働かせる。
「正解ッ!100点満点をあげましょう!」
アンサーは、手に持つ改造銃を、その場で『改造』。彼の能力だ。
新しく、大きなファン、いや『扇風機』を作ってみせる。
ファンを上に向け、スイッチを入れると、『吐息』が、反対に向き飛んでゆく。
アンサーの立つ場所には、その雪は降ることはなかった。
「この雪は、非常に軽量。このくらいの扇風機でも、飛んで行ってしまうほどにッ!」
「─でも、その扇風機一個じゃ、一人守れるかどうか。アタシらは守られないよ。」
瞬間、キッドが口を開く。
「スティーブのドリル!あれにでっけぇファンをつけりゃ、みんな守れるんじゃねぇか!?」
アンサーはレヴェルに目を合わせる。両者は、一瞬でふっと頷きあう。
「エイヤ!あそこのガードレール、取って!」
レヴェルは付近の駐車場のガードレールを指差す。
「はぁ?」
「いいから!早く!」
エイヤは何言ってんだといった様子で、触腕を使ってガードレールを地面から引き抜き、レヴェルの前へ落とす。
レヴェルがガードレールに触れると、その形はまっすぐ、平たく『加工』され、大きなファンの姿になった。
「スティーブ、ドリルを!」
アンサーはスティーブの腕のドリルとファンに触れ、改造。
ドリルに、二つの刃が取り付けられる。
「スティーブ、回せ!」
ヘンリーの声と共に、スティーブが方向。爆音を鳴らしながら、ドリルとファンは回転。降り注ぐ大雪を、打ち返し始める。
凍りそうだった肺に、熱が戻って来た。
「考えたな。」
ハレミチはニヤッと不気味に笑う。
だが、何故だろう。スティーブのファン以外に、轟音が鳴るのが聞こえる。
そして、前、ハレミチの背後から、やけに見覚えのあるピンク色の光が、目を差した。
「ははっ、主役は遅れて登場するってとこか。」
流星の様にこちらへ突き進んできた光は、地面に突き刺さる。
そして、そこから一機のメカ恐竜と、一人の少女が飛び出した。
「いい加減死んでくれよ。」
「それは、こっちの台詞よ。」
両者共に重症、どちらが先に死んでもおかしくはない。
僕はエリの肩を掴み、無言で彼女の顔を見る。
「フッ、怒ると周りが見えなくなる癖は直した方が良さそうね。」
エリは口角を少し上げた後、こちらにパチリとウインク。いつもの調子に戻った様だ。
「──英雄勢揃いの様だね。」
メカ恐竜ことリベリオスは、地面から立ち上がる。
そして、上を見上げる。
「────これは…」
瞬間、エリが飛び出した。
「ダンスバトル中に、油断は禁物よッ!」
見事なサマーソルト。勢いよくリベリオスは吹き飛ばされる。怪物の大顎の中へ。金属の擦れる音が聞こえる。
牙と肉の中に飲み込まれ、奴の姿は見えなくなった。
多分、ミンチになって死んでるだろう。敵とはいえ、残酷だ。
「……彼はどうしようもない屑だったけど、こんな最期は流石に同情するわ。」
エリは息一つせず、ただまっすぐ、上を見続けた。
ほぼ君のせいだろ、と思いつつ、僕は剣を強く握る。
「──アンサー、攻略法は思いついたか?」
「……はい、と言いたいですよ。」
アンサーはぶっきらぼうに言う。俗に言う天才の彼であっても、対抗策が思いつかない。思いつけない。
「…逃げるっきゃなくない?」
「──逃げられる可能性があるのならとっくに提案していますよ。」
「─────どう、すればいいのでしょうか…?」
その時だった。
爆発音が鳴り響く。怪物の、ちょうど腹の所だった。
怪物は煙と血を吐き出し苦しそうな唸り声を出す。
「ゴホッゴホッ…腹の中で、暴れる輩がいるな。」
ハレミチ本体も、苦痛と共に咳き込む。
アンサーの口角が、一瞬にして上がった。
「ソル、先ほどの答え、訂正させて頂きます。
─────はい。見つけましたよ。攻略法をッ!」
「口頭で説明する時間はありません。
エリ、テレパシーの接続は可能ですか。」
「えっ?出来はするけど…」
「今すぐに。」
アンサーの声と共に、エリが指を鳴らす。
頭の中に、少しノイズが走る。
瞬間、一気に頭に情報が流れてくる。立ちくらみで、少し膝をつくが、立ち上がって、深呼吸をする。
手順は、全部わかった。皆、同じな様だ。
「…作戦、開始だぜッ!」
今回の合図は、キッド。これってリーダーの僕がやる流れじゃないか?
