第十六話 金曜日は夜空が煌めく
壁と共に背を踏み抜かれ、ビルの内部へ。
恐ろしい鉤爪を持つラプターが、地面を軽く蹴る。
一瞬で天井に張り付き、金属片だらけの口内を曝け出しながら、こちらへ矢の如く、人体の急所を正確に狙い迫り来る。
噛みつきかと思えば、空中で体を捻り、後脚の鉤爪を振るう。それを、紙一重で避ける。一閃は、僕の後ろにあった大きなコピー機を一撃で両断。多分、爪に擦りでもしたら、斬られた部位はおさらばだろう。
咄嗟に剣を振い、真空波を飛ばす。
一発で、ビルは轟音を上げて崩れ落ちる。
しかし、その中で、指を鳴らす音が聞こえた。
土煙が去った後、僕は輝く光のバリアによって守られていた。
「もう、サポートばっかりやらせないでよね。」
心の中で、確かにそう聞こえた。
「あぁ、誘導は君に任せた。」心中、確かにそう呟き、僕は瓦礫の山からさっと離れる。
数秒後、リベリオスが瓦礫の山から姿を現す。
攻撃の準備は整ってるとも知らずに。
空から、エリがエアで弓を引く動きをする。
右手を構え、ゆっくりと、左手を引く。
動きと共に、星空の様に、空中が光で満たされる。
「ヒーローは、技名を言うものよ♪」
そう言うと。
「そうね、ギャラクシーディザスタ、とかどうかしら?」
長い技名と共に、天の川が氾濫する。
リベリオスの立つ一点へと集約された銀河は、まさにビックバンとも言える爆発を引き起こす。瓦礫すら消し飛ばした爆発の後、残っているものはなかった。しかし、地面に一つの穴が残っていた。
人くらいの大きさなら、簡単に入れそうな。
─────まさか。
咄嗟にエリの方を見る。
空中にいる彼女の背後へ、リベリオスが跳躍していた。
「エリ!後ろッ!」
声を出した頃には、遅かった。
「……え?」
彼女が振り返っていた頃には、恐ろしい鉤爪は振るわれていた。肉を断つ、血飛沫が飛ぶ音が鳴る。顔に、生暖かい彼女の血がかかる。
ただ、1秒にも満たないその瞬間が、永遠に流れている気がした。
また、大切な人を失うのか。そう思うと、吐き気が止まらない。
動けない。声が出ない。
地へ落ちたエリは、ひらっと地に落ちる桜の花びらの様に着地する。
「─────ッ……もう、痛いわね。」
彼女を見れば、首元から腰あたりまで、ざっくりと切り裂かれ、ダラダラと血が流れ落ちていた。
普通の人間なら、というか、大半の異能力者でもほぼ即死の一撃だ。
彼女は手を傷口へ翳す。
淡いピンクの光が、傷をやさしく照らす。
「だ…大丈夫なのか?」
動揺し過ぎて、小さな声しか出せない。
出血量や切られた深さ、大きさからして、助かったとて失血で時期死んでしまう。そう、直感した。
「…痛いけど、止血は出来たわ。この程度、致命傷にはならないわよ。」
にかっと、可憐な花の様に少女は笑う。
と共に、金属の影が、少女と共に地へ伏せた。
押し倒すような形で、リベリオスが、エリにニヤリと笑いかける。僕は、この光景に吐き気を覚えた。
「お嬢さん、中々の美人じゃないか。
今夜、ボクの部屋においでよ。楽しもう。こんな奴らなんて捨ててさ。
キミだけなら、ボクの権力で生かしてあげるさ。」
ラプターは追撃するでもなく、彼女の腹に爪を突きつけながら、ジョークのように、そう言った。
「────そう。」
ただ、一言。一切の抑揚を感じない。
瞬間、乾いた金属音が鳴り響く。
リベリオスが、宙を舞った。吹き飛ば…いや、殴り飛ばされた。
エリは無言で立ち上がり、恐ろしい真顔になる。
「───決めた。あなたを殺すわ。」
雰囲気が明らかに変わる。
ピンク色の、可憐な花の光が、僕には地獄の業火のように見えた。
「──はぁ、今のはやっぱなしだ。」
そう言いながら、空を舞うリベリオスに、彼女の蹴りが叩き込まれる。
