第十七話 土曜日は己と御対面
走馬灯…だろうか。
命の危機に瀕した時、人は生きる手段を探して自身の過去を探る。
ここは。
俺は、何故か、どこか懐かしい農村に立っていた。故郷…だ。
自分の意識外で、足が動く。
追体験…か?
砂利道を歩き、俺は大きな村の門までついた。
門を押すと、そこには、地獄が待っていた。異化した人々、だ。
互いを貪り合い、混ざり合い、肥大化していた。
肉を食む音、骨を折る音、赤子の泣き声。人の叫び声。建物が崩れる音、全部、平等に鳴り響いていた。
…吐き気を感じる。
共に、煮えたぎる殺意で、歯を噛み砕きそうになった。
俺は槍を手に持ち、目の前の怪物たちを薙ぎ払った。今よりも、ずっと無駄が多く、拙い動きだ。
だが、1匹の肥大化した怪物は、手に女性を持っていた。
「こう…ふ…やっ…と…」
彼女は、今にも燃え尽きそうな声で、俺の名前を呼んだ。
怪物は、雄叫びをあげ、それを握りつぶした。
視界が、真っ赤になった。
なぜか、涙が出てしまう。
涙で、敵も、人も、何も見えない。
心が打ちのめされたような悲しさが、ずっと、俺を蝕み続けてきた。
そして、視界が真っ暗になった。
次に色を見た時は、小さな家の中だった。
祭壇に、一人の女性の写真が祀られていた。祭壇の前にいた男が、目の前までやってきた。男は、俺を力一杯殴った。男は俺に掴み掛かり、怒鳴り散らす。泣きながら、俺を何度も、何度も殴った。
「お前のせいだ。お前があの子を殺した。
お前が死ねば良かったんだ。この人殺し。
お前は英雄じゃない。お前は罪人だ。」
──────俺は、自身の仲間を殺してしまったんだ。
俺が、判断を誤ったから。遅かったんだ。
だから、彼女は死んだ。俺が来ることを信じて信じて信じ続けて、待ち続けた女性は、俺の目の前で死んだ。
事実を思い出した時、俺はただ死ぬことを望んだ。
早く、毒が回ってくれ。
俺を、罪と共に地獄に落としてくれ。
だが、俺は歯を食いしばることしかできなかった。
───全部、遡った。
俺は、騎士だったんだ。
生きとし生ける者の全てを守らなければならなかった。しかし、隣に立つ戦友を守れなかった。戦友1人守れずに、何が騎士だ。
恥を知れ。
槍は、とっくに折れていた。
再び目を開ければ、俺はさらなる罪を背負った。
街は燃え、俺の背にいる人々は、皆死に絶えた。叫び声すら底を尽きた。あるのは、炎と皆の死体だけだった。俺は、燃え尽きた灰燼の中、たった1人、膝をついた。守るはずだった背には穴が空いたが、守るための盾は、ただそこにあり続けた。
人も、者も、尊厳も。
そこにはなかった。
俺は、自身の手を見つめた。血濡れたその手は、べっとりと、「生き残りの龍」の罪が、塗られていた。その手を、地に打ちつける。
そして、叫ぶ。しかし、叫びにならない声は、どこまでも空虚に響き渡り、暗黒の空へと消えていった。俺は、そこから死ぬために生きた。早く死んで、償わなくてはならない。
─────パチン。
頬を打たれた。
顔を戻せば、赤い三白眼をした少女が、執念のこもった瞳で、俺を見る。
「───アンタは守れなかった。そうでしょ?
生かせなかったみんなに詫びるために、さっさと死にたいんだ。」
彼女とは、この時が初対面だった。
異能都市にやってきて三ヶ月、都市中央区で働いていた頃、ある都市災害が発生した。俺は、どうにか足掻いたものの、ボロボロの雑巾の様に打ち捨てられた。
そして、ソルとエリに命を救われたんだ。
二人に誘われ、俺は仲間になることを決心した。命の恩人の提案を、無下にすることはできない。
事務所、もとい家に案内された時、リビングに彼女がいた。俺は、彼女と話をしたことすらなかった。だが、彼女は俺のことを事細かに知っていた。
「──ならさっさと死ねば。
アタシなら、生きて生きて這いつくばって、泥を啜ってでも死ぬまで全力で生きて、罪滅ぼしにするけどね。」
少女は、手に持つ傘で俺の頭を小突く。
「その時、誰か1人でも守れてたなら、アンタは今頃死んでただろうね。そっちの方が良かった?
でも、感謝しなきゃ。
生きてる分、返さなきゃ。
違う?アタシなんか間違ったこと言ってる?」
その時は、言葉の意味が全くわからなかった。どころか、小さな苛立ちさえ覚えた。けれど、今なら、少しわかる気がする。
あの時、俺は守られていた。
俺が立ち向かおうとした時、何人もの人が俺を止めた。
「貴方はダメだ。」「死んでしまうぞ」と。
だが、俺は「英雄」に成ろうとした。
そんな俺と共に、何十人もが戦ってくれた。
その時は、彼らは自身の大切なものを守ろうとしているのだと思っていた。
今気づいた、彼らは、俺を守ろうとしてくれていたんだ。
だから、俺は今生きているんだ。
生きて生きて、死んでも生きてやる。
守ってくれた皆に、悔いのない様に。
信じてくれた皆に、恥じない様に。
俺は、過去、「折れた槍」を手放す。
そして、俺はゆっくりと立ち上がった。
黒い影を、黄金に燃える瞳で見つめながら。