声と共に、視界から色が消える。ベンジャミンが、時を止めた。
僕は、再び体に力を込める。蒼と白銀のエネルギーが、体から溢れる。
フレアが、再び閃いた。
色が戻る。ハレミチが停止を解除した。
同時、斬撃が動き出す。
肉と牙を再び両断し、体内への『道』を露わにする。
が、黒い肉がそれを阻止する様に盛り上がる。
「エイヤッ!」
「任せな。」
赤黒い四本の触腕が、次々に盛り上がる肉を強く砕き続ける。
『道』を、作り続けるんだ。
「スティーブ君、今。」
「ギューゥゥーン!!!」
スティーブはキッド、ヴラド、シャムル、皇楓の4人を力の限り、思い切りぶん投げる。
だが、100m近く上空に位置する怪物の元へは、流石に届かない。
「レヴェル!道を!」
ヘンリーが、叫ぶ様な声で発する。
「私が作るッ!」
周囲のビルが崩れると同時、大きく形を変え、天国へ続くような『階段』へと加工される。
その道を、4人が走る。
「ヴラド!今!」
「さぁ、新たな舞台に立つ時だ!」
ヴラドは3人に触れ、怪物の喉元へテレポート。もう、入り口は目と鼻の先だ。
「荒龍卿ッ!」
「分かっている!」
黄金の龍が現れ、4人はそれに捕まり、鯉のぼりの様に、『食道』へ入り込んでいった。
「──内部は彼らに任せましょ。
外からは、あたしたちが叩くわよ!」
エリは指鉄砲を怪物へ向ける。
彼女の能力、『スターパワー』。星々の力を扱える、と本人は抜かしているが、端的に言えば、『超能力詰め合わせセット』。テレパシー、サイコキネシス、テレキネシス。SFでありがちな能力のバラエティパックだ。だいぶめちゃくちゃだけど、これだけはわかる。この能力は、ベンジャミンと並ぶ。『最強』だ。
はるか上空。地球近くを漂う隕石。その軌道が、捻じ曲げられた。
「ロマンチスト・スターズ♪」
地球、いや、ハレミチに向け、流星群が降り注ぐ。
何千万年前、恐竜を絶滅させた宇宙の星々を、彼女は手懐けてしまっているのだ。
天から降り注いだ隕石は、怪物に直撃。その衝撃波だけで頭部の大部分を一瞬にして吹き飛ばした。
「これのどこがロマンチックなんだ…」
「お星様が味方してくれるのよ?これ以上のロマンチックはないでしょ?」
怪物の頭部は大きく抉れ、黒色の肉塊が地面いっぱいに散乱する。再生は…していない。
ハレミチ本体は頭を押さえ、こちらを見つめる。
瞬間、奴の姿は消えた。
そして、僕の喉元に杖の先が迫る。刺されば、致命傷は免れない。
だけど。
僕は、杖の先を力一杯掴み、地面へハレミチごと投げ伏せる。
「全力でなら、お前は怖くない。」
「…やれやれ。どうやら、最近の若者は腕っぷしが強い様だな。
老いぼれ狼には、もう狩りは難しいみたいだ。」
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「酷い臭いだ。」
怪物の体内は、肉の腐臭、血の腥さ、肌を刺す冷たい空気で満ちている。
薄暗い肉の道を進み続ける。足を地面につけるごとに、グチャリと、嫌な感覚と音が響く。早く、内部から攻撃しなくては。
すると、怪物の体が大きく揺れるのが分かった。
外部からの大きな攻撃だろう。
先ほど通って来た肉の道の上に、大きな穴が開き、そこから外の光が漏れ出している。
そして、再生はしていない。
「今だッ!手当たり次第攻撃しろ!」
俺は地面に槍を突き刺す。そして、抉るように薙ぎ払う。
キッドは銃撃、シャムルは思い切り壁に蹴りを叩き込む。
血肉が溢れ、服の裾が真っ赤に染まる。
「フッ、こういう時のために玩具を持って来ている。これを仕掛けて奥へ進むぞ!」
ヴラドは懐からグレネードの様な物を取り出し、近くは投げ捨てる。
「なんでそんな物持ってんのさ!」
「閉じ込められた時の脱出用に、常にいくつか持っているのだよ。威力は保証する。ガンマン卿、十分離れたら撃ち抜くんだ。」
「任せておけ!」
俺たちは奥は駆け出す。構造的に、そろそろ胃、だろうか。
「アディオス、クソ野郎!」
乾いた銃の音が鳴り響く。
それを掻き消す様に、轟音。爆炎が、怪物の食道内に満ちた。
5分ほど、爆弾を仕掛けては起爆、仕掛けては起爆を繰り返し、胃を目指して進んでいった。
そして、やけに広々とした場所にたどり着いた。
その奥で、何かが動く音が聞こえる。
「警戒を怠るな」と皆に警告し一気に突入した。
そこでは、ボロボロのメカ恐竜が、怪物の『臓器』目掛け攻撃を仕掛け続けていた。
側面のマーク、メカ社のものだ。
距離的に、明らかにこちらに気づいている。しかし、一切目もくれず、後脚の鉤爪を振い続けていた。
「何突っ立って見てるんだい?手伝っておくれよ。このデカブツをブッ壊す為に。トモダチとしてさ。」
メカ恐竜、リベリオスは敵意など一切見せず、ただ攻撃を続ける。気配からも、こちらを攻撃する意思が感じられない。
「何を言っている?お前は俺たちに牙を向けただろう。」
「あれは『仕事』だからさ。プライベートで、君たちと敵対する気は一切ない。僕の仕事は、ピンクのお嬢さんに蹴り飛ばされて、ここに落とされた時にもう終わっている。」
「──俺たちがそう簡単に信じると思っているか。」
「信じないなら構わないさ。ここから二度と出られなくても、僕の知ったことではないしね。」
俺は、3人と目を合わせる。
誰も、すぐには動かなかった。
敵対勢力の中でも上位、リーダークラスだ。
信じる理由なんて、一つもない。
それでも。
「……チッ、死ぬよりマシだろ。」
キッドが、吐き捨てるように言って引き金を引いた。
リベリオスが切り裂き続ける『臓器』に弾丸を撃ち込む。
それを見たリベリオスは、顔はわからないが、確かにニヤリと笑みを浮かべた。そんな気がした。
「主要な臓器、左右の肺と心臓。右肺は潰してある。左肺と心臓を一緒に壊そうか。」
「へっ。軍団長と共闘することになるなんてな。」
「僕も、英雄君たちをダンスパートナーにするなんて、思ってもなかったよ。」