エリは、強い。僕でも、多分互角以上には渡り合えない。
普段は弓やらビームやらで攻撃する彼女だが、本気で怒れば、殴る蹴るをやり出す。その破壊力は、格闘戦を得意とするスティーブすら殴り飛ばすほどだ。彼は一度、エリにドリルを折られている。
ブチギレたエリは、まさに「銀河の災害」と言える。
蹴りを受けたリベリオスは、ビル街の奥地まで吹き飛ばされる。
それを追尾する様に、エリも、爆速で飛んでいった。
…任せよう。
剣を背負い、端末を開く。
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「エリがリベリオスを誘導中。指示を。」
アンサーへ、ソルが通信する。
「了解しました。貴方はキッド達に合流してください。」
アンサーはそう言うと、ノートパソコンを閉じた。
「今から待機ポイントを移ります。」
ふと、路地から音がすることに気がついた。
カサカサ、カサカサ。
這う音だ。
高所から、低所から、左右から、前後から。
蟠の中に、迷い込んでしまった。
─────望まれない客人の登場だ。
「──あのムカデは、本気で俺たちを狩り立てる気だ。」
ヴラドが、ポケットからナイフとハンドガンを取り出す。
武器を失ったヴラドを狙うとは。狡猾で卑劣な狩人め。
奴は、常に俺たちを付け狙ってきた。
直接戦闘能力が高くない俺たちが、エリやソルと離れるのを、今か今かと待ち望んでいた。
それが、今日だった。
槍を手に取り、力を込める。
「荒龍卿、防御は任せたぞ。」
ヴラドが、俺の方に手を置く。
「あぁ。」と、短く返事をし、龍を呼ぶ準備をする。
「──何もかもが順調には行きませんね。
とにかく、撃退と逃走に専念しましょう。
皇楓、ヴラド、死んでも死なないでくださいよ。」
アンサーが、手に持つ改造銃に弾薬を込め、影の方に向ける。
彼から、今までにない、焦りと怒りを感じる。
「───掛かってこい。シャドウ・リヴァイアサン。」
まず最初に動いたのは、アンサーだった。
乾いた発射音と共に、翡翠色の弾丸を一発発射する。
そして、炸裂。
狭い路地内で、弾は無数に反射する。
軽く100回以上は肉を貫く音が鳴り響く。
と共に、黒い影が、こちらへ降り注ぐ。
明らかに、その牙は輝いていた。
「気をつけなさい。奴の毒牙に当たれば、死にますよ。」
アンサーが警告する。
俺も、聞いたことしかない。
奴の毒牙は、即死だと。
効能は不明。抗体、ワクチンもなし。いや、作る必要がない。
打つ間も無く、死ぬからだ。
カサカサ音と共に、全方位から、その毒牙が飛んでくる。
右、左、上、下、右、左上、右上、下、左下。
次がどこかわからない。油断は、それ即ち死。心臓が高鳴る。
黒一色の異常に裂かれた節足が、あたりで蠢く。
次が見えた……正面ッ!
槍を構え、大きく振るう。
黄金の『龍嶺』が翔け、毒牙の軌道を捻じ曲げる。
「今ですッ!ヴラド、テレポートを!」
アンサーが叫ぶ。
「3人同時は無理だ!1人ここに残らねば!」
ヴラドが、ハンドガンの音と共に言う。
考える間も無く、叫ぶ。
「2人は先に行け!俺は後からでいい!」
コマンダーとテレポーター、ヴラドとアンサーが生きていなければ、他の皆は死ぬ。
絶対に、2人を死なせてはならない。
「───ッ…皇楓、死んだら許しませんからね。」
ヴラドはアンサーの手を掴み、消えた。
彼らは逃げ切れ……。
瞬間、首筋に激痛が走った。
暖かな血が流れる感覚がある。
噛まれた。
本能が、そう理解した。
心臓の鼓動が、瞬く間に遅くなる。
目が開けられない。
何も感じられない。
───神経が逝ったか。恐怖すら感じられない。




